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星を宿すこと

 だからそれは、ほんの些細な違和感であったのだ。

 夕方の、それも研究室でもないただの教室で、黙々と作業をする姿に抱いた本当にほんの些細な違和感であった。
 最初はあまり気には留めなかったが、それでも同じ年齢、同じ学生という身分であるには、その作業をする手、特に表情は異質なものであるということを認めざるを得なかったのだ。

 正直なところ、この違和感を誰に伝えればいいのかは悩んでいた。
 ただでさえ俺は”ホシナシ”で、この学校での立場は弱い。下手なことをしてこの学校を追われることになれば、俺だけではなく家族までただでは済まないことは確実だ。
 入学する前から変わっているとは思っていたけれど、正直それ以上だ。ここは、この国にあってこの国ではないと言えるほどだ。
 だからこそこの情報は、俺にとってはある種切り札であり、同時に諸刃の剣でもある。

「やあ、妹さんの調子はどうだい?」
「学長さん……まあ、お陰様で」
「そうか、よかった」

 妹は昔からからだが弱かったが、移植が必要なほどの大病だとわかったところで、そんなことができるほどの金銭的余裕はなかった。
 そんなとき耳にした噂があった。

ーーとある山奥の学校に、どんな病も治すことができる超能力者がいるーー

 オカルトにも心霊にも、まして超能力とかいう胡散臭いことにだって興味はなかった。でも、藁にも縋る思いであったことは確かだった。
 ただ実際にその”約束”で入学すると、確かに妹の病状は改善された。
 ここ以外での病院にかかることができないので、その診断結果の信憑性には疑わしいところがないと言えば嘘になるけれど。それでも目の前の妹が元気な表情を見せてくれていることは本当だったので、他のどんな治療よりもこれに頼るほかはないのだ。

「そうだ学長、ひとつ伝えたいことがある」
「なんだい?」
「同じ学生とは思えない、何とも違和感を覚えるやつがいるんだ」
「違和感?」
「ああ、確実なことは言えないけれど、ただ……」
「ただ?」
「あまりにもこの学校の雰囲気になじまない、なじむ気のない、なんかひっかかるんだ」
「わかった、すぐ対処しよう。詳細を教えてくれ」
「信じるのか?俺の言葉を」
「直感や、違和感というのは、軽んじるべきではないからね」

 学長はそういうと、藤の花があしらわれている櫛をおもむろに取り出した。

「私はすでに、そういった体験をしてしまった、ただそれだけだよ」

 じっと見てからその櫛をしまって、学長室に呼ばれた。
 ここが一番安全だからと。

「じゃあ、頼むよ」
「わかりました」

 俺の話を聞くように任されたのは、左腕に痣のない学長の秘書だった。

「私も”ホシナシ”ですよ」

 俺の目線に気がついたのだろう。彼女はそう言った。
 それ以上踏み込んだことは聞けなかったけれど、”ホシナシ”同士だからだろうか、落ち着いて気がついたことを伝えることが出来た気がする。
 これも含めて、あの学長の配慮なのかもしれない。
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