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4期

ジオC8第4番街・学術特区──

宇宙最高峰の研究施設やエリートを輩出する学校が多く集設されている、将来を約束されたエリート学生の街である。

大手実業家や医者、弁護士、政治家など、あらゆる分野の次期継承者達が集結するその地区は、ジオC8でも中枢に次ぐ権威の巣窟であり、世間はその場所を神の名に因(ちな)み、こう呼ぶ。


学術都市『ポセイドン』と──。


そして、その『ポセイドン』には、本の所蔵数が宇宙一と云われている星立図書館が存在する。

現在刊行されている書籍はもちろん、既に絶版となってしまったもの、かつて地球にあったといわれるものまで、他の書店や図書館には無い代物がそこには置かれている。

学者や愛読家にとっては、そこはまさに『聖地』であるが、学術特区への進入が許されるのはジオC8の学生並びに関係者のみである為、入館する事は一般的に不可能に近い。

ネレイス学園の制服を身に纏ったハワード、ベル、シャアラの3名は、その制限をかい潜り、星立図書館への潜入を果たした。



第 11 話 『カゴの鳥⑦』



「はー……生き返る~」

熱気の漂う外から冷房の効いた室内へと逃れたハワードは、真っ先にエアコンの下へと向かい涼み始めた。

「もう、ハワードったら……あまり時間がないって言われてるのに」

その様子を遠くから見つめ、シャアラが呆れた様子で溜息を落とす。

「大丈夫、ハワードもちゃんと分かってるよ。少しだけ涼ませてあげよう」

ベルの言葉に従い、待つ事数分、ハワードは満足気な表情で戻ってきた。

「よし!じゃあ行こうぜ!」

「ね?」

柔和な顔を向けるベルに、シャアラもクスッと笑い頷いた。

ハワードだって相当の覚悟を持ってここへ来ているのだ。

いくら面倒事を嫌う彼でも、仲間の救出に手を抜く事は決してしない。

顔を見合わせて笑う2人を見て、ハワード怪訝な顔で首を傾げた。

「何笑ってるんだ?」

「ううん、何でもないよ。行こうか」

ベルが微笑みながら先頭立って歩き出す。

クスクスと小さく笑うシャアラと、釈然としない表情のハワードもその後に続いた。


館内の通路は、巨大な本棚に挟まれる様に伸びていた。

億を超える書籍が、図書もしくはデータとして収納されているこの場所は、本好きのシャアラにとって、正に宝庫であった。

その横を通り過ぎていく度にシャアラから深い溜息が漏れた。

「何だよシャアラ、溜息なんてついて」

「ううん、大したことじゃないの。せっかく星立図書館に来れたのに、本を読む暇もないから、ちょっと残念なだけ……」

「ふーん。僕はこんな沢山の本に囲まれてたら頭が痛くなるけどな」

普段、漫画しか読まないハワードにとって、シャアラの心境はいまいち理解しがたいものであるようだ。

「でも、もう二度と来れない訳じゃないだろ?今回みたいにきっかけさえあれば、また来れるって!」

ハワードの言葉に同調するように、ベルも頷く。

「うん。シャオメイが自由になったら、ここにだってきっと今までより来やすくなるはずだよ。そしたら、またみんなで来よう」

2人の励ましの言葉に、シャアラは小さく微笑み、「うん!」と強く返事をした。


巨大な本棚に挟まれた長い通路を抜け、一行は受付へと辿り着いた。

シャアラが緊張した声で司書に声を掛ける。

「あの……館長さんはいらっしゃいますか?」

「館長ですか?……どのような用件でしょう?」

司書が明らかに不審そうな目を向けている。

正体がバレやしないか、全身から嫌な汗が噴き出た。

「えっと……館長さんとお約束をしていて……」

「少々お待ちください」

そう返し、司書は内線電話で館長と連絡を取り始めた。

カオルがアポイントを取ってくれている、とは言っていたが、それでも不安は拭えない。

強い緊張状態の中、しばらく待っていると、内線通話を終えた司書がスッと立ち上がる。

