第4章 攻める狼
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9.アズカバンの囚人 前編
私たち教職員は生徒が出て行った大広間で後片付けをしていた。
『私ったらまたセブの気に障ることをしてしまったのかしら』
ぶつぶつと呟き、自分の行動を思い返しながら宙に浮いていたカボチャお化けを消す。
偽物の空の下を飛んでいたコウモリたちも外に追い出されてもうすぐ片付けも終わり。
しかし、もうそろそろ私たち教員もお開きになるという時だった。
1人のグリフィンドール生が大広間に飛び込んできた。
「だ、ダンブルドア校長先生はっ!?」
何事があったのだろうか?慌てた様子の生徒に大広間にいた教師全員が注目する。
「そんなに慌ててどうしたというのです?」
「大変なんです。太ったレディの肖像画が、絵がっ、絵が引き裂かれてしまっていて!」
ミネルバの問いに答えた生徒の言葉に私を含めた職員全員がはっと息を飲んだ。
「直ぐに校長先生を呼ばねばなりません」
ミネルバが先に校長室へと帰っていったダンブーにこの大事を伝えるために守護霊を送る。
「私はグリフィンドール塔へ行ってきます。他の先生方はここで待機していてください。ユキ!あなたは一緒に来て」
『はい、ミネルバ』
「ユキ、気をつけてね」
『ありがとう、リーマス』
くるりと宙返りをして着物から忍装束に着替えてミネルバの後に続く。
階段は大渋滞を起こしていた。
私とミネルバは生徒たちの波を押しのけて前へ前へと進んでいく。
「まあっこれは!」
『酷い……』
太ったレディの消えた肖像画はメッタ斬りにされていた。キャンバスの切れ端が床に散らばっている。
『絵の殆どが切り取られているわ。婦人は無事かしら?』
バチンッ
頭上で音がした。
避ける。
ダンブルドアが落っこちてきた。
「何故避けたんじゃバカ娘っ」
『馬鹿はどっちよっ。馬と鹿に謝りなさい。こんな時にふざけている場合じゃないでしょう』
ダンブーが私を睨みながら私が手に持っていた絵の破片をむしり取った。
お酒臭い。酔ってるからこうなのか……呆れた校長だ……
「レディを探さねばならん」
メッタ斬りにされた絵に手を這わせながら今度は真面目に言った。
「ユキ、影分身を出して婦人を探してくれ」
『了解しまし「かっわいそ~な太ったレディ~~~」
メッタ斬りにされた絵をすり抜けてピーブズが出てきた。
いつものニヤニヤ笑いを浮かべるピーブズはどうやら婦人のことを何か知っている様子。
「ユキ」
『御意』
視線でピーブズを捕まえるようにミネルバに促され、私は空中をふわふわ飛んでいたピーブズの足首を捕まえて地面へと引きずり下ろす。
「なっ、なっ、何するんだよっ」
『滅せられたくなかったらレディがどこにいるかちゃっちゃと言いなさい』
ピーブズは自分を掴んでいる手と反対側のユキの手に炎が出現したのを見てニヤニヤ笑いを引っ込めた。
「い、言うよ~」
ブルブルっと震えたピーブズは5階の風景画の中を太ったレディが走っていったのを見たとユキ達に言う。
「レディは誰がやったか話したかね?」
鋭いブルートパーズの目を向けるダンブルドアに頷きピーブズは口を開く。
「えぇ、たしかに校長閣下」
私の手からピーブズが抜け出して宙を一回転した。
そしてピーブズが私たち全員を見渡して勿体つけるように言ったのは、シリウス・ブラックの名前だった。
途端に周りに居た生徒から悲鳴や恐れの声が聞こえ、周囲が騒がしくなる。
「校長先生……」
「ミネルバ、グリフィンドール生を大広間に戻すのじゃ。他の先生はまだ大広間かのう?」
「えぇ。大広間で待機してもらっています」
「他の寮の生徒たちも大広間に集めたほうがよかろう。ユキ、一足先に伝えにいってくれんかの?それから、安全のため各寮監の先生にユキの影分身を同行させてほしいのじゃ」
