第4章 攻める狼
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7.モノマネ妖怪ボガード
昼休み、私はセブと一緒に職員室で紅茶を飲みながらくつろいでいた。
「午前中の授業でのネビル・ロングボトムの調合は酷いものであった」
どうやらネビルは魔法薬学が苦手らしい。セブは緑色になるはずの縮薬がネビルのものはオレンジ色になっていたと私にボヤく。
『誰にでも得意不得意はあるわよ。セブだって学生時代は占い学系は苦手だったじゃない』
「それにしてもロングボトムは酷すぎるのだ」
『ネビル、セブのこと苦手みたいだし、緊張して余計失敗しちゃうんじゃない?』
「お前は相変わらずそういう事をはっきり言うな」
フンと鼻を鳴らすセブはちょっと拗ねているのだろうか。
なんだかその表情が可愛くて、私はその顔を観察しながらニヤニヤと紅茶を飲み干した。
『あ、鐘だ』
「次の授業は?」
『リーマスの授業を見学するの』
「は?ルーピンの?」
『そうよ。ここに書いてあるでしょ』
「しかもここで授業をやるのか」
私が振り返って掲示板を指さすと、セブが嫌そうに顔を歪めた。
本日の予定の欄には午後イチで職員室を闇の防衛術のクラスで使用すると書いてある。
『昨日、ボガードが洋箪笥に入り込んだからそれを使うんですって』
「ボガード退治か。お遊びのようなものだな」
セブはリーマスのやる事なすことが嫌ならしい。不機嫌そうにそう呟いた。
『ボガードってたしか形態模写妖怪よね。私、実物って見たことないわ。本では読んだことがあるけど……』
私がそう言い終わるのを待っていたようなタイミングで職員室の扉が開いた。
ゾロゾロと中へと入ってくるグリフィンドールの生徒たちを因縁つけたそうな目で見ながらセブが舌打ちする。ガラ悪いよ、セブ……
「やあ、ユキ、セブルス」
『お邪魔させてもらうわね、リーマス』
「ルーピン、扉を開けておいてくれ。我輩、できれば見たくないのでね」
『あら。見学していけばいいじゃない』
「お断りだ」
フンと鼻を鳴らしたセブはネビルの横を通り過ぎるときにチラとネビルを睨んでから出て行った。(可哀想に、ネビルは泣きそうな顔になってしまっていた)
「さあ、それじゃあ皆、奥の洋箪笥前まで来て」
雰囲気を変えるようにリーマスがパンと手を叩く。
ガタガタ音がする教師たちの着替え用のローブが入っている古い洋箪笥の方へと移動する生徒たちと逆行して、私は邪魔にならないように教室の入口へと移動する。
「中にはボガードが入っているんだ」
箪笥の取っ手がガタガタいうのを不安そうに見つめる生徒たちを見ながら「ボガードは狭いところを好むんだよ」とリーマスがボガードについて説明する。
「それでは、問題だ。まね妖怪ボガードとは何でしょうか?」
「はい!」
ハーマイオニーの手がピンと上がった。
「形態模写妖怪です。私たちが一番怖いと思うものはこれだ、と判断すると、それに姿を変えることができます」
と完璧な回答をするハーマイオニー。さすがだ。
「ボガードを退治するときは誰かと一緒にいるのがいいんだ。向こうが混乱するからね。首のない死体に変身すべきかそれとも――――
リーマスの声を聞きながら、私は本で読んだボガードを思い出していた。
目の前の人の一番怖いものに変身するボガード。
私にとって一番怖いものは何だろう?
―――感情を捨てろ!お前たちは木ノ葉の道具となれ!