思わずドキッとしてしまったが、司書は「館長に確認が取れました。こちらへどうぞ」と奥へ通してくれた。

とりあえず、最も懸念していた事は杞憂に終わり、3人はホッと胸を撫で下ろす。

しかしそれも束の間、司書に案内され、館長室の前へと到着した途端に今度は別の緊張感がハワード達を襲った。

そもそも、館長がどのような人物なのか、彼らは全く知らないのである。

カオルからの依頼は、館長からとある本のデータを受け取り、それをカオルの携帯に送って欲しい、という内容である。

その本が一体何なのか、今回のシャオメイ救出と何の関係があるのか、詳しい事は聞いてはいない。

館長も権威を振りかざす人物なのだろうか、など次々に不安が募っていく。

このような心理状態の時ほど、不安材料はあっという間に近づいてくるものである。

司書が館長室のプレートが付けられた扉の前で立ち止まる。

ノックをし、開いた扉の先には、壁全面に本棚が埋め込まれた、まるで書庫の様な部屋があった。

「館長、お客様をお連れしました」

「ああ、案内ご苦労」

そこには、年老いた男が一人、席に座っていた。

役目を終えた司書が「では失礼します」と一礼をすると、3人を残し持ち場へと戻って行った。


館長はスッと席を立ち、ハワード達へと歩み寄る。

3人の体が思わず硬直する。

「あ、あの……!」

「そう緊張しないでくれ。今お茶を淹れるから、そこのソファーに座ってなさい」

館長に促されるがまま、3人はソファーへ腰かける。

そのまましばらく待っていると、館長がお盆にお茶を乗せて戻ってきた。

「さぁ、温かいうちにどうぞ」

目の前に置かれた紅茶の入ったカップを見つめながら、館長には聞こえない様に囁き合った。

(これ……自白剤とか入ってないよな?)

(ハワード!変な事言わないでよ!飲みにくくなっちゃったじゃない!)

(カオルの知り合いみたいだし、さすがにそれは無いと思うけど……)


「どうかしたのかね?」

「「な、何でもないです!!」」

一抹の不安を抱きながらも、3人は覚悟を決め、紅茶に口をつけた。

「お……?うまい」

「うん、おいしい……!」

「ふふっ、喜んでもらえて何よりだよ」

本当は味ではなく普通のお茶だった事が喜ばしかった、とはとても言えない。


「さて、それでは本題に入るとしようか」

館長の一言にハッとし、ささやかなティータイムを堪能していたハワード達は本来の目的を思い出す。

和んでいた空気から一転、一同に緊張が走った。

不意に、3人の顔を見つめる館長が「ふっ」と小さく笑う。

「君達は良い眼をしているね。権威主義に染められたこのコロニーの学生とは違う、強い意志を宿した眼だ」

館長の言葉に、シャアラは違和感を覚えた。

彼の口振りは、権威主義に対して批判的の様に聞こえたのである。

「あの、館長さんはジオC8の事をあまり良く思ってないんですか?」

その質問に、館長は不思議そうに首を傾げた。

「おや?君達はカオル君から私の事を聞いていないのかな?」

シャアラ達はお互い顔を見合わせると、小さく頷いた。

「あまり時間が無かったっていうのもそうですけど、詳しい事は何も……」

「そうか……彼なりに、私に気を遣ってくれたのかな?」

館長は一人納得すると、小さく口元を上げた。

「えっと……」

「ああ、済まない。私だけが納得してしまっていたね。……そうだな、君達にも話しておいた方がいいだろう。いや、ぜひ知っておいてほしい、と言った方が正しいかな?」

「な、何をですか?」

緊張混じりの声でベルが問いかける。

館長は質問には答えずゆっくりと立ち上がると、背後の本棚を振り向いた。

すると、本棚の中の本を1冊抜いては別の隙間にその本を戻す、という奇妙な行動をとり始めた。

ベル達が不思議そうに見つめる中、その行為を繰り返すこと数回、本の挿入をすると同時に、どこからかカチャッという解錠音が聞こえ、今まで本など置いていなかった本棚のスペースに、1冊の本が現れたのである。

