第1章 優しき蝙蝠
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10.ハロウィン
『今日はハロウィンですね』
夕方の中庭。
次々と大広間に向かって行く生徒を見ながら、隣で眉間に皺を刻むスネイプ教授に話しかける。
「はあ。五月蝿いと思ったら生徒たちがハロウィンで浮かれているのか」
スネイプ教授は連日徹夜しているのか時間感覚が狂ったような顔をしていて小さく欠伸した。
「ハ、ハロウィンは、は、初めてでしたよね?」
『はい、クィレル教授。職員会議で話があってから自分でも調べてみたのですがいまいち良く分かっていなくて』
教員に成りたての私は全てに四苦八苦していてハロウィンについて良く調べることが出来ていなかった。しかし、校内の飾り付けはハグリッドと共に出来てとても楽しかった。
『とても大きな行事なんですね』
クィレル教授からハロウィンの説明を聞き「なるほど」と微笑んで仮装している生徒たちを見る。
ドラキュラ、クロネコ、悪魔などの一般的な仮装から、ナースやメイド姿などの変わった仮装も見られる。
「「ユキ先生、見てください」」
『フフ。似合ってるわ。分身の術みたい』
私達のもとに走ってきた忍装束のフレッドとジョージ。
最近、忍の衣装について細かく質問してきたのは今日の為だったらしい。
よく似合っていると言うと双子はお互いの手をパチリと合わせて喜んだ。
「ユキ先生は仮装しないんですか?」
「仮装しないともったいないよ」
『私は普段から仮装しているようなものじゃない?』
「「えーーー」」
着物を指し示すと双子からだけでなく話を聞いていた生徒があちこちから声をあげた。
「そうだ相棒忘れてた」
「ユキ先生」
「「トリック オア トリート」」
『トリック オア トリート?』
意味が分からず二人に首を傾げる。
「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞって意味さ」
「言われた人はどっちか選ばなきゃいけないんだ」
「「ユキ先生はどっち?」」
満面の笑みの双子。
これから出来る悪戯に目を輝かせている。
せっかくだから悪戯を仕掛けられたい気もするが隣のスネイプ教授が今にも減点を言い渡しそうだ。
『残念だけどトリートを選ぶわ』
持っていたアメをそれぞれの手に乗せると「「えー」」とまた声をあげた。
私は再チャレンジを誓う二人が去って行くのを笑って見送った。
暗部をやめてから笑うようになって。
ホグワーツに来てから笑う回数が増えた。
「まったく。これだからハロウィンは嫌なのだ。特にグリフィンドールのバカ騒ぎは煩くてかなわん」
『たまには良いじゃないですか。みんな可愛いですよ』
「念のため言っておくが教師が馬鹿な真似をしないように」
『フフ、しませんよ』
そう言った直後にスリザリンの1年生がこちらにやってきた。
ドラキュラ姿のドラコ、お姫様姿のパンジー、海賊姿のノットに、中世風の衣装のザビ二。
生地もデザインも凝ったスリザリン生の仮装レベルは高い。
『すごい。素敵な衣装ね。本格的』
私が褒めると隣のスネイプ教授も満更でもないような顔をした。
少し頬を染めたドラコに箱を手渡される。
開けてみる。
中に入っていたのはつばに緑色のラインの入った黒い魔女の帽子。
シンプルなデザインだが、形が綺麗で触っただけで上質だと分かる生地。
「お世話になっているユキ先生に贈り物をしたくて僕たちで買ったんです」
「魔法界の服を着ているユキ先生を見てみたくって」
ドラコとパンジーの言葉に目を瞬く。
とっても嬉しいけど、こんなに高いものをもらっていいのかしら?
