鷲は飛び立ち青き空を舞う


 広間で朝食を摂ると、授業を受ける為に移動する。

 たが、ホグワーツ城は、広い迷路のような場所だった。
 校内には、142段も階段がある。広い壮大な階段や狭いガタガタの階段。金曜日にはいつもと違う所へ繋がる階段に、真ん中辺りで毎回一段消えてしまう為、忘れずにジャンプしなければならない階段。

 それも、階段だけではない。扉も摩訶不思議だった。


「…はぁ」

 親切な上級生に予め場所は聞いていたのに、これでは一向に着く様子が無い。初日から遅刻する何てことだけは、どうしても防ぎたい。

「――案内するわ」

 困り果てていたその時、薄っすらと靄が掛かった煙が形を模り始め、灰色の女性が目の前に現れる。少し驚いて何度か瞬きをすると、その女性が早朝、ノアの部屋で出会ったゴーストだと気付く。ちらりとこちらに視線を向けてすぐに、ノアの返答も聞かずに、目指す教室へ案内してくれている彼女の後を追いながら、ノアは静かに微笑む。

「また、会えたね」
「そうね」

 後ろからでは彼女の表情は窺えないが、心なしか声が弾んでいるように聞こえる。

 そう言えば、とノアは心の中で思う。
 もう彼女と会うのは二度目だと言うのに、彼女をゴーストと呼び続けるのは余りにも色味が無かった。誰にでも、この世に生を受けた時から名前という色がある。

「よければ、名前を…」

 教えてほしい。そう口に出した言葉で、彼女の足が止まったのを見て、すぐに失言だったと気付いた。謝ろうと口を開いた途端、振り返った彼女が距離を詰め、ノアの唇に人差し指を押し当てる。

「大丈夫。貴方は悪くない。…私に勇気が無いだけ」

 冷やりとした感覚が次第に離れて行き、彼女はふわふわ宙に浮き、その衝動で灰色の髪が肩から滑り落ちる。


「――また、今度」


 それと、もう着いたわよ。と、真横にある扉を指差され、彼女のさりげない優しさを感じた。柔らかく微笑んで御礼を告げると、彼女はシャボン玉のように儚く姿を消した。

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