「おお!面白いな!!」

本棚に仕掛けられたカラクリを目撃し、ハワードは歓喜の声をあげた。

館長はその本を引き抜くと、ハワード達の前に差し出した。

「これがご所望の本だよ」

シャアラはその本を受け取ると、恐る恐るページを開いた。

「ふーん……見た感じ、小難しい本にしか見えないけどな」

脇から本の中を眺めるハワードがつまらなそうに呟く。

ベルとシャアラも、この本の重要性がいまいち理解できないでいた。

「館長さん、この本は一体……?」

得体の知れない本に不気味さを感じながら、ベルは問いかけた。

館長はゆっくりと席へと戻り腰を下ろすと、この本に纏わる真相を語り始めた。

「この本は──」




同時刻、カオルとメノリは、セイランに連れられ、病院へと続く動く歩道に揺られていた。

『ポセイドン』の街並みを眺めるカオルに、メノリがさりげなく声を掛ける。

「カオル、1つ聞いてもいいか?」

「何だ?」

「シャアラ達に依頼していた件……お前が欲しているその本には一体どんな意味があるんだ?」

メノリの質問に、カオルは少しだけ間を置き、返答した。

「……簡潔に言うなら、『切り札』だな」

「切り札?何のだ?」

「今のリン・フェイロンを支えている信念をへし折る為のだ」

カオルの言葉に、メノリは怪訝な顔をした。

「どういう事だ?」

「質問は1つじゃなかったのか?」

皮肉を言うと、メノリがジロッと睨んできた。

言葉が無くとも分かる。

その目は明らかに「細かい事をいちいち指摘するな!」と言っている。

カオルは仕方がない、といった様子で小さく溜息をつくと、全貌を話し始めた。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

数日前……

書斎で本を読んでいたレノックスの元をカオルが訪ねる。

「珍しいね、君の方から訪ねてくるなんて」

「……邪魔したか?」

「まさか。いつでも大歓迎だよ」

ばつの悪そうな顔をするカオルに、レノックスは小さく笑って答えた。

「さぁ、そんな所に立ってないで入りなさい。何か話があって来たんだろう?」

その問いかけにカオルは小さく頷くと、招かれるまま室内へと入っていった。


「それで、用件は何かな?」

「ジオC8について、知っている事を教えて欲しい」

細かい説明は端折り、本当に用件だけを言うカオルに、レノックスは苦笑いをした。

「それは構わないが、せめて理由を話してはくれないか?」

「……言わなきゃダメか?」

逡巡するカオルの姿が何だか新鮮で、レノックスは思わず「くっくっく」と声をたてて笑った。

「そう警戒しなくても、君のやろうとしている事を反対するつもりはないさ」

学園祭然り、この様な時、レノックスは何かと融通が利く。

放任主義という訳ではないが、ある程度の事は口出しせず、カオルのやりたい様にやらせてくれた。

自立心の高いカオルにとって、レノックスは程よい距離感を保ってくれる接しやすい人物であった。

その為、カオルはレノックスの言葉を受け入れる事ができた。

「……わかった」

カオルは小さく頷くと、今回の経緯を説明した。


「……なるほど。レイズ・カンパニーのご令嬢を助けるため、か」

事情を聞いたレノックスは、腕を組みながら、顎髭をなぞりながら何か考える様な仕草を始めた。

「これはまた、アキラが聞いたら必死になって止めようとする内容だな……」

心配性のアキラが慌てふためく姿が目に浮かんだのか、レノックスはそう呟きながら苦笑いを浮かべた。

「まぁ、それは後で考えるとして……ジオC8の事だったね」

「ああ」

「そうだな……まず、君はジオC8に対してどんな印象を持っているかな?」

「俺が知っている事といえば、ジオC8はオーナーであるレイズ・カンパニー先代社長の時代から長きに渡り続いている、徹底した権威主義の色を持ったコロニーだという事。そこに住む人は皆、それが当たり前だという価値観を刷り込まれ、カーストを受け入れてしまっている……それくらいだ」

