第4章 攻める狼
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
6.グライド・チェーレン
「ユキ、調子はどうだ?」
バックビーク事件があった翌日、いつものように朝食をとっているとセブがやってきてこう尋ねた。
「傷口は塞がったかね?」
『うん。傷跡も分からないくらい綺麗に治ったよ。あの薬よく効くね。さすがセブ』
「そうか。それは良かった」
ほっと息をつくセブだが、まだ私に何か言うことがあるようだ。
私は自分の席に着くセブに首をかしげてみせる。
すると、セブは手に持っていた1枚の紙を無言で私に見えるようにテーブルに置いた。
紙に書いてある文字を読む。
途端に私は天井を仰いだ。
『ハグリッド先生退任とバックビークへの処罰に関する申し立て。うわ~~~。みんなやること早っ』
大きく息を吐き出す私。
こうなることはなんとなく予想できていたけど、こんなに動き出すのが早いなんて!
「今朝ドラコから署名を求められてな。一応、お前にも知らせておいたほうがいいと思ったのだ」
『ありがとう。ねえ、セブ。この紙に署名しないでしょうね』
「今回のこと、ドラコが悪いとはいえ、ハグリッドにも責任の一端があったとお前も分かっているはずだ。このままなかったことにしてもいいものか……我輩は、そうは思わん」
セブルスはユキの背中にチラと視線をくれてそう言った。
昨日セブルスがハグリッドに呼ばれてユキの元に行った時、ユキの体は肩から背中にかけて大きく引き裂かれ、血が流れ出ていたのだ。
好きな女性の体だ。大切じゃないはずがない。
「ドラコが父親に手紙を書き、その手紙を見てルシウス氏は学校の理事会と魔法省に訴えたそうだ。ルシウス先輩は学生時代からお前を随分可愛がっていたからな。かなり強めに抗議したと思うぞ」
『私は罰して欲しいなんて気持ち1ミリもないのに!』
ユキがそう言ってため息を吐いたちょうどその時、フクロウたちが一斉に大広間へと入ってきて会話は中断された。配達の時間だ。
『おはよう、リーマス』
「おはよう、ユキ。おっと」
リーマスはユキに挨拶しながら自分のもとへと落とされた包を上手くキャッチする。
『嬉しそうだね』
「通販でチョコレートを買ったんだ。特売の広告を見つけてね。つい注文してしまった」
『いいな~久しく通販で買い物していないよ。こっちに戻ってきてからホグワーツの学費一括で払ったらお金すっからかんで』
「それは大変だったね。買った板チョコ分けてあげるから元気出して」
『ありがとう、リーマス。優しい』
優しいリーマスに感動してウルウルきていると、私のところにも手紙がやってきた。
短い小説くらいの厚みになっている手紙の束をキャッチする。
「相変わらず多いな」
『今日は特にね。たぶん生徒からバックビークの話を聞いて心配して旧友が手紙をくれたんだと思う』
「学生時代のお前は世話が焼けたからな」
『むぅ』
セブの言葉に膨れながら手紙の差出人の名前を確認していた私の手がふと止まる。
『グライド・チェーレン……』
「何か言ったか?」
『見て。ブルガリアで知り合ったMr.チェーレンから手紙がきたの』
セブはあからさまに嫌な顔をした。
そういえばセブとチェーレン氏、初対面にも関わらず険悪な雰囲気になっていたからなぁ。
あの時の2人から出ていた殺気めいた嫌な気には肝が冷えた、と思い出し、苦笑しながら封を切って手紙を読んでいく。
――――お久しぶりです。昨年はあなたに出会うことが出来た実り多い年でした。実はこうしてお手紙を差し上げたのは、近く、イギリスの魔法省に派遣されることが決まったからです。
