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4期

受け負った役目を成し遂げるため、ルナ達と別れたハワード、ベル、シャアラは、とある場所を目指し向かっていた。

……のだが、

「暑っちぃ~……」

手団扇てうちわをしながら、ハワードはダラけた姿勢でゆっくりと歩いていた。

「私も……喉渇いちゃった……」

ハンカチで額に滲む汗を拭きながら、シャアラもハワードに同意する。

「今は『冬』のはずだろぉ?気温の管理システムが壊れてるんじゃないかぁ?」

「そうじゃないよ。ここは海王星の近くだから、コロニー内は年中高い気温設定にしてあるんだ。コロニーの外は-220℃前後の極寒の世界だからね」

「ベル、詳しいのね?」

「俺は元々冥王星の出身だからね。環境が似てるんだ」

シャアラは「あ、そっか」と納得した。

彼が極寒の出身であったお陰でサヴァイヴでの冬を乗り越えられたのを思い出す。

「だけど、いくら何でも暑すぎだろぉ。もっと温度を下げてくれたって……」

「ロカA2と違って自由に気温を設定出来ないんだ。天球の温度を基準にしてるからね。これ以上温度を下げてしまったら、たちまち天球が凍りついちゃんだよ」

「マジかよ……」

太陽から遠く離れた惑星の厳しい環境を肌で実感し、ハワードはゾッとした。

「でも、建物内はちゃんと冷房が効いてるはずだから、そこは安心していいと思うよ」

「ホントか!?じゃあ、さっさと行こーぜ!ここでジッとしてたら干からびちまう!」

ベルの言葉を耳にし、先程のだれ具合が嘘の様にハワードは元気に歩き出した。

「あ、ちょっと待ってよー!」

先を行くハワードの後を慌ててシャアラが追いかける。

そんな2人の背中を眺め、ベルは微笑みを見せながら歩き出した。



第 8 話 『カゴの鳥④』



一方その頃、グリム学園へ侵入を果たしたルナとシンゴ(+チャコ)は緊張した面持ちで校舎内を捜索していた。

本日は休日であるというのに、学園内は平日だと錯覚させるほどに多くの生徒が来校していた。


グリム学園には休日が存在しない。

セイランから聞かされたロカA2ではあり得ないこの事実を、グリム学園の生徒達は当たり前の様に受け入れ過ごしていた。

自前のノートパソコンを駆使しながら、各々が自習に集中している。

授業ですら無いというのに、私語を一切交わすことなく、キーボードを指で叩く音だけが粛々と校内に響いている。

もはやそこには友人・仲間意識というものは存在せず、己の学力を向上させる為だけの場、と言っても過言ではない。

ルナ達の存在はおろか、本当のクラスメイトすら路傍の石としか見ていない様に見えてしまう。

その徹底した学力主義にルナはゾッとした。

勉強さえしていればいい、という雰囲気に居心地の悪さと息苦しさを感じる。

シャオメイがこの学園を嫌悪していた理由が、今ならよく分かる気がした。


「それにしても本当に広いなぁ。校内は一通り探し回ったのかな?」

「何言うとんねん。まだ半分しか探索出来てへんで」

「は、半分!?」

チャコの回答にシンゴは愕然とした。

疲労感が一気に倍増し、脱力した様に上半身をだらんとさせた。

「もう思い切って、誰かに聞いてみる?」

「せやなぁ……ここの生徒は他人に無関心って感じやし、大丈夫やとは思うんやけど……」

ルナの提案に、チャコはいまいち歯切れが悪い。

話しかける事で、個々の存在を認知されるのを警戒しているのだろう。

「時間も無いし、やれる事はやってみようよ!」

このまま闇雲に探し続けるよりは効率的だ、とシンゴも同意を示した事で、ルナは自らの提案を実行する決意をした。

近くを通り過ぎようとした生徒を捕まえ声をかける。

「あの、すみません」

「……何か?」

「私たち、シャオメイを探しているんですけど、どこにいるか知ってますか?」

「!!?」

特別変な事を言ったつもりは無いのだが、何故か生徒が驚愕の表情を見せる。