「ふむ……概ね合ってるが、後半は少し風評を鵜呑みにしている節があるな」

「風評……?」

レノックスの指摘に、カオルが怪訝な顔をする。

「考えてもみたまえ。生まれた頃から家の権力で優劣を付けられ、権力者に虐げられている、いわゆる下層階級の人達は、本当にその現実を疑問にも思わずに受け入れていると思うかい?」

「だが、それは俺達の価値観から見たらだろう?」

「例え価値観が違っていようと、人間の本質は、どの世界にいても変わらないさ。強烈な抑圧を受けたまま生きていける程、人間は強くない。抑圧された感情は不満へと変わる。そして、その様な状況に陥った人間がとる行動は大きく分けて3つだ。その不満を我慢しながら生活し続けるか……その生活から逃れる為に別のコロニーへと亡命するか……あるいは、そのシステムを変えようと立ち上がるか……」

「まさか……それは……」

カオルは驚愕の表情を浮かべた。

レノックスから語られた事実は、自分が調べて得た知識とはまるで違うものであった。

「そう、革命運動だよ。ジオC8では反権威主義を唱える有志が集い、権威主義を終わらせようと先代社長と争った事があるんだ」

「いや待て。俺もジオC8の歴史については散々調べたが、そんな史実はどこにも……」

「だから革命運動は無かったと?」

その言葉を聞き、カオルの頭に全く別の答えが浮かび上がる。

「……揉み消された?」

カオルの答えに、レノックスは静かに頷いた。

「ジオC8こそ50年程度の浅き歴史しかないが、リン一族の歴史は遥か昔、人類が地球に住んでいた頃から続いている。彼らは当時の地球の一国を統べる王だった。絶対王政を標榜するその国では、彼らは絶対的な存在だった。彼らの意向こそが正義であり、逆らう者など存在しなかった……。その信念こそが彼らの誇りであり、その体制が今のジオC8に受け継がれているのさ」

「アイツが……王の末裔……」

「努力によって現在の権力を得たハワード財閥とは全くの対極……レイズ・カンパニーは生まれ持った王の血筋により権力を得た会社だ。プライドの高さはハワード財閥の比じゃない」

「なるほど……革命運動は、その統治体制に不満を持つ者達の集まり……それが世間に知れ渡れば、絶対者としての威厳も誇りも失われるだろうな」

「その通り。このまま野放しにしておけば、下層階級を中心に反乱因子は間違いなく拡大していくだろう。リン一族にとっての最大の脅威だ。ならばやるべき事は1つしかない」

「革命運動の弾圧及び隠蔽……だが、そう簡単に出来るか?」

「確かに一度起きた革命運動を揉み消すのは非常に困難だ。しかし、事実をねじ曲げる程度の事ならば容易だろう。先代社長は、民衆を洗脳し惑わす悪質なカルト教団だと、事実無根の罪状で彼らを捕えたのさ。当然彼らは有罪となり、ザンデ監獄へ投獄された」

レノックスの話を聞き、カオルの脳裏には当時の情景のイメージが浮かび上がる。

人知れず闘いを挑み、人知れず抹消された『見えざる革命家』の心情に少しだけ共感できた気がした。


ふと、カオルの中で1つの疑問が浮かび上がる。

「待て、何故レノはその事実を知っている?」

まるで当事者と話をしている様に感じられ、カオルは疑惑の目を向けた。

「当事者から直接聞いた事だからね。20年くらい前だったかな?大学の研究会が『ポセイドン』で開催されてね、その時立ち寄った星立図書館で偶然知り合ったんだ」

「革命家が星立図書館に?」

「彼は経歴を一切隠し、司書として星立図書館で働いていた。本の話で思いのほか盛り上がってね、私の事を信用してくれたのか、彼は色々と話してくれたよ。その時、彼が革命家であり、幻の革命運動がジオC8で起きていた事を知ったんだ」