宜しければ一度お会いできませんか?お忙しいかとは存じますが、あなたとの再会を心より願っております。
グライド・チェーレン――――
「嬉しそうだね」
『出会ったきっかけは長くなるから省くけど、ブルガリアで知り合った、ブルガリアで魔法省の闇祓いをしている人から来た手紙なの。今度イギリスに来ることになったから会えないかって』
「その人、男?」
『そうだよ」
「妬けるなぁ」
『ん?』
「いや、何でもないよ。気にしないで」
小さな声でぽそっと何かを呟いたリーマスの言葉を聞き返したがリーマスは教えてくれなかった。
私はシリアルを取り分けているリーマスから再び手紙に視線を落とす。
グライド・チェーレン氏と知り合ってから1年弱か……。時間が経つのは早いものだ。
部屋に戻ってさっそくお返事を書こう。
『ごちそうさまでした』
ユキはパンと両手を合わせてお辞儀をし、大広間から出て行く。
その後ろ姿を嫉妬の溢れる目で見送っていた男たちは、新たなライバルが増えませんようにと、心の中で願っていたのだった。
***
その週の週末、私はダイアゴン横丁へと来ていた。グライド・チェーレンに会うためだ。
グライド・チェーレン氏とは昨年の12月27日、ブルガリアで行われたクィディッチのヨーロッパカップの直前、ひょんなことから私がブルガリアの人攫いたちを捕まえた時に知り合って以来だ。
Mr.チェーレンは爽やかな好青年だった記憶がある。私ももう一度会えたらと思っていたので、手紙はとても嬉しいものだった。
『あ!こちらです、Mr.チェーレン』
待ち合わせ場所であるグリンゴッツ魔法銀行前の銅像の下で待っていると人ごみの中こちらへと歩いてくるMr.チェーレンの姿が見えた。
Mr.チェーレンも私に気がついたようで片手を上げて私の声に応えてくれた。
『お久しぶりです』
「お久しぶりです、Ms.雪野」
私たちは久しぶりの再会を喜び、きゅっとハグをする。んん……やっぱりこの風習って慣れないよね。
ちょっと頬を赤くしていると、Mr.チェーレンが「良かったら堅苦しい呼び方はお互いやめにしませんか?もし、あなたがよければなんですけど……」と提案してくれた。
もちろん私はOKだ。そう言ってくれて嬉しい。
私たちはお互い名前で呼び合うことにした。
『それじゃあグライド、まずはお昼にしようと思うのだけど、いいかしら?』
「えぇ。あの……もし宜しければ、行ってみたい店があるのでそこでお昼にしてもいいですか?」
『もちろん。地図はある?』
「ありませんが覚えてきました」
『それでは案内お願いします』
並んで町を歩く私たち。休日だけあって、ダイアゴン横丁はとても混雑していた。
グライドの後について歩いているのだが、私は何度も彼の姿を見失いかけていた。イギリス人と比べて背の低い私はすぐに人の波に飲み込まれそうになってしまうからだ。
「ユキさん」
歩きにくさを感じていると、ふと私の腕が取られた。斜め上を見上げると、グライドがにこりと私に笑いかける。
「人が多い。はぐれるといけませんし、良かったらこうして歩きましょう」
『は、はいっ』
なんか照れちゃうな。
でも、彼と腕を組んで歩くのはとても歩きやすかった。
完璧なエスコートで歩いていくグライドに導かれ、私は細い路地に入った。人気のない路地だ。
『この通りは人が少なくて静かね』
「そうですね……」
『……』
急にどうしたというのだろう?
グライドの声に強張りが混じった。
グライドを疑うことはしたくない。だけど……何だろう、この不穏な空気は……?
