汚い



「ああ、この猫か。この猫は許可を貰って飼っているんだ」

 ふうん、と空返事を返して猫から目を離さない。
 先生と呼ばれた猫は、ふてぶてしく座布団の上に座ったまま、僕と同じように僕から目を離さない。不思議と、猫とは違う雰囲気をもつこの子に親近感を抱く。


「ね、触ってもいい?」
「ああ」

 触りたくなって聞いてみると、すんなりと許可がもらえた。頭がいいのか言葉を理解したかのように、猫は厭そうに顔を歪めた。
 そんな顔しなくていいのに。


「ふわふわだ」
「にゃん」

 いざ触ってみると、とても毛並みが良かった。大事にされているのだろう。誇らしげに僕を見上げて来る猫の顔がおかしくて、自然と笑いが零れる。
 膝の上でされるがままになっていた猫は、急に立ち上がると服の中に潜り込んでくる。


「あ、やめ――っ、くすぐったい!」
「にゃんにゃん!」

 お腹に毛があたって、笑いが収まらない。
 やめるようにいっても、仕返しなのか中々やめてくれない。

 こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。





「貴志君ー!蛍君ー!」

 猫と触れ合うのに夢中になっていたら、塔子さんの声がする。撫でるのを中断すると、それが気に喰わないのか、膝上の猫が僕の頬を柔らかい肉球で押し上げて来る。
 柔らかいなと思う中、何の用だろうと耳を澄ます。


「もうすぐでご飯が出来上がるから、そろそろ降りてらっしゃい!」

 ああ、ご飯か。
 返事を返そうと、口を開いたその瞬間―――。


「はーい、今降ります!」

 真横から聞こえた大きな声。
 あまりにも突然で、僕は目を見開いた状態で男を見ながら固まってしまう。


「じゃあ、行くか――」

 申し訳なさそうに、男は僕を見てから微笑む。


「蛍」

 名前を呼ばれただけなのに、どくん、と胸が脈を打つ。苦しさとは違う感覚に首を傾げながら、自然と僕は返事を返していた。
 
「……うん」

 ああ、そうだ。

 部屋を出て行く男の後を追おうとした途中、僕は足を止める。
 忘れたら駄目なことがあった。



「ん」

 猫の前に行き、膝を付いて両手を広げる。ご飯を食べるのは猫も一緒だ。それに、家族は一緒に食べるべきだ。一人でいるのは寂しいだろうし。

「っ、ああ、そうだな。先生も一緒だ」
「にゃん、にゃんにゃん!!」



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