いや、この生徒だけではない。

先程まで無関心を貫いていた他の生徒らも、キーボードに置いた指を止め、ルナ達へ一斉に視線を向けていた。

「え……?な、何?……」

訳も分からず、ルナは挙動不審に周囲を見回し、後退りをする。

と、声を掛けた生徒に突然手首を掴まれた。

「……え?」

「君には生徒会室まで来てもらいますよ。身分もわきまえず、シャオメイ様を呼び捨てにするとはね」

声を掛けた生徒が、掴んだ手に力を込め、ルナの腕をぐいっと引っ張る。

「痛っ……!は、離してっ!」

「おとなしくしたまえ。抵抗すると罰が重くなるぞ?」

「何が罰よ!いいから離して!!」

なおも抵抗して暴れるルナを、生徒はキッと睨み付け、片手を振り上げた。

「この……いい加減に……」

「ルナから離れんかい!変態が!!」

シンゴの抱えていたバッグから勢いよく飛び出したチャコが、生徒の頭部へ蹴りを食らわす。

突然の衝撃に生徒がよろめき、掴まれた手の力が緩んだお陰で、ルナはどうにか逃れる事が出来た。


「ここはウチに任せぃ!ルナとシンゴは作戦パート2を任せたで!」

「な……なに言ってるのよ!?チャコ1人置いて行けるわけ……」

「心配せんでも、すぐ追いつくわ」

「だけど……!」

「シンゴ!」

逡巡するルナの反論を遮り、チャコはシンゴへ叫ぶ。

「カオルがおらへん今、ルナを守れるんはシンゴだけや。頼んだで、相棒!」

「……うん!」

チャコの言葉に深く頷き、シンゴはルナの手を取り駆け出した。

「ちょ……ちょっとシンゴ!?」

シンゴに引っ張られる形で、ルナの姿がみるみる遠くなっていく。

それを見送り、チャコはヨロヨロと立ち上がった生徒の方へ視線を戻した。

「ぐっ……頭を狙いやがって……!この貴重な頭脳がダメージを受けたらどうするつもりだ!?」

「気にせんでええで。ろくに人格も形成できとらん頭でっかちの頭脳なんて、誰も欲しがらんて」

「何だと!?」

ギリッと奥歯を噛みしめ、睨み付けるも、チャコは意も介さない。

そのうち、今までの経過を静観していた周りの生徒達からざわざわと声が洩れ始める。

「あのロボット、見たことあるぞ?」

「私も。確か前にテレビに出てたような……」

「そうだ!1年前に世間を騒がせた『奇跡の生還者』が連れてた、ペットロボットだ!」

「じゃあ、彼らはソリア学園の生徒!?何でグリム学園の制服を着てるんだ!?」

「いや、それよりも……彼らがウチの学園の生徒じゃないなら、『生徒会』が放っておかないぞ?先に彼らを捕まえて生徒会に突き出せば……」

「この学園での地位は一気に上がる……!」

野次馬が放った最後の一言で、生徒全員の目の色が変わった。

ルナ達の後を追おうとする生徒達の前に、チャコが立ち塞がる。

シャキーンという金属音と共に、チャコの手から、長く鋭い爪がむき出しになった。

「ひっ!?」

威嚇をするチャコの姿が獰猛どうもうな虎にでも見えているのだろうか、生徒達は怯み、動きを止めた。

「このハイパーセラミック製の爪は鋼鉄だろうと簡単に切り裂くで?下手な真似せん方が身のためや」

そう牽制の言葉を掛け、チャコは不敵な笑みを浮かべた。




広い校舎内を、シンゴはルナの手を引きながら走り続ける。

「ちょ、ちょっとシンゴ!まだチャコが……!」

置いていったチャコが気に掛かり、ルナは何度も後ろを振り返る。

すぐに追いつくと言っていた為、彼らを牽制しつつ、その場から離れるものだと思っていた。

しかし予想と反して、いつまで経ってもチャコの姿は見えて来ない。

「シンゴ!私やっぱり……!」

「ダメだよ!」

ルナを離すまい、とシンゴの手に力が入る。

「でも……!」

「チャコは僕達を先へ行かせる為に、あえて残ったんだよ!?その僕達が迷ってどうするのさ!」

「!!」

シンゴの叱声に、ルナは口を閉ざした。

「チャコの事が心配なら、いち早く作戦を実行しようよ!それが最短距離だよ!」

「……うん、ゴメン」

