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4期

第 2 話 『疑惑』

およそ2週間の冬休みが終わり、本日から再び学校生活が始まる。

この日もメノリは早朝からゲートの前に立ち、風紀委員として、また生徒会長として仕事にいそしんでいた。

1月上旬のまだ低く設定されている外気温が、芯から冷えた体を震わせる。

サヴァイヴの冬に比べれば我慢できるレベルではあるが、それでも寒い事には変わりはない。

白い息を吐き、冷えてかじかんだ手を暖める。

(こうして生徒会長として仕事をするのも、あと3ヶ月か……)

ふとそんな事を考え、メノリは生徒会の思い出を想起させた。


メノリがソリア学園の生徒会に入ったのは、彼女が中学1年生の時であった。

幼き頃から人の上に立つ為の英才教育を受けていたメノリは、初等部の頃から異彩を放っていた。

そんな彼女に注目していた前生徒会長は、自分の後任にと、当時まだ小学生であったメノリを推薦したのである。

メノリもこれを快諾し、ソリア学園では異例となる1年生の生徒会長が誕生したのであった。


2年に進級し、生徒会役員の過半数の支持を得て生徒会長を続投する事となったメノリであったが、状況は一転、修学旅行の漂流事故に遭遇し、見知らぬ惑星へと漂着する事となる。

学園内では当たり前の様に通用していたリーダーシップ制が、生きるか死ぬかのサバイバル生活の中では全く意味を成さず、さらに初めてリーダーという座から陥落した現実を受け入れられず、メノリは強いショックを受けた。

自分とは全く性質の異なる、皆に推薦された新リーダー、ルナ。

当初はルナのリーダーとしての振る舞いに不信感を抱いていたメノリも、共に生活していくうちに、その秘められた資質を認め、敬意を表する様になっていった。


一方で、漂流中は生徒会副会長が会長代理として役割を担っていた。

8ヶ月もの間、自分の代行を務めあげた副会長に対し、その成果を認め、「このまま継続して生徒会長を続けてもいいんだぞ?」とメノリは進言もしたのだが、当の副会長は首を横に振り、やんわりと断った。

彼女曰く、「私は会長を支える役目の方が性に合っています」との事である。

人の上に立つものの苦労を、彼女なりに体験したうえでの結論だったのだろう。

こうして、メノリは副会長から8ヶ月分の引き継ぎを受け、再び生徒会長へと返り咲いたのである。


そんなメノリもまた、後任の生徒会長を選定する時期を迎えた。

これは、推薦者の人を見る目をも問われている様に思え、安直に決定する訳にもいかない。

(やれやれ……最後の最後にやっかいな問題にぶつかったものだ)

