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4期

第 7 話 『カゴの鳥③』

ルナ達を乗せたシャトルは、ロカA2を出発してからすぐにワープを開始した。

普通に移動しては最低3日はかかる距離を、ワープを繰り返す事で、遠く離れた海王星にもわずか4時間でたどり着ける。

亜空間の存在を発見、応用まで可能にした科学者には多大な敬意を表すべきであろう。

ただ1つ、課題があるとすれば、ワープ移動中は、窓に広がる宇宙空間の景色もしばらく見れなくなる、という点だろうか。

窓の外の景色を堪能したい者にとっては、この時間は些か退屈に思えるかもしれない。

その1人であるカオルは、近くに座る仲間達の会話に耳を傾けながら窓の外を眺めていたが、ワープへ突入すると、小さく溜息をつきながらゆっくりと立ち上がった。

「カオル?どこ行くの?」

席の横を通り過ぎるカオルに気付き、ルナが声を掛ける。

「少しアイツと話してくる」

『アイツ』とは恐らくセイランの事だろう。

今後の事について打ち合わせをするつもりなのだろうか?

ならば自分も把握しておきたい、と考え、セイランの元へ向かおうとするカオルのシャツを咄嗟に掴んだ。

歩みを止めたカオルが振り返る。

「どうした?」

「私も一緒に行っていい?」

ルナの真剣な眼差しを受け、その意図を悟ったのか、カオルは「分かった」と小さく頷いた。

ルナは立ち上がると、隣に座るシャアラに「しばらく席を外すね」と言伝ことづてを残し、カオルの後ろに付いて行った。


車両を出た通路にセイランはいた。

手に握られた携帯を眺めては、何度も深い溜息をついている。

カオルとルナが静かに彼女の元へ歩み寄る。

その気配に気付いたセイランは、ハッとした様子で2人へと顔を向けた。

「ああ、ルナさん、カオルさん。どうされました?ジオC8まではまだ時間が掛かりますよ。ゆっくり休まれては……」

「何を見ていた?」

不躾な態度でカオルが手中にある携帯に視線を向け、問いかける。

「いえ、その……」

カオルの質問に動揺し、恥ずかしそうに顔を逸らすも、すっと携帯を2人の前にかざし、その画面を公開した。

「わぁ……!かわいい!!これ、シャオメイですか?」

「はい。1歳の頃のお嬢様です」

画面に映されていたのは、ようやく立てる様になった足で歩み寄ろうとしている小さいシャオメイの写真であった。

「セイランさんは、いつからシャオメイの家で働いているんですか?」

「そうですね……かれこれ18年になると思います」

「じゅ……18年!?せ、セイランさんっておいくつなんですか!?」

「今ですか?28ですが」

「という事は……10歳から働いてたって事ですか!?」

二重の驚きに、ルナは思わず声を大きくしてしまった。

対するセイランは冷静そのもので、淡々として言葉を返した。

「正確に言うのならば、10歳の時に旦那様と奥様に拾って頂いたんです。そのご恩に報いる為にも、私は生涯リン家に奉仕するとこの命に誓いました」

セイランの口から語られる言葉には不思議と重みがあった。

恐らく、「拾われた」という言葉も比喩ではないのだろう。

直接言葉にはしないものの、彼女の歩んで来た人生もきっと平凡なものではなかったのだろう、と妙なシンパシーを感じたルナであった。

「お嬢様がお生まれになったのは、それから3年後の事でした。まだ13歳だった私にとって、お嬢様は妹に近い感覚があったのかもしれません。奥様が何度か私にお嬢様を抱かせてくださった時の事を、今でもよく覚えています。あの時の、腕に感じたお嬢様の重み……命の重さ……私にとって、守るべき大切な存在だと実感した瞬間でした」

