【中学生編】拝啓、何者にもなれなかった僕へ



「飯田天哉くん」
「ん?」

 配布されたプリントを纏めている最中、名前を呼ばれ顔を上げて驚く。
 いつの間に正面に座っていたのか。思考が停止しかけている僕を、不和君の紫紺の双眸が映していた。

 はっとして辺りを見回す。説明会を終えた教室には、僕と不和君の二人しかいなかった。


「さっきは、ありがとうございました」

 それを伝える為に、遅くまで教室に残ってくれていたのか。
 律儀なその性格に僕はふっ、と口元に笑みを浮かべた。


「僕も一人で教室へ入るのは心細かったんだ。こちらこそありがとう」
「きみはお人よしですね」

 真面目や堅物だと言われたことはあるが、お人好しか。初めて言われたかもしれない。でも、悪い気はしなかった。

 僕が理想とするのは、規律を重んじ人を導く愛すべきヒーロー。
 兄のようになりたい僕にとっては褒め言葉だ。


「言いたかったのはそれだけです」

 教室から退出しようと、不和君は僕から背を向ける。去って行く背中に向かって、僕は慌てて声を掛けた。


「また明日!」

 不和君は出口に向かっていた足を一瞬だけ止めて、ほんのり笑みを浮かべて振り返る。


「はい。またあした会いましょう」



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