4期
「ようやく、終わった……のね」
床に手をつき打ちひしがれるフェイロンを見下ろし、シャオメイがポツリと呟く。
しかし、そこに不思議と笑顔はなかった。
嫌悪していた父を打ちのめし、やっと望んでいた自由を手に入れた、というのに、心は晴れやかに感じない。
それどころか、今の父の姿を見ているだけで、胸がチクリと痛むのである。
その疑問に答えるかのように、カオルがシャオメイの呟きを否定する。
「終わってなんかいない」
「え……?」
「むしろ、ここからだ」
鋭い眼光でカオルは状況を見据えていた。
ティアとの約束がまだ残っている。
シャオメイとフェイロン、どちらも救う、と。
『悪意』を打ち負かしただけでは、フェイロンを救った事にはならない。
カオルはレオナルドへ、ちらっと視線を移した。
レオナルドも同様にカオルへ視線を返し、小さく頷いてみせた。
「フェイロン氏」
打ちひしがれるフェイロンに、レオナルドが声を掛ける。
フェイロンは顔を上げる事もなく、沈黙したままであった。
構わずレオナルドは言葉を続ける。
「商談の件ですが、再考していただけませんか?レイズ・カンパニーのシャトルは他企業と比べ物にならないくらい高性能なものばかりですから、私としても、このまま契約を結べないのは、非常に困りますからね」
レオナルドの言葉にフェイロンはゆっくりと顔を上げ、レオナルドへ顔を向けた。
思わず皆が息を呑んだ。
覇気は無いものの、表情が、眼が、雰囲気が、先程とは別人の様に柔らかくなっていたのだ。
「………もちろんです。先程は見苦しい所をお見せして、失礼しました」
「御考慮頂き感謝します」
フェイロンの返答に、レオナルドは小さく頭を下げた。
そんなやり取りを眺め、シャオメイは驚愕した。
(と、父さんが……他人に謝罪した……?)
たったそれだけの小さな事であるが、今までのフェイロンでは決してあり得ない事だからである。
その小さな『変化』に動揺しつつ、シャオメイは静かに経過を見つめた。
「それで、さっそくですが、これから試乗をさせて頂く事はできますか?」
「…………わかりました。宇宙港のパイロットには連絡しておきます」
そう答え、フェイロンは立ち上がると、電話を取り出した。
「ああ、その辺はお気遣いなく。パイロットなら既にいますから」
そう答えると、レオナルドはカオルの肩に手を乗せた。
「彼──カオル君がパイロットだ」
「!!?」
レオナルドの言葉に、フェイロンは驚愕した。
先程の意気消沈の様子から一転、慌てた様子でレオナルドを説得し始めた。
「そ、それはいくら何でも!まだ子供ですよ!?」
「私が購入したシャトルに乗るのもまた、彼と年も違わぬ学生ですよ」
「し、しかし……」
「大丈夫ですよ。彼はあの『奇跡の生還者』の1人……未知の宇宙船を操縦しコロニーへと帰還した実力者ですから」
「………」
フェイロンはしばらく熟考した。
いくら実力があろうと、まだ訓練生でもない子供を試乗させたとなれば、会社の信用問題にも関わってくるからである。
「と、父さんが……悩んでる」
驚いた様子でシャオメイはフェイロンを見つめた。
「そりゃあ悩むと思うよ。それなりに無茶な要望を出してるからね」
苦笑いして答えるベルであったが、シャオメイの発言は、そういう意味ではなかった。
「違う……そうじゃない。今までの父さんなら、有無も言わさず却下したはず。なのに、今の父さんは、レオナルドさんの話を受け止めて、悩んでいる……あんな父さん、初めて見た……」
15年間見てきた父とは違う、全く未知の雰囲気に、シャオメイは戸惑いを隠せないでいた。
「……戻りつつあるのよ、きっと」
「え……?」
ルナがフェイロンを見つめながら呟く様に答える。
「変わったんじゃなくて、あの姿が本来のシャオメイのお父さんなんだと思う。少しずつだけど、遠回りしちゃったけど、本当の自分を取り戻してるんじゃないかな?」
「…………」
ルナの言葉を心に留め、シャオメイは改めて父へと視線を向けた。
「まぁ、確かにまだ訓練生でもない彼に操縦を一任する、というのは些か乱暴だったかもしれませんね。それならば、こういうのはどうでしょう?」
そう話し、レオナルドが出した提案に、フェイロンは再び驚愕させられるのであった。
場所は変わり、ジオC8第6番街・外構特区。
ルナ達は、現在宇宙港へと戻ってきていた。
本来ルナ達とは何の関係も無い事であるはずなのだが、レオナルドと交わしたとある『取引』が、そうせざるを得なくしているのである。
レオナルドはカオルの隣に立ち、囁く程度の小声で話しかける。
「何とかここまで辿り着いたな」
「ええ……本当にギリギリの綱渡りでした」
「その細い綱を見事渡り切った君達は、やはり凄いとしか言いようがない。私の見立てた通り、君達は面白いな」
そこまで話すと、レオナルドは「くっくっく」と小さく笑った。
「……理事長、この状況を楽しんでませんか?」
「かもしれんな。久しぶりに強い刺激を受けた事で、心が高揚しているのだろう」
「正直言えば、俺も少し気分が高揚しています。まさか、あなたと同乗できる日が来るとは思ってもみませんでしたから」
