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4期

第 4 話 『イカロスの翼(後編)』


『シャオメイが転校しちゃった!』


ルナの一言が、平穏だったクラス内を瞬く間に騒然とさせた。

「な……私は聞いてないぞ!?それは確かなのか!?」

「う、うん……私も始めは信じられなくて、先生に聞いてみたけど……間違いないって……」

困惑気味のメノリの問いかけに、ルナが小さく頷いた。

「だからって突然すぎだろ!?どういうことだよ!?」

「私に聞かれたって分からないわよ!さっき初めて知ったんだから!」

声を荒げて詰め寄るハワードに、ルナも珍しくムキになって言い返す。

「2人とも、落ち着くんだ!」

両者のただならぬ雰囲気を察し、ベルが仲裁に入る。

ベルに止められ、ルナとハワードも冷静さを取り戻し、顔を俯かせた。

「ご、ごめんなさい。気が動転してて……」

「い、いや……僕の方こそ悪かったよ。ルナに文句言ったって意味無いよな……」

2人の頭が冷えた所で、メノリが口を開く。

「では話を戻すぞ。シャオメイの突然の転校だが……私も初耳だった。となると、事情を知ってるのは校長先生となるが……」

「話を聞くのは無理だろうな」

考えを読むように、カオルがメノリの言葉に続く。

メノリも同意の意思表示をする様に、小さく頷き返した。

「どうして?」
「何でだよ?」

しかし、シャアラとハワードは、その意図を理解できなかった様で、2人揃えて疑問の声を口に出した。

「単純な話、シャオメイの個人情報に関わる事だからだ。家族でもない私達に開示してくれるはずもないだろう?」

「そ、そっか……」

メノリの説明に、シャアラはシュンとして頷いた。

少し考えれば分かることであったのに、と自分の浅はかさに恥ずかしさを覚えた。

しかし一方のハワードは、なおも食い下がった。

「でも、だったら、パパに頼んで強引にでも聞き出せば……」

そこまで言いかけ、ハワードは思わず口を閉ざした。

突き刺すような視線を肌に感じ取ったからである。

その視線の先へ、ゆっくりと顔を向ける。

いや、見なくとも分かっていた。

それが、カオルから発せられているものであると。

「……仮に、その方法で聞き出せたとして……権力に屈して情報漏洩する人間を、お前は今後信用できるか?」

「う……」

ハワードは言葉を詰まらせた。

カオルがなぜ怒りにも似た感情を表に出したのか分からないが、彼の言っている事が正論である事は理解できた。

自分のやろうと考えていた事は、ソリア学園の信用を地に落とす事に他ならない。

理事長である父が、いくら愛息の頼みと言えども、首を縦に振るはずかない。

ハワードもまた、浅はかな考えを恥じ、黙り込んでしまった。


ルナは知っている。

カオルが感情的になってしまった理由を。

カオルもまた、守られているのだ。

ソリア学園の情報セキュリティによって。

もし、過去の出来事が知られてしまったら、カオルへの強い偏見が生まれてしまう恐れだってある。

たった一度の漏洩が、今の生活を崩壊させかねない……その恐ろしさを知っているからこそ、カオルは誰よりも過敏かつ慎重になっているのだ。


不穏な空気が漂う教室内に沈黙が流れる。

そんな中、ルナは失踪したシャオメイへと思いを馳せた。

(シャオメイ……どうして急に転校なんかしちゃったの……?どうして何も言わずにいなくなっちゃったの……?みんなこんなに心配してるんだよ?それなのに……こんなのってないよ……!)