冷静さを取り戻したルナは、シンゴへ謝罪の言葉を述べた。

そして改めて手を引き先導する年下の少年を見やった。

不思議とその背中は格段に頼もしく見える。

(シンゴも成長してるって事かな?)

男の子の成長は遅いと聞く。

つい先日まで弟の様に感じていた少年は、きっとあっという間に自分を追い抜いてしまうのだろう。

そう考え、嬉しさと同時に少しだけ寂しさを感じたルナであった。


対するシンゴは、ある日のシャオメイとの会話を思い返していた。

秋雨が降り始め、季節が『秋』へと移り変わったあの日の事を……


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

その日の放課後、シャオメイとシンゴは工学室にいた。

お気に入りの腕時計が突然動かなくなってしまい、悲壮感漂うシャオメイに対し、クラスメイトが出した助け船がシンゴであった。

シンゴが機械工学の分野では超が付く 天才少年だとシャオメイが知ったのはその時である。


「シンゴ……いる?」

少し遠慮がちな声を掛けながら、シャオメイはおずおずと工学室へ入ってきた。

「いるよー」

何か作業をしているのだろうか?シンゴは振り返らずに返事だけを返した。

シャオメイはゆっくりとシンゴへ近づいていく。

気配に気づいたのか、そこでようやくシンゴは視線をシャオメイへと向けた。

「あ、シャオメイ。何か用?」

「あ……いや、その………シ、シンゴ、今忙しい、かな?」

「ちょっと待って。これをこうして……っと!」

ドライバーを使い、手元の小さな機械をカチャカチャと弄り終えたのか、改めてシンゴはシャオメイへと向き直した。

「で、何?」

「あ……う、うん。これなんだけど……」

ややぎこちなくシンゴへ腕時計を見せる。

シンゴは腕時計を受け取るとマジマジと見つめた。

「急に動かなくなっちゃったんだけど……直る?」

不安を抱きながらシンゴへ問い掛ける。

再びカチャカチャと音をたてて分解を始め、内部を眺めること数秒、シンゴはふふん、と鼻を鳴らした。

「これくらいなら簡単だよ」

「ほ、ホント!?」

「うん。中の部品が欠けてるから、新しいのと交換すればすぐに動くよ」

よほど嬉しかったのだろう。

シャオメイの顔が途端にパアッと明るくなる。

「この部品は確か前に使ったやつが余ってたはずだから……お、あったあった」

楽しげに修理を始めたシンゴを、シャオメイは隣に座りながら見つめていた。

「この時計って、大切なものなの?」

「へ!?」

不意に言葉を掛けられ、思わず素っ頓狂な声が出る。

「だって結構年季が入ってるじゃん。シャオメイん家くらいお金持ちだったら新しいのを買うのに躊躇するはずもないだろうし」

年下なのに、なかなかどうして鋭い。

シャオメイは小さく頷いた。

「それ、私が初等部に進級した時、お母さんがプレゼントしてくれた大切な時計なの」

「シャオメイってお母さんとは仲いいんだ?」

「うん。お母さんは優しくて、綺麗で、父さんとは正反対!今でも何で父さんみたいな人と結婚したのか、不思議でしょうがないわ」

「ふーん。でも確かジオC8って強烈な権威主義のコロニーだよね?よくシャオメイもシャオメイのお母さんも、その価値観に染まらなかったね?」

「お母さんは元々ジオC8の出身じゃないのよ。だから権威主義の価値観は持ってなかったの。私もそんなお母さんの話をよく聞いてたから、染まらなかったんだと思う」

「そうなんだ。じゃあ、やっぱり学校も権威主義なの?もしそうなら、打算的な友達しか出来なさそうだね」

「……その通りよ」

シャオメイの声が急に低くなり、シンゴは作業する手を止めて少女を見た。

「学園で必要なのは、親がどれだけの権力を持っているか……それだけよ。上位の生徒は下位の生徒を駒のように使うし、下位の生徒は気に入られようと媚を売る。それはもう友達の関係でもクラスメイトの関係でもない。単なる主従関係に過ぎないわ」

