このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

4期

第 10 話 『カゴの鳥⑥』


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

腹部の傷も塞がり無事退院となったセイランは、その日からフェイロン邸に住まう事となった。

その敷地の広さ、邸宅の大きさを初めて目にした時、もしかしたら自分はとんでもない所に厄介となったのかもしれない、と率直に思うのであった。


「じゃあ、まずは邸内の間取りを覚えろ。部屋の場所が分からなきゃ、生活にも仕事にも支障をきたすからな」

「それなら私が案内します!」

フェイロンの一声に挙手して名乗り出たのはティアであった。

「あのなぁ、そういうのはこいつらにやらせときゃあ……」

フェイロンは呆れた様子で、近くに立つ使用人を指さして言うが……

「わ・た・し・が・や・り・ま・す!!」

頑として譲らないティアに、フェイロンも諦めたようで、「分かった、好きにしろ」と言って立ち去っていった。

そうして、満足げな笑みを浮かべたティアに連れられ、セイランは邸内を案内されるのであった。


ティアと共に邸内を回っている中、セイランは非常に不可解であった。

彼女の使用人への対応が、である。

案内をしている途中に出会った使用人1人1人に声を掛け、セイランをわざわざ紹介していく。

しかも使用人全員の名前もきちんと覚えている。

時には雑談も交え、そこには主従関係など存在しない様にセイランには見えた。

権威主義のジオC8では本来存在し得ない光景である。

フェイロンの言う通り、このような雑務は、使用人に任せてしまえばいいのに、何故彼女はここまでするのだろう?と疑問に思う。

「どうかしたの?」

向けられていた視線に気付いてか、ティアが斜め後ろを歩くセイランを振り返った。

「いえ……何故わざわざ、こんな面倒な事をするのか、不思議に思って」

「面倒?何が?」

「使用人なんて、いちいち挨拶回りする必要なんてないでしょう?」

その時、セイランは知る事になる。

何気なく放ったその言葉は、ティアの逆鱗に触れるものである、という事に。


「セイラン……ここで生活する前に、あなたに2つ、言っておく事があります」

「な……何ですか?」

「1つ、私の前で『使用人』という言葉を決して使わないで。彼らも自分の仕事に誇りを持ってやってるの。職業で優劣を決める様な発言は慎んでちょうだい」

「え……?」

「2つ、彼らは生活を共にする私の大切な家族です。家族を紹介するのを面倒だなんて思うはずがないでしょう?彼らを貶める様な発言も絶対に許しません。いいですか?」

「は……はい……気をつけます……」

ティアの威圧に畏怖し、セイランは頭を下げ、謝罪する他なかった。


ティアは小さく溜息をつき、前を向いて再び歩き出した。

セイランも、親に叱られた子供の様に、その後ろをトボトボと付いて行く。


「……ごめんなさいね」

ふと聞こえてきたティアの言葉に、セイランは顔を上げた。

ティアは正面に顔を向けたまま話を続ける。

「あなたに悪気があった訳じゃないって分かってる。ジオC8では当たり前の事だから、あなたが言った言葉が間違っていないって事も知ってる。……だけど、どうか権力が絶対だなんて考えに染まらないで。この不条理な現実を割り切ろうとしないで」