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

ソリア学園への編入を果たしたシャオメイは、密かに母からの援助を受けながらロカA2での生活を始めた。

なるべく負担をかけないよう、出来るだけ安いアパートを選び、シャオメイにとって初めての独り暮らしが始まった。

実家の自室とは桁違いに狭い部屋、食事の時間になっても使用人やホテルマンが食事を用意してくれる訳でも無く、洗濯や掃除も全て自分でこなさなければならない。

初めての事だらけで戸惑いも多々あったが、その新鮮さからは、ずっと求め続けてきた『自由』を感じられ、シャオメイは不思議と心踊らせた。

そして、その日あった出来事を、セイランの携帯電話を通して母へ報告した。

学園にすごい奴がいた事。

友達ができた事。

体育祭で負けて悔しかった事。

臨海学校での出来事。

学園祭での出来事……。

嬉々として話すシャオメイの表情を見て、母もセイランも、自然と顔を綻ばせた。

セイランも、そして母でさえも、これほどに楽しそうなシャオメイを見た事などなかったのだ。

それは、彼女の選択が間違っていなかった事を物語っていた。

この笑顔を、いつまでも見続けられたら、と心から思うのであった。


しかし、平穏な生活に影が見え始めたのは、ちょうど学園祭を終えた11月末の事であった。

それは、セイランからの1本の電話がきっかけであった。

「もしもし、セイラン?どうしたの?」

『突然のお電話申し訳ありません、お嬢様。少しだけお話しするお時間を頂いてもよろしいでしょうか?』

「構わないけど……何かあったの?」

『旦那様が、明日長期の出張からお戻りになられます』

その言葉を聞き、シャオメイは全身に鳥肌が立つ様な悪寒に襲われた。

忘れかけていた、父に対する強烈な拒絶感が一気に沸き起こる。

セイランの言葉に、シャオメイは深い溜め息をついた。

しかし、その表情は覚悟を決めている様に見受けられる。

「いよいよ、って訳ね」


ロカA2へ向かう前に、セイランと共に何度も緻密ちみつに組み立てたプラン。

どんな計画を練ろうと決して避けられないのは、シャオメイが家を出た、という事実を知られる事。

それを知れば、父は間違いなく、シャオメイの居所を血眼になって突き止めるであろう。

文字通り、どんな手を使ってでも。

それはシャオメイにとっても想定内の事である。

しかし何をしてくるか、までは読めない。

だからこそ、底知れない恐怖を感じてしまう。

シャオメイの体がわすがに震えた。

それが武者震いなのか、恐怖心からなのかは、シャオメイ自身も分からない。

「お嬢様、大丈夫ですか?顔色があまりよろしくない様ですが……」

「うん、大丈夫……これでも昔よりは心身共に強くなったつもりだから……」

「……左様ですか」

「うん。友達に割の良いバイトを紹介してもらえたし、ずっと倹約してたから、預金もそれなりに残ってる。こっちの生活は何とかなるから……だから予定通り、連絡を取り合うのはこれで最後にしましょう?」


協力者がいる事を知られれば、父は必ずそこ・・を突いてくる。

だからこそ、シャオメイはセイランに対し、繋がりがバレぬよう、履歴などの痕跡を残さぬ様に指示していた。

そして今日を最後に、家との関わりを完全に断つ事を決行する。

それが、夢を果たすまでは、大好きな母とも会わない、と覚悟の上で。

その決断がどれほどの苦渋だったか、セイランは知っている。

だからこそ、震える少女をが強がりを言っていると、分かっていながらも、何も言わずに頷くのであった。


しかし、セイランは分かっていた。

シャオメイの計画には、大きな穴がある事を。

母もまた、シャオメイの計画を聞いた時、その穴に気づいていた。

しかし2人は、あえてその『穴』を本人に指摘しなかった。

それは、母のとある決心によるものであった。




母の病室に、とある人物が面会にやって来た。

母は変わらず柔らかい微笑みを向けて迎え入れる。

「あら、珍しいですね。貴方がお見舞いに来てくださるなんて」

それが皮肉に聞こえたのか、その人物──シャオメイの父は不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。

