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星を繋ぐ

 準備のためにからだを洗った。
 しわがれた手、しわがれた声、鏡には父親にも祖父にも似た顔が映っている。
 俺を探している父親を見かけたあの日、俺は何も声をかけることはしなかった。それが父親の生きた姿を見た最後になるという予感はあったし、俺はここにいると名乗り出ない選択をしたのも自分自身なのだが、今となっては取り返しのつかないことをしたと、後悔だけが膨らんでいく。
 そんなものを膨らましたところで、これから俺がどう生かされていくのかが変わることはない。俺は目の前にひょろひょろとぶら下げられて安易な自由を餌に釣られた憐れむにも値しないモルモットだ。
 それを理解したときにはどうしようも無かったし、父親だってすでにこの世からいなくなっていた。
 俺のことを探してくれている人はいるのだろうか、そっとインターネット上で名前を検索にかけてみたけれど、同姓同名の有名人の話ばかりでどこにも俺は見つけられなかった。
 俺は俺ではない名義で、いくつかの映像作品を世に出した。どれもこれも、そう大きく売れたものはなかったけれど、今のからだになってつくった人生の後悔をえがいたショートフィルムは、いち地方の奨励賞がようやくもらえた。
 何回も繰り返して、繰り返してようやく手にしたのは、それだけだった。
 そして俺はまた、繰り返すのだ。
 からだを洗いながら、左腕の痣を撫でた。
 しわがれた骨と皮だけになったような左腕には、ちゃんと熊のような形をした痣があった。
 この痣のおかげで、俺はここで”お星さま”と呼ばれて大切にされている。それがいいとか悪いとかではなく、ただ今となってはどこかで虚しいのだ。
 ここで大切にされているのは俺ではない、必要とされているのも俺ではない。
 ”お星さま”という、この左腕に正しく痣を持った存在だ。そんな存在だから大切にされ、必要とされ、利用されて。本当はモルモットになっている。
 からだを清めるという名目でからだを洗う。厳密にはただシャワーを浴びてからだを洗うだけ、どんな意味があるのかもわからないが促されるままに繰り返してきた儀式の前のルーティンだ。
 洗い終わったことを伝えると、お付きの信者が丁寧にからだを拭いてくれて、儀式用の衣装を着せてくれる。衣装は着物のような形をしていて、絹と思われる白地の生地に銀糸で刺繍が施されている。その刺繍はどこか天の川を想起させるような流れが左肩から右足の方まで続いている。素人目に見ても決して安くはないだろう。
 初めてこれを来たとき彼にそう言ったら、むしろこれでも安いくらいだと笑った。
 確かにこれじゃ安すぎる。安すぎるなと、今の俺なら思う。
 着替えを終えて儀式用の部屋に向かう。
 正しくは実験室に。
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