4期
黙々と修理をするシンゴを、フェイロンはジッと見つめていた。
邪魔をするわけでも、話しかけるわけでもなくただ黙って眺めているだけだ。
その様子が不可解に感じたのかシャオメイが怪訝な顔を浮かべていると、不意にフェイロンが口を開いた。
「……小僧、お前は将来、メカニックになるつもりか?」
その問いかけに、シンゴは手を休める事も無く返答した。
「うん。そのつもりだけど?」
「……お前は、この宇宙にメカニックという職業の人間がどれ程いるのか知っているか?」
「さぁ?数えようと思ったことないし、そもそも、そんな事に興味ないし」
淡々とした口調で返すシンゴ。
「だが、お前はそう遠くもない将来、否応なく知ることになる。上には上がいること……才能があると思っていた自分の技術が、無数分の1に過ぎないこと……それを知り、必ず挫折する」
フェイロンの意味深な言葉に、ふとシンゴの手が止まる。
その純粋な瞳は真っ直ぐにフェイロンを見つめていた。
「知ってるよ」
「なに……?」
一瞬、シンゴの言葉が理解できなかった。
「僕より才能がある人が……すごい技術を持った人がいるってことくらい、知ってるよ」
シンゴの返答にフェイロンは目を見開いた。
「ならば、何故メカニックの夢を目指す?知っているならば理解できるだろう?挫折すると、心が傷つくと分かって、それでも夢を追い求める事に、何の意味がある!?」
その言葉は、シンゴに対して、というより、むしろフェイロン自身に投げかけられた言葉の様に感じられる。
それでもシンゴは、その言葉を真正面から受け止め、そして返答した。
「意味なんて必要ないよ」
「!?」
「僕は機械が好き。機械を弄るのも、作るのも好き。機械を修理して喜ぶ顔を見るのも、作った機械を手にして楽しそうにしている顔を見るのも好き。……それだけだよ」
「だが……好きだけでやっていけるほど、メカニックの世界は甘くは……」
「そうかもしれないけど……それでも、諦める理由にはならないよ」
「!!!」
シンゴのその笑顔が、一瞬フェイロンの知っている人物とダブって見えた。
不意に、何故かフェイロンは聞いてみたくなった。
「……お前、そのメカニックの技術は独学か?」
「半分はね。後の半分は師匠から教えてもらったんだ」
「師匠……そいつの名は?」
何故そんな事を聞くのか分からず、シンゴは怪訝な顔をフェイロンに向けるが、すぐに、まぁいっか、と思い直し、その名前を告げた。
「ポルトさん、って人だけど」
「ポルト……」
「ポルトさんを知ってるの?」
フェイロンの反応が気になり、シンゴは逆に聞き返した。
しかし、フェイロンは質問には答えず硬直してしまった。
フェイロンの頭の中に、当時の記憶がフラッシュバックされる。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
記憶の中のフェイロンは、ポルトの工場に立っていた。
「俺……今日で研修が終わるんだ」
「ほぉ?それは良かったのぅ。と言っても、お前さんは研修さぼって、ほぼ毎日ここに来ておったけどな」
ポルトは修理依頼の来ていたモーターを弄りながらフェイロンへ返答する。
「ポルトさん」
「何じゃ?」
名を呼ばれ、ポルトはフェイロンへと視線を向けると、そこには深く頭を下げた姿のフェイロンがいた。
「今日までの3週間、本当にお世話になりました!」
予想だにしないフェイロンの行動に、ポルトは呆気にとられるも、すぐに口元を緩ませ、小さく笑った。
「お前さんも、この3週間で少しは年上に対する礼儀というものを学んだ様じゃな」
「何だよそれ。人がせっかく頭下げて礼を言ってるってのに……」
ポルトの反応がいまいち納得いかず、フェイロンが不平を呟く。
「まぁいいや。俺、そろそろ行かないと宇宙船の乗船時間に間に合わなくなるから。じゃあ、ファーロにもよろしく言っといてくれ」
そう言いながら、荷物を肩に抱え上げると、ポルトに背を向けて歩き出した。
「フェイロン」
「ん?」
呼び止められ、フェイロンは足を止めて振り返る。
「お前さんはメカニックとしての素質がある」
「え……?ほ、本当か!?」
「ま、腕も経験もまだまだ未熟じゃがな」
「ちぇっ……何だよ、期待させる様な事を言っておいて……」
「当たり前じゃ。お前さんはどこかすぐに調子に乗る癖があるみたいだからの。素質は持っているだけじゃ、ただの石ころに過ぎん」
「石ころって……ひでぇな」
「そいつが石ころのままで終わるか、それとも金やダイヤに生まれ変わるかは、お前さん次第という訳じゃ」
「俺次第?」
「お前さんがこれからもメカニックとして腕を磨き続けていければ、必ずその素質は光り輝き出すはずじゃ。大事なのは何があっても諦めない事……その事をちゃんと胸に留めておくんじゃぞ」
「お、おう……?」
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
ふと我に返り、フェイロンはシンゴへと再び問いかける。
「ポルト氏は、今も元気か?」
その質問に、シンゴは俯いた。
「……ポルトさんは死んだよ。宇宙病だったんだ。だけど、最期の気力を振り絞って、僕達に大切なものを教えてくれたんだ」
「シンゴ……」
初めて見るシンゴの表情に、シャオメイはかける言葉が見つからなかった。
見ているだけで分かる、シンゴはそのポルトという人物を慕っていたのだ。
「……そうか。そのベスト、見覚えがあると思ったら、ポルトさんの形見だったのか……」
そこまで話すと、フェイロンは口を閉ざした。