「そう言ってもらえると、光栄だね」
お互いに小さく笑い合い、2人はこれから試乗する新型シャトルを見つめた。
そんな彼らから少し離れた位置で、ハワードはレオナルドに疑いの目を向けていた。
「どうしたの、ハワード?」
ハワードの様子が気になり、シャアラが声を掛ける。
「なぁ、あのオッサン、シャトルの操縦なんて出来るのか?」
レオナルドの提案とは、彼自身が副操縦士として乗船する、というものであった。
それを聞いた途端に、あれほどまでに渋っていたフェイロンが首を縦に振ったのだ。
いくら訓練学校の理事長だとしても、まるで、カオルの操縦技術の方が、遥かに劣ると言われている様で、ハワード的には腑に落ちなかったのである。
「出来るなんてもんやない。あん人は、魔の三角域、『スペース・トライアングル』を乗り越えた伝説の宇宙飛行士やからな」
チャコの言葉に皆が絶句する。
『スペース・トライアングル』とは、ベガ、アルタイル、デネブの3つの恒星から成る、大三角の領域を指す。
その領域の中央には天の川銀河が流れているのだが、その中心には超大質量ブラックホールが存在する。
吸い込まれたら最期、生きて出られる事はない領域とされ、通る者はおろか、近づく事さえ忌避されているのである。
そこから生きて出られたとすれば、例え奇跡だったとしても、宇宙飛行士としては伝説として称えられても不思議ではない。
「まさか、生きる伝説が再びコクピットに座る姿をお目にかかれるとはなぁ」
レオナルドの正体を話すチャコが、ゴクリと喉を鳴らし、珍しく畏縮している事にルナは気がつく。
それだけレオナルドという人物が偉大な存在である事を物語っているのだろう。
「調整が終わりました!」
シャトルの点検を行っていたメカニックが、フェイロンへと最敬礼しながら報告する。
「問題は無いか?」
「はい!異常なしです!」
「そうか。では、持ち場に付け」
「はい!」
フェイロンの指令に従い、メカニック達がシャトルへと乗り込む。
その様子を眺めていたカオルがフェイロンへと話しかける。
「もう1人、俺が最も信頼するメカニックも同乗させて欲しい」
「何?」
「操縦の技術は、精神状態にも大きく作用する。信頼できるメカニックが乗っているのといないのとでは、安心感がまるで違う」
「確かにカオル君の言葉は正論ですよ。我々パイロットは、乗客の命を預かる仕事ですからね。例え1%でも、乗客の安全性が上がるのならば、迷わずそちらを選択すべきなんです」
レオナルドのフォローもあり、フェイロンは渋々ながら、メカニックの追加乗船を許可した。
「それで?お前の最も信頼できるメカニックとは?」
フェイロンが周囲を見回すも、それらしき人物は見当たらない。
「シンゴ、頼めるか?」
「え……僕!?」
「なっ……!?」
カオルが指名したメカニックを見て、フェイロンは絶句した。
それもそのはず、彼が最も信頼するメカニックは、彼よりも更に年下の少年だったのだから。
「馬鹿な!?よりにもよって、こんな子供を……」
「シンゴをなめるなよ?こいつは年齢こそ若いが、1人で大陸へ渡る為の船を設計した天才メカニックだ。シンゴになら安心して全てを任せられる。こいつ以上に信頼できるメカニックを俺は知らない」
「カオル……」
カオルの事をパイロットとして信頼しているのと同じように、カオルもまた自分のメカニックの腕を信頼してくれていた事を知り、嬉しさで胸が熱くなった。
「わ、分かった!カオルの信頼に応えられる様にガンバるよ!!」
フェイロンがレオナルドへと視線を向ける。
しかし、レオナルドは小さく笑うだけであった。
フェイロンは諦めた様に深い溜息をついた。
「フェイロン氏。私も、1人信頼できるメカニックを同乗させたいのですが」
カオル達に便乗する形で、レオナルドが新たに要望を出す。
「……一体誰を乗せるつもりですか?言っておきますが、これ以上、子供の乗車は許可しかねますよ」
疑う様な表情で、フェイロンは念を押す。
すると、レオナルドは小さく微笑み、フェイロンをジッと見つめた。
「フェイロン氏、私はあなたに同乗して頂きたい」
「なっ!!?」
フェイロンは硬直した。
まさか社長である自分にメカニックとして乗れ、と言われるとは、全く予想だにしていない事であった。
「な……何を……わ、私は経営者ですよ!?メカニックなんて……」
「私は若い頃、あなたが造ったシャトルを操縦した事があります。画期的な性能、操縦のし易さ、あの時の感動を私は今でも覚えています。それ以来、引退するまで、私の相棒はそのシャトルとなりました」
「いや……しかし……」
「私は、あなたの腕をその当時からずっと信頼していました。そして、それはこれからも変わらない……。お願いします。たった一度で構いません。私の相棒となってもらえませんか?」
深く頭を下げて懇願するレオナルドに、フェイロンはついに折れた。
「……分かりました。ですが、あくまで同乗するだけです。私はメカニックじゃない……修理や点検は専属のメカニックに任せますよ」