当時の感覚を思い出す様に、セイランは自身の手に視線を向けた。

「お嬢様には幸せになってほしい……ただそれだけなのに……。それは旦那様だって同じ気持ちのはずなのに……どうしてこんな事になってしまったんでしょうか……?」

そう呟くと、セイランは俯き、再び深い溜息をついた。


その空間に広がる重い空気。

セイランの言葉を聞き、ルナも返す言葉が見つからなかった。

その静寂をいとも簡単に破ったのはカオルであった。

たった今広がる雰囲気が無かったかのように、淡々とした口調でセイランへと問いかける。

「話は変わるが、そろそろ本題に移りたい。どうやってアイツを救い出すのか、何か作戦は考えてあるのか?」

相手はあのリン・フェイロンである。

無策で対面してどうにかなる相手ではない。

しかし、セイランから返って来たのは、暗い声での返答であった。

「……はっきり言ってしまえば、これと言って有効な策はありません。こちらがどんな策を練ろううと、あの方は絶対的権力に加えて、私達の上を行く策謀を瞬時に作り上げてしまうのです。そんな恐ろしさが旦那様にはあります」

「それなら何故わざわざロカA2まで来た?ルナに何をさせるつもりだったんだ?」

「大した事ではありません。お嬢様は今、失意のどん底にいらっしゃいます。ですから、せめて少しでもお嬢様の心を救っていただけたら、と……。お嬢様を『仲間』と呼んで下さったルナさんなら、お嬢様もきっと……」

そこまで答え、セイランは顔を俯かせた。

それでも、カオルの言及は止まらない。

「それは策とは言わない」

「分かっています。しかし、またお嬢様を強引にロカA2へ連れて行ったとしても、今度は本当にソリア学園を崩壊させるやもしれません。それはお嬢様が望んでいる事ではありません。私にはそれ以外に方法が思いつかないんです……!」

セイランの言葉の節々には、リン・フェイロンに対する恐怖、一度体感してしまった絶望感が含まれている。

落胆し、セイランは再び俯いてしまった。



「本当にそうか?」

「え……?」

カオルの言葉にセイランがふと顔を上げる。

目の前に立つ少年は、自分の話を聞いてもなお、絶望的な表情などしていなかった。

「何か……打開策があるんですか?」

セイランの声が震えている。

もうわらにもすがる思いなのだろう。

その瞳は、希望に賭けている様でもあった。

「可能性は限りなく低いが、ゼロじゃない」

「……!」

正直信じられない気持ちの方が強い。

しかし実際に目の当たりにした彼の直感力、推理力、それらは中学生とは思えぬ程にずば抜けている。

もし彼の言葉が本当であれば、シャオメイにとっても強い希望の光となり得る。

「そ、それは一体!?」

セイランは思わず詰め寄り嘆願した。

カオルは微動だにせず、少しの間を置いてゆっくりと口を開く。

「……俺なりにレイズ・カンパニーのこと、リン・フェイロンのことを調べてみた。今でこそ『暴君』などと言われているが、何も最初からそう呼ばれていた訳じゃない。当初の評価は、むしろ誠実で努力家、現在の宇宙航空の発展に貢献し、『宇宙工学の超新星』と呼ばれる程だった」

「よくご存知ですね。まだお生まれなる前の話のはずですのに」

調べたと言っていたのは伊達では無い様だ。

セイランが感心した声を思わずあげる。

対するカオルは、特別鼻にかける訳でもなく、淡々とした口調で話を続けた。

「ならば、リン・フェイロンは何故豹変してしまった?権力を得ることで人は変わるとよく言うが、レイズ・カンパニーの今の地位は、今から50年以上前からすでに築き上げられた不動のものだ。それが理由とは考えにくい」

「………」

セイランは沈黙し、しばらく考える様に顎に手を当てる。

やがてゆっくりと視線をカオルへ向けると、言葉を紡いだ。

「……それが分かれば、お嬢様を救う手立てになりますか?」

「保証は出来ない。何度も言うが、可能性は限りなく低いからな」

「でもゼロじゃない、だよね?」

先程のカオルの言葉を反復し、ルナは小さく微笑んだ。

「やってみましょうセイランさん。他に方法が無いんだったら、賭けてみる価値はあると思います。それにカオルが考えた案なら信頼できるって、私……ううん、私達が保証します。私達は何度も彼の提案に救われてきましたから」