思い出した記憶に私の眉根が寄る。
私にとって1番怖いことは木ノ葉の暗部に所属していたあの頃の自分に戻ることだ。
はっきりと言える。私が一番恐れているものはあの頃の私自身。
ホグワーツに来てから私は色々な人たちに出会い、色々な感情を手に入れた。今、感情を捨てろなどと言われても出来ないだろう。
感情もなく、命じられるがままに暗殺の任務を繰り返してきた自分。
私はあの頃の自分を激しく嫌悪していた。
「よーし、じゃあネビル。前に出て」
リーマスがネビルを呼ぶ声でハッと現実に引き戻される。
職員室の前の方ではネビルがリーマスに呼ばれて洋箪笥の前まで進み出ていた。
チラリと私の方を振り返って不安そうな顔を向けるネビルに大丈夫、ネビルならきっと出来るよ。と思いを込めて微笑んで頷く。
前を見たネビルを見て、リーマスが口を開く。
「初めは杖なしでやってみよう。私に続いて言ってくれ。みんなもだ。リディクラス、馬鹿馬鹿しい」
「「「「「「「「リディクラス、馬鹿馬鹿しい」」」」」」」」」
「そう。とっても上手だ。じゃあ次にネビル。君の一番怖いものを教えてくれるかな?」
そうリーマスが尋ねると、ネビルは少し躊躇った後、ボソボソ呟くように口を動かした。
「……プ……生……です」
「ん?ごめん。もう1回」
「ス、スネイプ先生ですっ」
今度は大きな声でネビルが言った。
途端にブフッとあちこちから吹き出し笑いが起こる。
私は先ほどの事を思い出していた。
あんな感じに睨まれていたらこう言われるのも仕方ない。自業自得よね。と苦笑い。
「セブルスか。確かにあの顔で睨まれたら怖いよね。うーん。あ!そうだ、ネビル、君はたしかおばあさんと暮らしているよね?」
「えっと……は、はい」
「おばあさんがいつもどんな格好をしているか教えてくれる?」
リーマスは何をするつもりなのだろう?
ネビルもクラスのみんなも、私も、リーマスの意図が分からないままネビルのおばあさんが普段どんな服装をしているか聞いていた。
「緑色のドレスに頭には帽子を被っていて……」
「ハンドバックは?」
「赤い大きいやつ」
「よし!それじゃあ頭の中でおばあさんの格好をしたセブルスを頭の中に思い描いてみよう」
『!?』
え……リ、リーマス……もしや…………
カチンと固まる私。
「リディクラスと杖をボガードに振りながら叫んで、頭の中ではおばあさんの服装をしたセブルスの姿を思い浮かべるんだ。上手くいけば、ハハ、緑色のドレスを着たセブルスが出てくるはずだよ」
リーマスゥゥゥゥ!!!???
それはかーなーり不味いんじゃないですか?
ホグワーツは噂が回るのが早い。こんなことをしたら一瞬でセブの耳にも自分が女装させられたという噂が届くだろう。
大爆笑の中ひとり顔を引き攣らせる私の前ではリーマスが生徒たちに自分の怖いものと、それが笑えるものになるのを想像してみるように指示を出している。
……止めたい。でも、出来ない。
何故ならこれはリーマスの授業。邪魔はできない。大きなため息をついていると、リーマスがボガード退治の開始を告げる。
「ネビルに場所を開けてあげよう。みんな、教室の後ろまで下がって」
わらわらと私の方に向かってくる生徒の顔はどれも緊張した顔。
私も緊張している。別の意味で。あああぁ教師にあるまじき事だが、今回だけはネビルに失敗して欲しいと願ってしまうよ!