「はい。それでも構いません」
フェイロンの条件を受け入れ、レオナルドは小さく頷いた。
宇宙服に着替え、シャトルに乗り込もうとするカオルに、ルナが声を掛ける。
「カオル」
「どうした?」
カオルが視線を向けた時、ルナは不安げな表情を浮かべていた。
「気をつけてね……?試乗だとしても、宇宙空間が危険な場所である事に変わりはないんだから……」
俯くルナの頭をカオルはそっと撫でた。
宇宙服で覆われており、いつものカオルの体温が感じられないが、それでもカオルの気持ちは伝わってくる。
「大丈夫だ。必ずルナの元に帰ってくるから」
「うん……信じてるから」
ルナの言葉を聞き、カオルはそっと頭から手を離した。
そして「いってくる」と一言告げ、シャトルへと乗り込んだ。
操縦席に座ると、レオナルドが訳知り顔でカオルへと視線を向けていた。
「……何か?」
「いや、何でもないさ」
はぐらかす様にレオナルドは笑顔で首を振った。
そして、すぐに真剣な表情をカオルへと向ける。
そのオーラは先程とは違う、伝説を謳われた男のものに違いはなかった。
「さて、では見せてもらおうか。君の宇宙飛行士としての資質を」
レオナルドがカオルに持ち出した取引は、まさにそれであった。
本人はカオルに対する下心があったからと言っていたが、それだけでここまで大それた事をするとは考えにくい。
レオナルドがルナ達に提示した作戦は、1つでも破綻すれば、現在に至る事は決してない、まさに綱渡りの作戦なのだ。
そう考えれば、取引事態もレオナルドの条件は分が悪すぎるものである。
もしかしたら、取引というのは建前で、本当はレオナルドもフェイロンの改心を望んでいたのかもしれない、とカオルは考える。
結局の所は彼の心中に隠され分かりかねるが。
(まぁいいか。今はとにかく、安全に乗客を運ぶだけだ)
そう頭を切り替えると、カオルは離陸のカウントダウンを開始した。
「エネルギー充填開始!」
「メインエンジン稼働!」
「重力制御ユニット起動!」
「エンジンルーム、状況は?」
『こちらエンジンルーム、異常なし!』
「了解。エネルギーの充填完了。発射まで30秒、カウントダウンを開始する!」
離れた所からシャトルを見守るルナ達。
「カオルも……シンゴも……大丈夫よね?」
不安を隠せない声で、シャアラが仲間達へと問いかける。
「心配ない。あれに乗っているのは、最高のパイロットとメカニックだからな」
メノリの返答に皆が力強く頷く。
そして、カオルの身を案じていたルナは、胸の前で手を組み、心の中で祈りを捧げ続けていた。
(カオル……どうか無事に帰ってきて……)
発射されたシャトルは、大きなトラブルも無く、宇宙空間へ突入を果たした。
これから約30分間の試運転をし、再びジオC8へと戻る予定となっている。
『エンジンルーム、異常はないか?』
「こちらエンジンルーム。今の所は問題なし、順調だよ」
と、そこへ招かざる乗船者が1名。
「へー……シャトルのエンジンルームって、こんな感じなのね。てっきりオイル臭くて汚れているイメージがあったんだけど」
「うわぁ!?お嬢様!?」
「シャオメイ!!何故ここにいる!?」
響き渡るフェイロンの怒声。
シャオメイはフェイロンをキッと睨み返す。
「うるさい!父さんには関係ない事よ!」
ふん、とそっぽを向き、フェイロンと距離をとる。
「……あのさシャオメイ、何でいるの?」
「だって……カオルもシンゴも頑張ってるのに、何もせずただ帰りを待ってるだけなんて、私には耐えられないから……!」
苦笑いしながら近寄ってきたシンゴに、シャオメイが本心を伝える。
『……何を騒いでいる?』
呆れた様なカオルの声が流れる。
「あ、うん……いつの間にかシャオメイが乗り込んでた」
『…………はぁー』
マイク越しに漏れる深い溜息。
それにシャオメイが過敏に反応する。
「ちょっと!カオル、あんた今、私に呆れたでしょ!?顔見えなくても分かるんだからね!」
『いちいち叫ぶな、やかましい。顔を見なくても分かるなら、何故呆れてるのかも察しろ』
「ぐぬぬ……」
カオルの反論に、シャオメイは悔しそうに歯を食いしばった。
『問題が無いなら一旦切るぞ。何かあったら連絡頼む』
「あ!待て!逃げるな!!」
シャオメイの叫びも虚しく、カオルとの交信は一方的に切られてしまった。
マイクを切ったカオルが再び溜息をつく。
その様子に、レオナルドは「くっくっく」と楽しそうに笑っていた。
「君達は本当に仲が良いな」
「いえ、気のせいです」
即座に否定するカオルであるが、ここまで来ている以上、説得力は無い。
「そうムキになることもなかろう。言いたい事を言い合える関係というのは必要だよ」
「それは……何となく分かります。一人で抱え込むのはもう疲れました」
1年前に会った時とは、明らかに変わったカオルの雰囲気に、レオナルドは小さく微笑んだ。
(しばらく見ないうちに、また一皮剥けた様だな。くっくっく、面白い)
「……何ですか?さっきから一人でにやけて」
「いや、済まない。少し考え事をしていてね。気にしないでくれ」
ビーッ!ビーッ!