『分かったわ』
私は手すりに飛び乗り、そのまま玄関ロビーへと飛び降りた。
スタンと着地して大広間に入ると、不安そうに眉を寄せる教授たちと視線があう。
「ユキ、向こうで何があった?」
『緊急事態よ。シリウス・ブラックが校内に侵入したもようです』
セブの問いに答えると、先生方からも小さな悲鳴があがった。
『校長先生からの指示を伝えます。各寮監の先生方は自寮の生徒を今一度大広間に集めて欲しいそうです』
多重影分身の術
ポン ポン ポン
寮監の先生たちには私の3体の影分身を万が一に備えてそれぞれ連れて行ってもらう。
「ユキ」
『リーマス、太ったレディの肖像画は酷い有様だったわ』
私はリーマスにレディの肖像画のことと、彼女は無事で5階にいることを伝えた。
『いったいどうやって侵入したのかしら……あ……そうか……』
忍びの地図だ
あれには確か、フィルチさんも知らないホグズミード村へと続く秘密の抜け穴が書いてあったはずだ。
きっとシリウスはそこから入ったに違いない。
「シリウスはまだ城内にいるだろうか?」
『私だったらとっとと逃げ出しているわ』
逃げるとしたら禁じられた森だろうと見当をつけているとグリフィンドール生や各寮監の先生に誘導された他寮の生徒たちがぞろぞろと大広間に入ってきた。
「寮監以外の先生方は集まってくれんかの」
ダンブルドア校長の呼びかけで私たちは大広間の入り口付近にいた校長のもとへと集まった。
「先生たち全員で、城の中をくまなく捜索せねばならん」
『危険そうな箇所は私の影分身に任せてください』
「そうしよう。では、捜索場所を決めるとしよう」
私たちは見回る場所を決めてシリウス・ブラックを探しに大広間を出て行った。
私の影分身たちは禁じられた森や湖周辺など城外を担当して外へと出て行く。
「ユキ、気をつけて」
『リーマスもね』
私は1階の担当。2階担当のリーマスと別れ、渡り廊下を歩いていく。
『この姿の方が探しやすいわね』
私は胸の前で手を組み、意識を集中させて半獣の姿へと変身した。このほうが鼻が利くからだ。
くんくんと周りの空気を嗅いでみる。
空気の中にある匂いは強いカボチャの匂い。それから今朝降った雨の匂い。土の匂い。そして……
『獣の臭い……』
私は来た道を戻り始めた。
誰にも会わないように気をつけながら玄関ロビーを通り抜け、西へと向かう渡り廊下を歩いていく。
『っ!?』
セブ……
人の気配に柱の影に隠れると、ランタンを灯したセブが渡り廊下を歩いていった。
今は誰にも見つかるわけにはいかない。
セブが通り過ぎるのを待ち、私は柱の影から出て廊下へと戻り匂いを嗅いで確かめながら小走りに走っていく。
は?なんでココに行き着くの?
匂いをたどって着いた先は図書館だった。
くんくんと取っ手の匂いを嗅ぐ。
たしかにブラックの匂いがする。ここで間違いはなさそうだ。
私は半獣化を解いた。
チャクラは増幅するが、まだ長い尻尾の扱いに慣れていないからだ。
狭い図書館では不利に働く可能性がないともいえない。
しかしブラックは何故こんなところに?こんなところに来て何を企んでいるのだろう?
と疑問を抱きながら私は音が出ないようにそっとドアノブを回し、図書館の中へと滑り込んだ。
真っ暗な図書館だが私の目はよく見えている。
どの辺りに居るだろうかと気配を伺っていると図書館の奥の方からカタッと物音が聞こえた。
苦無を取り出し、足音を消しながら進んでいく。
ページをめくる音が聞こえてくる。いったいブラックは何をやっているのかと思いながら図書館の奥へ奥へと私は進んでいった。
そして一番奥の棚があるところまできて棚の影からそっと顔を出し、通路の様子を伺う。
いた!