作業を開始してもうじき15分が経過しようとしていたが、修理は予想よりも難攻していた。
「くそ~……もう少しなのに……!」
次第にシンゴから焦りの表情が出始める。
(……そろそろ限界か)
シンゴの進行状況を見つめ、溜息を一つ落とすと、シャオメイへと視線を移した。
「シャオメイ、今すぐ脱出用ポットに乗り込め」
「は?何言ってるのよ!?カオルもシンゴもここにいるのに、行く訳ないじゃない!!」
「いいから言う事を聞くんだ!私には、娘のお前の命を何よりも守る、という父親の責務がある!」
強い口調でフェイロンが言い放つ。
しかし、その言葉はシャオメイの逆鱗に触れるものであった。
「……何が父親の責務よ!」
シャオメイが拳を握りしめ、震わせる。
「今まで、私の事なんて気にも掛けなかったくせに……父親らしい事なんて、何一つしてくれなかったくせに……!今さら父親ぶらないでよ!!」
「っ!!!」
突き放すシャオメイの言葉がフェイロンの胸に突き刺さる。
権威の鎧に守られていた時とは違い、今は直にシャオメイの感情がフェイロンに直撃する。
「……そんなに私が憎いか?」
「ええ、憎いわよ。アンタのせいで、私は自由を奪われた。心も挫かれた……!そんな奴をどうやって好きになれっていうのよ!?」
「………」
フェイロンは沈黙した。
思い返せば、生まれてこの方、シャオメイを抱いた事もなければ、彼女の笑顔を見た事も無い。
そう考えれば、自分が父親としての責務などと言うのは、思い上がりにも甚だしいのかもしれない。
改めて、自分を見つめ直す機会を得た、フェイロンは、せめてもの禊 として、一つの結論にたどり着いた。
「私を殴れ」
「は……?突然何言い出すのよ?」
「確かに、お前に父親らしい事などしてこなかった。この危機に陥っても、私の言葉を受け入れてくれないとなれば、それは私の責任に他ならない。だから、お前の気が済むまで私を殴れ。それを私はお前の苦しみとして受け入れる」
「………っ!」
確かに殴りたい、と思ったことは何度もあったが、本人から殴れと言われて殴るのは、気が引ける。
そんな矛盾する感情に挟まれ、シャオメイは逡巡した。
「どうした?私が憎いのだろう?その思いを拳に込めてみろ。それとも、お前の苦しみはそれに値しないとでもいうのか?」
挑発とも取れるフェイロンの言葉に、シャオメイがキッと彼を睨む。
そして覚悟を決めた様に拳を掲げた。
「やってやろうじゃない……!!」
フェイロンは静かに目を瞑った。
これでシャオメイへの禊が出来るなら、安いものだ、と。
しかし、いつまで経っても、痛みはやってこなかった。
フェイロンはゆっくりと瞼を上げた。
そこには拳を掲げたまま動かないシャオメイの姿があった。
「……?」
「バッカじゃないの!?」
シャオメイから出た一言目は罵声であった。
「こんな事したって、私の15年が変わる訳じゃない……今はスッキリしても、今後アンタに対する感情が変わる訳でもない!」
「………」
「だけど……」
その時、フェイロンは言葉を失った。
シャオメイの瞳から、大粒の涙がこぼれたからである。
「どんなに嫌いでも……どんなに憎くても……私にとっての『お父さん』は、世界にたった1人しかいないのよ!?」
「!!!」
「なのに……どうして私を失望させるのよ!!どうして嫌いって気持ちにさせるのよ!!たった一度で良いから……私に『本物のお父さん』を見せてよ!一度でいいから……『カッコイイお父さん』を私に見せてよ!!!」
「シャオメイ……お前……」
シャオメイからは、ただ憎まれているとばかり感じていた。
しかし、どれだけ後悔しようとも過ぎた時間は戻ってこない。
だから、せめてその憎しみを受け止めようと、フェイロンはそう考えていた。
だが、それはシャオメイが望んでいる事ではなかった。
では、どうすれば、シャオメイに償える?
考えても考えても、その答えは見つからない。
◆ ◆ ◆ ◆
『フェイロン』
フェイロンの脳裏で、彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
ゆっくりとした足取りで、フェイロンに近づいてきたのは懐かしい師の姿だった。
(ポルトさん……俺……)
フェイロンは申し訳なさで顔を俯かせた。
『大事なのは何があっても諦めない事……その事をちゃんと胸に留めておくんじゃぞ』
ポルトは咎める訳でもなく、あの時と同じ言葉を投げかけた。
フェイロンはそっとポルトの顔を見た。
その表情は優しく自分へ微笑みかけてくれていた。
(ポルトさん……その『諦めない』事……今からでもやり直せるかな……?)
『当たり前じゃ!人間、生きている限り、何度だってやり直しできるもんじゃ!諦めなければ、必ず道は開ける!』
そう答え、ポルトはニカッと笑ってくれた。
そして、もう1人……
後ろから抱きしめられる感覚にフェイロンは気が付く。
『やっと気付いてくれた』
(ティア……いつからにそこに)
そう尋ねると、ティアはクスクスと小さく笑った。
『何を言ってるんですか。私はずっとあなたの側にいましたよ。あの時の約束、忘れたんですか?』
そう言われ、フェイロンは思い出す。
『私は、何があろうと、あなたと共にいます。ですから、あなたはあなたの決めた道を進んでください。純粋なフェイロンさんが……私は好きです』
再び紡がれた言葉を聞き、フェイロンは抱きしめるティアの手をそっと握った。
(ああ、そうだな……お前は約束通りずっと側にいてくれた……。今度は『俺が』約束を守る番だな……!)