「そういう事か……」

「革命の話に興味があるなら、連絡をとってあげようか?」

レノックスからの思いがけない提案に、カオルは目を丸くした。

「今でも交流があるのか?」

「ああ。親しくしてもらっている数少ない友人だよ。今は館長になって、色々と珍しい本の情報も教えてくれるんだ」

「……なら頼めるか?1つ、どうしても確認したい事があるんだ」

「分かった」

レノックスは頷くと、机上のパソコンを起動し、革命家へのメールを作成し始めた。

予想だにしない展開に、さすがのカオルも驚きを隠せないでいた。

同時に、隠匿された歴史を知る生き証人との対談が実現する事に、少なからず胸の高鳴りを感じていた。


レノックスが送ったメールに対し、返信はすぐに返ってきた。

その内容を見るなり、小さく口元を上げて後ろに立つカオルを振り返った。

「彼もぜひ話したいと言ってるよ」

「そうか。じゃあ回線を接続してくれ」

「その前にひとつ忠告だ。接続中は革命に関するワードは出さないように。あっちの回線ら情報セキュリティが働いてるからね」

要はネット回線を通じて監視されているという事だろう。

「わかってる。レノと同じように暗号化してチャットを送ればいいんだろ」

カオルが同意するのを確認し、レノックスは対話回線を繋いた。

すると、画面には1人の男の姿が映り始めた。

年齢は60~70歳くらいだろうか、レノックスよりは大分年上に見える。

『やぁ、レノ。久しぶりだね』

「あなたも元気そうで何よりだ」

楽しそうに対話する中、館長の視線がカオルへと移る。

『君がレノの息子だね?』

「カオルです」

カオルは挨拶しながらキーボードを打ち始めた。

※以下、解読文章。
回線上は他愛ない会話を繰り広げている。

〘話はついさっきレノから聞きました〙

〘そうか。その上で、君は私に何を聞きたいのかな?〙

カオルも珍しく緊張しているのか、一度深呼吸をすると、館長の目を見つめながらタイピングした。

〘単刀直入に聞きます。あなたは革命運動に関する資料を持っていますか?〙

館長の眉毛がピクリと動く。

その一瞬をカオルは見逃さなかった。

〘その反応だと、やはり持ってる様ですね〙

カオルの追及に、館長は観念したのか小さな溜息をついた。

〘ふふっ、やれやれ恐ろしい息子さんだ。君の前で隠し事をする時は、一瞬たりとも気を抜けなそうだ〙

〘すみません。試す様な事をしてしまって〙

〘いや、いいんだ。気にしないでくれ。確かに私の手元には革命を起こした時代の激動を記した史記が存在する。しかし、それを知って君はどうするつもりなんだね?単なる歴史への興味という訳じゃないんだろう?〙

カオルは事情を説明すべきか逡巡したが、協力してもらう以上、秘密裏にするのは失礼だと判断し、要約して説明した。

〘仲間がリン・フェイロンに捕らえられているんです〙

〘何!?〙

〘仲間を救い出す為に、リン・フェイロンを倒す為の銀の弾丸シルバーブレッドが必要なんです〙

〘……なるほど、シルバーブレッドか……言い得て妙だな〙

館長は納得した様に「ふむふむ」と何度か小さく頷くと、何かを心に決めた様に、もう一度大きく頷いてみせた。

〘うむ、いいだろう。君の事だ、この本が『禁書』であり、この本を所有する事の危険性も知った上での結論なんだろう?それに、他でもないレノの息子の頼みだ。無碍に断る訳にもいくまい〙

〘ありがとうございます〙

〘しかし、1つ問題があるのだよ〙

〘問題?〙

〘私の同志達が捕らえられた時、同時に先代社長は革命に関わる一切の書物や情報を抹消すべく、ジオC8に存在する全ての書物やネットワークに制御システムを起動させた。つまりはデータでの情報提供は不可能、という訳だ。書物の郵送も然り、配送時にはX線による中身の検査があるからこれも不可だ〙

〘要は、こちらから出向いてデータを受け取る必要がある、という訳ですね〙

〘そういう事になる〙

〘分かりました。そういう事でしたら、こちらから出向きます。俺自身はもしかしたら当日そちらへ伺うのが難しく、代わりに仲間に依頼する事になるかも知れませんが、構いませんか?〙

