ナイトメア
「織田?」
てっきり、太宰さんが呼ぶので織田作と云う名だと思っていた。それにしても織田作之助、か。耳にしたことも無い名だった。本人が云う通り、只の構成員なのだろう。
「そう云うお前は芥川か。聞いたことがある」
「何?」
殺戮に特化した異能力者。その異能力を用い躊躇なく殺人を実行し、組織に貢献する男。最も俺が聞いたのは龍之介と云う名だったがな、と男は酒を口に運んで云った。
「それは、某の兄だ」
流石、兄さんだ。噂される程に活躍している。
兄さんの活躍を聞くと自分のことのように嬉しくなり、男にもっと聞かせろと期待の眼差しを向けた。
「ほう。兄が居るのか」
男は、まるで幼子を相手するかのように柔らかく微笑む。胸元の開いた黒地の襟衣に、酒を煽る姿は様になっていて、急に恥ずかしくなった某は目を逸らす。
そんな某を見て、男は喉を鳴らして笑った。
「……私は除け者かい?妬いちゃうなぁ」
腰に手が回されたと思ったら、もう片方の手で目元を覆われた。視界が真っ暗になり、冷や汗が垂れる。
「悪いな。邪魔者は撤退するとしよう。またな、太宰」
「待っ―――」
別れを口にした男の足音が遠ざかる。先程まで居たはずのバーテンダーの気配も無い。可笑しいと感じた時には、もう遅かった。
「やっと、二人きりだ」
太宰side
「ひばり」
目元を覆っていた手を下に動かし、つぅ、と親指の腹で唇をなぞる。自分でも初めて知ったが、私は嫉妬深い男らしい。
「私を見て」
「っ、ん!?」
織田作が飲み残した酒を口に含み、雲雀君の唇と重ね合わせる。逃れようと雲雀君は腰を引こうとする。そうはさせまいと私は片腕で細い腰を抱き寄せ、後頭部を押さえつけた。
「ッん、ん」
僅かに口を開いたところに、舌で口内を弄ぶように酒を流し込む。ひくり、と喉が震え呑み込んだのが分かると、一度唇を離して雲雀君を見る。
白い肌が、夕陽に照らされたように紅く染まっていた。意識が遠のいているのか唇は半開きのまま、蕩けた瞳で私を見ながら頬を紅潮させている。
「はッ、だざ……さ、っん」
熱に浮かされながら私の名を口にする雲雀君から、目が離せない。ふと、腕の中で無抵抗で乱れる姿を想像してしまう。
私を求め、快楽に堕ちる雲雀君の姿。
たったそれだけだと云うのにぞくりとした熱が、背筋を駆け上った。
「君が誰かの名前を口にする度に、嫉妬で狂いそうになる」
そもそも、雲雀君が悪いのだ。
兄さんが、兄さんは―――と私ではない男の名を、私には見せない表情で語る。私だって男だ。気分の良いものではない。
「なんッ、で」
「君が好きだからさ」
耳元で囁きながら頬に触れると、大袈裟なくらい雲雀君の肩が跳ねた。まるで初めて誰かに触れられたような反応だ、と私は口の端を上げて笑う。
「愛している」
胸に秘めた想いを告げて、優しく口付けた。
ああ、甘い。