ナイトメア
「今、何と――?」
「ですから、」
―――"太宰治が消えた"。翌日、太宰さんの部下から聞いた言葉に耳を疑った。
ポートマフィアの史上最年少幹部であり、中也さんと二人で「双黒」と呼ばれていたあの人が消息を絶っただと?
沸々と怒りが湧いてくるのを感じた。太宰さんは、ポートマフィアを裏切った。
「ど、うし……って」
誰も居なくなった部屋で一人、枕元を濡らす。最早、この感情が怒りなのかさえ分からない。悲しいのか、悔しいのか、もうぐちゃぐちゃだ。
遊びだと口にしてくれれば良かったと、一瞬の気の迷いだと思っていたのに。
「ッ、ぅ」
分かっていた。それが偽りの気持ちだと。でも、云えるわけなかった。
本当は、気づいていた。
太宰さんが好きで、どうしようもなく触れたいと。
「だざ、いさっ」
後悔ばかり脳裏に浮かぶ。声が枯れるまで名を呼んでも、太宰さんは戻ってこない。もう、全てが遅いのだ。失った時間は戻ってこない。
何処で選択を間違えたのだろうか。何を選べば、あの人の傍に居られた。
森side
太宰君が消息を絶って二週間が経った。
反応は様々で、畏怖する恐怖の対象が去り喜びを露わにするものや、組織を裏切った彼に復讐心を抱く者も居たりした。少なからず、彼の存在は大きい。
彼が居なくなって、特に重症な子を私は知っている。
「……っ、」
「失礼するよ」
二週間もの間、部屋から一歩も踏み出さない雲雀君の部屋へ許可なく入室する。灯りも点けていない部屋は、それはそれは真っ暗だった。
嗚咽が聞こえる寝台に向かうと、私はそっと腰を下ろした。
「そんなに涙を流すと融けてしまう」
返ってくる声はない。代わりに、嗚咽音だけが耳に届いた。
雲雀君は、身も心もボロボロだった。
無意識のうちに心の拠り所になりつつあった、太宰君を失っただけじゃない。異能力による代償。怪我を喰らうことにより、対価として人間の三大欲求と云われる睡眠欲が削られる。
異能を無効化する太宰君が居たからこそ、彼は眠れていた。
「こら、こっちを見なさい」
華奢な腰を掴んで抱き起し、膝の上に座らせる。元から白かった肌が更に蒼褪め、目の下に浮かぶ隈が痛々しく見える。脱力した躰で、どこか一点を光のない目で見続ける。
その瞳からは、大粒の涙が溢れていた。
「覚えているかい?御呪だよ」
「ッ、ぁ」
痩せ細った小さな体躯を優しく抱き締め、耳元で囁く。戸惑うように、恐る恐る背中に回された腕。少し抱いていた力を強めると、雲雀君の睫毛がふるりと揺れた。
「もう、寂しくないよ」
首領の、香りがする───と、ぼんやりと口にして雲雀君は顔を綻ばせた。