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隙間から熊。

 引きずり出されたそれは、どうにも不格好な存在で、簡単に形容こそできなくはないが、決して見ていて気持ちのいい存在ではなかった。
 人間の、それも大人の男性のような腕をつけた熊だ。しかもその熊の表情がまた奇妙で、クレヨンで塗り潰したようなゆらゆらとした黒目に、よだれを垂らした半開きの口。ゆるいのかごついのか、単に気持ち悪いのか、なんとも近寄りがたい姿をしていた。
 その姿に、少年があらためて背筋を凍らせていると、熊はふいっと一気に力を入れて少年を振りほどいた
 一瞬の出来事に、咄嗟に少年は手を離してしまった。
 すると熊は一目散に玄関に向かった。少年もそのあとを追った。
 玄関には鍵をかけていたはずなのに、するりと扉を開けると、熊は夜の空へすぅーっと何かに導かれるように飛んだのだ。
 よく見ると、空へ空へと飛んでいく熊は、少年の家にいた1頭だけではなかった。街の家々から、多くの締まりのない顔をした、そして人間の腕をしている熊が上空へと姿を消して行った。
 街の明るさと、月の明るさに霞んだ星たちがひっそりと散りばめられた明かりの少ない夜空は、やたらと影が多くて、熊たちは簡単に姿を眩ませた。
 少年はその奇妙過ぎる光景をただ眺めていることしかできなかった。
 すると、街の灯りに霞んで見えなかった星々が姿を現したかのように、夜空の輝きが増した。
 この日は満月だったのに、その満月の明るささえ霞ませるように、ひとつひとつ力強い輝きを星々は放っている。
 少年はその見たこともない光に溢れた夜空に圧倒され、すうっと息を飲んだ。
 そんな夜空に見とれていると、星々は一斉に夜空を流れた落ちた。厳密には、決して全ての星が流れたわけではないが、そう錯覚するほどに多くの星々が一斉に夜空をはしり抜けたのである。
 圧巻の、かつ一瞬の流星群。
 思わず差し出した少年の両手には、何ひとつ星は残っていなかった。
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