ナイトメア
瞼を瞑り、手の平を被せると真っ暗な闇が視界を覆う。生物は何故、睡眠をとらなければならないのか、某は皆目見当がつかない。然し乍ら、生物は睡眠をとらなければ生活に支障が生じる。某は諦めて、闇に身を委ねた。
……アレは何だ。突然、何も見えない空間から無数の黒いナニカが伸びて――ッ呑まれる。
「っ、は……はぁ」
身体中に不快感を抱きながら、某は飛び起きた。
元から低かった体温が更に低下した気がする。荒くなった呼吸を整える為に、何度も何度も繰り返して息を吐く。此の様な為体に為ったのは、果たしていつ頃だっただろうか。
確か其れは某が貧民街に居た頃だ。
その頃、某は、兄さんや姉さん。それから、八人の仲間と暮らしていた。
或る日、八人の仲間の内の一人が怪我を負い、泣き喚いた。某は不憫に思い、血が止めど無く流れる部位に、布切れを宛がおうとしたその時。某の衣服が、獣の姿に変化した。
其れが何なのかは、瞬時に分かった。
"異能力"。
兄さんも衣服を変化させる、この力を持っていた。兄の異能は変幻自在で、某は何時も憧れの眼を向け続けてきた。そして、今日。某にもその異能が扱えるようになった。
初めて使う異能の筈なのに、不思議とそれの扱い方は脳裏に浮かんできた。某は怪我を負った仲間の一人に近づいて行く様子を、思い浮かべる。見事にその異能は思うように動き、獣が近づいて行くと、何をされるのかと顔を強張せたヤツだったが、怪我をしていた部位を噛まれ、見る見るうちに治って行く其れを見て、表情は驚愕に変わっていた。
そこからだ。
某がこう為ったのは。某は、怖かった。暗闇の中で、視えないナニカに呑まれそうに為るのが嫌だった。
時刻を刻む時計を見て、小さく溜息が漏れる。
今日もまた眠れなかった。