そう答えると、心の中のティアは、柔らかく微笑み返した。
『残り、8分!』
(ダメだ……!このままのペースじゃ、間に合わない!!せめてチャコがいてくれたら……)
シンゴが悔しそうに唇を噛む。
頭ではイメージ出来ているのに、体がついていかない。
1人で作業を行う事への限界が見え始めた。
そんなシンゴの側に、フェイロンが立つ。
「代われ」
「え?」
「俺がやる」
「あ、うん……」
シンゴは素直に場所を譲ると、フェイロンは工具を手に持ち、エンジンを弄り始めた。
「と、父さん……?」
初めて見る、メカニックとしての父の姿に、シャオメイは驚きを隠せなかった。
「もう時間がほとんどない。さすがの俺でも手が足りん。お前は補助に回れ」
「うん!」
フェイロンの言葉にシンゴは力強く頷いた。
ハイペースでエンジンの修理を行うフェイロンの技術に、メカニック達は勿論、シンゴも、そしてシャオメイすらも目を奪われた。
「すっげぇ……」
思わずメカニックの1人から言葉が漏れる。
このペースに遅れまい、と必死にサポートに回るシンゴは、目の前の技術に目を輝かせた。
「すごい……!こんな方法があったんだ……!」
感激の声をあげるシンゴを一瞬チラリと見つめ、フェイロンは小さく口元を上げた。
「このペースに食らいつくとは、伊達に天才とは呼ばれてない、という訳か。だが、知識も技術も、まだまだ青いな」
不敵に笑うフェイロンの言葉に、シンゴはムッとした顔をした。
「僕はこれからだもん!経験積んでいけば、必ずポルトさんやリン社長に追いつく自信はあるよ!」
フェイロンは目を丸くした。
まさか、自分がシンゴの目標として名を上げられるとは思ってもみなかったのだ。
しかも、尊敬する師・ポルトと名前を並べられるとなると、少しくすぐったく感じられる。
しかし、悪い気分ではなかった。
「そうか……ならば、よく見ておけ。これから見せるのは、俺達の師・ポルトさんの技だ。盗んで必ず物にしろ!」
「う、うん!!」
フェイロンのペースが更に速くなっていくが、2人のリズムが崩れる事は無かった。
むしろ、この極限状態で集中力が高められ、先程以上に息が合っている様に見受けられる。
そう感じていたのは周りで見守る者だけではなく、当の本人達もであった。
(不思議な気分だ……実力が最大限まで引き出せている……素質のある奴と組むだけで、こうも変わるのか?)
そこまで考え、フェイロンは1つの答えにたどり着く。
(……いや、違うな。素質じゃない……『信頼』だ。こいつなら、俺の技術についてこれる、サポートを任せられると思ったから、安心して本気を出せたのか……)
乗船前の、カオルの言葉が脳裏に甦る。
『シンゴになら安心して全てを任せられる。こいつ以上に信頼できるメカニックを俺は知らない』
(ふっ……なるほどな。あの少年の言葉……少しは分かった気がするな)
そんな気持ちが何だか可笑しく感じられ、フェイロンは口元を上げて小さく笑った。
『残り2分!』
「焼き付け部分の補修、終わったよ!」
「なら手を貸せ!こいつで最後だ!」
「うん!」
再びシンゴがフェイロンのサポートに回る。
2人の技術がシンクロし、作業もラストスパートに掛かった。
そして……
「折損部修復完了!時間は!?」
『残り40秒!メインエンジンを稼働する!』
皆が見守る中、カオルがエンジンレバーを倒す。
キュイイイン!!
『メインエンジンの稼働を確認!』
カオルの応答を聞き、エンジンルームに歓声が響いた。
「やったぁ!!」
「社長もガキもすげぇ!!」
「私、感動してしまいました!」
シンゴを罵っていたメカニック達も、いつの間にか、称える側へと変わっていた。
「シンゴすごーい!!」
感激の余り、シャオメイがシンゴに抱きつく。
「ち、ちょっとシャオメイ!?」
抱きつかれたシンゴは、顔を赤くして硬直してしまった。
そんな2人にフェイロンが歩み寄る。
はっと我に返ったシャオメイは、慌ててシンゴから離れ、身構えた。
2人の間に流れる沈黙。
シンゴは空気を読み、そっと2人と距離を置く。
「シャオメイ……俺は……」
「……悔しいけど、エンジンを修理している時の父さんは……ちょっとだけ……カッコよかった」
「え……」
驚きでフェイロンは目を見開いた。
初めて聞く、娘からの賛辞の言葉に、胸が熱くなった。
今までに感じた事のないその感情に戸惑いながらも、精一杯の気持ちをシャオメイへと返す。
「……ありがとう」
シャオメイは、ふいっと顔を背けたのはきっと照れ隠しだろう。
ぎこちないながらも、少しだけ修復された親子の絆。
ほんのわずか、しかし確実に心の距離を縮める事が出来た2人を見つめ、シンゴは嬉しそうに微笑むのであった。
スピーカー越しに聞こえてくるエンジンルームの歓声。
それを聞き、コクピット室のカオルとレオナルドも小さく微笑む。
「お疲れ、カオル君」
「まだですよ。無事着陸するまでがパイロットの仕事です」
こんな事態でも、最後まで自分のペースを乱す事もなく、信念を貫き通すカオルに、レオナルドは苦笑いした。
「作戦の成功を祝して、せめてこれくらいはいいだろう?」