「せっかくの生徒からの気持ちだ。貰っておくといい」
戸惑っていると隣のスネイプ教授から声がかかった。
『そうですね……ありがとう。大切に使わせてもらうわね』
初めての魔女の帽子を被り、私はみんなに微笑んだ。
「温室に用事があるから失礼する」
「わ、私もここで失礼します」
『はい』
スネイプ教授とクィレル教授と別れた私は廊下で生徒とのお喋りを楽しんでいた。
「ユキ先生似合っているよ!」
『フフ、ありがとう』
私は一回転して着替え、踝丈の深緑色のロングワンピースの上に黒いローブを羽織りスリザリン生からもらった帽子を被っている。
着物と違い補正しないため体型が分かり何やら恥ずかしい。
『そろそろ時間ね。行きましょうか』
少しドギマギしながら生徒とともに大広間をへと入って行き、教員テーブルのある雛壇から大広間をぐるりと見渡した。
『凄い!』
教員席から大広間を見渡す。
千匹ものコウモリが壁や天井で羽をばたつかせジャックランタンから漏れる光がゆらゆら揺れて幻想的な雰囲気を作っている。
『スネイプ教授!ハロウィンは毎年このような装飾をするのですか?』
「あぁ。そんなに珍しいかね」
『はい!凄いわ。魔法って何て綺麗なのかしら』
心がワクワクしてくる。
「フォッフォッ。気に入ってもらえて何よりじゃ。儂らもユキ先生の魔女姿を見られて嬉しいよ」
『スリザリンの生徒が帽子をプレゼントしてくれたので今日は魔法界の服にしました。着慣れないので少し気恥ずかしいですね』
「とても似合っておるぞ。スリザリンの生徒に感謝せんといかんのぉ、セブルス」
「こちらに振らないで頂きたい」
プイっと顔を背けるスネイプ教授を見てダンブルドア校長が楽しそうに笑った。
「照れてばかりではいかんぞ。もっと素直にならなくては。ライバルは多いのじゃからの」
「な、何をおっしゃるのですか!」
「あぁ。儂があと10歳若ければの」
「……冗談はやめて頂きたいものですな」
「いやいや。儂は本気じゃよ。若返りの薬でも作ってみようかの~」
茶目っ気たっぷりにウィンクするダンブルドアと普段より不機嫌さ二割増のスネイプ。
ユキはというと途中から話の内容が分からなくなりポカンとしたまま傍らに立っている。
セブルスはこの手の話に鈍感なユキを見て良いのか悪いのか分からない複雑な気持ちになった。
「アルバス!ユキが困っているじゃありませんか。からかってはいけませんよ。でも、そうね。セブルスはもっと積極的になった方がいいかもしれませんね」
マクゴナガルの言葉にユキは一層困惑の表情を浮かべる。
『先程から何の話を?』
「フフ。これはセブルスも苦労しそうね」
「ですから、我輩を巻き込まないで頂きたい。Ms.雪野、君もぼんやり立っていないで座りたまえ」
『は、はい。ありがとうございます』
不機嫌そうにしながらもユキの椅子を引くスネイプの様子を見て、策士二人も笑いながら席に着いた。
どんな話をしていたのかスネイプに聞こうとしていたユキだったが全て吹っ飛ぶ。
目の前の金皿にハロウィンの豪華な食事が現れた。
色々な種類のカボチャ料理で食卓は色鮮やかだ。
美味しいカボチャ料理。
いつもよりさらに楽しそうに食べるユキを見てスネイプの頬が緩む。
「魔法界の服装は久しぶりだな」
『スネイプ教授にダイアゴン横丁に連れて行って頂いて以来です』
「そうか。魔法界の生活に慣れるためにも、もう少し頻繁に着たまえ」
『確かに……慣れないと、ですよね』
露出がないとはいえ体のラインの分かる洋装は正直苦手だ。
ユキは自分の服装を改めて見る。
やっぱり、恥ずかしい気がする。落ち着かない。
『慣れない服だと緊張します』
「気にするな。似合っている」
トクンと胸が鳴る。
スネイプは呟くように言ったがユキの耳にはしっかり届いていた。
瞬時に早くなる鼓動。
体温が上がる。なぜか苦しくなる呼吸。
なんで私、動揺しているの!?