〘うむ、構わんよ。君は仲間を信頼しているようだしね。君が信頼できる子達ならば、私も安心できる〙

館長の言葉に、カオルは柔らかく微笑んだ。

〘はい。苦楽を共にした、俺にとってかけがえのない仲間です〙

そう力強く答えるカオルの言葉を読み、レノックスと館長も自然と微笑むのであった。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「例え世間からこの歴史が伏せられようとも、その時代を生きた私達はこの事実を決して忘れてはならないんだ。そして、そんな私達には、歴史の真実を後世に伝える義務がある。だからこそ、この本は生み出された。ジオC8の黒き歴史が刻まれ、我々の無念が形となった独裁政権を倒す『銀の弾丸』だ」

館長の言葉を聞きながら、シャアラは視線を本へと向ける。

その手に掛かる重さは、きっと本の重量だけではない。

彼らの切なる願いが、今シャアラの手中で負荷を与えているのだろう。

「どうしたんだよ、シャアラ?」

本を見つめたまま動かないシャアラが気になり、ハワードが顔を覗き込む。

「お嬢さんにはその本の重みが分かるんだね?」

「……はい」

館長の問いかけに、シャアラは静かに頷いた。

「重み?確かに見た感じ重そうには見えるけど」

「そうじゃないわ。物理的な重さとは違う、この本に込められた強い気持ちが、まるで強い重力が掛かっているようにのしかかってくるの」

独特な表現をするシャアラの言葉がいまいち理解できず、ハワードはベルへと顔を向けた。

「本が好きなシャアラだからこそ、通じるものがあるのかも知れないね」

そうベルは返すと、目を瞑り本をぎゅっと抱きしめるシャアラを見つめた。


「おや、もうこんな時間だ。すっかり昔話に付き合わせてしまって済まなかったね」

時計を見るなり、館長は机の引き出しを開けて、中から小さなSDカードを取り出した。

「これを持って行きなさい」

差し出されたカードをベルが両手を添えて受け取る。

「それには、その本のデータが入っている。それをカオル君に送ってあげなさい」

「あ、でも……革命に関する情報はネットワーク上でブロックされるんじゃ……」

館長の話の中で出ていた問題点を思い出し、ベルは不安そうに尋ねた。

「それはレイズ・カンパニーが管理する情報ネットワークの範囲に限っての話だよ。君達はロカA2の住人だ。君達の携帯の情報ネットワークの管理はハワード財閥が行っているだろう?さすがのレイズ・カンパニーでも、ハワード財閥の管轄に手を出す様な真似はできないさ」

「あ、そっか……」

愚問だった、とベルは心の中で反省した。

よく考えれば、データを携帯に送って欲しいと言ったのはカオルである。

館長と事前に打ち合わせをしていたカオルが、その事を知らないはずがない。

(カオルの周到さには敵わないな……)