ルナの言葉を聞き、セイランも覚悟を決め、深く頷いた。




車両へと戻った3人は、仲間達を呼び集め、今後の動向についての説明を行った。

「──つまり、かつては誠実だったリン社長が豹変した原因が分かれば、もしかしたらシャオメイを救う手立てが見つかるかもしれない、という事か?」

「極端に言えばな。もちろん絶対ではないし、全くの見当違いという事だってある。だが、もしその豹変した原因が今のシャオメイへの処遇と通じていたのだとすると、無視できない見解ではあると思う」

「で、具体的にはどうするんだよ?まさか知り合い一人一人に聞き込みするとかじゃないだろうな?」

予想を脳内シミュレートした為か、ハワードがあからさまに嫌そうな顔をする。

「いえ、その必要はありません。旦那様の事を最もよく知っており、かつ私達に協力してくださる方が1人だけいらっしゃいます」

「シャオメイのお母上ですね?」

メノリの回答に、セイランは静かに頷いた。

「ですから、ジオC8に到着しましたら、まず奥様の入院している病院へ皆さんをご案内致します」

「いや、病院へ話を聞きに行くのは、俺とメノリの2人でいい」

突然のカオルの申告に、皆が怪訝な顔を向けた。

「2人って……僕達はどうするんだよ?」

「みんなには同時進行でやってもらいたい事がある。正直な話、ジオC8に到着したら、そうゆっくりもしていられないからな」

「どういう事だい?」

「色々と理由はあるが、そのうちの1つにはセイランの存在がある」

カオルの返答に、セイランは「そういう事ですか」と1人納得していた。

「言ってしまえば、セイランにはシャオメイと共謀した前科がある。ジオC8に戻ってきた事がリン・フェイロンの耳に入れば、すぐに監視がつくだろう。そうすれば、俺達と行動を共にしている事がバレるのも時間の問題だ」