無理矢理に動揺を押さえつける。
ユキとスネイプの視線が交わった瞬間、大広間の扉が開けられクィレルが中へ走り込んできた。
頭のターバンもずれ、息もたえだえに職員テーブルへやって来る様子に視線が集まる。
「トロールが……地下室に……お知らせ、しなくてはと……」
大広間の中央でバタリと倒れるクィレル。
生徒たちの悲鳴や話し声で大広間は大混乱に陥った。
ダンブルドアがようやく生徒を静め、生徒たちは監督生に引率されて寮へと帰っていく。
スネイプをはじめ先生たちも次々と大広間を飛び出して行った。
ユキは生徒の避難が終えた大広間を見渡す。
なぜクィレル教授がいない……。
出て行った教授たちの中にクィレル教授の姿はなかった。
いつ起き上がったのかも分からない。
ユキの瞳が闇のように黒くなる。
クィレル教授が何者か見抜くチャンスかもしれない。
貰った帽子を教員テーブルに置き、走りながら空中で一回転して忍装束へ着替え、玄関ロビーまで行く。
目を閉じ、意識を集中させるとクィレル教授独特の匂いは上の階から感じられた。
「影分身」
分身を地下へ走らせ、私自身は階段を文字通り飛ぶようにして四階まで駆け上がる。
妖精の魔法の教室近くまで来た時、廊下の先でロウソクの光がゆらりと揺れるのが目に入った。
咄嗟に飛び上がり、足にチャクラをこめて天井にぶら下がる。
廊下の角から現れたのは大広間で倒れていたはずのクィレル教授。
彼が来た廊下は生徒同様、私もダンブルドア校長から近づかないように言われていた禁じられた廊下。
危なかったわ。
足音が聞こえなかった。
息を潜める私の下を足早にクィレル教授が通過していく。
久しぶりの緊張感に体中の毛が逆立つ。
クィレル教授が廊下を曲がったのを確認し、全力で禁じられた廊下を走っていくと前方の扉にスネイプ教授が入ってくところだった。
さらに走る速度を速め、苦無を握り締め扉を開けて中へと飛び込む。
「スピューティファイ」
ガシンッ
噛み付こうとする三頭犬の左頭に呪文を放ったスネイプ教授の前に滑り込んだ。
大きく振り下げられた三頭犬の右手は私の苦無で受け止められている。
しかし、自分よりも何倍も大きな三頭犬の力は凄まじく私の腕はミシミシと嫌な音をたてている。
「なぜお前が」
『上を!』
左頭は失神したが残りの二つの頭は侵入者に怒り狂い、歯をむき出し襲いかかってくる。
どうにか手の下から逃れた私に右頭が襲いかかる。
目の前を覆う黒い影。
浮遊感と共に私はスネイプ教授によって扉の外へ連れ出されていた。
「貴様なぜここにいる」
仰向けに倒れた私の視界に怒りに満ちたスネイプ教授の顔が映る。
扉を出る瞬間に見た襲いかかってくる三頭犬を思い出して血の気が引いていく。
スネイプ教授の体に手を回し体を逆転させた。
視線は足元。
彼の左足は三頭犬の噛み傷で血にまみれていた。
『なぜ……』
「っ痛。離せ」
『動かないでください!』
ズボンの裾をたくし上げ傷口に口をあてる。
口の中に感じる毒の味。
スネイプ教授の体に回る前に毒を吸い上げる。
慎重に。
毒の入った血を吸い、ハンカチを出して口に含んだ毒を吐きだした。
吸うのが早かったから大方毒は抜けただろうと思う。
血で濡れた口をハンカチで拭い、スネイプ教授を見つめる。
『……念の為、解毒薬を飲むか塗るかしてください』
「話は後で聞かせてもらう。行くぞ」
『待って!あなたは動かないほうがいい。ここに居て下さい』
「クィレルの様子を見る必要がある」
冷たい目、有無を言わせぬもの言い。
足を引きずるように歩くスネイプ教授に手を貸そうとしたが振り払われてしまい、黙って後ろに続いた。