忍の第六感というやつだろうか。私は胸のザワつきを感じはじめていた。
『まだ遠いんですか?』
「いえ、もうすぐですよ」
声色の中にグライドの緊張を読み取る。
あぁ、これは知っている空気だ。
彼は何かを企んでいる。
自分の口角が上がっていくのが分かる。
忍びの顔へと変わる私の顔。
そして、その時はやってきた。
『―――――っ』
「――――っ?!!?」
ぐっとグライド・チェーレンが私の腕を引き、彼の側にあった細い路地裏へと私を引き込んだ。
しかし、私の準備は出来ていた。
私は腕を引かれた反動を利用してグライドを逆に投げ飛ばす。苦無を取り出し、倒れた彼の首元にピタリと突きつける。
「痛たた……」
『お前は何者だ!私に近づいた理由はなんだ』
いつでも喉元を掻っ切れるのだぞと鋭い目つきで言う私だが、数秒後には怪訝に眉を潜めることになる。グライドが小さくハハっと笑ったからだ。
『何がおかしい』
「すみません。変わってないなーと思って」
『は?』
グライドと私の視線が交わる。
彼にふっと優しく微笑まれ戸惑う。
「お久しぶりです」
『何を言っている……?』
「たしかに、この姿じゃ分かりませんよね。すみません、先輩」
『!?!?』
その口調と表情に私はハッとして思わず首に突きつけていた苦無を彼の喉元から外した。
顔は全く違うのに、その表情に見覚えがあった。
声は全く違うのに、その口調には聞き覚えがあった。
ドクドクと、体の中で心臓が鼓動する音が聞こえる。
『嘘……あなたもしかして……』
「そうです。僕です。ユキ先輩」
『レギュ……』
私の呼びかけにレギュラスはにこりと微笑み頷いた。
『嘘……』
信じられない。あのグライド・チェーレンがレギュだったなんて。
私は驚きで声を出せぬままレギュを見つめ続ける。
『信じられないわ……』
「どうしたら信じて頂けます?」
『では、私とレギュしかしらない何かを……』
「そうですね……では、これはどうですか?4年生のクリスマスイブ、ユキ先輩がスラグホーン教授の部屋からパイナップルの砂糖漬けを盗んできて、談話室で食べていたところにちょうど喉が渇いて起き出してきた僕に見つかったことがありましたよね」
スラスラと言うレギュは、そう言えばあの時に黙っておく代わりに何か言うことをきくと言ってもらっていたのにまだ何もしてもらっていませんでしたよね。と続けた。
たしかに、これは私とレギュしか知らないことだ。
このことで、私の中の警戒心は完全に溶け切った。
ほっと息を吐き出しながら私は口を開く。
『一緒に砂糖漬け食べたくせに』
「でも盗んできたのはユキ先輩です」
グライド、もといレギュは「約束は約束です」と言って人の悪い笑みでニコリと笑った。
「ユキ先輩。重くないからいいですけど、そろそろ僕の上からどいてもらえませんか?他の人から見たら、僕がユキ先輩に襲われているように見えると思いますよ」
「実際そうなんですけどね」と可愛くないことを言うのは昔のまま。レギュらしさを実感しつつ、私は急いで彼の上から退き、レギュに手を差し出す。
「ありがとうございます」
私の手を借りて立ち上がるレギュをあらためて見つめる。
全く違う顔。この人がレギュだなんて……
私の中にあるのは大きな戸惑いだ。
『どうなっているの?その顔は?何故ブルガリアに?』
「何故ってユキ先輩が僕をブルガリアに送ったからでしょ?あれ?覚えてないんですか?」
小さく眉を寄せながら首をかしげるレギュに頷く私はふとある事に気がついた。
そうか……過去に行ったとき、ヴォルデモートの館に侵入した私だったのだが、私はその記憶を持っていなかった。
もしかしたら、他にも覚えていない記憶があるのかもしれない。そう考えていると、
「ゆっくり腰を落ち着けて話すことにしましょう、先輩」
そう言ってレギュは私に腕を差し出した。
『うん』
レギュの腕に自分の腕を絡める私。
私たちは路地裏から出て、レギュの案内で小さいがお洒落な雰囲気のレストランへと入っていく。
レギュはお店の2階にある個室を予約しておいてくれていた。
『マフリアート』
「何の呪文ですか?それ」
『セブが考え出した呪文だよ。耳塞ぎ呪文。周囲に謎の雑音を聞かせて会話を聞かせないようにすることができるの』
料理が運ばれてきて、私たちは食べながらお互いの話を聞くことにした。
『まずは私の記憶から話したほうがよさそうね。それから、私が過去に行った話もさせてもらうわ』
まずは私から話したほうが話が整理できると思い、私はバジリスクに石化されたこと、リドルの日記のせいで過去に飛んでしまった事を話す。
それから、私が覚えていない記憶、ヴォルデモートの屋敷に侵入し、暗殺に失敗したことも話した。
「……はあぁ、やっぱり」
話し終えた私はため息をつかれた。やっぱりって?
