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隙間から熊。

ーーカサリッーー

 そんな暇をも手余した少年の耳に、不自然な音が入ってきた。
 今、この家には少年しか居ないはずだ。何かが動く音がどこからともなく聞こえてくる。

ーーカサ、カサリッーー

 何かがおかしい。ねずみでも出たのだろうか。それともゴキブリ……泥棒だったらどうしよう。嫌な想像が少年の頭の中をぐるりぐるりと目が回りそうなほどに駆け巡った。
 怖い想像ばかりが浮かんで、今にも溢れ落ちそうなほどに涙が溜まってきた。
 そして少年は気づいてしまった。キャビネットの裏から不自然に揺れる影の存在に。

ーーカサ、カサリッーー

ーーゴリッゴリーー

 嫌な音がした。何かをすり潰すような……いや、かみ砕くような音が聞こえた。氷を頬張って、かみ砕くとするような、骨や脳に響くような、あのごりごりとした音だった。
 少年は恐怖に怯えながら、怯えながらもその正体を確かめずにはいられなかった。
 そっと、そっと音のする方へと近づいた。
 長い指が見えた。キャビネットは裏から、ほんの僅かばかりにあけられた隙間から、ごつごつとした大人の男性のような骨太で筋張った腕まで見えた。
 その腕はぬるりと伸びたかと思うと、人差し指と、中指と、親指の3本の指だけを使って、きらりと見えた何かを摘まんだ。
 そして何かを摘まんだままキャビネットの裏に腕が消えていく。
 するとまたあのごりごりと頭に響くような嫌な音がするのだ。
 誰か居るのだろうか。自分ひとりだけが居るはずのこの家に。
 その後も何度か指が、腕が、キャビネットの裏から出入りした。そしてあの不快な音を繰り返した。
 そうしてようやく何も出てこなくなり、音も止んでしんとした。
 少年は意を決して、その何かの正体を確かめるべくキャビネットの裏を覗きこんだ。
 しかしながらそこには誰も、何も居なかった。
 積もりに積もった埃たちだけが、何か御用かしらと言わんばかりに、少年の大きな呼吸に反応してさやさやと動いてみせた。ただそれだけしかなった。
 あれは一体何だったのだろうかと、首を捻りながらも少年はキャビネットに背を向けた。

 すると先ほど少年が確めたばかりのキャビネットの裏から、またぬるりと、今度は指でも腕でもなく、黒目をゆらゆらとさせ、だらしなく半開きの口からよだれを垂らした熊がにやりと顔を覗かせた。
 残念ながら、少年の背中には目はついていない。
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