【中学生編】拝啓、何者にもなれなかった僕へ
昼休憩になると、やはり不和君は教室を出て行く。
彼が休み時間に外へ行っていると知った僕は、弁当が入った鞄を片手にその後を追い掛けた。
外へ出るには、一階の生徒玄関に行かなければならない。だというのに、不和君は玄関から遠ざかる階段を上って行く。不思議に思いながらついて行くと、辿り着いたのは人気のない四階廊下だった。四階廊下は授業以外で使うことが無く、不気味なほど静まり返っている。
なんだ、今日は外へ行かないのか。
それなら一緒に食べよう、と声を掛けようと廊下の角を曲がろうとした瞬間――僕は駆け出していた。
「(――――何故ッ!!)」
何故、窓の淵に足を掛けているんだ。ここは四階だぞ。こんな所から飛び降りたら、怪我だけじゃすまない。下手したら、一生目覚めることが無くなってしまう。
この時僕は、自分がこの個性を持っていたことに感謝した。
加速した脚力で廊下を駆け、今にも飛び降りそうな彼の元へ向かう。
伸ばした手が、不和君の腕を掴むまで、僅か数センチ。
「不和君!!」
あと少しだった。彼の腕に指先が触れた瞬間、焦る僕に目もくれず不和君は飛び降りた。
息が詰まる。救えたはずなのに、届かなかった。
あと少し、あと少し早ければ間に合ったのではないかと後悔する。
しかし、今はこんなことで時間を取っている暇はない。不和君が落下してしまった事を先生片に報告しなければならない。そうだ、まだ間に合う。重傷でも処置が早ければ、助かる可能性はある。
そうと決まれば、踵を返す。
待っていてくれ、不和く―――
「飯田くん」
耳に届いた彼の声に、は、と間抜けな声を出す。
聞き間違えていなければ、あの声は不和君のものだ。考えていたことが何もかも吹き飛んで、僕は窓から身を乗り出して下を見る。
「……は、はは」
重傷は間違いないだろうと思っていた彼は、散り始めた桜の花びらに紛れて、ふわ、と宙を浮いていた。
そうか、彼の個性だ。
あの時も、個性を使って花びらを浮かせたのか。全く。公的な場所での一般人の個性使用は、法律上禁止されているんだぞ。
そう小言を一言、二言言いたいのに、お伽話のように舞い降りるその姿に、僕は目を奪われていた。