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熊が笑う。

 目の前をあえて通ってみたけれど、女性は何の反応もしなかった。女性の視界には私は存在していないのだ。
 それがわかればなんてことはない、キッチンもリビングも探し放題だ。
 ただ、冷蔵庫を開けたり、戸棚を開けたりしたときは、私の姿は見えていないから、ふと気がつくと開きっぱなしになっているだけように見えるらしく、女性は何度も首を傾げながらそれらを次々と閉めていった。
 怪奇現象か何かを疑われるのではないかと心配にはなったけれど、奇妙なほどに全くそんなことはなかった。
 そんな女性の鈍感さに助けられつつ、私は星を探した。しかしながら星はどこにも見当たらなかった。
 そもそも星とは何なのだろうか。何かもわからず闇雲に探して見つかるものなのだろうか。星を見つけられなかったらどうなるのだろうか。いつまでに見つけなければいけないのか、いつまで探さないといけないのだろうか。
 私は何ひとつ知らないまま、ただ響いてきた声に従って、流されるままに星を探している。
 キッチンもリビングもひと通り探し終えたけれど何も見つからなかった。リビングの先に電気の点いていない部屋が見えたので、次はそこを探すことにした。
 布団とベビーベッドが置かれているから、ここは寝室として利用されていることはわかった。
 窓から入ってくる灯りだけで探すのはやりづらいと感じるほどに部屋は暗かった。
 その暗い部屋の中で、不自然にきらりとしたものが見えた気がした。ベビーベッドのところだ。
 ベビーベッドには男の赤ちゃんがすやすやと眠っていた。
 彼の枕元にはあたたかい光を放つものがあった。きっとこれが星なのだろう。
 手に取ると自然と口に運んでしまった。

ーーゴリッゴリーー

 星を口にしたあと、内側からじんわりと熱が広がっていくのを感じた。光が広がっていくのを感じた。
 味は感じなかった。音はするのに食感もなかった。
 ただただ内側から広がっていく熱と光だけを感じていた。
 その感じた先に、ぼんやりと景色が広がった。ブランコと滑り台がある公園を、その公園に一角に植えられていたしだれ柳を、ポンと道路に転がっていくボールを、女性の叫び声を、急ブレーキの音を、このからだに受けた衝撃を。
 よく見るとベビーベッドの側に置かれた棚には女の子の写真があった。この女の子がきっと、最初に見た部屋の主であり、私なんだ。
 男の赤ちゃんの目がゆっくりと開かれた。
 私と目が合った彼は、確かに私と目を合わせて笑った。
 それにつられるように私も笑っていた気がする。
 笑うと光と熱が強さを増していく気がした。そして私は私の意思に反してこの家から遠ざかっていく。
 最後に目に入った玄関では、帰ってきた父を母が出迎える姿が見えた。
 
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