「じゃ、じゃあどうするんだよ!?」

カオルの言葉に萎縮してしまったのか、ハワードが情けない声をあげる。

「だから、その前にやれる事を同時進行する必要があるんだ。誰に何をやってもらうかについてはこのあと説明する」

「えっと、そんな感じなんだけど、どうかな?」

改めてルナが皆に意見を求める。

「1つ質問なんだけど」

挙手したのはシンゴ。

「自分で言うのも何だけどさ、僕達ってある意味有名人じゃない?僕達がジオC8に来ているって事が噂で広がるのも時間の問題じゃない?」

「なら周囲にバレない様に変装すればいい」

「変装って言ったって、着替え以外特に道具なんて持ってきてないよ?」

「問題ない。事前にハワードには、その為の道具を持ってくるよう頼んである」

カオルの言葉に目を丸くし、皆が一斉にハワードの方へ顔を向ける。

対するハワードは「お、あれか!」と思い出した様な声をあげると、ロッカーに収めていたバッグを(ベルに頼んで)取り出し、皆の前に置いてみせた。

「とりあえず人数分は何とか入手できたぞ」

ハワードによって開かれたバッグの中には沢山の衣類が詰められていた。

適当に詰め込まれた衣類の1枚を、シャアラが引っ張り出す。

「あら?これ……」

とある事に気付き、シャアラは他の衣類も確認し始めた。

「これ、全部学校の制服?」

「そっか!確かにジオC8で行動するなら必要だね」

ベルが納得した様に頷く。

自由な服装での登校がほとんどとなっているロカA2の学校とは対照的に、ジオC8の学校は、制服着用が義務付けられている。

学術都市と云われているジオC8の学校は、どこも将来有望なエリートを輩出するプライドを持っている。

その制服を着用する事で、学校のブランド力を背負っていると認識させるのである。

故に、例え休日であろうと外出時は制服着用が義務付けられている。

つまり、ジオC8では学生の年齢で制服を着ていない者は、他コロニーから来たとすぐに分かってしまうのである。


「お!これ、『グリム学園』の制服やん」

シャアラに便乗してかばん内を物色するチャコが引っ張り出したのは、白の生地に黒のラインが引かれた、厳格な印象を与える、名門『グリム学園』の制服であった。

偏差値の高い進学校が集結するジオC8の中でも最高峰と云われるこの学校は、シャオメイの通っていた学校でもある。

「何や、2着しかあらへんやないか」

「仕方ないだろ!?グリム学園はジオC8の学校の中でも特に閉鎖的だから、手に入れるのがすごく難しいんだぞ!!」

不平をもらすチャコの発言にムッとし、ハワードが反論の言葉をあげる。

「はいはい、そこまで!」

ケンカの始まりそうな雰囲気を察し、素早くルナが2人の間に割り込み、仲裁に入った。

「今はそんなくだらないことでケンカしてる場合じゃないでしょう?」

ルナに諭され、チャコとハワードはバツが悪そうに顔を背けた。

「終わったなら、話を進めるぞ」

こんな場面でも自分のペースを崩さないカオルの様子に、ベル達は苦笑いを浮かべるのであった。




長時間の航空を経て、シャトルは宇宙港へと着陸した。

ベルトコンベアから流れてくる荷物を手にすると、ルナ達は各々配給された制服を持って港内の化粧室へと向かった。


改札付近でしばらく待つ事数分、セイランの元に着替えを終えた仲間達が次々と集まっていく。

「皆さん、よくお似合いです」

目の前に並ぶジオC8の制服を纏ったルナ達へ、セイランは称賛の言葉を送った。

「そ、そうか?い、いや……だが、これは少し恥ずかしいな……」

普段とは違う格好の自分に違和感があるのか、メノリが頬を赤く染めながら、自分の装いへ視線を落とした。

もちろん変装と言うのだから、衣装だけでなく、髪型なども上手く変えている。


ルナ
髪型…ウィッグでロングヘア
衣装…グリム学園制服
装飾…メガネ

シンゴ
髪型…前髪下ろす
衣装…グリム学園制服
装飾…メガネ(コンタクトが嫌との事)

シャアラ
髪型…ポニーテール
衣装…ネレイス学園制服
装飾…コンタクトレンズ

ハワード
髪型…オールバック
衣装…ネレイス学園制服
装飾…メガネ

ベル
髪型…七三分け
衣装…ネレイス学園制服
装飾…メガネ

メノリ
髪型…シニヨン
衣装…ル・ベリエ学院制服
装飾…メガネ

カオル
髪型…特に変化無し(髪を切った為)
衣装…ル・ベリエ学院制服
装飾…メガネ

チャコ
髪型…「ウチ、ロボットやから」
衣装…「ウチに合う服があらへんやないかい」
装飾…「結局ウチだけ変装する必要ないんちゃう?」


変装を終えた一同を見つめ、カオルが口を開く。

「ここからは作戦通り、制服ごとのグループに分かれて行動するぞ」

カオルの言葉に、皆が真剣な表情で頷く。

「それでは、くれぐれも無茶はするんじゃないぞ」

続けて「ルナとカオルは特にな」とメノリから釘を刺され、ルナは苦笑いを浮かべた。

雲行きの怪しくなった話題を修正する為、一度コホン、と咳払いをし、改めて仲間達へ目配せをする。

作戦会議の時に、それぞれに課せられた任務を遂行すべく、皆が気合いの入った表情を浮かべている。

(どんな苦難も乗り越えてきた私達なら、きっとやり遂げられる……!)