そう言うと、レオナルドは徐(おもむろ)に右手を掲げる。
カオルは、レオナルドの意図を察し、小さく頷くと、その手にハイタッチを交わした。
ジオC8へと到着し、乗務員が順次シャトルから降りる中、カオルの姿を見かけるなり、ルナは一目散に駆け寄り抱きついた。
「よかった……無事で……トラブルがあったって連絡があったから……すごく怖かった……」
カオルの胸に顔を埋めながら、震える声でルナが呟く。
「トラブルはあったが、この通り全員無事に帰還した。心配かけて悪かったな」
カオルはルナの頭に手を乗せ、彼女が落ち着くまで優しく撫で続けた。
「いやー、見せつけてくれるね、おふたりさん♪」
茶化す発言をしながら、シャオメイがにやけ顔で2人に近づく。
我に返ったルナは、とっさにカオルから離れ、キョロキョロと周囲を見回した。
2人に、周囲の視線が集中している事に気が付き、ルナは顔を真っ赤にした。
「人の事を茶化している暇があったら、自分の心配をしろ。まだ完全に片がついた訳じゃないだろ」
ケタケタと笑うシャオメイに対し、眉をつり上げたカオルが言及する。
すぐさま真剣な表情に戻ったシャオメイは、ゆくりとフェイロンの元へと歩み寄った。
その様子を後ろから見守る仲間達。
「父さん」
「……シャオメイ、今まで済まなかったな」
突然の父からの謝罪にシャオメイは呆気にとられ、言葉を止めた。
「俺が弱かったばかりに、自分の不幸をお前に押しつけてしまっていた……」
「……まったくよ。この15年間、私がどれだけ苦しんだと思ってるの?」
ここぞとばかりに、フェイロンに対し、文句をいうシャオメイ。
しかし、今だからこそ言える本音も、そっとフェイロンへと返した。
「だけど……その『今まで』があったから、私はルナ達に出会えた……。それも事実だから……だから、今の謝罪の言葉でチャラにしてあげてもいい……わ……」
自分で言って恥ずかしくなったのか、最後の言葉は小さくなり、顔はフェイロンから背けていた。
フェイロンは口元を小さく上げると、更衣室のある方向へと向かって歩き出した。
やや進んだ所で、フェイロンは歩みを止め、振り返らずにシャオメイへと話しかけた。
「シャオメイ」
「な、何よ……」
「私はもう、お前の進む道に立ちはだかる様な真似はしない。お前は自分の信じる道を行け。その仲間達と共にな……」
その言葉だけ残し、フェイロンは立ち去っていった。
立ち去った場所から、子供達の歓声が聞こえてくる。
(これで……良かったんだよな?)
フェイロンはそう心で囁くと、着替えを済ませ、とある場所へと向かった。
第5番街・医療特区。
ティアの病室に、ノックの音が響く。
「あ、私が行きます」
そうティアに言うと、セイランは部屋の扉を開け、訪問者を出迎えた。
「あ……旦那様……」
セイランの言葉を聞き、横になっていたティアが上半身を起こした。
そして、入室してきた彼を目にし、瞳を大きく開いた。
手には花束を携え、あの頃と同じ『フェイロン』の顔をしていた。
思わずティアは口と鼻を両手で覆い、体を震わせた。
「体調はどうだ?」
フェイロンはゆっくりと歩み寄り、ティアへ花束を差し出した。
「今さらになってしまったが、見舞いの花だ。受け取って……くれるか?」
久しぶりに聞く優しい言葉。
それは、ティアがずっと待ち望んでいたフェイロンであった。
ティアは花束を巻き込みながら、フェイロンへと抱きつき、声をあげて泣き出した。
とっさの行動にフェイロンは一瞬驚いたが、すぐにティアの背中に手を回し、ギュッと抱きしめ返した。
「おかえりなさい……!」
耳元で囁かれた言葉が、とても懐かしく感じられ、フェイロンもティアの耳元で囁き返す。
「……ただいま」
幸せそうな2人の姿を見つめ、思わずセイランも溢れる涙を拭った。
(また戻れるんですね……あの時のように……みんなを家族と呼び合えた、あの頃のように……)
翌日……
ソリア学園の校長室に、シャオメイはいた。
校長は席に座り、シャオメイから受け取った書類に目を通していた。
「なるほど……いや、しかしまさかフェイロン氏直々の紹介状を持って来られるとは思ってもみませんでしたよ」
校長が呼んでいた書類は、フェイロンがソリア学園への再編入を校長に対して依頼した紹介状であった。
「お願いします……!私、みんなと出会えたこのソリア学園が好きです!ここで色んな事を学ばせてください!みんなと一緒に卒業させてください!!」
校長に対し、頭を下げてシャオメイが懇願する。
「まぁまぁ、頭を上げてくださいシャオメイさん。こちらとしては、断る理由なんてないのですから」
「それじゃあ……!!」
「ええ、受理させていただきます」
そう笑顔で答え、校長はシャオメイの編入届に受理印を押した。
「あ……ありがとうございます!」
「あなたの更なる成長を楽しみにしてますよ」
シャオメイはもう一度深くお辞儀をすると、校長室を出て行った。
シャオメイは嬉しそうに笑みをこぼしながら廊下を駆け抜けた。
そして1つの教室の扉の前へと到着した。
この扉の向こうには、仲間達がいる。
開けたら、眉をつり上げたメノリに「廊下を走るな!」と叱られるだろうか?
