ナイトメア
「……本気ですか」
「勿論」
足早に地下廊を歩く太宰さんの後を追いながら、某は怒りに拳を震わせる。あの後、太宰さんはこう告げた。酒場で出逢った男―――織田作之助は、どのマフィアよりも恐ろしい。そして、兄さんが何年も経っても敵うことはないだろうと。
確かに、経験の差はあるだろう。
それでも兄さんの努力を踏み躙ることを安易に口にするなど―――
「……すまなかった」
太宰さんは、徐に謝った。
何に対する謝罪かは分からない。ただ、一つだけ分かる。織田作之助に向けた讃美は嘘偽り無いことが。もう、胸が押し潰されそうだった。
「それ程、あの男が大事ですか」
某を見る太宰さんの表情は、辛そうだった。それもそうだろう。他人に興味を持たない様な冷酷な男が、率先して手を貸す相手。大事な人に決まっている。
矢張り、某は一瞬の気の迷いに過ぎなかった。
「速く行ってください」
「ま、っ……!」
肩に触れようとした手を振り払う。某の口から出た言葉は己でも驚くほど冷たかった。行き場を失った手は宙を彷徨い、太宰さんは口を閉ざした。
「さよなら」
一度声に出してしまえば、溢れんばかりに我慢していた言葉が出ていく。まるで某は、癇癪を起すどうしようもない子供のようだ。