今の話を聞いただけでも分かる。

シャオメイは常に孤独だったのだろう。

友人関係など皆無の環境で、常に最高上位の地位を持つ生徒として扱われてきたに違いない。

「特に『生徒会』はそんな奴らの寄せ集め。自分の権威を傘にやりたい放題よ。自分達が校則、とでも言うくらいにね」

「だけど、シャオメイなら止められるんじゃない?『止めろ!』の一声で従うんじゃ……」

「確かにね。でも、それじゃあ父さんと同じじゃない。自分が気に入らないから命令して服従させて……。だから私には出来なかった。ジオC8じゃ、私の一声は命令と同じだから……」

シャオメイは口を閉じ、俯いた。

シンゴは視線を手元へと戻し、作業を再開する。

工学室に、カリカリと機械をいじる音だけが響いた。


「僕はスゴいと思うけどな」

静寂はシンゴのその言葉で破られた。

シャオメイは「えっ?」と顔を上げた。

「それだけの地位を持っていれば、普通誰だって好き勝手に権力振りかざしちゃうと思うよ。ハワードも昔はそうだったし」

「え!?ハワードが!?」

今の賑やかし担当の様なポジションからは考えられない、とシャオメイは驚いた。

「取り巻き達を引き連れてやりたい放題。お父さんが会社の部下だからって、ベルをこき使って。そういった事が嫌いなメノリ、カオルとは対立してて」

「そんな事が……」

今でこそ深い絆で結ばれている『奇跡の生還者達』の意外な過去に、シャオメイは興味津々に耳を傾ける。

「僕のお父さんは特に偉い訳でもないから、ハワードやシャオメイの気持ちは分からないけど、権力を絶対に濫用しないってポリシーを持ち続けているシャオメイはカッコいいと思うよ」

正面を切って誉められたのが恥ずかしかったのか、シャオメイは顔を真っ赤にして狼狽した。

「な、なな……何よ急に!?へ、変な事言わないでよね!?」

「別に変な事言ったつもりはないんだけど?ていうか、シャオメイ何か顔赤いけど大丈夫?」

「だ、大丈夫よ!ち、ちょっと暑かっただけだから!あ、邪魔しちゃ悪いわよね!?わ、私、廊下で待ってるから!」

何故か急に慌てた様子で、シャオメイは工学室を出ていった。

残されたシンゴは、ポカンとして見送るも、すぐに視線を時計に戻し修理に集中するのであった。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「シンゴ?どうしたの?」

ルナの呼び掛けに、シンゴはハッと我に返った。

「ううん、何でもないよ。ルナの方こそ大丈夫?」

「うん。さっきは少し取り乱しちゃったけど、やるべき事はちゃんとやり遂げないと、後でチャコに怒られちゃうから」

ルナの真っ直ぐな瞳を見て、シンゴは手をスッと離した。

ルナはもう大丈夫だ、と確信しての行為だろう。

「急ぎましょ!チャコの事は想定外だったけど、やるべき事は変わらないわ」

「うん!」

2人は強く頷き合い、学園の廊下を駆け抜けていった。




グリム学園の最上階の最奥部。

そこにある部屋は、学園最高権力を持つ『生徒会』が集う生徒会室。

教師ですら逆らう事の出来ない権力者の令息令嬢が集結し、学園を掌握している。

副会長、会計、書記、主務の役職を持つ4人の生徒、そして、彼らの上に立つ生徒会長──シャオメイの姿がそこにあった。


「……と、いう事で、次年度の予算については以上の様に考えています」

手元の書類を参照しながら、会計役員は他の役員へ説明を行っていた。

「いかがですか?シャオメイ様」

「……任せるわ」

シャオメイは興味ない、とでも言うように、生徒会室の窓から外を眺めていた。

「では次の議題に進ませて頂きます」

その態度にも気にする様子もなく、副会長が話し合いを進行させていく。

粛々と続けられる会議を聞き流しながら、シャオメイは小さく溜め息を落とした。

(……なんてつまらない毎日なの)