学生の頃から容姿は大分変わってはいるが、あの顔はブラックに間違いない。
囚人服と思われる服を着て、本のページを破り、一心不乱に何かを書いている。
私の気配には気づいていない。私はそっと棚の影から出た。ブラックはまだ気づかない。
私は苦無をしまい、代わりに杖を出してブラックに構える。
一歩一歩とブラックへ近づいていく私。
しかし、ブラックのところまであと10歩ほどと迫った時だった。
ふとブラックが顔を上げた。
雲に隠れていた月が姿を現し、私たちを照らし出す。
見る影もなくやせ細ったブラックと私は対面する。
「ユキ……」
『黙れ』
ヒュン
『気安く呼ぶなといっただろう、ブラック』
無情に振り下ろされた杖。
パタンと床に落ちた本。
ユキを照らしていた月光は再び雲の中へと隠れていった。
***
ピーター・ペティグリューが生きている。
俺は日刊預言者新聞を見て奴の生存を知った。
あいつはグリフィンドール寮のロン・ウィーズリーのペットとしてホグワーツでのうのうと生きていやがった。
しかもホグワーツにはハリーがいるはずだ。
いつあいつがハリーに危害を加えるかもわからねぇ。
どんなに危険だとしてもホグワーツに乗り込まないわけにはいかなかった。
「ユキ……」
禁じられた森で身を潜めながら俺は学生時代の想い人の名を呟く。
本当に、あの日見た女はユキだったのだろうか?
俺はユキだと思しき女に投げられた武器でかすった左腕をさすりながら考える。
腹が減り、何か食べ物を盗める場所はないかとアニメーガスになってホグズミードに行った時、懐かしい声が俺の耳に届いた。
「……リーマス」
学生の頃より老け込んではいたが、それは確かにリーマスの姿だった。
杖を上に向け、心配そうに叫びながらもどこか楽しそうに屋根の上の女に呼びかけるリーマスに懐かしさがこみ上げてきた。
―――ルーピン!あいつが下に降りてくる方法を思いつかないか?
―――チョコで釣るとか?
―――やれ!
屋根に登るなどという無茶苦茶な酔っぱらいはリーマスが出したチョコにつられて屋根の上からジャンプした。
人間じゃねぇ……
そんなことを思っていた時だった。
―――リーマス!チョコ!
―――はいはい
―――はああこの馬鹿が
俺の心臓は飛び跳ねた。
その声は、懐かしい声だった。知っている声だった。俺が大好きな声だった。
犬は目が悪い。だから、その女の姿をよく見ようと俺は身を乗り出しすぎてしまった。
食べかけのチョコを捨て、ザッとリーマスと(たぶん)スニベリーの前に立つ女。
俺は一目散に禁じられた森を目指して走った。
殺される
瞬時にそう思った。あの鋭い目つきを思い出すと今でも震えが来る。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ」
俺は無我夢中で走った。
女は音もなく俺の後を猛スピードで追いかけてきた。
このままでは殺されてしまう。本能的にそう思った。
話を聞いてくれるような感じではなかった。だから俺は、禁じられた森のある場所を目指して走った。
巨大グモの巣窟。俺が目指したのはそこだった。
捕まるわけにはいかなかった。今死ぬわけにはいかなかった。
うまくユキに似た女を巨大グモの巣窟に誘い出す。
『火遁・業火砲!!』
勢いよく女の口から吐き出された炎。
振り返った俺が見たのは、何千、もしかしたら何万という数の蜘蛛に一斉に飛びかかられている女の姿だった。
俺は夢中で逃げた。
逃げながら、泣いた。
もし、あれが本物のユキだったら?