そんな緊張感の欠片も無かったコクピットに、突然、緊急のアラームが鳴り始める。
キュウゥゥゥン……
そして次の瞬間、エンジンが稼働停止してしまった。
カオルが急ぎエンジンルームへ交信をする。
「エンジンルーム!何があった!?」
『今、状況を調査中!』
「迅速に頼む!こっちはエンジンが停止している!緊急用の手動型サブエンジンへ切り替える!」
『了解!』
(ふむ……いい判断だ。緊急事態にも関わらず、冷静さを欠くことなくメカニックとの連携がとれている)
この緊急事態の中で、レオナルドはカオルの資質を分析していた。
(一体どうやったら、その年でこれほどのスキルを身に付けられるのやら……。全く、興味が尽きない子だ)
改めてカオルの資質の高さを目の当たりにし、レオナルドは密かにほくそ笑むのであった。
一方のエンジンルームでは、メカニックたちが慌てふためいていた。
「な、なに?何がどうなってるの?」
無意識に、側に立つ年下のシンゴの宇宙服の裾を掴む。
突然の事態でさすがのシャオメイも不安を隠せない様子だ。
現在、宇宙空間で、メインエンジンの止まったシャトルに乗っているともなれば、仕方のないことなのかもしれないが。
「たぶん、何かしらのトラブルでメインエンジンが止まっちゃったんだ」
「エンジンが止まっちゃったって……私たちどうなるの!?このまま宇宙空間に置き去り!?」
想像してゾッとしたのか、心を乱したシャオメイがシンゴの肩を掴み、大きく揺さぶる。
「おおお落ち着いてシシシシャオメイ!だだだ大丈夫だだだかららら!!」
「へ?」
「さっきカオルが交信で言ってたでしょ?手動型サブエンジンに切り替えるって」
「あ、うん……」
「シャトルに限らず宇宙船には、こういう事態を想定して、自動操縦を行うメインエンジンと緊急時の時に稼働するサブエンジンの2種類が搭載されてるんだ。つまり、今はエンジンが止まっているけど、もう1つのエンジンが稼働してるから心配ないってこと」
「あ……そういうことだったんだ」
シンゴの説明を聞き、シャオメイは冷静さを取り戻した。
「だけど、ゆっくりもしてられないよ。サブエンジンに供給されるエネルギーは、メインエンジンの3分の1程度……ほっといたらエネルギー切れでそれこそ打つ手無しになる。だから、1分でも早くメインエンジンの故障の原因を突き止めないと……」
「ああーっ!!」
突如響き渡るメカニックたちの叫び声。
「な、何っ!?」
その声に再びシャオメイがパニックになる。
「どうした!?」
フェイロンはメカニック達の反応が気になり、メインエンジンを覗き込んだ。
「エンジンが……破損してます!!」
「!!?」
エンジンルームに戦慄が走る。
「何故だ!?発射前に点検はしたんだろう!?」
「もちろんしました!ですが、その時は異常がなかったんです!」
フェイロンが改めてエンジンの状態を見つめる。
「コンロッドが折損している……?シリンダーにも焼き付きが……こいつが原因か……!!何が点検をした、だ!」
フェイロンから発せられる怒りのオーラに、メカニック達が恐怖で怯えだす。
「も……申し訳ございません!!しかし、これはもうどうにもなりません……修復不可能です!!」
「………!!」
メカニック達の結論に、フェイロンはグッと拳を握りしめた。
「社長!至急、脱出用ポットで帰還しましょう!!」
メカニック達はもはや完全に修理を諦め、緊急避難の提案を勧め始めた。
フェイロンがギリッと唇を噛みしめる。
「さ、どいて」
フェイロンとメカニック達の間を横切り、シンゴがエンジンを覗き込む。
その表情に、慌てふためく様子は見られない。
「シンゴ……?」
シャオメイは突然のシンゴの行動に、唖然として見つめていた。
「カオル、聞こえる?」
『ああ』
「サブエンジンのエネルギー、あとどれくらい持ちそう?」
『30分間の試乗を考えての充填だったのが災いしたな。もって30分、といったところだろうな』
「30分か……うん、分かった。何とかしてみるよ」
『ああ、任せた。操縦の方は任せろ。修理の支障を与えないよう努力する』
「りょーかい!」
2人のやり取りを一同は呆然として眺めていた。
そんな事も気にせず、シンゴはメインエンジンをいじり始める。
「あ、おい!お前何をしてる!?」
「何って、修理だけど?」
「これはガキの玩具じゃないんだぞ!遊び半分で弄るんじゃない!」
「あ、ちょ……離してよ!時間がないんだから!!」
メカニック達が無理やりシンゴを引き離そうと強引に体に掴みかかる。
「離せって言ってるだろ!!直す事を諦めたくせに、修理の邪魔をしないでよ!!」
「このガキ……!!」
「!!」
シンゴの言葉にフェイロンがピクリと反応する。
記憶に残っている似た言葉が、フェイロンの心を揺さぶる。
修理をしようとするシンゴを、邪魔するメカニック達の行為に、シャオメイの堪忍袋の緒が切れる。
「あんたら……いい加減にしなさい!!!」
「ひっ!!?」
シャオメイの怒声にメカニック達が畏縮する。
「直す気がないならシンゴの邪魔をするんじゃないわよ!!」
その一喝が効いたのか、メカニック達は、シンゴからそっと手を離し、大人しくなった。
「ありがとう、シャオメイ」
「べ、別に……私が気に入らなかったから言ったまでよ……」
礼を言うシンゴに対し、シャオメイは照れ隠しなのか、ツンケンとした態度で返すのであった。
コクピットでは、コントローラーを握りながら、周囲を警戒しているカオルの姿があった。