「それじゃあ……ティアさんはどうしてジオC8へ来たんですか?」

ティアは元々ジオC8の生まれではなく、結婚してここに住む事になったと聞く。

権威主義をこれほどにも嫌っているにも関わらず、敢えてここに住まう理由が分からない。

セイランは聞かずにはいられなかった。


ティアは振り返り、小さく微笑んで答える。

「フェイロンさんを好きになってしまったから」

「そ、それだけの理由で……?」

「それだけで十分よ。どこへ居ようと私は私。何色にも染まらない。例えそれが愛するフェイロンさんの故郷だろうと、ね」

セイランは、ティアの信念に圧倒された。

それと同時に、彼女に対する強い憧れの気持ちも沸き上がっていった。

権威主義のコロニーに生まれたからとて、権威の低い者は、誰も強者に虐げられる未来を望んでなどいない。

生まれた時からこの価値観を刷り込まれ、これが『普通』なのだと、受け入れるしかないのだ。

ティアの存在は、それとはまるで対極である。

異質である一方で、どこかその自由奔放な姿に、何かしらの変化をもたらしてくれるのでは、と希望を持たせてくれる気がするのだ。

先程紹介された使用人達の表情を見ていれば分かる。

ティアに声を掛けられた時の彼らは、とても嬉しそうであった。

彼女の言葉通り、彼らは自分の仕事に誇りを持っているようだった。

しかし、その理由は実に単純なものなのだろう。

要は皆、ティアの事が大好きなのだ。

「それに、今日からあなたも家族の一員なんだから」

「わ、私も……?」

「そうよ。だから、何か困った事や不自由な事があったら、遠慮せずに言って。力になるから」

ティアの言葉がセイランの心を温かくしていく。

心の奥底で『家族』というものに飢えていた事に、セイランは気付く。

(権威主義のこのコロニーで、ティアさんに出会えた私は、すごく幸運なのかもしれない……)

そんな事を考え、セイランはティアに救われた自身の心臓にそっと手を添えた。




それから2年の月日が経ち、 フェイロンとティアに嬉しい出来事が舞い込んできた。

体調不良を訴え、リン家専属の医者に診てもらったティアは、医者から2ヶ月目である事を告げられた。

その言葉を聞いた時、ティアはもちろん、あのフェイロンも目を光らせていたという。

家族や友人、使用人達からも多くの祝福を受け、2人はまさに幸せの絶頂であった。

しかしその一方、この2年間でフェイロンと父の間の軋轢あつれきは徐々に大きくなっていた。

理由は、フェイロンの今後の身の振り方についてである。

メカニックとして技術を磨いていきたいフェイロンと、レイズ・カンパニーを継がせたい父……両者の考えがぶつかり、関係は日に日に悪化していく一方であった。

そして、それから半年が経ったある日、フェイロンの元に届いた本社からの一通の書類。

その内容を見るなり、フェイロンは顔色を変え、その書類を握り潰した。


「親父っ!!これはどういう事だよ!?」

父の書斎から響くフェイロンの怒号。

彼の元に届いた書類には、『辞令』と書かれている。

「どうもこうも、見たままだ。お前には明日よりレイズ・カンパニー本社に勤務してもらう」

「何を勝手に!俺はメカニックとして現場の第一線で働くって何度も言ってるだろ!?」

「だからこその異動だ。お前はいずれ、私の後継者となり、レイズ・カンパニーの社長となる男だ。技術など必要ない。そんなものに時間をかまけている暇があったら、人選術の1つでも身に付ける事だ」