不思議とそんな確信が心に浮かび、ルナは自然と口元を上げていた。

「それじゃあ、みんな……また後で!!」

「「おー!!」」

ルナの掛け声に呼応し、仲間達は改札を抜けると、それぞれの目的の方角へと駆け出した。




セイランに案内され、カオルとメノリはシャオメイの母が入院する総合病院へとやって来た。

受付でセイランが面会の手続きを行っている間、隣に立つ2人は嫌に医療事務員からの視線を浴びる事となった。

今まで彼女への面会と言えば、娘のシャオメイ、使用人のセイラン、そして夫のリン・フェイロンのみであった。

しかし今日は、セイランに連れられ、グリム学園に次ぐ名門校『ル・ベリエ学院』の制服を着た少年と少女が面会に着ているのだ。

疑念を抱くのも致し方ない。


学校の制服ごとにグループを分けたのも、もちろん適当ではない。

適材適所を考えての人選である。

本当であればここへ来るのもグリム学園の制服を着て来られれば良かったのだが、用意できた制服が2枚しかないのであればやむを得ない。

本来一般市民が正当なルートで入手する事など不可能に等しい代物を、ハワードに無理言って頼んだのだ。

むしろ、たった2枚でも入手できたハワードを褒めるべきだろう。


面会の手続きを終えたセイランが「では行きましょう」と2人を促す。

奇妙な事に、その時には2人に対する疑惑の視線がすっかりと消えていた。

エレベータに乗り込み、最上階へ向かう途中、カオルは何気なしにセイランに尋ねた。

「病院関係者には、俺達の事を何て話したんだ?」

「お嬢様の遠い親戚の方々です、とお伝えしたら簡単に納得されていましたよ」

セイランの返答に、カオルは「なるほど」と納得の声をもらした。


最上階へと到着し、最奥部の病室へと辿り着く。

セイランがドアの横にあるブザーを鳴らすと、部屋の中から「どうぞ」と女性の声が返って来た。

「失礼します」

セイランを先頭にカオルとメノリも続く。


真っ白な病室に設置されたベッドに、目的の人物はいた。

突然の来訪者に驚く訳でもなく、カオルとメノリの顔を順番に見つめると、小さく微笑んだ。

「奥様、こちらはお嬢様の御友人のカオルさんとメノリさんです」

セイランに紹介され、2人は会釈をした。

「ロカA2から来ましたメノリと言います。隣にいるのは……」

「同じくロカA2から来ましたカオルです」

メノリに続き、カオルも簡単に自己紹介を済ませる。

「そう、あなた達が……。シャオメイから話はよく聞いていたわ。それで、ここにわざわざ来たのは、私に聞きたいことがあるからよね?」

シャオメイの母の言葉にメノリは小さく頷いた。

「シャオメイは彼女のお父上であるリン・フェイロン氏によって自由を奪われています。彼を何とかしないと、シャオメイを連れ戻した所でまた同じ繰り返しになってしまいます。ですから、教えて欲しいんです。リン・フェイロン氏が今の様な方になってしまった理由を……。それが分かれば、もしかしたらシャオメイを救う足がかりになるかもしれないんです」