「闇陣営の情報を集めている時に聞いたんですよ。全身真っ黒な衣装を着た謎の術を使う女が闇の帝王を瀕死に追い込んだことがあるって。その話を聞いたとき、絶対ユキ先輩だと思いましたが、やっぱりでしたね」
『やっぱりだって思うなら、そんなに眼光鋭く私を睨まないでよ』
叱責するようなレギュの視線から逃れるように鶏肉のソテーを口に運ぶ。ん~~美味しい!
『あ、そうだレギュ。杖ごめんね』
過去でレギュの杖を奪ってしまったことを謝る。
「いいですよ、それくらい。ユキ先輩が僕の杖を持って闇陣営に乗り込んで行って下さったおかげで僕は死亡扱いになっているのですから」
『今杖は?』
「新しいのを作りました。初めは使いづらかったですが、今では僕に馴染んでいます。心配いりません」
『それは良かった』
杖というのはとてもデリケートな道具で、合わない杖を使うと上手く魔法を発動することができない。
レギュが自分に合った杖を見つけたと聞き、私はほっと息を吐いて微笑んだ。
その後、私はレギュから自分にない記憶、どうしてレギュがブルガリアに渡ることになったかを聞いた。
私が学生時代にお世話になった癒者のMs.ヴェロニカ・ハッフルパフは記憶のないレギュにとても親切にしてくれたらしい。
「Ms.ハッフルパフに記憶を取り戻す治療を施してもらったのはハリー・ポッターが闇の帝王を破った年です。その時にユキ先輩がMs.ハッフルパフに宛てて書いた手紙も見せてもらいました」
闇の陣営からレギュを守ってほしい。別の人間として新たな人生をレギュに歩んでいってもらいたいと私は手紙に書いていた。
「僕がその時、どれほどあなたに対して怒ったか分かりますか?」
ギロリと睨まれてビクリと肩を跳ねさせる。
『ご、ごめん』
良かれと思ってやったことだったんだけど、記憶を消されるなんて誰だって嫌だよね。
「たぶん今思っていること違います」
『へ?』
ハアァとため息をついた後「あなた1人を危険な目に合わせた自分に対して僕は怒ったんですよ」とレギュは言った。
それからレギュは、分霊箱となっていた金のロケットをクリーチャーと共に取りに行った話とそこへ私がついて行っていて、レギュ達を助けた事を話した。
「金のロケットの時は助かりましたが……あなたは昔から無茶ばかり。闇の帝王の館に1人で乗り込むだなんて正気じゃない。聞いた時は肝が冷える思いをしました」
『ごめん……』
「反省してくださいね。僕はあなたが大切なんですから」
優しいレギュの瞳。
私はその熱い視線に体の火照りを感じ、緊張で目をパチパチさせながらお水を飲んで火照りを冷ます。
『そ、それで、それからどうしたの?記憶を取り戻してからはどうやって過ごしていたの?』
まだ少し自分の頬に熱を感じながら話しかけるとレギュは記憶を取り戻してからのことも話してくれた。
分霊箱の存在を知っていたレギュ。だから、ハリー・ポッターが闇の帝王を打ち破ったと知っても、彼は楽観視しなかった。
いつか闇の帝王は復活するだろうと踏んで色々な準備をブルガリアですることにしたと言った。
ブルガリアの魔法省闇祓いに入り、魔法の腕を磨きつつ、分霊箱について調べながら、私の行方を探していたそうだ。
「闇の帝王の分霊箱を見つけに行ったとき、僕はユキ先輩が来てくれていなかったら確実に死んでいた。自分の魔法の未熟さを思い知りました。イギリスに戻っても僕がいると分かったら闇陣営の残党に命を狙われることになる。だから僕は今までずっとブルガリアにいたんです」
そしてようやく自分の魔法の腕に自信をつけ始め、そろそろイギリスへ移住しようと計画している時、クィディッチのヨーロッパカップで私に会った。とレギュは言った。
「あの時は本当にビックリしました。ユキ先輩と瓜二つの顔が急に目の前に現れたのですから。そして、その人は本物のあなただった」
レギュが食後の紅茶を飲みながら私に優しく笑む。
「異動が叶って良かった。ヨーロッパカップの時から、一刻も早くイギリスに渡りたいと思っていましたから」