教室の中では、一番注目を浴びているのはハワードで、きっと何かしらの自慢を披露しているに違いない。
ベルはそれに付き合わされながらも、変わらぬ笑顔で、しっかり話を聞いてあげているのだろう。
シャアラはきっと自分の席でメルヘンかファンタジックな本を読んでいて、シンゴも同様に機械を弄っている事だろう。
そして、ルナとカオルは相変わらず2人仲良くおしゃべりをしているに決まっている。
……といっても、ルナが会話の9割を占めているだろうが。
そんな当たり前の光景を、今日からまた眺められる事が、堪らなく嬉しくて仕方がない。
もう自分に生えた背中は蝋で出来た偽物の翼などではない。
自分を閉じ込めるカゴも存在しない。
空を飛び交う鳥の様に、『自由』という翼を手に入れたのだ。
これからの学園生活、そして仲間達と歩む未来がシャオメイを待っている。
高揚する気持ちを堪えきれぬまま、シャオメイは仲間達の待つ教室の扉を元気よく開けた。
邪魔をするわけでも、話しかけるわけでもなくただ黙って眺めているだけだ。
その様子が不可解に感じたのかシャオメイが怪訝な顔を浮かべていると、不意にフェイロンが口を開いた。
「……小僧、お前は将来、メカニックになるつもりか?」
その問いかけに、シンゴは手を休める事も無く返答した。
「うん。そのつもりだけど?」
「……お前は、この宇宙にメカニックという職業の人間がどれ程いるのか知っているか?」
「さぁ?数えようと思ったことないし、そもそも、そんな事に興味ないし」
淡々とした口調で返すシンゴ。
「だが、お前はそう遠くもない将来、否応なく知ることになる。上には上がいること……才能があると思っていた自分の技術が、無数分の1に過ぎないこと……それを知り、必ず挫折する」
フェイロンの意味深な言葉に、ふとシンゴの手が止まる。
その純粋な瞳は真っ直ぐにフェイロンを見つめていた。
「知ってるよ」
「なに……?」
一瞬、シンゴの言葉が理解できなかった。
「僕より才能がある人が……すごい技術を持った人がいるってことくらい、知ってるよ」
シンゴの返答にフェイロンは目を見開いた。
「ならば、何故メカニックの夢を目指す?知っているならば理解できるだろう?挫折すると、心が傷つくと分かって、それでも夢を追い求める事に、何の意味がある!?」
その言葉は、シンゴに対して、というより、むしろフェイロン自身に投げかけられた言葉の様に感じられる。
それでもシンゴは、その言葉を真正面から受け止め、そして返答した。
「意味なんて必要ないよ」
「!?」
「僕は機械が好き。機械を弄るのも、作るのも好き。機械を修理して喜ぶ顔を見るのも、作った機械を手にして楽しそうにしている顔を見るのも好き。……それだけだよ」
「だが……好きだけでやっていけるほど、メカニックの世界は甘くは……」
「そうかもしれないけど……それでも、諦める理由にはならないよ」
「!!!」
シンゴのその笑顔が、一瞬フェイロンの知っている人物とダブって見えた。
不意に、何故かフェイロンは聞いてみたくなった。
「……お前、そのメカニックの技術は独学か?」
「半分はね。後の半分は師匠から教えてもらったんだ」
「師匠……そいつの名は?」
何故そんな事を聞くのか分からず、シンゴは怪訝な顔をフェイロンに向けるが、すぐに、まぁいっか、と思い直し、その名前を告げた。
「ポルトさん、って人だけど」
「ポルト……」
「ポルトさんを知ってるの?」
フェイロンの反応が気になり、シンゴは逆に聞き返した。
しかし、フェイロンは質問には答えず硬直してしまった。
フェイロンの頭の中に、当時の記憶がフラッシュバックされる。
第 13 話 『カゴの鳥⑨』
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
記憶の中のフェイロンは、ポルトの工場に立っていた。
「俺……今日で研修が終わるんだ」
「ほぉ?それは良かったのぅ。と言っても、お前さんは研修さぼって、ほぼ毎日ここに来ておったけどな」
ポルトは修理依頼の来ていたモーターを弄りながらフェイロンへ返答する。
「ポルトさん」
「何じゃ?」
名を呼ばれ、ポルトはフェイロンへと視線を向けると、そこには深く頭を下げた姿のフェイロンがいた。
「今日までの3週間、本当にお世話になりました!」
予想だにしないフェイロンの行動に、ポルトは呆気にとられるも、すぐに口元を緩ませ、小さく笑った。
「お前さんも、この3週間で少しは年上に対する礼儀というものを学んだ様じゃな」
「何だよそれ。人がせっかく頭下げて礼を言ってるってのに……」
ポルトの反応がいまいち納得いかず、フェイロンが不平を呟く。
「まぁいいや。俺、そろそろ行かないと宇宙船の乗船時間に間に合わなくなるから。じゃあ、ファーロにもよろしく言っといてくれ」
そう言いながら、荷物を肩に抱え上げると、ポルトに背を向けて歩き出した。
「フェイロン」
「ん?」
呼び止められ、フェイロンは足を止めて振り返る。
「お前さんはメカニックとしての素質がある」
「え……?ほ、本当か!?」
「ま、腕も経験もまだまだ未熟じゃがな」
「ちぇっ……何だよ、期待させる様な事を言っておいて……」
「当たり前じゃ。お前さんはどこかすぐに調子に乗る癖があるみたいだからの。素質は持っているだけじゃ、ただの石ころに過ぎん」
「石ころって……ひでぇな」
「そいつが石ころのままで終わるか、それとも金やダイヤに生まれ変わるかは、お前さん次第という訳じゃ」
「俺次第?」
「お前さんがこれからもメカニックとして腕を磨き続けていければ、必ずその素質は光り輝き出すはずじゃ。大事なのは何があっても諦めない事……その事をちゃんと胸に留めておくんじゃぞ」
「お、おう……?」
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
ふと我に返り、フェイロンはシンゴへと再び問いかける。
「ポルト氏は、今も元気か?」