ベルはそんな事を思いながら小さく微笑むのであった。


「さぁ、もう行った方が良い。あまり長居をすると司書達にも怪しまれてしまう」

「館長さん、ありがとうございました」

退出を促す館長に、シャアラは深くお辞儀をして本を返却した。

館長はそれを静かに受け取る。

「うむ。君達と会えて、私も楽しかったよ」

「私……また必ずここへ来ます!今度は1人の愛読家として!」

「ああ、待ってるよ。その時は、私のお薦めの本を紹介させてくれ」

館長の優しい言葉に、シャアラは嬉しそうに微笑み頷いた。

「それじゃあ館長さん、いってきます!」

その言葉を最後に、3人は館長室を後にした。


部屋に1人となった館長は、彼らが出て行った扉をしばらく立ったまま見つめ続けた。

「君達ならきっとやり遂げられると信じているよ。絶対に負けるんじゃないぞ……!」

そう切なる思いを言葉に乗せると、手に持つ本を本棚へと戻した。




それぞれの使命を達成した仲間達がカオルとメノリの元へと集っていく。

「おーい!メノリ、カオル!」

2人の姿を見つけたハワードが嬉しそうに手を振って駆け寄ってくる。

「来たか。任務達成ご苦労だった」

「メノリ達もね。何か収穫はあった?」

「ああ、色々とな」

ティアの話にはメノリも何度も驚かされた。

恐らく彼らも聞けば、さぞ仰天するだろう、とメノリは柄にもなく心の中で小さな悪戯心が芽生えていた。

「カオルは何してるんだ?」

自分達に見向きもせずに携帯の画面と睨めっこをしているカオルを見て、ハワードが不満そうな表情でメノリに尋ねる。

「ああ、しばらくはそっとしておいてやってくれ。お前達が送ってくれたデータを今、頭の中にインプットしているみたいだからな」

「ま、マジかよ……あの本、分厚いし、中も難しくて意味分かんなかったぞ?」

「そらそうやろ。ハワードの頭で理解できるほんなんて漫画くらいのもんやろ」

「何だと!?……って、おわ!?」

突然現れたチャコの存在に、ハワードは面食らい、思わず大声を上げた。

「はろぉ!」

ややふざけた口調で挨拶をするチャコの後ろには、ルナ、シンゴ、そしてシャオメイの姿があった。

「「シャオメイ!!」」

「あはは……みんな、久しぶり」

「久しぶり、じゃないぞ!こっちはスゴイ心配したんだからな!!」

「うん、ごめんなさい」

「ま、まぁ、元気そうでなによりだけどな」

素直に謝られると逆に怒りにくい様で、ハワードはそれ以上強くは言えなくなってしまった。


皆が全員集合したのと同じタイミングで、カオルは携帯から画面を放し、スッと立ち上がると仲間達を見やった。

「カオル、終わったの?」

「ああ」

ルナの質問に、カオルが簡潔に返答する。

「あの難しくて分厚い本を、僕達が戻ってくる間に記憶しちまったってのかよ?……やっぱり化け物だな……」

もはや人類を超越している、とカオルの才能に対し皮肉を言うハワードであった。

ハワードの小言を意にも介さず、カオルは視線をシャオメイへと向けた。

カオルの眼光に、シャオメイがわずかに怯む。

「1つ、お前に言っておく事がある」

「な、何?」

「これは、他の誰でもない、お前が仕掛けた闘いだ。ジオC8を飛び出し、ソリア学園に編入した。それがリン・フェイロンへの宣戦布告と分かっていながら、な」

「うん……」

「だから、これからどうするかはお前が決めろ」

カオルの言葉に皆が目を丸くする。

「おいカオル!シャオメイを自由にする為に、色々計画を練ってここまできたんじゃなかったのかよ!?」

今までの努力を無に返す様なカオルの発言に、ハワードが不平をぶつける。

「だが、それをこいつ自身が望まなければ、何の意味も成さない」

「それは……そうだけど……」

ハワードの声が次第に小さくなっていく。

仲間達も静かにカオルの言葉に耳を傾ける。

「お前は一度、リン・フェイロンに心を折られている。その時の屈辱感、恐怖感は消えてないはずだ」

「!」

あの時の絶望感が思い起こされ、シャオメイの体が小さく震える。

それでもカオルは容赦なく言葉をぶつけ続けた。

「リン・フェイロンは間違いなく、またお前の心をへし折りに来るぞ。何も無理して対決する必要はない。このままロカA2に逃げる、という選択肢だってある」

「わ、私は……」

このまま仲間達とロカA2へ帰れば、あの恐怖を再び味わずに済む。

しかし、それでは何も変わらない。

だからといって、闘いを挑めば、またあの時の様に、絶望を与えられるかもしれない。

頭の中で輪廻のごとく、ぐるぐると問答が繰り返されていく。


ふと、シャオメイの手を誰かが握った。

ハッとしシャオメイは手を握る人物へと顔を向けた。

「ルナ……?」

ルナは優しく微笑みながら、シャオメイの手を離さなかった。

「大丈夫、私達が付いてるよ」

シャオメイは目を大きく見開いた。

ルナの体温が、心が、手を通じて伝わってくる。

その温かさ、心地よさに触れ、震えはいつの間にか止まっていた。

(そうだ……私には力を貸してくれる仲間がいる……!1人で闘っていたあの時とは違う!)