人選という課題を前に、メノリは気苦労を覚え、深く白い溜息をつくのであった。


登校時刻を迎え、チャイムが一帯に鳴り響くと共にゲートが動き出す。

このゲートが完全に閉門した所を見届けた時点でメノリの業務は終了するのだが……。

「きゃっ!?」

閉門間際、バッと黒い影がゲートを飛び越え、メノリの目の前で着地した。

考え事をしていた事も相まって、不意を突かれたメノリが思わず小さな悲鳴をあげる。

それが異様に恥ずかしかったのか、メノリは顔を赤くして遅刻未遂犯をキッと睨んだ。

「コラ!おま……え……」

その人物の顔を見るなり、メノリの口が急に止まる。

そして、何か衝撃的なものを見たかの様に、驚愕の表情をむき出しにした。

「え……えぇえ!!?お、おま……な、なん……!!?」




その一方で、生徒が次々と登校する教室は、久しぶりの顔合わせで賑わっていた。

「おはよールナ!今年もヨロシクねー!」

「おはよう!こちらこそよろしくね!」

クラスメイトからの止めどない挨拶に、ルナは笑顔で返していく。

その最中に登校してきた仲間達も、流れに混ざるようにルナの元へと集まっていった。

「ルナおはよう!」

先陣をきって駆け寄ったのはシャアラ。

ルナも笑顔で「おはよう」と返す。

「体調の方はもう大丈夫なのよね?ムリとかしてない?」

クリスマスの時の事を心配してくれているのだろう。

あれからしばらくは仲間達と連絡をとる気力さえ無かったが、問題が解決した新年には改めて謝罪と元気になった旨のメールを送っている。

すぐに仲間達から労りのメールが返信されてきた時は、自分の事を心配してくれていたのだ、と感激し、目頭が熱くなったのを覚えている。

「うん、もう平気!ありがとうシャアラ」

ルナの返答に安心し、シャアラは「よかった」と笑顔を見せた。

そこへ、ハワードが話に割って入ってくる。

「まったくよー、何で僕が企画したクリスマス会の時に体調崩すんだよ?」

不満げな表情をするハワードに、ルナは苦笑いを浮かべた。

「せっかく色々考えてくれてたのに、ゴメンね?ハワード」

「ま、元気になったんならいいけどよ。パーティーなんてまた開けばいいんだし」

文句は言いながらもハワードなりに心配してくれているのだろう。

「うん!その時はまたぜひ招待してね」

「ああ、任せろ!」

確約を交わしたように、2人は顔を合わせて笑った。


ハワードの背後に大きな影が立つ。

それに気づき、ハワードは振り返った。

「よぉ、ベル!」

「おはよう、みんな」

ベルが変わらぬ柔和な笑顔を挨拶をする。

「ルナも、おはよう。元気そうで良かったよ」

「あ、うん、おはよう」

ルナがややぎこちない挨拶を返す。

大晦日の夜、ベルからの突然の告白を思い出し、ルナは対応に困った。

「ベル、あの……」

何か話しかけなくては、と口を開いたルナに、ベルは顔を近づけ、周囲には聞こえぬよう耳元で囁いた。

「大丈夫。無理しなくてもいいんだよ。ルナの中で心の整理がついてからでいいんだ」

目を丸くするルナ。

思わず頷こうとする衝動を必死に抑える。

ベルの優しさにまだ甘えようとする自分の心を叱責し、ルナは心の中で首を横に振った。

もう同じ失態を繰り返す訳にはいかない。

でなければ、勇気を振りしぼって想いを告げてくれたベルに申し訳がたたない 。

そう誓いをたてて、ルナはベルへ笑顔を向けた。

「……ベルは優しいね。でもダメ。もしこれ以上自分を甘やかしちゃったら、ベルともまともに話せなくなっちゃうから。それは嫌なの」

凛としたルナの瞳は真っ直ぐにベルへと向けていた。

それは、ベルがずっと尊敬し続けたルナの姿そのものであった。

(……やっぱりルナは強いよ)

きっと本人は否定するであろう言葉を飲み込み、ベルは小さく頷いた。

「2人して何こそこそと話してるの?」

「ううん、何でもないわ。ね、ベル?」

詮索しようとするシンゴを軽く流し、ルナはベルにウインクを飛ばす。

そんな仕草にドキッとしながらも、ベルは笑顔で頷いてみせた。

(そう簡単に割り切れるものじゃないな……)

