【中学生編】拝啓、何者にもなれなかった僕へ
四月のぽかぽかした陽気の日和。
優しく吹き抜けた風が、微かに香る桜の匂いを運ぶ。そんな風に漂うように、枝から落ちた桜の花弁が目の前を過る。誘われるように目で追い、視線の先に見えた姿に息を呑む。――僕が初めて彼を見たのは、一人で桜の木の下で佇む姿だった。
入学式が始まるには、まだ時間が早い。既にこの場に居るのは、校門の前で新しい門出を迎える子供と記念写真を撮ろうとしている親子達が多い。
そういう僕も、そのうちの一人だ。
ヒーロー活動で多忙だろうに、兄さんや父さん達は時間を割いて来てくれた。
「あっ……」
どこで写真を撮ろうか。あそこがいいんじゃないか。そう相談していた時に、僕は彼を見付けた。
遠目から見ても分かる、少し長めの蜂蜜色の髪。僕と同じ制服を着ているのに、何処か浮世離れした雰囲気の彼が身に纏うと、綺麗だなと思った。
皆、彼の前を通り過ぎるだけで、誰一人近づこうとしない。
「どうした、天哉?」
どれくらい経っただろうか。数分かは、彼に目を奪われて眺めていた気がする。そんな桜の方を熱心に見ていた僕を不思議がって、兄さんが不思議そうに声を掛けてくる。振り返って、ほら、あそこ。そう言って彼が居た場所を指差す。
だけど、そこにはもう彼の姿は無かった。
「ううん。何でもない」
静かに首を横に振って、兄さんを見上げる。彼はいったい誰なのだろうか。
彼の親御さんは何をしているのだろうか。一目目にしただけなのに、こんなにも彼が気になって仕方ない。
「……そうか?それじゃあ、そろそろ体育館の中に行くか!」
「うん」
伏せ気味で表情はよく見えなかったが、彼の横顔はどこか悲しげだった。出来るならもう一度、彼と会って話がしたい。