ジオC8に帰ってきてからというもの、学校と家の往復するだけの刺激の無い日々。

どちらに居ようとも、勉学を強要され、何の為に生きているのかさえ分からなくなってしまう。

帰省して母のお見舞いに行った時、母に泣いて謝られた。

「力になれなくてゴメンね」と抱き締めてくれた時は、思わず母の胸の中で号泣してしまった。

そしてシャオメイは思う。

これ以上の心労は病弱な母の体に障ってしまう。

もう心配をかけさせる訳にはいかない。

あの楽しかった日々は全て夢だったのだ。

夢から現実に醒めただけ。

このまま忘れてしまおう、と……




ピーン ポーン パーン ポーン

突如校内に響き渡ったアナウンスを予告するチャイム音。

生徒会役員が、何事か、と一斉に天井を見上げた。


『準備できたよ』

『うん、ありがとう』


「何ですか?この放送は?」

「放送室の使用許可など出ていないはずだが……」

「設備の無許可使用……校則違反ですね」

「我々生徒会の前で堂々と行うとは、いい度胸ですね。厳罰に処す必要がありそうです」

生徒会役員達はスッと席から立ち上がると、発信源である放送室へと向かっていった。


生徒会室に残されたシャオメイは、1人その場に立ち呆けていた。

天井を見上げるその顔は、驚愕の表情を浮かべていた。

(今の声……まさか……)

わずかだが、確かに聞こえた。

あり得ない、と思いながらも、心のどこかで期待している自分の心に戸惑いの色を隠せない。

(いや、そんなはずない。そもそも、ここにいるはずが……)


『シャオメイ!!』

再び校内に響き渡る少女の声が、シャオメイの耳の鼓膜を振動する。

今度こそ間違えるはずもない。

「ル……ナ……?何でここに……?」

シャオメイの声が震える。

『セイランさんから全部聞いたよ』

(セイランが……?)

自分の知らぬ間に、セイランがルナとコンタクトを取っていた事に、驚きを隠せない。

『でもね、ちっとも嬉しくなんかないよ。シャオメイ1人が犠牲になって助かったって、喜べる訳ないじゃない』

(だってしょうがないじゃない……!こうするしか方法がないんだもの……!だからもう私の事は……)

『1人で悩まないで!苦しまないで!私達が力になるから!だって……私達、仲間じゃない!!』

「!!!」

ルナの叫びが、シャオメイの心に浸透していく。

すとん、とその場に座り込み、必死に感情を押さえ込もうと自分の体を抱き締める。

しかし一度崩壊し始めた理性という堤防は、もはや溢れ出る感情の洪水の前には成す術がなくなっていた。

「戻りたいよ……楽しかったあの頃に……みんなの所に……」

シャオメイの瞳からポタポタと涙がこぼれ落ち、生徒会室の床を濡らした。


『一緒に帰ろう、シャオメイ』

シャオメイの呟きが聞こえているはずかない。

しかし、ルナの言葉は、確かにシンクロしていた。

不思議な事など何もない。

ルナもシャオメイも同じ気持ちだった……ただそれだけの事である。


『そこまでだ!』

『うわっ!?』

マイクで拾われた副会長の声。

生徒会役員が放送室へ到着したのだろう。

シャオメイはグイッと袖で涙を拭うと、立ち上がった。

(行かなきゃ……!ルナ達を……仲間を助けにいくんだ!!)