ブルガリア魔法省からイギリス魔法省へ派遣という形でイギリスへと来たレギュは、異動に関しての根回しは大変だった。とごちた。
『それにしても、不思議ね……』
「何がですか?」
『セブやダンブルドア校長、他の友人たちもみんな、私が過去に行ってから記憶が形成されていったのよ。どうしてレギュだけが私との記憶を初めから持っていたのかしら?』
「さあ……それは僕に聞かれましても。あ、でも、もし考えられるとしたら、これはあくまでも予想ですが、僕が“死んでいたはずの存在”だったから記憶が初めからあったのではないですか?」
さらっと言うレギュの前で私はうっと喉を詰まらせた。
私はレギュの言葉にどう返していいか分からず、紅茶に口をつける。
なんだかぞっとする。運命なんて道端の石ころ一つ蹴飛ばしただけで変わっていってしまう。
『……』
私は急に妲己に見せられたセブの最期を思い出して小さく眉を顰めていた。
この運命は変えなければならない。
何があってああなるのか、今の私には分からない。予兆を見逃さないように気をつけなければ……
でも、今このことを考えても仕方ないわね。
今はレギュとの会話に集中しよう。
私はこの重く苦しい問題を、頭を振って追い払う。
『あっそうだ。そういえば、クリーチャーには会った?』
話題を変えたくて私は言う。
ご主人思いのクリーチャーと、クリーチャーを家族のように大事に思っているレギュ。
私と会う前にクリーチャーとも会ってきたのだろうか?しかし、レギュは首を横に振った。
「遠くからは見て、クリーチャーが元気にやっているのを見ました。でも、言葉は交わしませんでした」
消した記憶は何かのきっかけでふと戻ってしまうこともある。
だから、別の姿に変身していてもクリーチャーと会うわけにはいけない。とレギュラスは言った。
『クリーチャー、ちゃんと分霊箱を破壊できたのかな?』
「実は、そのことでも話さなければならないことがあります」
真剣に引き締まったレギュと目を合わせる。
「どうやら分霊箱は特別な魔法具か強力な力を持つ物を使わねば破壊できないようなのです」
『じゃあクリーチャーに託したロケットは……』
「わかりません。それをこれから調べなければ」
深く息を吐くレギュ。分霊箱は今、どうなっているのだろう?私は暫し考えたあと、口を開く。
『今からあなたの家に行きましょう』
「え??」
『盗みに入るかクリーチャーに直接聞くのよ。分霊箱はヴォルデモートの命とも言える大切なものだわ。どうなっているかちゃんと確認しないといけない』
私は会計表を持って立ち上がった。
そうと決まればブラック邸に向かおう。
『いいかな?レギュ』
「えぇ。行きましょう。でも」
『でも?』
「これは僕に任せてください」
引き締まった顔を崩して紳士的な笑みを浮かべたレギュは私の手から会計表をひょいと奪う。
『あ、ありがと』
「どういたしまして」
学生の頃からイギリス紳士だったレギュ。
彼の紳士的な振る舞いにはいつも胸をドキリとさせられてしまう。
私は少し胸をドキドキさせながらレギュに付き添い姿現しをしてもらい、ブラック邸へと向かったのだった。
そして30分後。
「あなたって人は鬼ですか!?!?」
『シっ。静かに!ようやく眠ったあなたのお母さんがまた起きちゃうじゃない』
「母上は“眠った”のではなく、“気絶させられた”と言うのです!!」
ブラック邸にはレギュの怒号が響いていた。
話は単純明快。レギュと共にレギュの実家に向かったユキは呼び鈴を鳴らしてクリーチャーが扉を開けた瞬間に彼に向けて失神呪文を放った。
階下での騒ぎを聞きつけてレギュラス母の肖像画が「我が高血なるブラック家に侵入せしうんたらかんたら――と叫びだしたので、こちらにもユキが呪文を一発。気絶させたというわけだ。
「見た目は成長したのに中身は全然成長してませんよね」
クリーチャーを抱っこして厳しい視線を向けるレギュラスにユキは『ごめん』とあまり悪かったと思っていない様子で謝り、肩をすくめるのだった。
『さっそくだけど、分霊箱を探しに行きましょう。きっと家のどこかにあるはずだから』