「そんな……事……だと!?」

フェイロンは拳をぐっと握りしめた。

初めて抱いた『夢』を踏みにじられた様に思え、怒りで奥歯をギリッと噛み締める。

「大学に在学していた時から、お前は随分と堕落したものだな。これもティアの影響か?」

「なん……だと……?」

「あの娘の父親が宇宙警察の幹部だったから、今後の事も考え結婚も承諾したが、どうやらお前には毒だった様だ」

「ふざけんな!!ティアを悪く言うんじゃねぇ!!いくら親父でも許さねぇぞ!!」

父の発言に堪忍袋の緒が切れ、フェイロンが父に飛びかかる。

突きだした拳を軽く受け流し、父はフェイロンの頬を殴り飛ばした。

「ぐっ……!」

床に崩れながらも立ち向かおうとするが、今のダメージで膝が笑っていた。

「お前如きが私に盾突こうなど、思い上がりも甚だしい。少しは頭を冷やしてこい」

「くそ……!」

ふらふらと立ち上がり、フェイロンは父を一睨みして書斎を出て行った。


書斎を出た所で、フェイロンはティアと遭遇する。

「お前……聞いてたのか?」

「……はい」

小さく頷くティアの前をフェイロンは無言で通り過ぎ自室の方向へと歩き出した。

ティアも何も言わずにその後ろを付いて行った。


自室に戻ってからも、フェイロンは悔しさで拳を握りしめたままであった。

ふと父に殴られた箇所を手当てしてくれているティアに目を向ける。

「どうかしました?」

「なぁ、ティア……」

「はい?」

「もし……俺が家を出ると言ったら……ティアはどうする?」

その声がわずかに震えている様にティアには聞こえた。

ティアは小さく微笑み、フェイロンの固く握られた拳にそっと手を添えた。

「私は、何があろうと、あなたと共にいます。ですから、あなたはあなたの決めた道を進んでください。純粋なフェイロンさんが……私は好きです」

ティアの答えを聞き、フェイロンはギュッと彼女を抱き締めた。

「フェイロンさん……あまり強くしすぎると、お腹の子が痛がりますよ?」

「あ、ああ、すまない」

フェイロンが慌てて離れる様子を見て、ティアはクスッと笑った。

「えっと……ティア」

一度咳払いをし、フェイロンの表情が真剣なものに切り替わる。

「さっき言ったのは冗談じゃない。俺は本気で家を出るつもりだ」

「はい」

「前に話したの覚えてるか?会社の同期ですごく馬の合う奴がいるって」

「ええ、確かマイケルさん……でしたよね?フェイロンさんの夢を真剣に応援してくれてるっていう」

「ああ、俺の親友だ!実は、そいつと一緒に新しい会社を作る計画を密かに立てているんだ。意見の合わない親父の下にいたって、いつまでたっても俺の夢は叶えられない。だから、自分にとっての理想の会社を起こすんだ!」

そう語るフェイロンは生き生きとしていた。

「資金もあと少しで目標に手が届く。そしたら親父から独立して、新しい会社で親父を超えてやるんだ!」

そう高らかに宣言し、フェイロンは真剣な眼差しでティアと向き合った。

「ティア……俺は家を捨てる。それでも、これからもずっと俺の側にいてくれないか?」

フェイロン言葉に、ティアは微笑み、そっと彼の頬に触れて答えた。

「はい!」


その時のティアは想像していなかった。

これから起こる悪夢ような出来事を……




レイズ・カンパニー本社へ異動となって1ヶ月が経ち、起業の為の準備がようやく整ったフェイロンは、その日の夜、マイケルに呼び出され、かつて所属していた子会社へとやってきた。

エントランスを通過した所で、フェイロンは社内に広がる異様な雰囲気を感じ取っていた。

(おかしいな……警備員がいない。それに、やけに静かだ)

肌で感じる違和感に不気味さを覚えながらも、フェイロンはマイケルが待っているであろう部屋へと向かって行った。


ビルの5階にある、技術開発課のオフィス。

そこが打ち合わせに指定された場所であった。

扉からは明かりが漏れており、おそらく先に到着していたマイケルが待機しているのだろう。

「おーいマイケル、居るの……か……」

オフィスに入り、絶句した。


床に倒れているかつての同僚や部下。

その傍らに、レーザー銃を持って立つ
マイケル。

見慣れていたはずのオフィスは、血で染まった惨劇と化していた。


「な……」

「何だ、もう来たのか?随分と早かったな」

マイケルの視線が、床に倒れている同僚達からフェイロンへと移る。

その瞳に、ずっと親しくしてきた友人の面影は無かった。

「な……何だよこれ……?どういう事だよ……?」

「どういう事?この状況を見て、理解できねぇか?お坊っちゃん」

「分かるかよ!何で……お前が……こんな事……!」

震えながらも声を絞り出すフェイロンに対し、マイケルは不敵な笑みを浮かべて答えた。

「決まってるだろ?これも計画のうちだからだよ」

「え……?」

「そうだな……今まで計画に協力してくれたお前には特別に教えてやろう」

「きょ……協力……だと?」

「ああ。始めはな、単純にこの会社の資産をごっそり奪う為に潜入したんだ。どこに金庫があり、どうやってキーを解錠するか。防犯システムはどんなものか、とか下調べする事は山程あったからな。そしたらどうだ?同じ部署にレイズ・カンパニーの坊っちゃんがいるじゃないか。情報収集が出来るかと思って近づいてみたら、意外にもお前の方から懐いてきた」

