似たもの同士




「ここが俺達の部屋だ。布団がまだ一つしかないから、暫くは一緒に寝ることになるだろうけど」
「……。」

 返事なし、か。俺の背後を終始無言でついて来る蛍を、静かに尻目で見る。相変わらず、その無表情が変わることは無かった。ただ、話を聞いているのかいないのかは分からないが、俺の後ろを素直について来るその姿には頬がゆるりと緩む。

「何か分からないことがあったら、何時でも聞いてくれ」
「……。」

 やはり、俺の言葉に返事が返ってくることは無かった。それどころか目線すらも合わなくなった。先程、玄関で名乗りあった以来、ずっと無言で壁際に座っている状態だ。

 もっと真ん中で座ればいいのに、と俺は苦笑いを浮かべる。


「隣、座るぞ」

 返事はない。

 俺は勝手に蛍の隣に座ることにした。そうして、目を瞑って少しだけ前のことを思い出す。玄関で挨拶した後、蛍は一度トイレに行って傍を離れた。その間に俺は、塔子さんに蛍のことについて聞いて、蛍を少しだけ知った。

 蛍は、今よりも幼い頃に両親を亡くしている。

 それから、親戚に預けられていたが精神的な面で情緒不安定になったらしく、誰もいない場所に話し掛けるようになった。何もない所でよく転び、よく怪我をする。
 そこから外にさえ出ることも少なくなった。


「ねえ」

 それが原因で、気味が悪いと蛍は押し付け合うように親戚中をたらい回しにされていたと聞いた。

 何処か、俺と蛍は似ている。
 誰も自分を理解してくれる人が居ないのは―――。


「――ねえ!」
「え?あ、どうしたんだ?」

 初めて、蛍から声を掛けてくれた喜びと共に、驚きで反応が僅かに遅れてしまった。蛍は俺の反応が遅かったことに何にも反応をせず、一点をじっと見つめている。

 ―――そこに居たのは。


「先生?」


 蛍が見つめていた先―――座布団の上に居たのは、丸々とした姿の猫。ニャンコ先生だった。今まで何処に行っていたのかと思っていたが、帰って来ていたのか。


「ああ、この猫か。この猫は許可を貰って飼っているんだ」

「そうなんだ。……ね、触ってもいい?」
「ああ」

 蛍の触ってもいいかという問いに、俺が許可を出すと先生は厭そうに顔を歪めた。普段、ブサイクだとか言われ続けて、興味を持たれるのには慣れていないのだろう。
 そして先生に触れた手は、腫れ物に触れるような、優しい手付きだった。


「ふわふわだ」
「にゃん」

 まるで、当たり前だろうとでも言いたげな顔だ。しかし、まあ―――蛍の子供らしい顔を初めて見た。興奮からか楽し気に先生を触っている時の顔は、自然に笑顔になっている。

「あ、やめ!くすぐったい!」
「にゃんにゃん!」

 まだ子供なのに、そんな辛い思い何てして欲しくないのに。俺もその苦しみは痛い程分かる。けれど、変わってやることもできなくて無性に悲しくて、苦しくなる。

 何か、少しでも俺にできることは無いのか。

 だから考えた。


 いつか、蛍が行きたいと思ったところに、蛍と滋さん、塔子さんを連れて楽しい思い出を作りに行くんだ。
 その笑顔が絶えないように。俺はただ傍で、見守っていたい。



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