もし、あいつが死んじまったら、殺したのは俺だ。
「――――っ!」
左腕に痛みが走り、俺は回想から現実へと戻ってきた。
10月31日。ハロウィンだ。
毎年ホグワーツではハロウィンの宴が大広間で開催され生徒は全て大広間に集まる。
ピーター・ペティグリューを捕まえるチャンスは今日しかねぇ。
何が何でもグリフィンドール寮に入り、あいつを捕まえ、殺してやる。
「時間だ。行くぞ」
俺は気合を入れるように自分の頬を両手で叩き、犬の姿へと変身した。
ホグワーツへの侵入に使うのは学生の時に見つけておいた隠し通路。
ホグワーツからホグズミードへ続く隠し通路は全部で七つある。
しかし、学生時代の七年間にフィルチに4つの隠し通路を知られてしまっていた。
俺が事前に調べた残り3つの通路のうち、1本は通路が崩れていた。
だから残りは2つ。叫びの屋敷から暴れ柳へと通じる通路と、ハニーディークスから隻眼の魔女の銅像へと続く通路だ。
暴れ柳は丘の上に生えている。丘から校舎へと移動している時に誰かに見つかったら事だ。俺はハニーディークスと隻眼の魔女を繋ぐ隠し通路を使用することにした。
隻眼の魔女の像は4階にあるからグリフィンドール寮に近い。
店が閉店し、ハニーディークスの店主夫婦が夕食を食べている時間を見計らって店の中に潜入し、俺は店の地下へと降りていく。
杖がないのは辛い。埃っぽい倉庫の中、俺は床に這いつくばって入口を探した。
「あった……」
跳ね戸を開けて、通路へと下り、音がしないようにそっと隠し扉を閉める。
「くそっ何にも見えねぇ」
通路は当たり前だが真っ暗だった。
通路の壁に手を当てて、そろそろと前に進んでいく。
進みながら頭の中でシュミレーションする。
太ったレディは直ぐに扉を開けるだろうか?何が何でも寮の中に入らなければならない。
繰り返し、繰り返しシュミレーションを繰り返しているうちに通路の出口についた。
懐かしいホグワーツ。こんな形で再び戻ってくるとは思わなかった。
隻眼の魔女の入口を閉じ、素早く動くために犬になって移動する。
みんな大広間に行っているため人気がなく動きやすかった。
俺は太ったレディの肖像画近くまで行き、彼女に気づかれないように人型に戻り、レディの前に立った。
「ここを開けてくれ」
ビクッとうたた寝していたレディが目を覚ました。
俺の姿を見て、恐怖で目を見開きながら固まっている。
「頼む。その中に捕まえたい奴がいるんだ。生徒じゃない。頼む、開けてくれ」
祈るような気持ちで言う。が、
「あ、合言葉は……?」
俺は思い切り舌打ちをした。オレが知るわけないだろう。
俺は、事前に用意していたバタフライナイフを取り出し、太ったレディにつきつけた。
本当はこんなことしたくない。この人には学生時代ずいぶんお世話になった。でも、俺はやらなきゃならない。
「開けろ!開けなきゃ切りつけるぞっ」
短い悲鳴がレディからあがった。
しかし、レディは無言で俺に首を振る。
俺は絵画の端の方を脅しのために切り裂いた。
再びレディから悲鳴が上がる。
「開けろ」
「あ、合言葉がないと、あ、開けないわ!」
「くそっ開けろ!!」
俺は思い切り絵画に切りつけた。もちろんレディを狙ってはいない。
レディはビックリして絵の中からいなくなった。
振り向いて階下をみる。
ヤバイ。大広間から聞こえてくる声が聞こえなくなった。ダンブルドアが宴の終了を告げているのかもしれない。
この絵を切り裂いたら、奥の寮へと続いていないだろうか?