その様子に、レオナルドは苦笑いを浮かべる。
「そんなに気を張り詰めなくてもいいだろうに。今は見た限り、小惑星も近くにない。疲れて集中力が切れるぞ?」
しかし、カオルは気を緩めることなく、視線を前方に向けたままレオナルドへ返答した。
「……一瞬の気の緩みが、取り返しのつかない事態を招く事だってあるんです。俺がメインパイロットである以上、地上に着陸するまでは絶対に気を抜きません」
カオルの言葉からは鬼気迫るものが感じられた。
彼の過去に何があったのか、レオナルドは知らないが、彼にそう言わせる程の事があったのは事実であろう。
最後にぼそりと「……あんな思いをするのは、もう沢山だ」という発言をレイモンドは聞き逃さなかった。
しかし、敢えてそれを言及する真似はしない。
過去に何があろうと、レオナルドは、今を生きるカオルを気に入ったのだから。
そして彼は、宇宙飛行士として最も必要不可欠な要素を持っていると分かった今、過去を詮索する無粋な真似はしない。
レオナルドは、自分の目に狂いは無かった事を再確認し、小さく笑うのであった。
床に手をつき打ちひしがれるフェイロンを見下ろし、シャオメイがポツリと呟く。
しかし、そこに不思議と笑顔はなかった。
嫌悪していた父を打ちのめし、やっと望んでいた自由を手に入れた、というのに、心は晴れやかに感じない。
それどころか、今の父の姿を見ているだけで、胸がチクリと痛むのである。
その疑問に答えるかのように、カオルがシャオメイの呟きを否定する。
「終わってなんかいない」
「え……?」
「むしろ、ここからだ」
鋭い眼光でカオルは状況を見据えていた。
第 13 話 『カゴの鳥⑨』
ティアとの約束がまだ残っている。
シャオメイとフェイロン、どちらも救う、と。
『悪意』を打ち負かしただけでは、フェイロンを救った事にはならない。
カオルはレオナルドへ、ちらっと視線を移した。
レオナルドも同様にカオルへ視線を返し、小さく頷いてみせた。
「フェイロン氏」
打ちひしがれるフェイロンに、レオナルドが声を掛ける。
フェイロンは顔を上げる事もなく、沈黙したままであった。
構わずレオナルドは言葉を続ける。
「商談の件ですが、再考していただけませんか?レイズ・カンパニーのシャトルは他企業と比べ物にならないくらい高性能なものばかりですから、私としても、このまま契約を結べないのは、非常に困りますからね」
レオナルドの言葉にフェイロンはゆっくりと顔を上げ、レオナルドへ顔を向けた。
思わず皆が息を呑んだ。
覇気は無いものの、表情が、眼が、雰囲気が、先程とは別人の様に柔らかくなっていたのだ。
「………もちろんです。先程は見苦しい所をお見せして、失礼しました」
「御考慮頂き感謝します」
フェイロンの返答に、レオナルドは小さく頭を下げた。
そんなやり取りを眺め、シャオメイは驚愕した。
(と、父さんが……他人に謝罪した……?)
たったそれだけの小さな事であるが、今までのフェイロンでは決してあり得ない事だからである。
その小さな『変化』に動揺しつつ、シャオメイは静かに経過を見つめた。
「それで、さっそくですが、これから試乗をさせて頂く事はできますか?」
「…………わかりました。宇宙港のパイロットには連絡しておきます」
そう答え、フェイロンは立ち上がると、電話を取り出した。
「ああ、その辺はお気遣いなく。パイロットなら既にいますから」
そう答えると、レオナルドはカオルの肩に手を乗せた。
「彼──カオル君がパイロットだ」
「!!?」
レオナルドの言葉に、フェイロンは驚愕した。
先程の意気消沈の様子から一転、慌てた様子でレオナルドを説得し始めた。
「そ、それはいくら何でも!まだ子供ですよ!?」
「私が購入したシャトルに乗るのもまた、彼と年も違わぬ学生ですよ」
「し、しかし……」
「大丈夫ですよ。彼はあの『奇跡の生還者』の1人……未知の宇宙船を操縦しコロニーへと帰還した実力者ですから」
「………」
フェイロンはしばらく熟考した。
いくら実力があろうと、まだ訓練生でもない子供を試乗させたとなれば、会社の信用問題にも関わってくるからである。
「と、父さんが……悩んでる」
驚いた様子でシャオメイはフェイロンを見つめた。
「そりゃあ悩むと思うよ。それなりに無茶な要望を出してるからね」
苦笑いして答えるベルであったが、シャオメイの発言は、そういう意味ではなかった。
「違う……そうじゃない。今までの父さんなら、有無も言わさず却下したはず。なのに、今の父さんは、レオナルドさんの話を受け止めて、悩んでいる……あんな父さん、初めて見た……」
15年間見てきた父とは違う、全く未知の雰囲気に、シャオメイは戸惑いを隠せないでいた。
「……戻りつつあるのよ、きっと」
「え……?」
ルナがフェイロンを見つめながら呟く様に答える。
「変わったんじゃなくて、あの姿が本来のシャオメイのお父さんなんだと思う。少しずつだけど、遠回りしちゃったけど、本当の自分を取り戻してるんじゃないかな?」
「…………」
ルナの言葉を心に留め、シャオメイは改めて父へと視線を向けた。
「まぁ、確かにまだ訓練生でもない彼に操縦を一任する、というのは些か乱暴だったかもしれませんね。それならば、こういうのはどうでしょう?」
そう話し、レオナルドが出した提案に、フェイロンは再び驚愕させられるのであった。
場所は変わり、ジオC8第6番街・外構特区。
ルナ達は、現在宇宙港へと戻ってきていた。