「よし!それじゃあ、いこう!」
軽快な音楽がレコードから流れ、リーマスによって洋箪笥の鍵が外され一気に開かれる。
洋箪笥から勢いよく出てきたのは恐ろしげな目をしたセブルスの姿。(あ、あの目はよく私に向けられる目だわ。あはは)
私は慣れているけど、あんな目で睨まれたら恐いわよね。
ネビルを見ると杖を構えてはいるのだが、恐ろしさで後退してしまっていた。
セブの女装姿は見たくないけど、でも……
『頑張れ、ネビル!やっちゃいなさいっ』
「リ、リ、リ、リディクラス!!」
私の声に後押しされるかのようにネビルが杖を振りながら叫んだ。
喜ぶべきか、悲しむべきか分からないが、成功だ。
わっと歓声が上がる。
セブ、同情するよ……
爆笑が満ちる部屋で私はひとり額に手をやって首を振った。
今ネビルの前にいるのは恐ろしげな目をしたセブの姿ではない。
フリル付きの緑色のロングドレスを着て、頭にはハゲタカの羽が挿してある帽子、そして大きな赤いハンドバックを持ってオロオロしているセブルスの姿。
あなたたち、笑っているけど後が怖いわよ~~~。
明日以降の授業でセブルスがグリフィンドールに今まで以上に厳しく当たる確率100パーセントだ。
「よし。次はパーバティ、いってみようか!」
ネビルの成功でみんな自分もやってやろうと言う気が起きたらしい。
腕まくりをして「さあ来い!」とばかりに杖を構えている。
「ユキ先生!僕、やったよ」
『よく頑張ったわね。ネビル』
私の方にやってきたネビルにニッコリとして頷くと彼はふにゃりと表情を崩して笑った。
ネビルからボガードの方へ視線を戻す。
シェーマスのミイラ、ロンの巨大クモ。
『みんなやるわね』
私は生き生きした顔の生徒を見ながら呟いた。
闇の魔術に対する防衛術の授業はクィリナスの時は座学が中心だったし、ロックハートの時は……毎回酷い状態だった。
座学もいいけど、やっぱり実践よね。
防衛術と名のつく授業だ。
実際に魔法生物と相対するリーマスの授業は刺激的かつ身になる授業。
リーマスが闇の魔術に対する防衛術の先生になってよかった。
生徒の顔を見渡すと、みんなの顔は輝いて見えた。
次々とボガードに杖を振る生徒たち。
その様子を目を細めて見ていた私。しかし、ハリーの番になり、顔を引き攣らせることになる。
『あっ』
私の口から小さな声が漏れた。
ハリーの目の前でヒュルヒュルと回転して姿を変えたボガード。
その姿はディメンターの姿へと変わっていってしまった。
まずい。ハリーの様子がおかしい。
「ハリー!リディクラスだッ」
リーマスが言うが彼の言葉はハリーの耳には届いていないらしい。
ガタガタっと大きく震えたハリーを見て失神するのが分かった私はトンと床を蹴ってハリーのもとへと走った。
「ハリー!」
『よっと』
滑り込みセーフ。ハリーの体は床に倒れる前に私の腕の中に収まり、叫んだリーマスがほっと息を吐き出したのが聞こえた。
ヒュルヒュルヒュル
ボガードはモノマネをするだけで、実際には人に害をなさない。
ただ人を脅かすだけだ。
床に膝をつき、ハリーを抱き抱える私の前でボガードが変身する。
……人に見せたくなかったし、私も見たくなかったんだけどな……
予想通りのボガードの変身に、私は皮肉的な笑みを口元に浮かべる。
私の目の前にいるボガードは黒い忍装束に白い狐の面をかぶった自分自身の姿に変わっていた。
面を取られては困るわね……
何となく、私は生徒たちに暗部であった時の私の顔を見せたくなかった。
私は杖を出してヒュンと振る。
『リディクラス!バカバカしい!』
パチン!
目を瞬く。ボガードが姿を消した。どこに行ったのかと視線を動かしていた私の心臓がドキリと跳ねる。
私の視線は天井だ。
『リーマス!』
指をさしながら叫ぶ。
まずい。
「リディクラス」
しまった。生徒に見られたかも。
どこかに飛んでいったボガードは天井へと逃げていたのだった。
リーマスは私に言われ、直ぐに気がついて呪文を唱えたが、一瞬だけ満月が出現してしまった。
リーマスにバカバカしいと笑われたボガードは混乱したようにポンポン姿を変えながらネビルの前へ。
「ネビル!そのままやっつけるんだ!」
ネビルは今度は授業の始めとは違い、決然とした表情で前へと進み出た。そして、
「リディクラス!」
パチンっ!