「情報……収集……?」

「しかも、その坊っちゃんの話を聞けば、社長と険悪だと言うじゃないか。その時、思い付いたのさ。こいつを上手く利用すれば、もっと多くの大金を手に入れられるってな!」

「じゃ、じゃあ……起業の為の資金は……!?」

「ありがとよ。お前の協力のお陰で、予定以上の金を手にする事ができたぜ」

「!!!」

フェイロンはショックを隠せなかった。

今まで親友だと思い、信じていた相手に、このような形で裏切られるとは思ってもみなかった。

「お前の事……本当の親友だと思っていたのに……!メカニックの夢だって応援したいって……そう言ってくれたじゃないかっ!!あれも嘘だったのか!?」

「当たり前だ。レイズ・カンパニーを超えられるなんて、本気で考えていやがったのか?だとしたら、本当に世間知らずの坊っちゃんだな。それに、宇宙にはお前よりも格上のメカニックなんざ、ごまんといる。所詮は井の中の蛙だな。お前の評価なんてな、親父の七光りによるものなんだよ!自惚れてんじゃねぇよ」

マイケルの言葉が、フェイロンから信頼を、夢を、希望を、奪い取っていく。

「うおおあああ!!」

フェイロンは叫び、拳を作り、マイケルに飛び掛かった。

マイケルは「ふん」と鼻を鳴らすと、躊躇する事もなく、レーザー銃の引き金を引いた。

銃口から放たれた光線が、フェイロンの右肩を貫く。

撃たれた右肩から鮮血が散り、激痛で床へと倒れ込んだ。

「ぐああっ……!」

肩を手で押さえながら苦し悶えるフェイロンを、マイケルが冷酷な視線で見下ろす。

「バカが……丸腰で突っ込んで勝てると思ってたのか?」

銃口は再びフェイロンへと向けられる。

「本当はお前に全ての罪をなすり付けてとんずらしようと考えていたのによ、お前が早く来たせいで計画が狂っちまったじゃないか。まぁ、これくらいの誤算は想定の範囲内だったがな」

マイケルはゆっくりと片膝を着き、銃口をフェイロンのこめかみへと押し付けた。

「てめぇだけは……絶対に許さねぇぞ……マイケルっ……!!俺を……コケにしたこと……必ず……後悔させてやる……!!」

「この状況でそのセリフを吐くとはいい度胸だ。だが所詮は負け犬の遠吠えだ」

床に伏しながらも睨み上げるフェイロンに動じる様子も無く、マイケルはゆっくりと指をトリガーに伸ばす。

「そうだ。最期にもう1つ、俺がお前についていた嘘を教えてやろう」

そう楽しそうに話すと、フェイロンに対し、更なる絶望とも言える言葉を吐いた。

「俺の名はな、マイケルなんかじゃねぇんだよ」

「!!?」

名前すら嘘。

信頼していた親友は、全てが嘘で塗り固められていた存在であった。

もはや、フェイロンに言い返す精神力すら残っていない。

男は満足気に口元を上げている。

「俺の本当の名は、ブリンドー……。別に覚えなくていいさ。あばよ、お坊っちゃん」

その言葉を最後まで聞く気力も失せ、フェイロンは意識を手放した。




その後、フェイロンは病院のベッドの上で目を覚ました。

(……ここは……俺は一体……?)

虚ろな目で辺りを見回すと、ベッドの横に座り、今にも泣き出しそうなティアの姿があった。

「フェイロンさん……!!」

フェイロンが意識を戻した事で、泣き出しそうな顔から完全な泣き顔へと書き換えられる。

ティアは両手で顔を覆い、号泣した。

「よがっだ……フェイロンさんが……生ぎでで……!!」

何故ティアが泣いているのか、何故自分が白い部屋のベッドに横になっているのか、まだフェイロンには理解できないでいた。

(何だ……?眠っている間、ずっと悪夢を見ていた様な気がする……だけど思い出せない……一体何があったんだ……?)