俺はどうか繋がっていてくれと願いながら絵を切り裂く。しかし――――――
「くそっくそっくそっ!!」
絵の裏側は岩だった。
この先に憎きペティグリューがいるのに
あと少しであいつを捕まえられるというのに
俺は腹いせにグリフィンドール寮の入口をガンっと足蹴りし、犬の姿へと変わって階下へと走った。
もう一つ、どうしてもやりたいことがあった。
俺は図書館へと走る。
図書館の扉は開いていた。
オレが目指すのは図書館の一番奥。
上から2番目の棚、左から5冊目の本。ゴースト達の音楽史。
その本は誰も読まないのか、学生時代と同じ場所に収まっていた。
もし、ホグズミードで見た女がユキならば俺のメッセージに気づいてくれるかも知れない。
「チッ何も見えねぇ」
月が雲で隠れているため視界が悪い。
それでも時間はない。俺は本を床に置き、ページを1枚ビリっとちぎった。
そしてバタフライナイフを取り出し、自分の指に当てて血を出す。
話がある 明日 隠れ家に来てくれ パッドフット
バタフライナイフをしまい、血を口で吸いながら片手で血でメッセージを書いたページを2つに折りたたみ、本に挟む。
立ち上がりながら本を戻そうとした時だった。
雲に隠れていた月が顔を出す。
俺は急に視界の端に映った何かに反射的に体を跳ねさせながら横を向く。
「ユキ…………」
『黙れ』
冷たい瞳
『気安く呼ぶなといっただろう、ブラック』
ヒュン
無情に振り下ろされた杖。
パタンと床に落ちた本。
俺を照らしていた月光は、再び雲の中へと隠れていった。
***
「みゃあ?」
『黙りなさい。早く。こっちきて』
私は猫へと変えたブラックを右手を出して呼びながら本を袂の中に隠した。
誰か来る。
『バカブラック。さっさと来い。図書館に誰か近づいて来るわ』
チンタラしているブラックに目を吊り上げて言うと、ようやくブラックは私の腕の中に飛び込んできた。
左腕にブラックを抱き、ルーモスを唱える。
『絶対に変なまねしないでよ。あんたと一緒にお尋ね者になるなんてゴメンなんだからね』
ドスのきいた声でブラックに囁いていると案の定、図書館の扉が開いた。
この足音は……
『セブ?』
「ユキか?」
お互いに歩み寄り、お互いの顔を確認する。
「ここにいたのか」
『一階担当だったからね。セブはどうしてここに?』
「お前を探していた。生徒たちは今日大広間で眠ることになった。教師は見回りを交代ですることになった」
『それじゃあブラックの捜索は終わりということでいいのかしら』
「あぁ。校長がそう言った。奴がいつまでもグズグズ城に残っているとは思えないとな。我輩も同感だ」
『そうね。私なら禁じられた森に逃げるでしょう……私も影分身を追って捜索に行ったほうがいいかしら?』
「やめておけ。前のようにアクロマンチュラの餌食になってはかなわん。お前の影分身は……噛まれても平気なのだろう?」
『えぇ。私にはなんの影響もないわ』
「それならお前は行くな」
『心配してくれるの?』
「うるさい」
セブが私を心配してくれた。
私の心はそれだけで弾んでいる。
「ところでその猫はお前の飼猫だったな」
何故こんなところに?といった顔のセブに笑顔を向ける。
『私がリドルのせいで何日も寝たきりになったでしょう?それで神経過敏になってしまっているのよ。なかなか私が部屋に戻らないから不安になって追いかけてきてしまったみたい』
「そうか」
私がリドルのせいで過去に行っている間、医務室に寝かされていた私本体と影分身の枕元にはずっとずっとクィリナス猫がいた。
だから、セブはこの言い訳をすんなりと受け入れてくれたようだった。
『生徒は怯えているでしょうね』
図書館を出て、廊下を歩きながらセブに話しかける。
「あぁ。そうだな」
『……セブ?』
セブが立ち止まったので、私も自然と立ち止まる。
セブの言葉を待っていると「お前は今回ブラックが内部に侵入したことをどう考える?」と私に聞いた。
『予想がつかないわ。さっぱりよ』
今はね、と心の中で呟いているとセブは