「お前に答えてもらわなければならない事があってな」

「何かしら?」

敢えて知らない素振りをする母であったが、父が何を考えているのかはおおよそ予想は出来ていた。

「シャオメイはどこにいる?」

「なぜ私に聞くの?」

「知らばくれるな。学園の転校の手続き……保護者同意書にはお前の名前が書かれていた」


シャオメイが見落としていた穴──それは、他校へ編入する際、孤児などの特例を除いて、必ず保護者の同意が必要となるという事だ。

未成年ゆえの無知なる部分を父ならまず間違いなく探るだろう、とセイランと母は予見していた。

だからこそ、父がここに来る事も想定の範疇であった。

「確かに同意書にサインをしましたけど、それが何か?」

「……私が不在の間に、随分と勝手な事をしてくれたものだ」

「勝手?これはシャオメイの意志よ。あなたに全てを抑圧されて、自分のやりたい事もきず、言いたい事も言えず、あの子がどれだけ苦しんでいたか、あなたは知っているの?」

母の表情は真剣であった。

シャオメイにこの計画の穴を伝えなかったのは、母親として彼女を守りたい、という決意の表れであった。

「その『やりたい事』とやらを好きにやらせた結果、挫折したらどうするつもりだ?あえて苦難の道を歩く必要がどこにある?私の言う通りにしていれば、そんな苦労をする必要もないというのに」

「……あなたは変わりましたね。出会った当初の面影は見る影もないくらいに……」

父の発言に、母は失望したかの様に呟いた。

「当然だ。何かを守る為には、何かを犠牲にしなければならない。昔の様な甘っちょろい考えでは、何も守れやしないのだよ」

「それは真理かもしれません。それでも……私は昔のあなたの方が好きでした」

「……ふん」

俯く母の雰囲気に、居心地が悪くなったのか、父は鼻を鳴らして背を向けた。

病室を出ていく前に、父がふと口を開く。

「お前の言いたい事は分かった。……要は、シャオメイの意思を尊重すれば文句はないんだな?」

そう言い残し、父は出て行った。

その時の父の表情を見た母は、思わずゾクッとした。

(何を……考えているの?)