「なぁ、ティア……」

自分の状況を知る為に、泣いているティアとしっかり話をしようと考え、フェイロンは起き上がる為に腕へ体重をかけた。

「ぐっ……ぁあっ!?」

右肩に走る激痛。

耐えきれずフェイロンは再び上半身をベッドへ戻した。

「フェイロンさん!まだ安静にしてなきゃダメですよ!!」

(何だ……!?この激痛は!?この痛み……確かどこかで……)

「うっ……!?」

その瞬間、フェイロンに激しい頭痛が襲った。

堪らず、動かせる左手で額を押さえる。

「どうしたんですか!?頭が痛いんですかっ!?」

様子のおかしいフェイロンの姿に、ティアはオロオロし、慌ててナースコールを押した。


『何だ、もう来たのか?随分と早かったな』


頭痛が起きる度に、あの悪夢がフラッシュバックされる。


『しかも、その坊っちゃんの話を聞けば、社長と険悪だと言うじゃないか。その時、思い付いたのさ。こいつを上手く利用すれば、もっと多くの大金を手に入れられるってな!』


『宇宙にはお前よりも格上のメカニックなんざ、ごまんといる。所詮は井の中の蛙だな。お前の評価なんてな、親父の七光りによるものなんだよ!自惚れてんじゃねぇよ』


『そうだ。最期にもう1つ、俺がお前についていた嘘を教えてやろう……俺の名はな、マイケルなんかじゃねぇんだよ』


「あああああ!!!」

記憶が想起されていくにつれ、頭痛は次第に激しさを増していった。


『俺の本当の名は、ブリンドー……。別に覚えなくていいさ。あばよ、お坊ちゃん』


「フェイロンさん!!!」

ティアの叫びに、フェイロンはハッと我に返った。

息は切れ切れ、全身汗でびっしょりである。

自己防衛なのか、封印されていたはずの昨晩の出来事を完全に思い出すと同時に、頭痛は治まっていた。

「そうか……俺は……」

そう呟くフェイロンの声は震えていた。

「フェイロンさん……?」

ティアがそっと声をかけると、フェイロンは、今にも泣き出しそうな表情を向けてきた。

「ティア……俺は……俺は……!!……う……ぁ……あぁあぁああ!!!」

悲痛な叫びをあげ、フェイロンは昨晩起きた出来事を全て、ティアに打ち明けた。

ティアにはただフェイロンの話を聞く事しか出来なかった。

何もしてやれない自分の無力さが腹立だしく、ティアはスカートの布をキュッと握った。




その後、医師が駆けつけ、意識の戻ったフェイロンに問診をすると、「しばらく静養していればすぐに退院できます」と述べ、病室から出て行った。

それと入れ違う様に、父が入室した。

「やっと目を覚ましたか、バカ息子め」

ベッドに横たわる息子を目にしても、父は冷ややかな視線と言葉を吐いた。

「お義父様!そんな言い方……」

「ティア、私はこいつと2人で話がある。席を外せ」

「でも……!」

「私が外せと言ったら外せ」

その眼光と威圧に、さすがのティアも恐怖を抱き、思わず後ずさりをした。

「ティア、そうしてくれ……」

フェイロンの言葉もあり、ティアは小さく頷くと、義父に一礼をして病室を出て行った。


フェイロンと父、2人きりとなった病室で、先に口を開いたのはフェイロンであった。

「あの時、俺はレーザー銃を突きつけられていた。何で俺は助かった?マイ……ブリンドーはどうした?」

「ブリンドーという男は捕まえて、宇宙警察に引き渡した」

「あの男を?どうやって……」

「レイズ・カンパニー傘下の会社全てに高性能防犯システムが備えてある。それが作動した……それだけの事だ」

「そ、そんなの初めて聞いたぞ!?」

「私だけが知っている機密事項だからな。企業スパイや今回の様なコソ泥などが我が社を狙う、なんて事はざらにある。その為の対策をするのは当然だろう」

「そんなものが……」

「セキュリティシステムが作動した事に驚いて、あの男は急いでその場から逃げた。お前の始末をそっちのけにしてな。つまり、お前が助かったのは、運が良かっただけの事だ」

「………」

自分が助かった理由が、父が密かに備え付けていた防犯セキュリティによるものだと知り、フェイロンは複雑な心境であった。

「そんな事よりも、お前は自分のしでかした事の重大さを理解しているのか?」

「え……?」

「今回の件は全てお前の身勝手さが引き起こした事だ」

「な……何だと!?」

父の言葉にカチンときたフェイロンが、声を荒げる。

「お前はあの男の口車に乗せられ、金を渡したばかりか、会社のセキュリティなどの機密事項までも洩らした。その結果がこれだ。表面の防犯システムはコードが書き換えられ、社員数名を死に追いやった」