その質問に、シンゴは俯いた。
「……ポルトさんは死んだよ。宇宙病だったんだ。だけど、最期の気力を振り絞って、僕達に大切なものを教えてくれたんだ」
「シンゴ……」
初めて見るシンゴの表情に、シャオメイはかける言葉が見つからなかった。
見ているだけで分かる、シンゴはそのポルトという人物を慕っていたのだ。
「……そうか。そのベスト、見覚えがあると思ったら、ポルトさんの形見だったのか……」
そこまで話すと、フェイロンは口を閉ざした。
作業を開始してもうじき15分が経過しようとしていたが、修理は予想よりも難攻していた。
「くそ~……もう少しなのに……!」
次第にシンゴから焦りの表情が出始める。
(……そろそろ限界か)
シンゴの進行状況を見つめ、溜息を一つ落とすと、シャオメイへと視線を移した。
「シャオメイ、今すぐ脱出用ポットに乗り込め」
「は?何言ってるのよ!?カオルもシンゴもここにいるのに、行く訳ないじゃない!!」
「いいから言う事を聞くんだ!私には、娘のお前の命を何よりも守る、という父親の責務がある!」
強い口調でフェイロンが言い放つ。
しかし、その言葉はシャオメイの逆鱗に触れるものであった。
「……何が父親の責務よ!」
シャオメイが拳を握りしめ、震わせる。
「今まで、私の事なんて気にも掛けなかったくせに……父親らしい事なんて、何一つしてくれなかったくせに……!今さら父親ぶらないでよ!!」
「っ!!!」
突き放すシャオメイの言葉がフェイロンの胸に突き刺さる。
権威の鎧に守られていた時とは違い、今は直にシャオメイの感情がフェイロンに直撃する。
「……そんなに私が憎いか?」
「ええ、憎いわよ。アンタのせいで、私は自由を奪われた。心も挫かれた……!そんな奴をどうやって好きになれっていうのよ!?」
「………」
フェイロンは沈黙した。
思い返せば、生まれてこの方、シャオメイを抱いた事もなければ、彼女の笑顔を見た事も無い。
そう考えれば、自分が父親としての責務などと言うのは、思い上がりにも甚だしいのかもしれない。
改めて、自分を見つめ直す機会を得た、フェイロンは、せめてもの
「私を殴れ」
「は……?突然何言い出すのよ?」
「確かに、お前に父親らしい事などしてこなかった。この危機に陥っても、私の言葉を受け入れてくれないとなれば、それは私の責任に他ならない。だから、お前の気が済むまで私を殴れ。それを私はお前の苦しみとして受け入れる」
「………っ!」
確かに殴りたい、と思ったことは何度もあったが、本人から殴れと言われて殴るのは、気が引ける。
そんな矛盾する感情に挟まれ、シャオメイは逡巡した。
「どうした?私が憎いのだろう?その思いを拳に込めてみろ。それとも、お前の苦しみはそれに値しないとでもいうのか?」
挑発とも取れるフェイロンの言葉に、シャオメイがキッと彼を睨む。
そして覚悟を決めた様に拳を掲げた。
「やってやろうじゃない……!!」
フェイロンは静かに目を瞑った。
これでシャオメイへの禊が出来るなら、安いものだ、と。
しかし、いつまで経っても、痛みはやってこなかった。
フェイロンはゆっくりと瞼を上げた。
そこには拳を掲げたまま動かないシャオメイの姿があった。
「……?」
「バッカじゃないの!?」
シャオメイから出た一言目は罵声であった。
「こんな事したって、私の15年が変わる訳じゃない……今はスッキリしても、今後アンタに対する感情が変わる訳でもない!」
「………」
「だけど……」
その時、フェイロンは言葉を失った。
シャオメイの瞳から、大粒の涙がこぼれたからである。
「どんなに嫌いでも……どんなに憎くても……私にとっての『お父さん』は、世界にたった1人しかいないのよ!?」
「!!!」
「なのに……どうして私を失望させるのよ!!どうして嫌いって気持ちにさせるのよ!!たった一度で良いから……私に『本物のお父さん』を見せてよ!一度でいいから……『カッコイイお父さん』を私に見せてよ!!!」
「シャオメイ……お前……」
シャオメイからは、ただ憎まれているとばかり感じていた。
しかし、どれだけ後悔しようとも過ぎた時間は戻ってこない。
だから、せめてその憎しみを受け止めようと、フェイロンはそう考えていた。
だが、それはシャオメイが望んでいる事ではなかった。
では、どうすれば、シャオメイに償える?
考えても考えても、その答えは見つからない。
◆ ◆ ◆ ◆
『フェイロン』
フェイロンの脳裏で、彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
ゆっくりとした足取りで、フェイロンに近づいてきたのは懐かしい師の姿だった。
(ポルトさん……俺……)
フェイロンは申し訳なさで顔を俯かせた。
『大事なのは何があっても諦めない事……その事をちゃんと胸に留めておくんじゃぞ』
ポルトは咎める訳でもなく、あの時と同じ言葉を投げかけた。
フェイロンはそっとポルトの顔を見た。
その表情は優しく自分へ微笑みかけてくれていた。
(ポルトさん……その『諦めない』事……今からでもやり直せるかな……?)
『当たり前じゃ!人間、生きている限り、何度だってやり直しできるもんじゃ!諦めなければ、必ず道は開ける!』
そう答え、ポルトはニカッと笑ってくれた。
そして、もう1人……
後ろから抱きしめられる感覚にフェイロンは気が付く。
『やっと気付いてくれた』
(ティア……いつからにそこに)
そう尋ねると、ティアはクスクスと小さく笑った。
『何を言ってるんですか。私はずっとあなたの側にいましたよ。あの時の約束、忘れたんですか?』
そう言われ、フェイロンは思い出す。
『私は、何があろうと、あなたと共にいます。ですから、あなたはあなたの決めた道を進んでください。純粋なフェイロンさんが……私は好きです』
再び紡がれた言葉を聞き、フェイロンは抱きしめるティアの手をそっと握った。
(ああ、そうだな……お前は約束通りずっと側にいてくれた……。今度は『俺が』約束を守る番だな……!)