本来ルナ達とは何の関係も無い事であるはずなのだが、レオナルドと交わしたとある『取引』が、そうせざるを得なくしているのである。
レオナルドはカオルの隣に立ち、囁く程度の小声で話しかける。
「何とかここまで辿り着いたな」
「ええ……本当にギリギリの綱渡りでした」
「その細い綱を見事渡り切った君達は、やはり凄いとしか言いようがない。私の見立てた通り、君達は面白いな」
そこまで話すと、レオナルドは「くっくっく」と小さく笑った。
「……理事長、この状況を楽しんでませんか?」
「かもしれんな。久しぶりに強い刺激を受けた事で、心が高揚しているのだろう」
「正直言えば、俺も少し気分が高揚しています。まさか、あなたと同乗できる日が来るとは思ってもみませんでしたから」
「そう言ってもらえると、光栄だね」
お互いに小さく笑い合い、2人はこれから試乗する新型シャトルを見つめた。
そんな彼らから少し離れた位置で、ハワードはレオナルドに疑いの目を向けていた。
「どうしたの、ハワード?」
ハワードの様子が気になり、シャアラが声を掛ける。
「なぁ、あのオッサン、シャトルの操縦なんて出来るのか?」
レオナルドの提案とは、彼自身が副操縦士として乗船する、というものであった。
それを聞いた途端に、あれほどまでに渋っていたフェイロンが首を縦に振ったのだ。
いくら訓練学校の理事長だとしても、まるで、カオルの操縦技術の方が、遥かに劣ると言われている様で、ハワード的には腑に落ちなかったのである。
「出来るなんてもんやない。あん人は、魔の三角域、『スペース・トライアングル』を乗り越えた伝説の宇宙飛行士やからな」
チャコの言葉に皆が絶句する。
『スペース・トライアングル』とは、ベガ、アルタイル、デネブの3つの恒星から成る、大三角の領域を指す。
その領域の中央には天の川銀河が流れているのだが、その中心には超大質量ブラックホールが存在する。
吸い込まれたら最期、生きて出られる事はない領域とされ、通る者はおろか、近づく事さえ忌避されているのである。
そこから生きて出られたとすれば、例え奇跡だったとしても、宇宙飛行士としては伝説として称えられても不思議ではない。
「まさか、生きる伝説が再びコクピットに座る姿をお目にかかれるとはなぁ」
レオナルドの正体を話すチャコが、ゴクリと喉を鳴らし、珍しく畏縮している事にルナは気がつく。
それだけレオナルドという人物が偉大な存在である事を物語っているのだろう。
「調整が終わりました!」
シャトルの点検を行っていたメカニックが、フェイロンへと最敬礼しながら報告する。
「問題は無いか?」
「はい!異常なしです!」
「そうか。では、持ち場に付け」
「はい!」
フェイロンの指令に従い、メカニック達がシャトルへと乗り込む。
その様子を眺めていたカオルがフェイロンへと話しかける。
「もう1人、俺が最も信頼するメカニックも同乗させて欲しい」
「何?」
「操縦の技術は、精神状態にも大きく作用する。信頼できるメカニックが乗っているのといないのとでは、安心感がまるで違う」
「確かにカオル君の言葉は正論ですよ。我々パイロットは、乗客の命を預かる仕事ですからね。例え1%でも、乗客の安全性が上がるのならば、迷わずそちらを選択すべきなんです」
レオナルドのフォローもあり、フェイロンは渋々ながら、メカニックの追加乗船を許可した。
「それで?お前の最も信頼できるメカニックとは?」
フェイロンが周囲を見回すも、それらしき人物は見当たらない。
「シンゴ、頼めるか?」
「え……僕!?」
「なっ……!?」
カオルが指名したメカニックを見て、フェイロンは絶句した。
それもそのはず、彼が最も信頼するメカニックは、彼よりも更に年下の少年だったのだから。
「馬鹿な!?よりにもよって、こんな子供を……」
「シンゴをなめるなよ?こいつは年齢こそ若いが、1人で大陸へ渡る為の船を設計した天才メカニックだ。シンゴになら安心して全てを任せられる。こいつ以上に信頼できるメカニックを俺は知らない」
「カオル……」
カオルの事をパイロットとして信頼しているのと同じように、カオルもまた自分のメカニックの腕を信頼してくれていた事を知り、嬉しさで胸が熱くなった。
「わ、分かった!カオルの信頼に応えられる様にガンバるよ!!」
フェイロンがレオナルドへと視線を向ける。
しかし、レオナルドは小さく笑うだけであった。
フェイロンは諦めた様に深い溜息をついた。
「フェイロン氏。私も、1人信頼できるメカニックを同乗させたいのですが」
カオル達に便乗する形で、レオナルドが新たに要望を出す。
「……一体誰を乗せるつもりですか?言っておきますが、これ以上、子供の乗車は許可しかねますよ」
疑う様な表情で、フェイロンは念を押す。
すると、レオナルドは小さく微笑み、フェイロンをジッと見つめた。
「フェイロン氏、私はあなたに同乗して頂きたい」
「なっ!!?」
フェイロンは硬直した。
まさか社長である自分にメカニックとして乗れ、と言われるとは、全く予想だにしていない事であった。
「な……何を……わ、私は経営者ですよ!?メカニックなんて……」
「私は若い頃、あなたが造ったシャトルを操縦した事があります。画期的な性能、操縦のし易さ、あの時の感動を私は今でも覚えています。それ以来、引退するまで、私の相棒はそのシャトルとなりました」
「いや……しかし……」