その不敵な笑みは、何かとてつもない事を引き起こすかの様に感じられた。




12月23日、バイトを終えたシャオメイは、ルナと共に帰宅していた。

「ん~疲れたぁ~!!もうクタクタァ~」

「今日はまた一段とお客さんが多かったからね~」

「でも、カトレアさんに褒められたのは嬉しかったな」

「シャオメイ、バイト始めた頃は凄かったもんねぇ。色んな意味で」

当時を思いだしたのか、ルナがクスクスと小さく笑う。

ある意味箱入り娘であったシャオメイは、カフェの仕事の基本である皿洗いや配膳などの経験も皆無であり、多くの食器類をご臨終にさせた経歴を持つ。

のみ込みは良い方の様で、1か月経った今では、動きも大分滑らかになってきた所である。

「ち、ちょっとぉ!忘れかけていた忌々しい記憶を掘り返さないでよぉ!あ……!そ、そういえば!25日にあるクリスマスパーティーのプレゼントはもう買った?」

「ええ。結構悩んだけど、どうにかね」

「何かハワードが愚痴ってたわよ?本当はクリスマス・イヴにやりたかったのに、ルナとカオルが予定あるから25日になったって」

「う、うん。まぁ……」

「なになに?2人して明日予定あるとか、何か怪し~い!一緒にイヴの夜を過ごすとかぁ?」

先程の仕返しのつもりだろうか、
顔をにやつかせてシャオメイが茶化す。

しかし、シャオメイの期待していた狼狽するルナの姿は無く、目の前にいるルナは顔を赤くして俯いていた。

「……え?……マジ?」

ルナが小さくコクリと頷く。

冗談のつもりの言葉がまさか的中していたとは思いもせず、シャオメイは驚きでつい素の反応を返してしまった。

「前に体育祭でもらったドリームワールドのチケットがあったから……思い切って誘っちゃったの……」

「そ、そうなんだ……」

「わ、私何かおかしい事してるかな!?」

シャオメイの反応に不安を抱いたのか、ルナが身を乗り出して尋ねる。

「そ、そんな事は無いんだけど……何て言うか、ルナって時々行動が大胆だなぁって思って」

「そ、そうかな?」

「うん。しかも、その結果が良い方向へ繋がっていくんだもんなぁ」

その言葉の後に、シャオメイはポツリと「凄いなぁ……」と呟いた。

「シャオメイ?」

「あ……!な、何でもないわ!」

首を傾げて呼びかけるルナに、シャオメイは「あはは」と誤魔化すような笑い声を出した。

そこで丁度分かれ道へと差し掛かる。

「あ、じゃあ私こっちだから!明日、思いっきり楽しんできなさいよ!」

シャオメイは笑顔で手を振ると、帰路を駆けて行った。


ルナの姿も見えなくなり、シャオメイは「はぁ……」と深い溜め息をついた。

理由は当然、ルナの事である。

思い立って行動に移す点は自分と遜色そんしょくないはずなのに、ルナは結果が付いてくる。

何故自分には付いてこないのか、とシャオメイは軽い嫉妬心を抱いてしまっていた。

しかしすぐに思い直し首を横に振る。

(ルナはそれ相応に苦労してきたからこその結果なのよね。まだその苦労も知らない私が同等に考えて良いはずがないじゃない!)

「さて、と!さっさと帰ってゆっくりしよ!」

そう自分を鼓舞して夜道を歩き出した。


ピリリリ

と、突然携帯が鳴り出す。

画面に表記される名前を見て、シャオメイは目を丸くした。

「セイランから……?」

連絡は取り合わない事になっているはずなのに、と思いながらも、何かあったのかもしれない、とシャオメイは恐る恐る通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『やっと見つけたぞ』

その聞き覚えのある声に、シャオメイの全身から汗が噴き出た。

画面に表記されているのはセイランの名前であるはずなのに、その声は間違え様もない。

「……と……父……さん……?」

その呼び掛けに応えるかのように、画面上に、父の姿が現れた。

『久しぶりだな』

「父……さん……何で……?」

何故セイランの携帯を使って父が電話を掛けているのか?

突然の事に混乱していたシャオメイであったが、すぐに冷静さを取り戻し、毅然とした態度で迎えた。

「それ……セイランの携帯のはずよね?何でアンタが使ってるのよ?セイランはどこ?」

『なに、私の携帯ではお前はまず出ないと思ってな。セイランのを使わせてもらっただけだ。それと、そのセイランだが、お前の事を問い詰めても「知らない」の一点張り……少し自分の立場というものを分からせてやる必要があってな、今は謹慎の処分にしている』

「!!!」

セイランが謹慎……それは、セイランが協力者だとバレてしまった事を意味する。

そして、関係性を知られた場合、父の取る行動は1つしかない。

「セイランは関係ない!私が勝手にやった事よ!」

『関係ないはずはないだろう?こうして電話でつながっているのだからな。だからこうしようじゃないか。もしお前が戻ってくる、というなら……セイランの処分について考えてやってもいい』