シャオメイはルナに小さく頷くと、カオルへと視線を戻し、力強く宣言した。

「私は逃げないよ。私はもう1人じゃないから……信じられる仲間がいるから……だから、もう絶対に私の心は折れない!」

「……その言葉、忘れるなよ?」

思惑通りとでも言う様に、カオルは小さく口元を上げた。

その様子を見て、ルナがクスクスと小さく笑う。

「何を笑っている?」

「カオルってホント素直じゃないよね」

「……俺は本音を言ってるだけだぞ」

「うん、知ってるわ。その本音が素直じゃないって所が何だか可愛いなって」

「…………悪いが、嬉しくない」

「それは残念」

不満顔をするカオルが可笑しく、ルナは再びクスクスと小さく笑うのであった。

「おい、2人してじゃれ合ってないで、早く行こうぜ!」

「何や?やけにやる気満々やな?」

珍しく積極的なハワードに、チャコが不審そうな眼差しを向ける。

「ここ暑っついんだよ!早くエアコンの効いた建物内へ行かないと熱中症で倒れちまう!!」

「結局ヘタレな理由かいな!?少し見直そうとしたウチの気持ちを返しやアホ!!」

「誰がアホだって!?」

「お前の他に誰がおんねん!!」

「はいはい、そこまで!今はケンカしてる場合じゃないでしょ!?」

火花を散らすハワードとチャコを、いつもの様にルナが仲介に入る。

シャオメイも思わずクスッと小さく笑った。


仲間達と笑ったりケンカしたり、そんな日常が堪らなく羨ましかった。

ずっと夢に描き渇望していた『自由』が、手を伸ばせばあと少しで届くのだ。

シャオメイの鼓動が次第に速くなっていく。


「シャオメイ、心の準備はいい?」

顔を覗き込む様にして尋ねるルナに、シャオメイは強く頷いた。

「ええ……!行きましょ!父さんの所へ!」


各々、覚悟と闘志を胸に、ルナ達はコロニーの中央にそびえ立つ、最も高いビルへと視線を向けた。

目指すは最終決戦の地、リン・フェイロンの本拠地──レイズ・カンパニー本社。




出発したルナ達を、ティアとセイランは病院の窓際から静かに見送っていた。

「お嬢様達、行ってしまわれましたね」

「ええ……」

視線は、次第に小さくなっていく彼らに向けたまま、ティアは小さく頷いた。

「あのね、セイラン……」

「何でしょう?」

「私……ずっと悔しくて堪らなかったの。フェイロンさんを必ず救う、と決めたのに……私は自分自身の体の事で精一杯で、自由に外へ出かける事すら出来なくなってしまった……。そのせいか、シャオメイは私に心配かけまいと弱音を吐かなくなったわ。どんなに辛くて、苦しくて、壊れてしまいそうでも、それを押し殺して私の前では笑顔を繕っていた……。その作り笑顔を見るのが、私は堪らなく辛かった……」

「……私も同じ気持ちです。今回の事で、いかに自分が無力か、嫌というほど思い知らされましたから……」

絶望に伏していたシャオメイの姿を思い浮かべ、セイランは落胆した。

「そうね……でも、今なら分かるわ。無力なのは当然なんだって」

「当然……ですか?」

「だって、私達人間は元々弱い存在だから。1人では無力だと知っているから……限界が見えてしまうから、友人や家族を作って協力し合うのよ。自分の弱い部分を補い合うから、人は強くいられたの。そんな当たり前の真理を、彼らに会うまで私はすっかり忘れていた……」

セイランはその言葉を聞き、思い出す。

両親に無理心中を図られ、生きる事に絶望していた時、自分を救ってくれたのはフェイロンとティアの言葉であった。

『家族 』だと言われた時、くすぐったかったが、とても温かく、嬉しく思えた事を今でもよく覚えている。


「さっきね、あの子を窓から見ていて安心したの。だって、シャオメイには弱音を吐いても受け止めてくれる、苦境に陥っても一緒に乗り越えてくれる仲間がいるんだもの。だから、あの子はきっともう大丈夫……」

微笑みながら話すティアの表情は、嬉しそうであり、少し寂しそうでもある様にセイランには見えた。

つづく
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