ナイトメア
「はぁ…ッ、なん、なんだ……」
中也さんが来てくれた御蔭で、某は部屋を飛び出して無我夢中に走った。
マスクを顎にやり、大きく深呼吸を繰り返し乱れた呼吸を整えることで、自分がどれだけ走って来たのかが分かる。
「っ、あっつ」
身体の奥で大きく心音が鳴り響いて、沸騰したように顔が熱い。太宰さんは、某に嫉妬していたのでは無いのか。あの表情はまるで―――
「餓えた、獣だ」
「――雲雀か?」
その声が耳に届いた瞬間、某は弾かれるように顔を上げた。黒い外套に、短く切り揃えられた前髪。某と揃いの癖のある黒髪と、すらりとした立ち姿は間違いない。
「兄さん!」
居ても立っても居られなくなった某は兄の元へ駆け、胸の中に飛び込んだ。すると、兄さんはゆっくりと某に向けて手を伸ばす。何をするのかと動かないでいると、兄さんは某の顔を覗き込んで顔に纏わりついた髪の毛を指先で払った。
「久し振りの兄さんだ」
「そうだな。また少し痩せたか」
兄さんにだけは云われたくない。その意を込めて抱き締める力を強めると、某より少し大きな掌が背中を擦る。矢張り、某は兄さんが一番好きだ。
何も聞かずとも、傍に居てくれる。
「今日も任務?昨日も敵対組織を壊滅させたと聞いた。少しくらい休まないと」
「良いのだ、雲雀」
低く掠れた声に、胸が締め付けられる。何時もそうだ。
何時もそうやって無茶をする。
「あの御方にも認められれば、こうして過ごせる時間も増える」
嬉し気に、けれど苦しそうに某を見つめる瞳は、見るのも辛い。今にも押し潰されそうな兄さんを見ていると、泣きそうになる。心の中では、今すぐ止めようと叫ぶ声が残響している。
けれど、其れは兄さんの努力を否定する侮辱に等しい。
「……分かった」
溢れ出る感情を押し留めて返事をすると、兄さんは満足そうに笑み、背中を撫でていた手でくしゃりと某の頭を撫でた。