「私は、あなたの腕をその当時からずっと信頼していました。そして、それはこれからも変わらない……。お願いします。たった一度で構いません。私の相棒となってもらえませんか?」
深く頭を下げて懇願するレオナルドに、フェイロンはついに折れた。
「……分かりました。ですが、あくまで同乗するだけです。私はメカニックじゃない……修理や点検は専属のメカニックに任せますよ」
「はい。それでも構いません」
フェイロンの条件を受け入れ、レオナルドは小さく頷いた。
宇宙服に着替え、シャトルに乗り込もうとするカオルに、ルナが声を掛ける。
「カオル」
「どうした?」
カオルが視線を向けた時、ルナは不安げな表情を浮かべていた。
「気をつけてね……?試乗だとしても、宇宙空間が危険な場所である事に変わりはないんだから……」
俯くルナの頭をカオルはそっと撫でた。
宇宙服で覆われており、いつものカオルの体温が感じられないが、それでもカオルの気持ちは伝わってくる。
「大丈夫だ。必ずルナの元に帰ってくるから」
「うん……信じてるから」
ルナの言葉を聞き、カオルはそっと頭から手を離した。
そして「いってくる」と一言告げ、シャトルへと乗り込んだ。
操縦席に座ると、レオナルドが訳知り顔でカオルへと視線を向けていた。
「……何か?」
「いや、何でもないさ」
はぐらかす様にレオナルドは笑顔で首を振った。
そして、すぐに真剣な表情をカオルへと向ける。
そのオーラは先程とは違う、伝説を謳われた男のものに違いはなかった。
「さて、では見せてもらおうか。君の宇宙飛行士としての資質を」
レオナルドがカオルに持ち出した取引は、まさにそれであった。
本人はカオルに対する下心があったからと言っていたが、それだけでここまで大それた事をするとは考えにくい。
レオナルドがルナ達に提示した作戦は、1つでも破綻すれば、現在に至る事は決してない、まさに綱渡りの作戦なのだ。
そう考えれば、取引事態もレオナルドの条件は分が悪すぎるものである。
もしかしたら、取引というのは建前で、本当はレオナルドもフェイロンの改心を望んでいたのかもしれない、とカオルは考える。
結局の所は彼の心中に隠され分かりかねるが。
(まぁいいか。今はとにかく、安全に乗客を運ぶだけだ)
そう頭を切り替えると、カオルは離陸のカウントダウンを開始した。
「エネルギー充填開始!」
「メインエンジン稼働!」
「重力制御ユニット起動!」
「エンジンルーム、状況は?」
『こちらエンジンルーム、異常なし!』
「了解。エネルギーの充填完了。発射まで30秒、カウントダウンを開始する!」
離れた所からシャトルを見守るルナ達。
「カオルも……シンゴも……大丈夫よね?」
不安を隠せない声で、シャアラが仲間達へと問いかける。
「心配ない。あれに乗っているのは、最高のパイロットとメカニックだからな」
メノリの返答に皆が力強く頷く。
そして、カオルの身を案じていたルナは、胸の前で手を組み、心の中で祈りを捧げ続けていた。
(カオル……どうか無事に帰ってきて……)
発射されたシャトルは、大きなトラブルも無く、宇宙空間へ突入を果たした。
これから約30分間の試運転をし、再びジオC8へと戻る予定となっている。
『エンジンルーム、異常はないか?』
「こちらエンジンルーム。今の所は問題なし、順調だよ」
と、そこへ招かざる乗船者が1名。
「へー……シャトルのエンジンルームって、こんな感じなのね。てっきりオイル臭くて汚れているイメージがあったんだけど」
「うわぁ!?お嬢様!?」
「シャオメイ!!何故ここにいる!?」
響き渡るフェイロンの怒声。
シャオメイはフェイロンをキッと睨み返す。
「うるさい!父さんには関係ない事よ!」
ふん、とそっぽを向き、フェイロンと距離をとる。
「……あのさシャオメイ、何でいるの?」
「だって……カオルもシンゴも頑張ってるのに、何もせずただ帰りを待ってるだけなんて、私には耐えられないから……!」
苦笑いしながら近寄ってきたシンゴに、シャオメイが本心を伝える。
『……何を騒いでいる?』
呆れた様なカオルの声が流れる。
「あ、うん……いつの間にかシャオメイが乗り込んでた」
『…………はぁー』
マイク越しに漏れる深い溜息。
それにシャオメイが過敏に反応する。
「ちょっと!カオル、あんた今、私に呆れたでしょ!?顔見えなくても分かるんだからね!」
『いちいち叫ぶな、やかましい。顔を見なくても分かるなら、何故呆れてるのかも察しろ』
「ぐぬぬ……」
カオルの反論に、シャオメイは悔しそうに歯を食いしばった。
『問題が無いなら一旦切るぞ。何かあったら連絡頼む』
「あ!待て!逃げるな!!」
シャオメイの叫びも虚しく、カオルとの交信は一方的に切られてしまった。
マイクを切ったカオルが再び溜息をつく。
その様子に、レオナルドは「くっくっく」と楽しそうに笑っていた。
「君達は本当に仲が良いな」
「いえ、気のせいです」
即座に否定するカオルであるが、ここまで来ている以上、説得力は無い。
「そうムキになることもなかろう。言いたい事を言い合える関係というのは必要だよ」
「それは……何となく分かります。一人で抱え込むのはもう疲れました」
1年前に会った時とは、明らかに変わったカオルの雰囲気に、レオナルドは小さく微笑んだ。
(しばらく見ないうちに、また一皮剥けた様だな。くっくっく、面白い)
「……何ですか?さっきから一人でにやけて」
「いや、済まない。少し考え事をしていてね。気にしないでくれ」
ビーッ!ビーッ!