そう心に強く誓い、シャオメイは生徒会室を飛び出した。




「君達、どこのクラスだ?名前を言え」

放送室の扉を開け、入ってきた副会長がゆっくりと2人へ近づいていく。

「どうする?」

「やれる事はやった……後悔はしてないわ」

追い詰められてもなお、ルナの瞳は絶望に打ちひしがれてなどいなかった。

この程度の危機など、何度だって乗り越えてきた、という経験値が身に染み付いているからだろう。

「名乗らないつもりか。それもいいだろう。調べればすぐ分かる事だ。それに君達の罰が重くなるだけだ」

「あなた方が犯した校則違反は以下の通りです。学園設備の不許可使用、生徒会長たるシャオメイ様に対する不敬罪、我ら生徒会の詰問に対する黙秘……これ程の校則違反ならば退学処分確定ですね」

庶務役員が淡々とした口調で2人へ処分を言い渡す。

しかし、生徒会の予想に反して、目の前の2人は落胆の色を全く見せていない。

「ふーん。好きにしたら?」

「なん……だと?」

「どうせ僕達、グリム学園に籍なんて置いてないし」

「!!?」

シンゴから出た衝撃的事実を知り、生徒会役員達は驚愕した。

「あなた達……どこの生徒なの!?ネレイス学園!?それともル・ベリエ学院!?」

声を荒げて2人に詰め寄る書記役員を、副会長が制止する。

「いや、待て。まさか君達は……」

そう呟くと、副会長はルナの前に歩み寄り、突然ルナの後ろ髪を掴んだ。

勢いよく引っ張られたウィッグが外れ、ルナの変装がバレてしまった。

「「!!!」」

「やはりか。どこかで見た事がある顔だと思っていたが、君達はソリア学園の『奇跡の生還者』か」

「そうよ」

変装がバレた以上、もう隠す必要も無い、と悟ったのか、ルナは素直に認めた。

「この学園に侵入した上に、あの訳の分からない放送……君達の目的は一体何だ?」

「シャオメイを迎えに来たのよ」

「シャオメイ『様』と呼びなさい!本来あなた達の様な低俗な身分の者が顔を合わせる事すら出来ない、高貴な方なのよ!」

ルナの発言が気に障ったのか、書記役員が再び怒鳴り声をあげる。

どうも彼女は気性が荒い性格の様である。

しかし、今度はルナも黙っていなかった。

「あなた達は今まで一度でもシャオメイを友達だって思った事ある!?レイズ・カンパニーの令嬢だからって、たったそれだけの理由で対等に見てもらえない……それがどれだけ辛いかあなた達に分かる!?何がシャオメイ『様』よ!そういった言動に、どれだけシャオメイが傷ついてると思ってるの!?」