―――ユキ、ずっと好きだった
突如蘇る昔の記憶。
黒い背中を見つめ、唇を噛み締める。
そして頭の記憶を押し出すように、くるりと空中で一回転し魔女の服に着替えた。
***
地下に降りると大きな音が聞こえ、すぐに騒ぎがあった場所へ行くことができた。
マクゴナガル教授、スネイプ教授に続き女子トイレに入る。
そのすぐ後に入ってきたクィレル教授は弱々しい声をあげて座り込んだ。
地下の女子トイレは酷い有様だった。
叩き壊されたトイレの壁、床に散らばる木片、蛇口。
酷い匂いを放つ巨大なトロールが床に倒れている。
なぜかトイレにいたハリー、ロン、ハーマイオニーの三人を見る。
怪我はしていないようだ。
「殺されなかったのは運が良かったからです!寮に入るべきあなた方が、どうしてここにいるのですか?」
演技が上手いわね。
腕を抑えながら横目で青ざめているクィレル教授を見る。
「ユキ、大丈夫ですか?顔が真っ青ですよ」
『え、えぇ、ミネルバ。大丈夫です。生徒たちが無事で良かった』
怪我に気づかれないように落ち着いた声で言う。
「Ms.雪野は我輩が部屋まで送っていきましょう」
「そうね。ユキを頼みましたよ、セブルス」
私は手を引かれて廊下を進みスネイプ教授の私室に連れてこられた。
乱暴に締められる扉。
部屋に踏み入れた瞬間、スネイプ教授に胸ぐらを掴まれて体を扉に叩きつけられる。
喉元には杖。
「なぜ四階に来た?知っていることを全て話せ!」
聞きたいことがあるのはこっちよ。
おかしな方向に曲がった右手をチラと見てから、スネイプ教授を睨みつける。
『あなたたちは私に何も教えてくれない。全て話せ?私は何も知らないわ』
「嘘をつくなっ!」
『嘘なんかついていない。知っていたら、もっとマシな対応出来ていたわよ』
「っく」
怪我をしているスネイプ教授の足を蹴り、左手で体を押して自分から離す。
『あの男、クィリナス・クィレルとはどういう人物なのですか?』
「お前に話す必要はない」
『それなら、私も話すことはありません。あの三頭犬の事さえ生徒と同じように聞かされてないのだから』
三頭犬の守る四階の部屋の秘密。
トロールを引き入れたクィレル教授。
元・闇の魔法使いと言われているスネイプ教授。
信用されていないから何も教えてもらえないのか。
それとも、私が心を閉ざすから、大事なことを話してくれないのか。
こちらに杖を向けたままのスネイプ教授から何も聞き出すことはできないだろう。
私は小さなため息をついた。
『……帰ります』
「待て。話はまだ終わって」
扉を出る寸前に掴まれた右腕。
激痛に声を上げそうになったが押し殺す。
「!?折れている……あの時か」
スネイプ教授の顔色が青くなる。
逃げようとしたが右手の使えない私は体を押さえつけられ袖を彼に捲り上げられてしまった。
赤黒くなった右腕。
骨が折れているのが見た目でも分かる。
「治療する」
『結構です』
「いいから来い」
『離して。あなたを信じられない』
元・死喰い人。
本当にこの人はダンブルドア側の人間なの?
その前に、私はダンブルドア校長を信じているの?
「雪野」
命令に従っていればいい暗部の時とは違う。
ホグワーツに来てから思っていたこと。
何を信じるか、自分で選ばなければならない。
そもそも、信じるって何?
『……クィレル教授から聞きました。あなたが元・死喰い人だったと』
揺れたスネイプ教授の瞳。
胸がギュッと痛くなる。
『あなたと同じ。私もあなたを信用できない』
でも、どうして?
私は何でこんな苦しい気持ちになるの?
『失礼します』
私はグチャグチャになった感情を押さえつけ帽子を取りに大広間へ向かった。