振られてもなお、自身の心に宿るルナへの想いを再認識し、ベルは苦笑いを浮かべるのであった。


「ところでカオルは?まだ来てないの?」

ふと、まだ顔を見かけぬ人物の事を思い出し、シンゴが教室内を見回す。

「ったく……相変わらずの社長出勤かよ。いい気なもんだよなぁ」

いつも時間ギリギリに登校するカオルは、仲間達の中でも一番最後に教室にやってくる事がほとんどだ。

マイペースかつ有意義に登校するカオルの姿を揶揄やゆしてハワードは『社長出勤』と命名しているのだ。


不意にルナがクスクスと1人楽しげに笑い出す。

特に面白い事を言ったつもりも無いハワードも、その周囲のクラスメイトも、ルナが突然笑い出す意味が分からず、不思議そうな顔を向けた。

「何だよルナ?何がおかしいんだ?」

「ゴメンゴメン。ちょっとね」

「何だよそれ。気になるだろ」

誤魔化そうとするルナに詰め寄るハワード。

ルナはなおも楽しげに、必死に笑いを堪えようとしている。

「カオルの事でね、きっとみんな驚くだろうなって思って、その光景を想像したら何だか可笑しくなっちゃって」

「「???」」

言葉の意味が分からず首をひねるクラスメイトに対し、ルナは「すぐに分かるわ」と笑顔で答えるのであった。


と、突然教室の扉が開くと同時に、血相を変えたメノリが飛び込んできた。

「ど、どうしたのメノリ!?」

尋常でないメノリの様子に、シャアラが駆け寄り事情を尋ねる。

「か……か……かお……かお……」

「顔?」

メノリの身体が子犬の様にふるふると震え、恐る恐る伸びた腕が真っ直ぐと廊下を指差す。

開かれた教室の扉の奥からは、コツコツと、何者かの足音が迫ってくる。

生徒達は教室の扉に注目し、固唾かたずを飲んだ。

そんな緊迫した雰囲気の教室へ、臆する事無く進入する不審者……。

もとい、カオルの姿。

ホッとしたハワードが、自身をヒヤヒヤさせた事に難癖をつけ始める。

「何だ、脅かすなよカオるぅえぇえ!!?」

しかし、カオルの姿を凝視した途端、その饒舌な口は固まり、あんぐりと顎が外れたかの様に開かせた。

いや、ハワードだけではない。

今まさに、教室全体の時が止まった。

「……何だ?」

室内の異常な空気を不審に感じ、思わずカオルが声を洩らす。

その途端、教室内は膨らんだ風船が破裂したかの様な絶叫が響き渡った。


「「え……えええええ!!??」」


あまりの衝撃に、生徒が一斉にカオルを取り囲む。

彼らを代表して、まずはシンゴが恐る恐る質問を投じる。

「か……カオル……だよね!?」

「当たり前だ」

カオルの目は明らかに呆れた様子であった。

「ど……どうしたの、その髪!?」

「切った」


そう、彼らが衝撃を受けたのは、カオルの容姿であった。

肩にまで届きそうであった襟足はバッサリと切り落とされ、長かった前髪もモミアゲも、全体的に短くなっていた。

「聞いてるのはそういう事じゃないだろ!?何だって突然!?」

「俺が髪を切ったらいけないのか?」

質問に質問で返され、ハワードが「うっ」と言葉を詰まらせる。

「いや、いけなくは……ないけど……」

「大した理由じゃない。色々と思うところもあったし、気持ちを切り替える意味でもスッキリさせたかっただけだ」

「そ、そう……なのか?」

「変か?」

「う、ううん!すごく似合ってるよ!」

シンゴの言葉に皆が頷く。

本当にお世辞抜きで似合っている。

今のカオルを見て、心ときめかせた女子生徒がどれほどにのぼるだろうか。

爽やかさが割増しした上に、女性ファンの数もきっと割増しとなっているに違いない。

「……ルナは知ってたのか?」

「うん、バイトで会ったからね。私も最初見た時は驚いたわ」

ルナの返答にメノリが不服そうな表情を向ける。

「なら先に教えてもらいたかったな。……お陰で心臓が止まるかと思った」

「確かに、メノリの驚きようといったら、写真に収めたいくらいだったしな!」

先程のメノリの様子を思い出し、ハワードがけらけらと笑う。

「う、うるさい!お前だって口を開けて間抜け面を晒していただろうが!」

「なんだとぉ~!?」

2人の間で火花が散る。

もはや日常と化しているこのやり取りに口を挟む者はソリア学園にはいない。

唯一の仲介人であるルナも、今回は特に止める様子もなく、笑みを浮かべながらカオルの前へと歩み寄っていた。

「でもすごく似合ってる。カッコイイよ」

突然の褒め言葉にカオルは目を丸くし、ふいっと恥ずかしそうに顔を逸らした。

そんなカオルの動きの一つ一つが愛おしく感じられ、ルナはクスクスと小さく笑った。




午前の部の授業が終わり、昼休みへ突入すると、生徒達は各々が昼食を摂る場所へと移動を始めた。

「カオル、お昼食べに行きましょ?」

その動きの中で、ルナが即座にカオルの席へと近寄り、ランチの誘いを申し込む。

「じゃあカフェテリアに行くか」

「うん!」

カオルもすんなりと頷き席を立つと、ルナと肩を並べて歩き出す。

いつもと変わらぬはずのその光景に、周囲の者は不思議と違和感を覚えていた。

仲間達もまた、普段とは違うその雰囲気を感じ取り、首を傾げる。

すると、ふとカオルが振り返り、「来ないのか?」と仲間達を促す。

「あ、あぁ……すまない。今行く」