予想外の反撃を受け、さすがの書記役員も反論できる語彙を持ち合わせられなかった。

「シャオメイは私達の大切な『仲間』よ!シャオメイを救い出すためなら、例え相手がレイズ・カンパニーの社長だろうと、受けて立つわ!!」

怒り任せの発言ではあるが、ここへ来る前から覚悟はできていた。

ここに来て、ついにルナは、暴君、リン・フェイロンに対し宣戦布告をしたのである。

「じ、自分の言っている言葉の意味が分かっているのか!?今の発言は、フェイロン様に対する冒涜ぼうとくだぞ!?」

「何が冒涜だよ。神様でもあるまいし」

「副会長!もう話になりません!彼らを捕らえて警察に突き出しましょう!」

シンゴの追い討ち発言に、会計役員も我慢ならない、といった様子だ。

ルナ・シンゴと生徒会との間は、もはや一触即発の状態であった。




「やめなさい!!!」

突如響く怒号。

両者の視線が声の主へと向けられる。

「「シャオメイ!!」」

「「シャ、シャオメイ様……!」」

そこには、眉間にシワを寄せ、仁王立ちをするシャオメイの姿があった。

「シャオメイ様、良い所に。実は彼らはソリア学園の生徒でして、その上シャオメイ様とフェイロン様を侮辱するような……」

シャオメイは真っ直ぐに歩き出し事の説明をペラペラと話し始める副会長との距離を縮めていく。

そして、副会長の目の前で立ち止まると、彼の胸ぐらを掴み、鬼の形相で睨み付けた。

副会長は「ぐっ」と思わず苦しそうな声をあげた。

「な、何を……」

「彼らは私の大切な友人よ。もし手を出したら……アンタらの地位を、今すぐ底辺まで叩き落とすわよ……!」

脅迫とも言えるシャオメイの発言に生徒会役員達は戦慄した。

シャオメイほどの地位ならば、たった一声で今の言葉を実現できるからだ。

その効果は抜群だった様で、生徒会役員達は一気に大人しくなり、「し、失礼しました」とルナ達に謝罪を述べ、放送室から出ていった。


放送室に残っているはルナ、シンゴ、そしてシャオメイ。

ルナとシンゴが、シャオメイの元へ歩み寄る。

「シャオメイ……」

「っバカァ!!」

シャオメイからルナ達へ放たれた第一声はまさかの罵声であった。

ルナもシンゴも思わず目を丸くした。

「危険な真似してっ!もし私が来なかったら、本当に警察に突き出されていたわよ!?」

真剣に怒っているにも関わらず、ルナとシンゴは顔を見合わせ苦笑いをしていた。

「何でよ……何で私なんかの為に……」

「何度も言ってるじゃない」

笑顔でそう答えると、ルナはシャオメイへと手を伸ばし、ぎゅっと抱き締めた。

「大切な『仲間』だから、だよ。他に理由なんてないわ」

ルナの柔らかい声が、少しくすぐったくて温かい。

何ヵ月も離れていた訳ではないのに、とても懐かしく感じられ、感極まったシャオメイは声を震わせて泣き出した。

「ずっと辛かった……もうセイランにも……お母さんにも頼れないから……学校にも……家にも……もう私の味方をしてくれる人はいない……弱音を吐きたくても吐けなくて……ひとりぼっちになる事が……初めて怖いって思った……!」

嗚咽をあげながら、ずっと溜めていた思いを吐き出すシャオメイの背中を、ルナは「うん、うん」と相槌を打ちながら擦っていた。

「もう……ひとりぼっちはイヤ……お願い……ルナ……助けて……」

シャオメイの心の叫びを聞き、ルナは背中に回した腕の力を強めた。

「もちろんよ……!必ず自由を手に入れて、みんなで一緒にロカA2に帰りましょう!」

力強いルナの言葉に「うん……!」と頷き、シャオメイはルナの胸に顔を埋めた。




シャオメイが落ち着きを取り戻した所で、ルナは大変な事に気づく。

「あっ!チャコ!!早く助けに行かないと!!」

「ちょっと待って、ルナ!」

「え!?」

「私に任せて!」

慌てて駆け出そうとするルナを呼び止め、シャオメイは放送室の全館放送用マイクのスイッチを入れた。

「シャオメイ?」

シャオメイの行動の意図が分からず、ルナとシンゴは首を傾げるのであった。


学園内の廊下で睨み合うチャコと生徒一同。

(自称)ハイパーセラミック製の爪をむき出しにしたまま牽制するチャコに手出しが出来ない状態となっていた。

(何とか作戦パート2はやり遂げられた様やな。ルナ達はシャオメイと会えたやろうか?)

仲間の様子を気にしながら、チャコはこの膠着した状況をどうしようかと思考を巡らせていた。


ピーン ポーン パーン ポーン

と、そこへ再びアナウンス予告のチャイムが鳴り出した。

『全校生徒へお知らせします』

それはシャオメイの声であった。

生徒会長からの思わぬ放送に、全校生徒が騒然とした。

(お、シャオメイが放送しとるっちゅーことは、ルナ達と無事合流出来たって事か……?)