そんな緊張感の欠片も無かったコクピットに、突然、緊急のアラームが鳴り始める。
キュウゥゥゥン……
そして次の瞬間、エンジンが稼働停止してしまった。
カオルが急ぎエンジンルームへ交信をする。
「エンジンルーム!何があった!?」
『今、状況を調査中!』
「迅速に頼む!こっちはエンジンが停止している!緊急用の手動型サブエンジンへ切り替える!」
『了解!』
(ふむ……いい判断だ。緊急事態にも関わらず、冷静さを欠くことなくメカニックとの連携がとれている)
この緊急事態の中で、レオナルドはカオルの資質を分析していた。
(一体どうやったら、その年でこれほどのスキルを身に付けられるのやら……。全く、興味が尽きない子だ)
改めてカオルの資質の高さを目の当たりにし、レオナルドは密かにほくそ笑むのであった。
一方のエンジンルームでは、メカニックたちが慌てふためいていた。
「な、なに?何がどうなってるの?」
無意識に、側に立つ年下のシンゴの宇宙服の裾を掴む。
突然の事態でさすがのシャオメイも不安を隠せない様子だ。
現在、宇宙空間で、メインエンジンの止まったシャトルに乗っているともなれば、仕方のないことなのかもしれないが。
「たぶん、何かしらのトラブルでメインエンジンが止まっちゃったんだ」
「エンジンが止まっちゃったって……私たちどうなるの!?このまま宇宙空間に置き去り!?」
想像してゾッとしたのか、心を乱したシャオメイがシンゴの肩を掴み、大きく揺さぶる。
「おおお落ち着いてシシシシャオメイ!だだだ大丈夫だだだかららら!!」
「へ?」
「さっきカオルが交信で言ってたでしょ?手動型サブエンジンに切り替えるって」
「あ、うん……」
「シャトルに限らず宇宙船には、こういう事態を想定して、自動操縦を行うメインエンジンと緊急時の時に稼働するサブエンジンの2種類が搭載されてるんだ。つまり、今はエンジンが止まっているけど、もう1つのエンジンが稼働してるから心配ないってこと」
「あ……そういうことだったんだ」
シンゴの説明を聞き、シャオメイは冷静さを取り戻した。
「だけど、ゆっくりもしてられないよ。サブエンジンに供給されるエネルギーは、メインエンジンの3分の1程度……ほっといたらエネルギー切れでそれこそ打つ手無しになる。だから、1分でも早くメインエンジンの故障の原因を突き止めないと……」
「ああーっ!!」
突如響き渡るメカニックたちの叫び声。
「な、何っ!?」
その声に再びシャオメイがパニックになる。
「どうした!?」
フェイロンはメカニック達の反応が気になり、メインエンジンを覗き込んだ。
「エンジンが……破損してます!!」
「!!?」
エンジンルームに戦慄が走る。
「何故だ!?発射前に点検はしたんだろう!?」
「もちろんしました!ですが、その時は異常がなかったんです!」
フェイロンが改めてエンジンの状態を見つめる。
「コンロッドが折損している……?シリンダーにも焼き付きが……こいつが原因か……!!何が点検をした、だ!」
フェイロンから発せられる怒りのオーラに、メカニック達が恐怖で怯えだす。
「も……申し訳ございません!!しかし、これはもうどうにもなりません……修復不可能です!!」
「………!!」
メカニック達の結論に、フェイロンはグッと拳を握りしめた。
「社長!至急、脱出用ポットで帰還しましょう!!」
メカニック達はもはや完全に修理を諦め、緊急避難の提案を勧め始めた。
フェイロンがギリッと唇を噛みしめる。
「さ、どいて」
フェイロンとメカニック達の間を横切り、シンゴがエンジンを覗き込む。
その表情に、慌てふためく様子は見られない。
「シンゴ……?」
シャオメイは突然のシンゴの行動に、唖然として見つめていた。
「カオル、聞こえる?」
『ああ』
「サブエンジンのエネルギー、あとどれくらい持ちそう?」
『30分間の試乗を考えての充填だったのが災いしたな。もって30分、といったところだろうな』
「30分か……うん、分かった。何とかしてみるよ」
『ああ、任せた。操縦の方は任せろ。修理の支障を与えないよう努力する』
「りょーかい!」
2人のやり取りを一同は呆然として眺めていた。
そんな事も気にせず、シンゴはメインエンジンをいじり始める。
「あ、おい!お前何をしてる!?」
「何って、修理だけど?」
「これはガキの玩具じゃないんだぞ!遊び半分で弄るんじゃない!」
「あ、ちょ……離してよ!時間がないんだから!!」
メカニック達が無理やりシンゴを引き離そうと強引に体に掴みかかる。
「離せって言ってるだろ!!直す事を諦めたくせに、修理の邪魔をしないでよ!!」
「このガキ……!!」
「!!」
シンゴの言葉にフェイロンがピクリと反応する。
記憶に残っている似た言葉が、フェイロンの心を揺さぶる。
修理をしようとするシンゴを、邪魔するメカニック達の行為に、シャオメイの堪忍袋の緒が切れる。
「あんたら……いい加減にしなさい!!!」
「ひっ!!?」
シャオメイの怒声にメカニック達が畏縮する。
「直す気がないならシンゴの邪魔をするんじゃないわよ!!」
その一喝が効いたのか、メカニック達は、シンゴからそっと手を離し、大人しくなった。
「ありがとう、シャオメイ」
「べ、別に……私が気に入らなかったから言ったまでよ……」
礼を言うシンゴに対し、シャオメイは照れ隠しなのか、ツンケンとした態度で返すのであった。
コクピットでは、コントローラーを握りながら、周囲を警戒しているカオルの姿があった。
その様子に、レオナルドは苦笑いを浮かべる。
「そんなに気を張り詰めなくてもいいだろうに。今は見た限り、小惑星も近くにない。疲れて集中力が切れるぞ?」
しかし、カオルは気を緩めることなく、視線を前方に向けたままレオナルドへ返答した。
「……一瞬の気の緩みが、取り返しのつかない事態を招く事だってあるんです。俺がメインパイロットである以上、地上に着陸するまでは絶対に気を抜きません」
カオルの言葉からは鬼気迫るものが感じられた。
彼の過去に何があったのか、レオナルドは知らないが、彼にそう言わせる程の事があったのは事実であろう。
最後にぼそりと「……あんな思いをするのは、もう沢山だ」という発言をレイモンドは聞き逃さなかった。
しかし、敢えてそれを言及する真似はしない。
過去に何があろうと、レオナルドは、今を生きるカオルを気に入ったのだから。
そして彼は、宇宙飛行士として最も必要不可欠な要素を持っていると分かった今、過去を詮索する無粋な真似はしない。
レオナルドは、自分の目に狂いは無かった事を再確認し、小さく笑うのであった。
つづく