そう答えると、心の中のティアは、柔らかく微笑み返した。
『残り、8分!』
(ダメだ……!このままのペースじゃ、間に合わない!!せめてチャコがいてくれたら……)
シンゴが悔しそうに唇を噛む。
頭ではイメージ出来ているのに、体がついていかない。
1人で作業を行う事への限界が見え始めた。
そんなシンゴの側に、フェイロンが立つ。
「代われ」
「え?」
「俺がやる」
「あ、うん……」
シンゴは素直に場所を譲ると、フェイロンは工具を手に持ち、エンジンを弄り始めた。
「と、父さん……?」
初めて見る、メカニックとしての父の姿に、シャオメイは驚きを隠せなかった。
「もう時間がほとんどない。さすがの俺でも手が足りん。お前は補助に回れ」
「うん!」
フェイロンの言葉にシンゴは力強く頷いた。
ハイペースでエンジンの修理を行うフェイロンの技術に、メカニック達は勿論、シンゴも、そしてシャオメイすらも目を奪われた。
「すっげぇ……」
思わずメカニックの1人から言葉が漏れる。
このペースに遅れまい、と必死にサポートに回るシンゴは、目の前の技術に目を輝かせた。
「すごい……!こんな方法があったんだ……!」
感激の声をあげるシンゴを一瞬チラリと見つめ、フェイロンは小さく口元を上げた。
「このペースに食らいつくとは、伊達に天才とは呼ばれてない、という訳か。だが、知識も技術も、まだまだ青いな」
不敵に笑うフェイロンの言葉に、シンゴはムッとした顔をした。
「僕はこれからだもん!経験積んでいけば、必ずポルトさんやリン社長に追いつく自信はあるよ!」
フェイロンは目を丸くした。
まさか、自分がシンゴの目標として名を上げられるとは思ってもみなかったのだ。
しかも、尊敬する師・ポルトと名前を並べられるとなると、少しくすぐったく感じられる。
しかし、悪い気分ではなかった。
「そうか……ならば、よく見ておけ。これから見せるのは、俺達の師・ポルトさんの技だ。盗んで必ず物にしろ!」
「う、うん!!」
フェイロンのペースが更に速くなっていくが、2人のリズムが崩れる事は無かった。
むしろ、この極限状態で集中力が高められ、先程以上に息が合っている様に見受けられる。
そう感じていたのは周りで見守る者だけではなく、当の本人達もであった。
(不思議な気分だ……実力が最大限まで引き出せている……素質のある奴と組むだけで、こうも変わるのか?)
そこまで考え、フェイロンは1つの答えにたどり着く。
(……いや、違うな。素質じゃない……『信頼』だ。こいつなら、俺の技術についてこれる、サポートを任せられると思ったから、安心して本気を出せたのか……)
乗船前の、カオルの言葉が脳裏に甦る。
『シンゴになら安心して全てを任せられる。こいつ以上に信頼できるメカニックを俺は知らない』
(ふっ……なるほどな。あの少年の言葉……少しは分かった気がするな)
そんな気持ちが何だか可笑しく感じられ、フェイロンは口元を上げて小さく笑った。
『残り2分!』
「焼き付け部分の補修、終わったよ!」
「なら手を貸せ!こいつで最後だ!」
「うん!」
再びシンゴがフェイロンのサポートに回る。
2人の技術がシンクロし、作業もラストスパートに掛かった。
そして……
「折損部修復完了!時間は!?」
『残り40秒!メインエンジンを稼働する!』
皆が見守る中、カオルがエンジンレバーを倒す。
キュイイイン!!
『メインエンジンの稼働を確認!』
カオルの応答を聞き、エンジンルームに歓声が響いた。
「やったぁ!!」
「社長もガキもすげぇ!!」
「私、感動してしまいました!」
シンゴを罵っていたメカニック達も、いつの間にか、称える側へと変わっていた。
「シンゴすごーい!!」
感激の余り、シャオメイがシンゴに抱きつく。
「ち、ちょっとシャオメイ!?」
抱きつかれたシンゴは、顔を赤くして硬直してしまった。
そんな2人にフェイロンが歩み寄る。
はっと我に返ったシャオメイは、慌ててシンゴから離れ、身構えた。
2人の間に流れる沈黙。
シンゴは空気を読み、そっと2人と距離を置く。
「シャオメイ……俺は……」
「……悔しいけど、エンジンを修理している時の父さんは……ちょっとだけ……カッコよかった」
「え……」
驚きでフェイロンは目を見開いた。
初めて聞く、娘からの賛辞の言葉に、胸が熱くなった。
今までに感じた事のないその感情に戸惑いながらも、精一杯の気持ちをシャオメイへと返す。
「……ありがとう」
シャオメイは、ふいっと顔を背けたのはきっと照れ隠しだろう。
ぎこちないながらも、少しだけ修復された親子の絆。
ほんのわずか、しかし確実に心の距離を縮める事が出来た2人を見つめ、シンゴは嬉しそうに微笑むのであった。
スピーカー越しに聞こえてくるエンジンルームの歓声。
それを聞き、コクピット室のカオルとレオナルドも小さく微笑む。
「お疲れ、カオル君」
「まだですよ。無事着陸するまでがパイロットの仕事です」
こんな事態でも、最後まで自分のペースを乱す事もなく、信念を貫き通すカオルに、レオナルドは苦笑いした。
「作戦の成功を祝して、せめてこれくらいはいいだろう?」
そう言うと、レオナルドは徐(おもむろ)に右手を掲げる。
カオルは、レオナルドの意図を察し、小さく頷くと、その手にハイタッチを交わした。
ジオC8へと到着し、乗務員が順次シャトルから降りる中、カオルの姿を見かけるなり、ルナは一目散に駆け寄り抱きついた。
「よかった……無事で……トラブルがあったって連絡があったから……すごく怖かった……」
カオルの胸に顔を埋めながら、震える声でルナが呟く。
「トラブルはあったが、この通り全員無事に帰還した。心配かけて悪かったな」