『校内にいる、ピンク色のネコ型ロボットは、私の親友のペットロボットです。丁重に対応お願いします。ちなみに万が一、傷1つでもつけようものなら、それなりの処分も辞さないので、よろしく』


アナウンスが終了し、校内には静寂が広まった。

生徒の視線が一斉にチャコへと向けられる。

ピンク色のネコ型ロボット……その特徴だけで、すぐに目の前のロボットだと分かる。

ニヤリと不気味な笑みを浮かべるチャコを見て、生徒達は全身から嫌な汗が吹き出た。

シャオメイの脅迫同然のアナウンスに完全に畏縮してしまっている事が、目で見て分かる。

「さーて、ほな、ウチは行かせてもらうわ」

もう自分に手出しが出来なくなったと確信を得て、チャコは悠々とルナ達の元へ歩いていった。




マイクを切り、シャオメイは深い溜め息をついた。

「とりあえず、これでチャコにはもう手出しは出来ないはずよ」

「ありがとう、シャオメイ」

ルナがホッとした様子で礼を述べる。

「ううん、これくらいお安いご用よ」

そう答えるシャオメイの表情はどこか浮かない。

その理由をシンゴは何となく理解した。

「シャオメイ」

「ん?」

「シャオメイはリン社長とは違うよ」

「え……?」

シンゴの言葉にシャオメイは目を見開いた。

「リン社長は自分の為に権力を濫用しているけど、シャオメイは僕達を……仲間を守る為に使ったんだ。恥じる事なんてないよ」

「シンゴ……」

仲間の危機を救うためなら、今まで忠実に守ってきたポリシーも投げ捨てて構わないと覚悟を決めていた。

一方で恐怖も感じていた。

権力を利用した脅迫を2度も使い、結局父と同じじゃないか、と幻滅されたのではないか、と。

しかし、シンゴの言葉はそれが杞憂であった事を証明してくれた。

(ちゃんと私の事を見ててくれてたんだ……)

それがとても嬉しく感じられ、シャオメイは「ありがとう」と少し気恥ずかしそうに感謝の言葉を述べた。


その後、チャコとも合流を果たしたルナ一行は、任務完了の旨を報告する為、カオルヘ電話を掛けた。

『ルナか。そっちはどうだ?』

「こっちは無事シャオメイと合流できたよ。ほら!」

携帯の画面をシャオメイへと向け、カオルとメノリへ彼女の姿を見せた。

「あ……カオル、メノリ……久しぶり」

少し気まずそうに挨拶するシャオメイ。

『久しぶり、じゃない!全く、勝手にいなくなって!どれだけ心配したと思ってるんだ!!』

「ご、ごめんなさいっ!!」

憤慨するメノリに、シャオメイは頭を下げて謝罪した。

「まぁまぁ、メノリも落ち着いて。今はそれどころじゃないでしょ?」

『あ、あぁ……済まない。ついな』

ルナに諭され、メノリの怒りもスッと静まる。

この何気無いやり取りに、シャオメイは不謹慎と感じながらも笑い出してしまった。

「シャオメイ?」

シンゴが不審そうに声を掛けると、シャオメイは謝りながら必死に笑いを止めて呼吸を整えた。

「ご、ごめん。何か嬉しくって……こっちに来てから、メノリみたく真剣に私を叱ってくれる人なんていなかったし。今みたいな、ソリア学園では当たり前だったやり取りが、すごく懐かしく感じちゃって」

『シャオメイ……』

今の言葉だけで、シャオメイがここで過ごしてきた時間がいかに苦痛の日々だったのかが、メノリにも痛いほどよく分かった。

『またロカA2に戻れば、飽きるほど味わえる。さっさと決着をつけて、みんなで帰るぞ』

そう返答したのは意外な事にカオルであった。

転入当初、理不尽な理由で追いかけ回し、多大な迷惑をかけてしまったカオル。

その前科から、ひょっとして嫌われているのではないか、と内心不安を抱いていたのだが、彼も仲間達と共に自分を迎えに来てくれた。

そして『みんなで帰るぞ』という彼の言葉は、改めて自分の居場所はロカA2なのだ、と確信を持たせてくれるものであった。

同世代の中で、初めて争い、負け、そして憧れた不思議な少年。

常に自分の前を進み続ける彼が、味方となってくれる。

これほど心強い事はない。

「……うん!」

一度は失ってしまった希望の光が、シャオメイの中で再び輝き始めたのであった。

つづく
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