ほんの一瞬、緑色のフリル付きドレスを着たセブルスの姿が見えたが、ネビルが笑うと、破裂して何千という細い煙の筋になって消えていった。
「よくやったね!」
パチパチとみんなから拍手されるネビルは恥ずかしそうな、でも、誇らしそうな表情をしていた。
「ん……んん……」
『ハリー気がついた?』
「僕は、ええと……」
『そのまま動かないでいて』
リーマスがみんなに宿題を与えているのを聞きながら私はハリーを2人がけソファーの上にそっと下ろす。
ハリー以外の生徒がみんなが出て行った職員室。
リーマスが扉を閉めて急いでかけてきた。
「ユキ、チョコ持ってる?実は切らしちゃってて」
『この前リーマスからもらっていたものが袂に……あった』
「ありがとうございます」
私から受け取ったチョコを食べたハリーの顔に幾分だけ血の気が戻った。
物真似妖怪とはいえ、ハリーの頭の中にはディメンターの強力な印象がこびりついてしまっている。その時のことを思い出して体が反応してしまったのだろう。
「僕、情けないです」
『そんなことないわ』
「そうだよ。むしろ僕は感心しているくらいだ」
「え?」
二人でリーマスを見ていると、リーマスは
「僕は少しヒヤヒヤしていたんだよ。もしかしたら闇の帝王を出しちゃうんじゃないかって。でも違った。君は恐れることを恐れることが出来ていた」
「どういう事ですか?」
『ハリーが恐れているのは恐怖そのものという意味よ。それはとても賢明なことよ、ハリー』
「それは、ええと……」
リーマスと私の目がふと合った。
ハリーはいまいちピンときていないようだったがこれは大事なこと。
私たちはハリーがヴォルデモートではなく恐怖を恐れていることが嬉しくて微笑みあった。
「さあ、だいぶ気分が良くなったようだね。次の授業はあるのかい?」
「いいえ。今日はこれで終わりです」
「そうか。でも、ここでグズグズしていたら君の苦手なセブルスが帰ってきちゃうよ。そんなの嫌だろ?『こら、リーマス!』あはは、ごめんごめん。
でも、みんなも心配するから気分が悪くなかったら寮に帰ったらいいね」
「分かりました」
ハリーは私たちの会話にクスッと笑いながら職員室を出て行った。
職員室はリーマスと私の二人きりになった。パタンと扉が閉まった瞬間に私たちは先生モードから友人モードに。
「さっきのは焦ったよ。どのくらいの生徒が見ただろう?」
『満月が出ていたのはほんの数秒。ボガードを探して別の方向を見ていた生徒も大勢いたわ。そんなに気にすることないわよ』
「だといいけど……」
私は安心させるようにリーマスに微笑みかけ、パキンと割ったチョコレートを彼に差し出す。
『食べて。元気が出るわ』
「ありがとう」
『もっとのんびりしたいけど行かなくちゃ』
私は時計を見て言った。
本当はもっと話していたいが次は授業がある。
「僕も次の時間5年生の授業が入っているんだ。ここから3階まで上がるの大変だな」
『おぶって行ってあげましょうか?』
「それは御免こうむるよ」
ハハッと笑うリーマス。
私たちはクスクス笑いながら職員室を出て行き、それぞれの教室へと向かったのだった。
***
「ユキ、残念な話があります」
その日の授業を終え、夕食も食べ終えて部屋に帰るとクィリナスが深刻そうな顔をして言った。
『どうしたの?』
「……不死鳥の騎士団の任務で暫くここにも家にも帰ってくることが出来なさそうなんです」
この世の終わり。みたいな顔をしているから何かと思ったらこんなことか。と思い『気をつけて』と言葉をかけてキッチンでケーキ作りを再開したら呪文が飛んできた。
どろっと黒く溶けてしまった白いタイル。
『危ないじゃないのっ!ケーキだねに当たったらどうするのよッ』
「旦那の身が心配じゃないんですか!?それに次はいつ会えるかわからないんですよ。それなのに、それなのにあなたときたら私のことよりケーキですか?!そんなに薄情な妻だとは知りませんでした!」
こっちだって私があなたの妻だとは知りませんでしたよッ
最近妄想具合が加速していないか?この人、本格的に危ないわ。とハハッと乾いた笑いをあげている私の前で本格的に拗ね出すクィリナス。はあぁぁ
「あなたは私がどうなってもいいんですね……」
『そうは思っていないけど』
ケーキ型にタネを流し込んで釜に入れて砂時計をひっくり返し、私はクィリナスが腰掛けているソファーへと移動する。