メノリの訴えを聞き、母はしばし沈黙し、ゆっくりと唇を動かした。

「……確かに、私はあの人の過去を知っています」

「では……!」

「ですが、それを知って、本当にあの子を救える確証はあるんですか?」

「そ、それは……」

母の言葉にメノリは言葉を詰まらせた。

自分達が考えているのは、あくまで可能性の話でしかない。

もしかしたら、話を聞いたところで何の有力な情報も得られないかもしれないのだ。

「……正直、あの人の昔の事は、なるべく他人に触れて欲しくないんです。それだけあの人は傷ついて、苦しんで、そして歪んでしまった……」

「………」

メノリは二の句が継げなかった。

ずっと側にいた妻が言っているのだ。

きっと想像もつかない様な壮絶な過去があったのだろう。

室内は重い空気に包まれた。


「確証はありません。あくまで可能性の話でしかないので」

「おい、カオル!?」

突然洩らしたカオルの言葉に、メノリは怪訝な顔を向けた。

「聞いたところで、結局なんの手がかりもつかめなかった、という事だってあり得ます」

「カオル、お前一体何を……」

カオルの発言に、メノリは眉を上げて詰め寄る。

「ですが、知らなければシャオメイを救う手立ては完全に失われます。あなたにとって、シャオメイとフェイロン、どっちが大切ですか?」

カオルから出た突き放す様な究極の二択。

しかし、母は特に不快感を表す訳でもなく、小さく微笑んでいた。

「もちろん、どちらも大切に決まっています」

揺るぎない母の答え。

自分はリン・フェイロンの妻であり、リン・シャオメイの母である、という誇りを持っているように聞こえる。

「あなたは、フェイロンさんも救うつもりなの……?」

「結果的には、ですけどね」

2人のやり取りを聞き、メノリはある事に気付く。


今回のこの作戦、シャオメイをリン・フェイロンの呪縛から解放し、本当の意味での自由にする、というのが最終的な目的なのだが、よく考えれば、リン・フェイロンの過去を知る事で、彼を昔の誠実な頃に戻す行為は、同時に彼の心をも救う事になるのではないか?

カオルの先程の言葉は、この作戦の真意をシャオメイの母が理解しているのかを確認するためだったのではないか?


メノリは思わずカオルへ問いかける。

「カオル、お前……もしかして始めからそのつもりで……?」

「……さぁな」

メノリの質問にはっきりとは答えないカオルであったが、その口元を小さく上がっていた。


「不思議ね……初めて会うのに、あなた達なら何とかしてくれる様な気がするわ。セイランがあなた達に賭けた理由も分かるわ。だから……私もこのわずかな希望に賭けたいと思います」

「それじゃあ……!」

「はい、お話ししましょう。あの人の過去にあった事の全てを」

メノリとカオルは、ついにリン・フェイロンにまつわる核心へと向かって行った。




その頃、ルナとシンゴはその身に纏った制服の地、『グリム学園』のゲート前へと到着していた。

「うわぁ~……ソリア学園に負けず劣らず大きいわねぇ~」

率直な感想を述べながら、ルナは校舎を見上げた。

「とにかく侵入しなきゃね。それじゃあチャコ、頼んだよ」

そうシンゴが囁くと、肩に掛けられたショルダーバックがもぞもぞと動きだし、中からチャコが顔を覗かせた。

「おう、任しとき!」

小さな力こぶを作る仕草をし、チャコは肉球からコネクターを伸ばすと、ゲート横にあるコンソールへと挿し込んだ。

「おー、さすがは天下のグリム学園やな。セキュリティーシステムが半端やない」

「やっぱり?チャコにも一緒に来てもらって正解だったよ」

「でも大丈夫?難しいセキュリティとかだったら無理しなくていいのよ?」

チャコを心配し、ルナが労りの声を掛けるも、対するチャコは不満げな顔を向けた。

「あ?ウチを誰やと思うてんねん!?時間は少し掛かってもうてるけどな、この程度のプログラムならチョチョイの……チョイや!」

コンソールからピーと解除音が鳴ると同時に、重々しいゲートが動き出した。

「ほれ、急いで入らな!プログラムに直接干渉して開門後2秒で閉門する様に操作したんやから」

コネクターをしまい、再びショルダーバッグに身を潜めたチャコの言葉に、ルナとシンゴは慌てて開いたゲートを通過した。

チャコの宣言通り、開いたゲートは、すぐに動きだし、完全に出入り口は閉鎖されてしまった。

「ふぅ……まずは潜入成功ね」

「本番はこれからだよ。この広い学園内からシャオメイを見つけ出して、説得しなくちゃ」

「うん、分かってる。シャオメイを自由にする方法は、必ずカオルとメノリが見つけ出してくれる……!シャアラ達もきっとやってくれる!私達も絶対に成功させましょ!」

「もちろんだよ!」

「よし……!それじゃあ行きましょう!」

お互い鼓舞し合い、気合いを入れたルナとシンゴは、シャオメイを探す為、グリム学園校舎内へと潜入を果たすのであった。

つづく
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