鷲は飛び立ち青き空を舞う



 採寸が終わるとノアはマダムの店をいそいそと出て、ドアの横を見ると腕を組んだスネイプが黙ってノアに視線を送る。そしてまた「ついて来い」とだけ短く言うと、長い足でずんずん歩き出す。
 暫くして立ち止まったかと思えば、次は書棚にぎっしり積み上げられている本が窓越しに見える書店に入って行く。


「わあ!」


 足を一歩踏み入れてみれば、視界にもっと沢山の本が目に入る。切手くらいの大きさの本に奇妙な記号ばかりの本。本のはずなのに何も書いてない本まで。
 背後でスネイプが眉間に皺を寄せてから、ノアの為に態々一年で使う教科書を探しに行ったことを気づかずにノアは引き寄せられるかの様に、ある一冊の本を夢中で読み耽った。

 本の題名は『幻の動物とその生息地』

 見たことが無い魔法生物に関する絵や知識が書きこまれている。長年外に出ていなかったノアが興味を示すには十分だった。

「ニフラー?」

 ページを捲ると、ある魔法生物に手を止める。突き出た鼻に、黒くふわふわした体毛に描かれたカモノハシ見たいな魔法生物。
 何やらニフラーは、輝くものに惹きつけられ金属などを探して動き回るらしい。

「…かわいいなぁ」
「ここにあったか」
「わっ!?」

 驚いたように肩を揺らし、ノアはいつの間にか隣に立っていたスネイプを見つめる。スネイプは情けない声を発したノアを気にも留めず、今までノアが夢中になっていたその本を取り上げ、スタスタと購入しに行った。

 どうやら、あの本も教科書の一つだったらしい。

 書店を出ると最後の店だとスネイプに言われ、次に向かったその店は埃っぽいショーウィンドーに、色褪せた紫色のクッションの上へ杖が一本だけ置かれていた。
 扉には、剥がれ掛かった金文字で『オリバンダーの店:高級仕立杖、紀元前三八二年創業』と書かれている。

 古びて歴史を感じるドアを恐る恐る開けば、ノアの耳にはチリンチリンと心地よいベルの音が届く。


「おやおや、これは何とも珍しいお客様だ。こんにちは」
「こ、ここんにちは!」


 店の薄明かりの中で柔らかな声と共に大きな青白い目が、二つの月のようにノアを見る。何が珍しいお客様なのかノアは疑問に思ったが、続けて店に入って来たスネイプが黙って老人を顎で示しノアはギュッと口を噤む。

「どちらが杖腕ですかな?」
「あ、右です」

 杖腕という意味がいまいちよく分からなかったが、何となく察して利き腕を伝えると、老人は銀色の長い巻尺をポケットから取り出す。巻尺は独りでに動き出し、そして、ノアの肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から脇の下、頭の周囲と寸法を採って行った。
 その作業の合間に老人は、棚の隙間を飛び廻って箱を取り出して来る。

「では、これをお試しください。リンゴの木にドラゴンの心臓の琴線。28センチ。理想的な所有者を好む」

 スッと差し出され、手に取って振ってごらんなさいと言われてノアはその杖を手に取る。それから杖を少し振った途端、老人はあっという間にノアの手からその杖をもぎ取った。

「いかんいかん。ヤマナラシにユニコーンの毛。25センチ。どうぞ」

 先程の杖と何が違うのかは分からない。ただ素直に、手に取ってノアは杖を振ってみる。すると、何故か荒々しい風が巻き起こり店の中を吹き荒らす。その光景にあっけに取られているノアに次の杖を握らせるも、その杖もノアに合わず老人は奪い取る。
 また次へ、次へと棚から新しい杖を下ろす老人だったが、苦悩な表情は浮かべずにますます嬉しそうな顔をしていた。


「おお、そうじゃ。これなら…。滅多にない組み合わせだが。ヨーロッパナラの木材に不死鳥の羽根。32センチ」


 ナラの木は『森の王』と呼ばれ、ヨーロッパナラと不死鳥の羽根の杖の忠誠を一度勝ち取った持ち主が、それを上回るほど忠実なパートナーを見つけるのは難しいと言われている。ノアは惹かれるように、無言でその杖を手に取った。それは、今まで感じたことがなかった感覚。触れた指先から、暖かい『何か』が流れ込んできたような感じがして、ノアは軽く杖を振り上げた。

 ――その途端。

 ぶわっと青白い光が杖先から流れ出し、鷲の様な形に姿を変えてノアやスネイプ、老人の周りを飛び回り消えた。幻想的な光景に、ノアはごくり、と息を呑む。


「なんと、素晴らしい!」


 老人は盛大に拍手をしながらノアを絶賛し、スネイプは驚愕する。
 薄っすらとしていて弱々しいモノだったが、あれは、まごうことなき守護霊パトローナスだった。あり得ない。魔法の存在も知らずに育った孤児の一人が、高度な魔法を扱うなんて。校長め。訳アリだとは聞いていたが、その才能を前にして頭を抱える。――が直ぐにスネイプは我に返ると、杖の代金を支払うとローブを翻して店の外へと出て行った。
 ノアは老人にお辞儀をすると、その後ろを急いで追う。


 気が付けば、もう店の外は赤く染まっていた。今まで買った荷物は孤児院にそのまま届けてくれるらしく、帰る時は来た時と全く変わらず手ぶらな状態。

「掴まれ」
「まさか…!また、付き添い姿現わしですか?あの、僕これ嫌いです。スネイプさんは大丈夫なんですか?」

 おどおどしながら手をギュッと強く握りしめるノアを見下して、スネイプは鼻で嗤う。ノアがまた口を開こうとしたその瞬間、視界がグルグル回る。

「うぅ」

 激しい気持ち悪さに襲われながら目をゆっくりと開くと、いつもの見慣れたベッドや本が目に入る。フラつきながらゆっくりベットに腰掛けたノアを見ながら、スネイプはローブから一枚の封筒を取り出してノアに手渡す。

「ホグワーツ行きの切符だ。九月一日、キングス・クロス駅発。全部切符に書いてある」

 ノアは内心、次は付き添い姿現わしでなくて良かったと安堵し、封筒の中身に目を通す。しかし、そこには疑問に思うところがあった。特急が発着するのが9と3/4番線と記入されているが、そんなプラットフォームの番号は存在しないはずだ。

「あの、スネイプさん。9と3/4番線ってどこですか?」

 封筒から顔を上げ、ノアは目の前に立っているであろうスネイプに聞く。が、驚いたことにそこにはスネイプの姿は消えていた。
 唖然としてノアは瞬きを数回し、頬をムッと膨らませ勢いよくベッドに倒れ込んだ。


「…一言ぐらい言ってくれたっていいのに」


 拗ねながら横向きになろうとした途端、目の前に紙切れが落ちてきた。なんだこれと思いながら字を読めば、淡々と廊下とだけ書いてある。
 その紙を持ちながらベットから身を起こして、廊下へのドアを開けた。

 すると、そこには目付きの悪い一羽の真っ黒な梟が真っ直ぐとノアを見据えていた。籠の端にダンブルドアから頂戴した金から買ったと書いてあって、ノアは一気に顔が綻ぶ。
 実はダンブルドアから貰った巾着には梟を買う金まではなかった。つまり、それはスネイプからの贈り物。

「これからよろしくね、――ブルース」

 ノアは梟を微笑みながら見つめ、優しい蝙蝠みたいな人から名前をとってブルースと名を付けた。

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