私、私の影分身、レギュは家の中を探し回った。リビング、地下室、夫婦の寝室に屋根裏部屋。しかし、どこにも分霊箱は見当たらない。
どこにいったのだろう?もしかして盗まれたのではないか?と嫌な予感を感じていた時だった。
「ユキ先輩!」
レギュが階下から私を呼んだ。
嫌な予感とは当たるものだ。下に降りていくと、レギュはテーブルに置いた宝石箱を前に一枚の紙を持っていた。
レギュが私にその紙を見せてくる。
“盗難リスト”と書かれたその紙の中には金色のロケットの文字。
私はこの重大な事柄に、思わず目を瞑る。
『これは痛いわね……』
「すみません」
『レギュが謝ることじゃないわ。でも……』
盗人の手に渡ったとなればすぐに売り払われているだろう。あちこち転売されているだろうから行方を探すのは困難だ。
私たちふたりはリビングの椅子に腰掛けてうなだれる。
無言の私たちの間にカチコチと柱時計の音だけが響く。
なにか手を打たなければ……
でも、何から手をつければいいのかしら……
『取り敢えず、ここにないと分かったのだから長居は無用よ。クリーチャーの記憶を消してここを出ましょう』
私たちふたりはクリーチャーの中の私たちの記憶を消してブラック邸を後にした。
落ち着いて話すために、私たちはもう一度ダイアゴン横丁へと戻り、適当な喫茶店に入る。
「これからどうしましょうか……」
『見つけ出すしかないわ。転売を繰り返されているでしょうから見つけ出すのは困難でしょうけど、でも、やらなくちゃ』
私たちは探すルートの分担をし、紅茶で喉を潤す。
『あ、そうだ。あなたとこの事についてダンブルドア校長にも報告していいかしら?ダンブルドア校長も闇の帝王の分霊箱を探しているのよ』
私が聞くと、レギュはすぐに首を横に振った。
「申し訳ありませんが、僕のことを校長先生に話すのはやめてください。僕はあの人、あんまり好きになれなくて」
顔を顰めるレギュの前で私は小さく笑う。
『ふふ、確かに狸爺だものね』
ダンブルドア校長はダンゾウ様と似たところがあると思う。だから、何となくだがレギュが言わんとすることが分かる気がする。
『私も不死鳥の騎士団に誘われたけど入団を断ったことがあるの。個人で動くほうが楽だしね。いいわ。レギュのことは2人だけの秘密にしましょう』
「ありがとうございます」
私たちは微笑み合い、その後はお茶を飲みながら昔話や今の職場の話などに花を咲かせた。
あっという間に日が暮れてきて、カフェの外は暗くなり始めている。
『そろそろ帰らなくちゃ』
「送ります」
バシンッ
私はレギュの付き添い姿現しでホグワーツの敷地前まで送ってもらった。
「懐かしいですね」
『少し入っていく?』
「さすがにそれは出来ませんよ」
少し寂しそうな顔をしながらレギュが顔を左右に振る。
「……この前、ホグズミード周辺で兄が目撃されたそうですね……」
レギュがポツリと言った。
『私が発見者だったの。追ったけど、見失ってしまった』
「ユキ先輩は兄があの事件の犯人だったと思いますか?」
私はレギュの目をしっかり見て、首を横に振る。
『いいえ』
この時のレギュは兄を思う弟の優しい顔になっていた。
学生時代から性格が全然違うとか、仲が悪いとか言われてきていたけどやっぱり兄弟なんだな。
「ユキ先輩、これが僕のイギリスでの住所です」
『ありがとう。手紙書くわね』
「それでは」
チュッ
頬に柔らかい感触。
『え……』
完全に不意打ち。
くちづけを落とし、「失礼します」と歩き去って行くレギュ。
その後ろ姿を顔を紅潮させながら見送る私。
『もうっレギュったら全然後輩な感じがしないんですけどっ』
日の暮れた空に私の声が吸い込まれていく。
私は口を尖らせながら、顔を手でパタパタと扇いだのだった。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
チェーレンはブルガリア語で黒。Glideは英語で滑空するという意味があり、燕をイメージしてつけました。