「我輩はルーピンを疑っている」と爆弾発言をした。
『そんな……。何か証拠が?』
「あいつらは学生時代親友だった。それで十分であろう」
『私はその意見に反対よ。リーマスがブラックを手引きしたとは思えない』
「ルーピンの肩を持つのか?」
『肩を持つって……』
「もういい。お前の見回りは午前2時から3時だ。伝えることは伝えた。時間になるまで部屋にいろ」
くるりと私に背を向けて歩き出そうとするセブの手を私は反射的に掴んだ。
首だけ振り返りながら冷たいセブの視線が私を見下ろす。
「なんだ?」
私は何も答えられなかった。
ただ、例えようもなく、ものすごく物哀しい気持ちになっていた。
『何でもない。ごめん……おやすみ』
何も言うことなく去って行くセブ。
私はその背中が見えなくなるまで胸を痛めながら見続けていた。
『はあぁどうなっているのかしら?さっぱりセブの心が分からないわ』
ぶつぶつ呟きながら一人、否、ブラックを腕に抱いて廊下を歩いていく。
冷たい夜風が吹きさらしの廊下を吹き抜ける。
私の部屋は寒い場所にある。部屋へと上がる階段も吹きさらし。
今の私にはこの冷たい夜風が胸に沁みる。
『解』
部屋の扉を開け、中に入り施錠をし、リビングを突っ切り、リビングから直接寝室へと続く扉を開けて寝室に入る。
そして私はそっとブラックをベッドの上に下ろした。
「みゃあお」
『分かっているわよ』
ヒュンと杖を振る。
ぐんぐんと背が伸びて猫の姿から人間の姿に変わるブラック。
杖をしまう私は、杖の代わりに苦無を持ち、ブラックの足に自分の足を引っ掛けて、ベッドへと押し倒す。
「うわあっ」
『動くなブラック』
冷たいユキの声が寝室に響いた。
シリウスは予想外の出来事と、喉元に突きつけられた苦無にごくりと唾を飲み込む。
「ユキ……」
『気安く呼ぶなと言ってあるだろう。それから、少しでも抵抗してみろ。お前の喉を掻っ切る。脅しではない。昔の友人であっても躊躇いはない』
「わ、わかった……だが、は、話を聞いてくれ」
『断る』
「ユキ、頼むっ!」
ボスンッ
ユキは思い切りシリウスの顔の横に苦無を突き立ててシリウスを睨みつけた。
ドクッ ドクッ ドクッ
嫌な音で鳴るシリウスの心臓。
シリウスはユキの冷たい目に見つめられ、総身をわずかに震わせながら、しかし、自分は何もやっていないというようにユキの目を真っ直ぐに見続ける。
「ユキ、俺は……」
『自分が無実だと証明したいのならば』
ユキは今度は杖を取り出してシリウスの額へ押し付けた。
『私の開心術を受けろ』
シリウスの瞳に輝きが戻る。
「もちろんだ!是非見てくれっ」
『もし、記憶を誤魔化そうとしてみろ。その時は容赦しない』
「そんなことするもんか。俺は、何一つ悪いことはしていない」
ユキは自分を真正面から見つめてくる瞳を真っ直ぐに見つめ口を開く。
『開心・レジリメンス』
ぐんとユキの頭の中にシリウスの記憶が流れ込んできた。
ジェームズとリリーの秘密の守人になったこと。
その後、ヴォルデモートを欺くために守人を自分からピーターに変更するようにポッター夫婦に勧めたこと。
ジェームズとリリーがヴォルデモートに殺されてしまった時の嘆き。
ピーターの裏切りを知った時のショック。
捨て身の覚悟でピーターを追跡したが、逆に大量殺人の濡れ衣を着せられてしまったこと。
ユキの頭の中に次々とシリウスの辛い記憶が流れ込む。
そして最後に、今年の夏頃、魔法省の人間が獄中にやってきてシリウスにロンとその家族が写っている日刊預言者新聞を渡し、それをシリウスが見ている映像が頭に入ってきた。
全ての記憶を見終わったユキは、まだ杖をシリウスに構えたままシリウスの体に手を這わせ、左右色の違う靴下の右の靴下に手を突っ込み、新聞の切り抜きを取り出した。
『ピーター・ペティグリュー』
「そいつが一連の事件の犯人だ」
ユキは気を抜くようにふっと息を吐き、帯につけている杖フォルダーへと杖をしまった。
ピーター・ペティグリューが犯人……