前方で待つ2人に戸惑いながら、メノリ達ももその後に続いた。


カフェテリア向かう道中も、ルナとカオルは仲睦まじく会話を交わしていた。

といっても、ルナが楽しげに話すのに対し、カオルが一言二言静かに返答するという、普段と変わらぬ光景であるのだが。

しかし、ルナとカオルを纏う空気が、『2人だけの世界』を構築している様に感じてならないのだ。

メノリが隣を歩くシャアラにこっそりと話しかける。

「あの2人、前よりも仲良くなっていないか?」

「メノリもそう思う?私もそんな気がしてたの」

「仲が良いのは別に悪いことではないが……あれではまるで……」

まるで、恋人同士みたいだ。

頭をよぎったフレーズに恥ずかしさを覚え、メノリは顔を赤くして俯いた。

「あれじゃまるでカップルだな」

ハワードが放つ率直な感想。

まるで自分の考えを見透かされた様に感じてしまい、過敏な反応をみせたメノリがハワードへ顔を勢いよく向ける。

「ひっ!?な、何だよ!?」

思わずビクッとするハワード。

「な、何でもない!」

自身の反射的な行動が恥ずかしくなり、メノリは赤くなった顔を隠すように背を向けて歩みを早めた。




放課後、カオルはとある人物を屋上へと呼び出した。

「カオル」

その人物──ベルが、地平線を見つめるカオルの元へ歩み寄る。

カオルは一度ベルへ視線を向けると、再び目下の景色を見つめた。

ベルもその隣に立ち、ここからの景色を見つめた。

「ここは眺めがいいね」

「そうだな」

ベルの言葉にカオルも頷く。

それからしばらく、2人の間に流れる沈黙。

それを先に破ったのは、意外にもカオルであった。

「ルナに……俺の想いを伝えた」

「……うん。ルナの様子を見てれば、何となく分かるよ」

「ベル、俺は……」

そこまで言いかけ、カオルは口を閉ざした。

喉まで出かけた謝罪の言葉は、ベルに掛ける言葉ではない。

自分が成すべき事は、それに対する責任と決意。

それこそが、カオル自身を奮い立たせてくれたベルに対する礼儀というものだろう。

「……俺は、約束する。もう二度とルナから笑顔を失わせはしない」

カオルの誓いを聞き、ベルはいつもの柔和な笑みを浮かべ、大きく頷いた。




同じ頃、ルナは見当たらぬカオルの行方を捜していた。

「ねぇ、カオル知らない?」

帰ろうとするクラスメイトを呼び止め、情報を得ようと聞き込みをする。

首を横に振る女子生徒の返答に、ルナは少し落胆の色を見せた。

ルナは礼を言ってその場を離れようとする。

しかし、突然女子生徒に腕を掴まれ、そのまま教室内へと引きずり込まれた。

「な、何っ!?」

事態が飲み込めず、驚きながら自分を囲む数人の女子生徒の顔を順番に眺める。

女子生徒の1人が真剣な眼差しでルナに問いかける。

「ルナ、今から言う質問に、正直に答えて!」

「え?う、うん」

何を聞かれるのか、やや緊張しながらも、ルナはコクリと頷いた。

「ルナとカオルって……もしかして付き合ってるの!?」

ストレートな質問に、思わずキョトンとしてしまう。

それでも冷静に、そして少し頬を紅く染めながらルナは首を横に振った。

「ううん。付き合ってないよ」

「ホントに!?」

女子生徒達が疑いの目を向ける。

「うん。どうしてそう思ったの?」

自分としてはいつも通りにカオルと接していたつもりだったのだが、普段とは違う様に見えた理由がルナは気になった。

「どうしてって……」

やや困った様に目配せをする生徒達。

そしてそのうちの1人がおずおずとルナの質問に答える。

「だって……2人一緒にいる時の雰囲気が今までと違うんだもの!特にカオルは、去年よりもルナとの距離が近くなったような気がするし……端から見てれば恋人にしか見えないよ!」

思いもしなかった返答にルナは少し驚くも、やがてはにかむと「……そっか、そう見えるんだ……」と呟いた。

そんなルナをジッと怪しげな目つきで見つめるクラスメイト達。

「なーに1人でにやついてんのよぉ」

「やっぱり付き合ってるんでしょ!?」

「カオルを独り占めするなんてズルいぞ!」

ギャーギャーと騒ぎ出す女子生徒達を「だから付き合ってないって」とルナは笑顔で流す。


そこへタイミングが良いのか悪いのか、カオルがベルと共に戻ってきた。

「……何やってるんだ?」

怪訝な顔で彼らを見るカオル。

ルナは楽しそうに「ううん、何でもないわ」と答えた。

カオルも特に気にしない様子で「そうか」と答えると、自分の席へと向かう。

そして帰り支度を済ませると、ルナへと顔を向け、「帰るぞ」と促す。

ルナも笑顔で頷くと、教室に残ったクラスメイトへ「じゃあねー!」と元気に手を振り、カオルと共に教室を後にした。


「え!?え!?やっぱり付き合ってるんじゃないの!?」

「てか、あれだけあからさまにしてて『付き合ってない』って言う意味が分からないんだけど!?」

「結局どっちなのー!?混乱してきちゃったよー!?」

ルナの言動の矛盾にクラスメイト達は頭を抱え、教室は一時、阿鼻叫喚の巷と化した。

事情を先程カオルから聞いていたベルは一人、その光景にただ苦笑いを浮かべる事しかできなかった。

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