そう、必ず関係者を人質に取ってくる。

だからこそ、シャオメイは最悪の事態を想定していた。

その際の身の振り方も、事前にセイランと打ち合わせ済みであった。

「そんな脅しには乗らないわよ……!セイランをクビにするなら好きにしたらいいわ!本人もそのつもりらしいからね!」


本当はこんな事を言いたくはなかった。

この案をセイランが出した時も、シャオメイは最後まで反対した。

しかし、セイランが折れる事は無かった。


『お嬢様を犠牲にしてまで使用人を続けようなどという、恥さらしにはなりたくありません』


セイランの強い意志を受け、シャオメイは了承する他無かった。


「私はアンタなんかに屈しない!私の覚悟を甘く見ないでよね!!」

『ほぅ?言うじゃないか』

しかし、父は悔しがる訳でもなく、不敵な笑みを浮かべていた。

その時、シャオメイは悟った。

父はまだ何かを隠し持っている、と。

そして、次に父の口から告げられた言葉を聞き、シャオメイは絶句した。

力無くその場にへたりと座り込み、敗北感で顔を歪ませた。


シャオメイは思い知った。

自分に生えた『自由』という名の翼は、ろうで出来た偽物に過ぎない、という事を。

そして、自分にとって父は太陽の様な存在である、と。

自由を求めて高く飛ぶほど、その蝋の翼は溶け、最後は墜落してしまう。

まるで、ギリシャ神話に登場する、あの『イカロス』のように──。




場所は変わり、とあるコロニーに佇む高層ビルの一室。

広い部屋に内線電話のベルが鳴り響く。

椅子に座る男は受話ボタンを押し、応答する。

モニターには受付を担当している美女が映し出されている。

「何だ」

『お嬢様がお帰りになられました』

途端に男の眼光が鋭くなった。

「ここへ来るよう伝えろ」

『かしこまりました』

淡々とした業務口調の内線が切れると、男は椅子の背もたれに体重をかけた。

静寂な室内にぎしっとイスがきしむ音が大きく響く。

「……やっと帰ってきたか。バカ娘め」

やや怒りの籠もった声色で、男は呟くのであった。


『ピー』

扉が開錠する音が鳴り、自動で開いた入口から少女は無作法に足を踏み入れた。

「無礼者め。ノックの1つもできんのか」

「卑劣なアンタごときに振る舞う礼儀なんてないわ」

ふん、と鼻を鳴らしながら、少女──シャオメイはズカズカと父の元へと歩み寄っていく。

そして、目の前で立ち止まると、嫌悪感に満ちた目で見下す様に睨み付けた。

「セイランはどこ?」

「……さぁな」

シャオメイの眼光も意に介さない様子で、父は葉巻に火を付け、煙を吐いた。

その態度が彼女の神経を逆撫でする。

「ふざけるな!」

シャオメイは殺気を全身にたぎらせ、父の胸ぐらに掴みかかった。

「私は約束どおりここへ戻った!なのにアンタはそれを平気で破る気なの!?」

「約束は守るさ。だが、お前はいつまた逃げ出すか分からんからな。お前が私の言う事に従うという確約がとれない限り、セイランに対する処分を解除するつもりはない」

「……私にどうしろっていうのよ?」

「なに、誠意を見せればいいだけのこと……この『レイズ・カンパニー』を発展させていくという固たる意志を持つ後継者としての、な……」

「っ……!」

シャオメイは息を飲んだ。

そして、改めて今目の前に存在する、自身の父にしてレイズ・カンパニーの社長、『リン・フェイロン』の威光に戦慄した。

「あ、アンタは……また私を……!」

「ん?何だ?」

出かけた言葉を飲み込み、ギュッと唇を噛みしめる。

そして胸ぐらを掴む手を緩め、ぐっと拳を握りしめた。

「………………分かったわ。アンタの……言う通りにする……!」

シャオメイの返答に、フェイロンは口元を上げた。

「そうか。さすがは我が娘、理解が早い」

「やめて。アンタに娘だなんて呼ばれたくない」

突き放す言葉と共に、シャオメイがキッと睨み付ける。

「それに私はアンタの隷属じゃない。これは『交渉』よ。アンタの条件を受け入れる代わりに、私の条件も呑みなさい」

「ほぅ……言ってみなさい」

「アンタが私を連れ戻す為にしてきた事全てを白紙に戻しなさい。もちろん、セイランの処分の事も含めてね」

しばしの沈黙の後、フェイロンは首を縦に振った。

「……いいだろう。ただし、しばらくはセイランと会う事は禁ずる。そして今後、セイランは私の下で働いてもらう事とする。それでいいな 」

「……ええ」

「話はここまでだ。この後も予定があるのでな。お前は家に帰りなさい」

フェイロンの言葉に返答する事無く、シャオメイは社長室を出ていった。




ガッシャーン!!!!