こいつがヴォルデモートにリリーとジェームズの居場所を教えたことでふたりは死んでしまった。
こいつのせいでセブは自分がリリーを殺してしまったと自分を責めることになったのだ。
許せない。
ユキの頭の中が怒りで熱くなる。
黒くどろっとした感情が新聞の切り抜きの中にあるネズミに向けられる。
ウィーズリー一家と写真に映るピーターに向けられるユキの瞳は漆黒から黄色へと変わっていく。
膨らんでいく抑えようのない怒り。
「お、おい、ユキっ」
『っ!?』
私の名を呼ぶシリウスの声にハッとなる。
どうやら獣化しかけていたらしい。
自分の手に視線を落とし、周りを見渡す。
大丈夫だ。まだ獣の爪も生えていないし、家具も壊れていない。半獣化していない。
怒りに任せて獣化してしまうと色々とやっかいだ。私はホッと息をついてシリウスの上からどいた。
「ユキ、お前……」
『色々聞きたいことはあるでしょうけど後にしましょう。まずはそうね……体を清めてから気を送るわ。それから胃を食べ物に慣らしていくためにスープを作る』
「俺は……ここにいてもいいのか?」
『今更何言っているのよ。私が連れ込んじゃったんだからいいに決まっているでしょ。ただし』
「ユキ!恩に着」
ゴスッ
「うおっ!?」
私は新聞の切り抜きをネズミの部分だけ切り抜いて杖で拡大させ、壁にそれを苦無で思い切り突き刺した。
フン、チキンめ。
私は驚いた表情のブラックににこりと笑いながら口を開く。
『気安く、私を、呼ぶな、ブラック』
「んなっ。あ、あんな昔のことまだ根に持ってんのかよ!いいじゃねぇかよ名前で呼んだって!」
『良くないわよ!あなたにしたら十数年前の話だけど私にしたらたった数ヶ月前の出来事なのよ!』
「はあ?どういう事だ??」
ブラックが思い切り眉を寄せて聞いた。
『あーもうっ。説明めんどくさいわね。それもこれも全部後よ。兎に角、あんたの身を清めて胃に何か入れるのが先。影分身!料理作ってきて』
「ぬわっ!?」
『いちいち驚き過ぎ!』
「うわっ!?」
ブラックの体の状態を見るために煩いブラックの両肩を押してドンとベッドに押し倒す。
私たちはまだ仲直りしていない。とはっきり言ってやりながらブラックの心臓部と頭に手を当てて怪我や病気がないか探る。
―――――――うん。栄養失調が少し見られるが他は健康なようだ。
『気を送るからリラックスしていて』
「ユキ、『雪野よ』……雪野、お前何者なんだ?」
『忍よ。その説明も長くなるからカット』
「またカットかよっ」
つまらなそうにしながらもやっとブラックは口を閉じた。
これで治療に専念できる。私は出来る限りの量の自分の魔力をブラックに送り、彼の体力の底上げをはかる。
「すげぇな。体が軽くなった」
ちょうど治療が終わったところで影分身がスープを持って部屋へと入ってきた。
「あれってお前の何なんだ?」
『簡単に言うと実体のある分身よ』
「それで忍ってのが……」
『まったくおしゃべりね!さっさと食べなさい』
「え……」
シリウスが固まっている。どうしたというのだろう?とユキは考えていたが当然である。ユキはシリウスにスプーンを差し出して、俗に言う「あーん」をしていたからだ。
『ぬるめに作ったから警戒しなくても大丈夫よ』
「お、おう。ありがとな。だけど」
『早くしないと喉に直接流し込むわよ』
「お前はムードもへったくれもねぇなっ」
少しでも甘い気持ちになって浮かれた自分が馬鹿だったと肩を落としながらシリウスは口を開く。
口に入れられたのはすり下ろされた人参が入ったコンソメスープ。
「旨いな……」
『ちょ、シリウス泣かないでよっ。あ!』
「今、シリウスって言ったな」
『い、言ってないっ』
「いーや。聞いたぜ」
『独房暮らしが長すぎて幻聴でも聞こえたんじゃないの?』
「お前今のは結構グサッときたぜ!?」
ぎゃいぎゃい言いながらスープを飲み干したシリウスは、この後弱っているから体を洗うのを手伝ってやると平気でシャワー室へと入って来ようとするユキと再び言い合いになったのだった。