鷲は飛び立ち青き空を舞う



 ああ、いよいよ今日だ。
 ――ついにこの日、ノアがホグワーツへと出発する時がやって来た。

「いい、ノア?何かあったらすぐに手紙を送ること。学校で何か嫌なことや辛いことがあったら何でもいいから相談しなさいね。それと、」
「分かりました。院長先生も皆も何と言うか、そうだなぁ…心配性だ」

 一息も吐かずに喋り続ける院長の言葉を遮って、人差し指で頬を掻きながらノアは苦笑した。
 実はと言うと、孤児院を出る時もノアは他の子達に院長と同じ言葉を幾度も言われていた。身を案じてくれるのは嬉しいが、これでは耳に胼胝が出来てしまう。

「でも、あー。ええ、そうね。けれど最後に一つ言わせてちょうだい」
「何です?また心配?」
「違います、もっと大事なことよ。身体に気をつけていってらっしゃい」
「それ、一緒じゃないですか」

 何を言ってくるのかと身構えれば、それもまた心配の言葉でノアは笑いを堪えず吹き出してしまう。だが、その一言はしっかりとノアの胸に届き、別れを惜しむように院長の身体を抱きしめる。

「出来るだけ毎日手紙を送ります」
「ええ」

 自分の背中に回された腕が震えているのを感じて、ノアは微かに目を開きながら、優しくその腕を離し、院長の手を両手で包み込む。

「いってきます」
「…ええ」

 最後に院長の物悲しそうな表情を見て心が痛んだが、謎に包まれたプラットフォームを探すためにノアは重いトランクを引き摺りながら駅の中へ足を進めて行った。


 さて、困った。ノアはそう思いながら9番線と10番線のプラットフォームの近くで溜息を吐いた。切符に書いてあった通りに来たのはいいが、やはり9と3/4番線何て存在しなかった。
 おまけに梟を連れているおかげなのか、周囲からはジロジロと見られて余りいい気分ではない。

 勿論、それも視線を集める理由だったが他にもノア自身にあったことには気づかずに。



「なあ、おい。あそこにいるのノアじゃないか?」
「本当だ、間違いない。おーい!ノア!」


 そんな時だった。ノアの耳に救世主の言葉が飛び込んで来たのは。その声は、数ヶ月前に洋装店で会話した二人のもので、困り果てていたノアは勢いよく後ろを振り返った。

 ノアと同じようにトランクを押しながら走って向かって来ているのはやっぱり、あの二人だと分かったノアは笑顔で手を振りながら返事をした。

「やあ、フレッド。ジョージ!」
「久し振りだな!ついに俺達もホグワーツ入りだぜ!」
「そうだね。それより、後ろの方達は置いてきてよかったの?」

 そう言ってノアは二人を心配そうに見つめる。二人はその言葉でハッとして、ギギギと音がしそうな動きで首を後ろに向けると、一瞬にして顔を青ざめた。
 そこには、自分達の母であるモリー・ウィーズリーが憤怒の形相で近づいて来ていた。


「こら貴方達!!急に走り出すのはおよしなさい!!」


 間近に聞こえる凄まじい怒声に、思わずノアは肩をビクつかせる。


「ごめんってママ。ほら、この子だよ。ダイアゴン横丁で会った」
「あら、ごめんなさいね。大きな声なんか出してビックリしたでしょう」
「い、いえ。気にしないでください」

 フレッドとジョージに向ける表情を変えると、どこか二人の面影がある赤毛の女性がノアに向かって優しい笑みを浮かべる。

「私はモリー・ウィーズリー。あの子達の母親よ。後ろにいる二人はもうホグワーツの生徒だから、何か困った事があったらあの二人に何でも聞いて頂戴ね」


 チラッとノアは角縁メガネをかけている人と体格のいい人を見た後、会釈する。すると、二人も会釈をしてくれて「よろしく」と言って手を差し出してきた。
 ノアも微笑みながら、手を出して握手を返す。

「それで、ノアはこんな所でどうしたんだ?」
「あー、それが9と3/4番線がどこにあるか分からなくて」
「そうなのね!心配しなくていいのよノア。チャーリー先に行って見せてあげて」

 どうするのだろうと見ていると、先程握手を交わした人がプラットフォームの9番線と10番線に向かって進んで行った。ぶつかるっ、と目を背けようとした途端、その姿は一瞬の内に壁の向こうへ消えてしまった。

「えっ!フレッド、ジョージ。見たかな?今、君達のお兄さんが壁の向こうに…!」

 目を輝かせるノアに、フレッドとジョージは笑ってトランクを押す。

「ああ、見たさ!俺達も早く行こうぜ!」
「ノア、俺達の間に入って一緒に行こう」

 ノアの返事を聞く間でもなく、フレッドは走り出した。それに続くようにしてノアも勢いよく走る。次第に壁が迫り来るが、二人が一緒だと不思議と何も怖くない。


 走って、走って、地面に向いていた顔を上に上げる。


「わぁ…!」


 鮮やかな紅い色の蒸気機関車がノアの目に映る。呆気に取られるノアの両肩に、フレッドとジョージは、ぽんと腕を置いて先頭の車両を眺める。

「おいおい、前の方はもう満席だ」
「そうだな。真ん中の車両に行ってみよう」

 肩に置いていた腕を降ろし、今度はノアの背中を押すようにして二人は進む。


「あ、あそこ!誰もいないよ」


 誰も居ないコンパートメントの席を見付けて、ノアは指を指す。二人も頷いて、トランクを持ち上げて中に入った。



「なー、ノアはどこの寮がいい?」


 列車が動き出して数分、不意にフレッドがそう言った。──ええと、寮?とノアは首を傾げる。どこの寮と言われても、ノアはつい最近まで魔法を知らなかった普通の子供だ。
 魔法、ましてやホグワーツのことなど、皆無と言っていいほど知るはずが無い。

「えーと、その寮はいくつかあるの?」
「ああ!ホグワーツには四つの寮がある!」

 首を傾げるノアに、ジョージが得意げに立って語り出す。

 まず一つ目『グリフィンドール』。グリフィンドールは、勇敢な者が集う寮。ちなみに俺達家族は皆グリフィンドールなんだ、とウィンクして見せる。
 お次は『ハッフルパフ』で、心優しくてまっすぐな者が集う寮。『レイブンクロー』は機知と叡智に優れた者が集う寮。


「最後は『スリザリン』。優れた才知を持つ者と狡猾な者が集う寮だな」
「俺達は、断然グリフィンドール!」

 最後まで真剣にジョージの説明を聞いて、ノアは頭を悩ませた。どの寮もそれぞれの個性があって、良さがある。どれか一つを選ぶには難しい。
 ああ、でも一つだけ確かなことがある。それを伝える為に、うーーん、そうだなぁ──と、今まで悩んで閉じていた瞼を開け、顔を上げる。


「…僕は二人と一緒だとどの寮でも嬉しいな」


 おいおい、本気かよ。まるで口説き文句だ。
 照れもせず平然と言ってのけるノアに、フレッドとジョージは自然と笑みが零れた。どうやら、俺達は大物に出会ってしまったらしい。

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