「お、お嬢様!!お止めください!!」

シャオメイの住む豪邸の一室、使用人達の悲鳴と共に、物が割れ、破壊される様な音が屋敷内に鳴り響く。

「うるさい!うるさい!うるさい!!出てけ!!!みんなここから出て行けーっ!!!!」

棒術用の棍棒を振り回し、壁や家具を叩き壊しながら、使用人達を部屋から追い払う。

使用人達も身の危険を感じ、慌てて部屋から飛び出した。

全員が部屋から出た所で、シャオメイは扉に『Keep Out!』と書いた紙を張り付け、荒々しく扉を閉めて鍵を掛けた。

「う……うぅ……」

1人になり、ソリア学園での楽しい時間が、走馬灯の様に脳裏に甦る。

「うぁあぁぁぁあ!!!!」

それを振り払うかの様に、シャオメイは暴れた。

何かにこの気持ちをぶつけなければ、心が壊れてしまう。

だからこそシャオメイは室内を破壊し続けた。


しばらく暴れた後、シャオメイは力尽きた様に、椅子に座り込み、顔を机に突っ伏した。

室内に広がる静寂。

だからこそ余計に、外から漏れる音がより大きく耳に入ってくる。

シャオメイは顔をわずかに上げ、窓の外を見つめた。

『晴れ』の空を飛び戯れる小鳥は、本物の翼を持っている。

自分の持つ、偽物の翼とは全く違う。

(これ見よがしに目の前で飛び回らないでよ……私に自由を見せつけないでよ……!)

目頭を伝った涙が、ポタリとテーブルに滴り落ちる。

「自由に……なりたいよ……」

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


昼休み、ルナは呼び出しを受け、校長室にいた。

「あの……お話とは?」

「話、というほどの事ではないのですが……これを預かってましてね」

そう言って校長がルナヘ手渡したのは、タブレットであった。

「これは?」

「シャオメイさんからあなたに渡すように、と頼まれましてね」

「シャオメイから!?」

ルナは驚きで思わず声を大きくしてしまった。

「では、確かに渡しましたよ」

「あ、ありがとうございます」

ルナは一礼をすると、校長室を後にした。




カフェテリアへ向かうと、いつもの様に仲間達が席を確保していた。

「お、来たかルナ!校長の話って何だったんだ?」

来て早々、興味津々な表情で尋ねるハワード。

ルナは少し逡巡したが、朝の仲間達の様子を思いだし、話すべきだ、と判断した。

「実は……これ」

「これは……メールか?」

「うん。シャオメイからの」

「「え!?」」

一同から驚きの声があがる。

「ど、どんな内容なの!?」

「まだ見てないから分からないわ。もしかしたら、突然転校した理由を教えてくれるのかも……」

急かすように尋ねてくるシンゴに対し首を横に振り、ルナは改めてメールを見つめ、震える指先で再生のスイッチを押した。




『 ルナ、そしてみんなへ……

これを聞いている時には、私はもうソリア学園に……ううん、ロカA2にいないと思います。

家の事情で急遽、帰らなくてはならなくなりました。

突然の事で驚いているだろうし、挨拶も何も無しに勝手に去ってしまってごめんなさい。

ただ、1つ信じてほしいのは、ソリア学園でみんなと過ごした時間は、本当に楽しかった、という事です。

間違いなく、私が生きてきた中で一番充実した日々でした。

みんなと一緒にいる時が、私が私でいられた時だったと自覚してます。

最後になりますが、こんな形でお別れを言うことになってしまって、本当にごめんなさい。

そして、短い間だったけど、仲良くしてくれてありがとう。

さよなら 』

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