ナイトメア




「うそつき」

 今度、逢引に行こう。その約束が果たされることは無かった。

 その理由は主に二つ。
 マフィアの専属情報員である、坂口安吾の消息が絶え、酒場で出逢ったあの男が首領直々に捜索の任務を受けた。
 もう一つが、その一件に太宰さんが介入しているからだ。


 期待していなかった、と云えば嘘になる。
 某とて、負傷した構成員の治療をしたりと仕事がある。太宰さんもそれは同じ。然しそれを終えた後、もしかしたらと少し期待していた。



「――雲雀君」

 そんなことを思いながら廊下を歩いていると、背後から太宰さんの声がした。よっぽど遠くから某を探して居たのだろう。伸びきった蓬髪が乱れている。

「来てほしい」

 有無を言わず、いきなり腕を引っ張られる。ずるい人だ。某がもう抵抗しないのをいいことに。広い背中を睨みながら、某は腕を引かれるまま歩いた。
 向かっているのは、地下か。地下には、裏切り者や捕虜を拷問する収監所がある。
 某でも訪れたことが少ない唯一の場所。

 太宰さんはそこを通り過ぎて、更に奥地へ進む。進むに連れて、漂う血腥い腐臭。歩く度に靴底に付着する液体に不快感を抱く。
 やがて、太宰さんは一つの鉄扉の前で足を止めた。


「死体?」

 大きな背から覗き込むように中を見る。収監房の中央に倒れ、血液を垂れ流す三人の男。其の傍には、太宰さんの部下である三人と、頬を腫らした己の兄が居た。
 駆け寄りたくなるのを抑え、某は男達に目を遣った。


「良かった。まだ生きている」 

 倒れ込んだ男の傍で安否を確認した太宰さんは、某を見る。射るような真っ黒な眼差し。つぅ、と冷や汗が垂れた気がした。

 この人は、怒っている。


「『邪宗門』!!」

 某がやることは、たった一つ。何としてでも情報源である男達を治療し、一命を取り留めさせる。
 白獣が駆け、怪我を喰らう。

「っ、ぅぐ」

 見る見るうちに負傷した男達の傷跡が消え、息を吹き返す。完治とまで行かない所で某に制止を掛けると、太宰さんは部下に指示を出す。


「何としてでも吐かせろ」



12/17ページ
スキ