似たもの同士
階段を降りて行くと、鼻腔を擽るようないい匂いが漂ってきた。
ほんのりとバター風味の甘い香りに導かれるように食卓へ足を踏み入れると、割烹着に身を包んだ塔子さんが振り返った。
「ちょうど今出来上がったの!座って待っててね」
優しく微笑みながら言われ言葉に、俺は滋さんの斜め前に座る。先生を床に降ろすと、自分より大きな椅子を動かして蛍も俺の隣の席に座った。
少しして、湯気がたつ黄色に包まれたご飯が目の前に並んだ。
「オムライスだ」
口をぽかんと開けて、呆気にとられている蛍を見て塔子さんは柔らかい笑みを浮かべる。
「蛍君がオムライス好きって聞いたから、作ってみたの」
「……っ、」
蛍の息を呑む音が、やけに大きく聞こえた。片側の長い前髪から覗く、紅い瞳は大きく見開かれ、塔子さんを映して揺らめいている。
「あ、ありがとうございます」
机の真ん中に置かれたケチャップに手を伸ばして、なんとなく誤魔化しているけれど、動揺は隠しきれていない。俺には、蛍が今、何を思っているのか読み取れて、心臓を鷲掴まれるような気持ちになった。
「良かったな、蛍」
自分だけの為に何かを与えられるのは、くすぐったい。
ましてや、今まで知らなかった優しさと想いを与えられると、戸惑ってしまう。
「う、ん」
かつて、俺がそうであったように。蛍も、今それを感じている。
「それじゃあ、食べましょうか」
塔子さんはそう言いながら、俺の正面の席に座る。滋さんは、全員席に座ると手を合わせて頭を軽く下げた。
「塔子さん、ありがとう。いただきます」
「いただきます」
三人揃って復唱すると、蛍は卵の上にケチャップで絵を描き始めた。その様子を眺めていると、赤いケチャップで描かれた絵は、次第に丸みを帯びた猫の姿をかたどる。
「おや、ニャン五郎かな?」
「まあ!上手ね!」
同じように蛍を見守っていた二人が、あまりにもそっくりな出来栄えに感嘆の声を上げた。蛍は照れているらしく、目を逸らして無言で頷く。
先生も気になっているらしいが、飼い猫のフリをしている手前、迂闊な真似は出来ない。
それにしても、本当にそっくりだ。
「蛍。良ければ、俺のにも描いてくれないか?」
蛍が絵を描いたオムライスは、元より美味しそうだったのに、魔法が掛かったようにもっと美味しそうに見えた。
「無理にとは言わないんだ――」
「や、やる!貸して」
蛍は自分のオムライスを退かして、俺のオムライスの乗ったお皿を前に持っていく。開きかけのケチャップの蓋をオムライスに向けながらも、頬が上がっている蛍に安堵した。
「……できた」
「ふむ。今度は犬か」
押しやるように俺の前にずらされた皿の上には、独特な絵が描かれていた。滋さんは犬と言っているが、妖のように見えて息を呑む。
いや、それはない。
子供が描いた絵だ。蛍に妖は見えていない筈だ。
「ありがとう。何だか食べるの勿体ないな。せっかく描いてくれたのに」
「また描けばいいだろ」
言い終えてハッとしたように、そっぽを向く蛍。髪から覗く耳が赤く染まっていて、俺は蛍の頭に手を置き、一匙掬って自分の口にオムライスを運んだ。
「美味しいな」
「塔子さんが作ってくれたんだから、当たり前だろ」
棘のある言い方ではあったが、頭を撫でながら微笑みかける。そっぽを向いていた蛍が俺に向き直り、鋭い視線が飛んでくるが俺は手を止めない。
確かに塔子さんが料理が上手なのもあるが、蛍が絵を描いてくれた御蔭でさらに美味しかったのも事実。
「蛍は絵が上手だな」
「……別に」
弟がいたらこんな感じなのだろうか。声に出すことなく、心の中でぼんやりとそう思った。甘えるのが下手な蛍を、構いたくて仕方が無い。
どんな憎まれ口を叩かれても、簡単に許してしまいそうだ。