そして、胸元から一枚の紙を取り出し、クィリナスに差し出した。
「これは?」
『守りの護符よ』
この人型の紙は3秒間の間一度だけ持っている者を物理的攻撃から守る事ができるとクィリナスに説明する。
『たかが3秒だけど、されど3秒。この護符があなたを守ってくれるように願っているわ』
もちろん、発動しないに越したことはないけど、と肩をすくめていると
『ひいぃっ』
ガッと私の手がクィリナスの両手で握られた。
「ありがとうございます、ユキ。私のことをこんなにも思ってくれて」
『い、いえいえ、大したことでは……』
「大したことですよ!この護符からは強い魔力が感じられます。この札はかなりの魔力と時間をかけて作られたものでしょう?」
確かにそうだ。たしかにそうなのだが……そんなにキラキラした目で見ないで欲しい。
これはプレゼントをもらって喜んでの反応というより、その先の、あまり考えたくないクィリナス独自の解釈によって瞳を輝かせていると言ったほうが正しいだろう。
「私の身をこんなにも案じてくれていたなんて……ユキ、愛しています」
『うん。ありがとう』
クィリナスの愛していますはいわば挨拶のようなものなので適当に受け流していると、キッチンからチリリリンと鈴の音が鳴った。
ケーキが焼きあがったのだ。良いタイミングで鳴ってくれた。逃げよう。
恍惚とした顔のクィリナスを置いて私はキッチンへと移動する。
『さすが魔法の火。焼けるの早いわね』
ルンルンとキッチンへと入ると甘い香りで満たされていた。
あつあつのスポンジを取り出し、作っておいた生クリームをスポンジに塗っていく。
その時だった――――
ガタ ガタガタガタ
シンクの下の収納部分がガタガタと揺れ動く。ねずみでもいるのかしら?
私が草履を脱いで構えながら取っ手を引くと、
『っ!?!?』
ヒュルルルルル
黒い何かが飛び出してきて私の前でクルクル回転した。
私は心の準備ができていないまま、目の前に降り立った者に杖をかまえる。
『ボガード……』
私は私と対峙する。
白い狐の面をした私。
そして、私はゆっくりとその仮面を外した――――――
『――――っ!?り、りでぃくらすっ。りでぃくらす!』
懸命に杖を振るユキ。
しかし、ユキは珍しく気を動転させてしまっていた。発音が間違っているため呪文が発動せずにいる。
一歩、また一歩とユキの方へと近づいてくるユキの姿をしたボガード。
『や、いや……』
ユキはキッチンの壁際まで追い詰められていた。
いつものように忍術で無理やり退治してしまえばいいのだが、今のユキにはそんな余裕はなかった。
―――あなたのせいで、ヤマブキは死んだ
―――あなたは根っからの暗部。この光あふれる世界で、闇に染まりきったあなたは生きていけるの?
―――担任ゴロし……お前には女子供だろうと関係ない
ボガードは言葉を発せられない。しかし、確かに口はこう言うように動いていた。
ユキの心の深い闇をつくボガード。心の片隅にあって、見ないようにしていた気持ちを目の前に突きつけられてユキは気を動転させてしまっていたのだ。
私は、好きで暗部に入ったんじゃない―――
―――でも、暗部であったことを誰かに話すことなんか出来ないでしょう?
嫌われるのが怖いから、話せずにいるんでしょう―――――?
―――あなたがやってきたことはヴォルデモートと変わりないんじゃない……?
『あぁ……』
ユキはその場に力なく膝をついた。
そうなのだ。彼女はボガードの言う通り、ヴォルデモート並み、否、それ以上に任務で人を殺めてきた。
暗い過去。
ユキの頬に涙が伝う。
「リディクラス!!」
パチンッ
「ユキ!!どうしたというのです!?」
異常を感じ、キッチンに来たクィリナスはボガードをさっと退治してユキのもとへ駆け寄った。
『ああ……私は……』
顔を覆い、涙を零すユキをクィリナスは優しく抱きしめる。
あのボガードはユキの姿だった。あれは、ユキの過去の姿か……
そう予想をつけたクィリナスだが、彼女に問いはしなかった。
聞かない、というのが彼の優しさである。
ただじっとユキが泣き止むまでその背中をさすり続ける。
『ありがとう、クィリナス』
「このくらいお安い御用ですよ」
『お願い。もう少しこうしていて……』
涙でかすれる声でそう言って、ユキはクィリナスの胸に自分の顔をうずめる。
誰にも知られたくない過去
暗い記憶
その重みが、少しずつユキの心を潰しかけていた。