カオルはルナの頭に手を乗せ、彼女が落ち着くまで優しく撫で続けた。
「いやー、見せつけてくれるね、おふたりさん♪」
茶化す発言をしながら、シャオメイがにやけ顔で2人に近づく。
我に返ったルナは、とっさにカオルから離れ、キョロキョロと周囲を見回した。
2人に、周囲の視線が集中している事に気が付き、ルナは顔を真っ赤にした。
「人の事を茶化している暇があったら、自分の心配をしろ。まだ完全に片がついた訳じゃないだろ」
ケタケタと笑うシャオメイに対し、眉をつり上げたカオルが言及する。
すぐさま真剣な表情に戻ったシャオメイは、ゆくりとフェイロンの元へと歩み寄った。
その様子を後ろから見守る仲間達。
「父さん」
「……シャオメイ、今まで済まなかったな」
突然の父からの謝罪にシャオメイは呆気にとられ、言葉を止めた。
「俺が弱かったばかりに、自分の不幸をお前に押しつけてしまっていた……」
「……まったくよ。この15年間、私がどれだけ苦しんだと思ってるの?」
ここぞとばかりに、フェイロンに対し、文句をいうシャオメイ。
しかし、今だからこそ言える本音も、そっとフェイロンへと返した。
「だけど……その『今まで』があったから、私はルナ達に出会えた……。それも事実だから……だから、今の謝罪の言葉でチャラにしてあげてもいい……わ……」
自分で言って恥ずかしくなったのか、最後の言葉は小さくなり、顔はフェイロンから背けていた。
フェイロンは口元を小さく上げると、更衣室のある方向へと向かって歩き出した。
やや進んだ所で、フェイロンは歩みを止め、振り返らずにシャオメイへと話しかけた。
「シャオメイ」
「な、何よ……」
「私はもう、お前の進む道に立ちはだかる様な真似はしない。お前は自分の信じる道を行け。その仲間達と共にな……」
その言葉だけ残し、フェイロンは立ち去っていった。
立ち去った場所から、子供達の歓声が聞こえてくる。
(これで……良かったんだよな?)
フェイロンはそう心で囁くと、着替えを済ませ、とある場所へと向かった。
第5番街・医療特区。
ティアの病室に、ノックの音が響く。
「あ、私が行きます」
そうティアに言うと、セイランは部屋の扉を開け、訪問者を出迎えた。
「あ……旦那様……」
セイランの言葉を聞き、横になっていたティアが上半身を起こした。
そして、入室してきた彼を目にし、瞳を大きく開いた。
手には花束を携え、あの頃と同じ『フェイロン』の顔をしていた。
思わずティアは口と鼻を両手で覆い、体を震わせた。
「体調はどうだ?」
フェイロンはゆっくりと歩み寄り、ティアへ花束を差し出した。
「今さらになってしまったが、見舞いの花だ。受け取って……くれるか?」
久しぶりに聞く優しい言葉。
それは、ティアがずっと待ち望んでいたフェイロンであった。
ティアは花束を巻き込みながら、フェイロンへと抱きつき、声をあげて泣き出した。
とっさの行動にフェイロンは一瞬驚いたが、すぐにティアの背中に手を回し、ギュッと抱きしめ返した。
「おかえりなさい……!」
耳元で囁かれた言葉が、とても懐かしく感じられ、フェイロンもティアの耳元で囁き返す。
「……ただいま」
幸せそうな2人の姿を見つめ、思わずセイランも溢れる涙を拭った。
(また戻れるんですね……あの時のように……みんなを家族と呼び合えた、あの頃のように……)
翌日……
ソリア学園の校長室に、シャオメイはいた。
校長は席に座り、シャオメイから受け取った書類に目を通していた。
「なるほど……いや、しかしまさかフェイロン氏直々の紹介状を持って来られるとは思ってもみませんでしたよ」
校長が呼んでいた書類は、フェイロンがソリア学園への再編入を校長に対して依頼した紹介状であった。
「お願いします……!私、みんなと出会えたこのソリア学園が好きです!ここで色んな事を学ばせてください!みんなと一緒に卒業させてください!!」
校長に対し、頭を下げてシャオメイが懇願する。
「まぁまぁ、頭を上げてくださいシャオメイさん。こちらとしては、断る理由なんてないのですから」
「それじゃあ……!!」
「ええ、受理させていただきます」
そう笑顔で答え、校長はシャオメイの編入届に受理印を押した。
「あ……ありがとうございます!」
「あなたの更なる成長を楽しみにしてますよ」
シャオメイはもう一度深くお辞儀をすると、校長室を出て行った。
シャオメイは嬉しそうに笑みをこぼしながら廊下を駆け抜けた。
そして1つの教室の扉の前へと到着した。
この扉の向こうには、仲間達がいる。
開けたら、眉をつり上げたメノリに「廊下を走るな!」と叱られるだろうか?
教室の中では、一番注目を浴びているのはハワードで、きっと何かしらの自慢を披露しているに違いない。
ベルはそれに付き合わされながらも、変わらぬ笑顔で、しっかり話を聞いてあげているのだろう。
シャアラはきっと自分の席でメルヘンかファンタジックな本を読んでいて、シンゴも同様に機械を弄っている事だろう。
そして、ルナとカオルは相変わらず2人仲良くおしゃべりをしているに決まっている。
……といっても、ルナが会話の9割を占めているだろうが。
そんな当たり前の光景を、今日からまた眺められる事が、堪らなく嬉しくて仕方がない。
もう自分に生えた背中は蝋で出来た偽物の翼などではない。
自分を閉じ込めるカゴも存在しない。
空を飛び交う鳥の様に、『自由』という翼を手に入れたのだ。
これからの学園生活、そして仲間達と歩む未来がシャオメイを待っている。
高揚する気持ちを堪えきれぬまま、シャオメイは仲間達の待つ教室の扉を元気よく開けた。
完
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