「!!!」

フェイロンの脳裏に、オフィスで血を流して倒れる同僚や部下の姿が浮かぶ。

(お……俺の……せい……?あいつらが殺されたのは……俺のせい……なのか?)

「この事件は我が社にとっても最大の汚点だ。これが世間に知られれば、レイズ・カンパニーの経営に支障をきたすと、分かっているのか?お前にその責任が負えるか?」

「……マスコミには俺が謝罪会見を開くと伝える。俺の甘い考えが引き起こした事なんだ。責任は……負う」

フェイロンは拳をグッと握りしめて答えた。

「その必要はない」

「え……?」

父の言葉の意味が分からず、フェイロンは思わず聞き返した。

父は黙ってリモコンのボタンを押し、病室にあるテレビを付ける。

画面には報道番組のニュースが流れており、昨晩の事件が放映されていた。

そこで流れていた内容を聞き、フェイロンは絶句した。


『──……社前からの中継です。昨晩、ブリンドー容疑者は、こちらの会社にレーザー銃を持って押し入り、残業で残っていた社員及び警備員を射殺した後、会社の金庫に収められていた資金800万ダールを奪ったとして、強盗殺人の現行犯で逮捕されました。取り調べの中で、ブリンドー容疑者に反省の色は無く、今後の裁判にも影響が──』


「な……何だよ、これ……?事実と全然違うじゃないか!?」

「この事件は我が社最大の汚点だ、と言ったはずだ。わざわざ世間に事実を知らせる必要などない。マイケルなんて社員も初めから存在などしていない。だから、お前もこの事件とは何の関係もない」

つまり、事件の隠蔽。

父は自分の権力を使い、宇宙警察に対し、事件の概要を偽装させたのだ。

目的がどうであれ、事件を起こしたのは、正式に入社した社員による犯行である。

それが世間に知られれば、レイズ・カンパニーの評価は一気に下落する。

ハワード財閥と均衡を保っているこの宇宙で、どちらかの経済バランスを崩す訳にはいかない。

故に、この事件は外部からの突発的な強盗殺人事件として幕引きにするのが妥当だと、父は判断し実行したのである。


フェイロンは絶望した。

例え罵声を浴びせられようとも、この過失の責任を背負うと決めた覚悟は、父の鶴の一声により、一瞬で踏みにじられてしまった。

自分は所詮、その程度の存在……

どんな決意も覚悟も父の絶対的権力の前では無意味だと、思い知らされた。


「今回の事で身に染みたはずだ。仲間だ親友だと言っても、所詮は他人。隙を見せたら一気ににつけ込まれて最後は騙される。結局一番信用できるのは自分だけ、という事だ」

「………」

「お前はメカニックになる、とかほざいていたな?その為に動いた結果がこれだ。それでもまだ『夢』を語るつもりか?人は何かを得る為には、何かを犠牲にしなくてはいけない。お前も父親になるのなら、第一に家の事を考えろ。無駄な夢など追いかけず、今の地位を守り続ける事こそが、生まれてくる子供の為だと自覚しろ!」

「子供の……ため……俺が……社長になる事が……」

父の言葉が絶望に瀕したフェイロンの脳内を侵食していく。

それと同時に、フェイロンの中から、『夢』や『信頼』という存在が次第に光を失っていく。

「どんな綺麗事も、権力の前ではゴミクズ同然だ。静養しながらじっくりと考える事だ。そうすれば分かるはずだ。私の言っている事が全て正しい、という事にな」

そう言い残し、父は病室を出て行った。


病室を出た義父の前に、険しい表情でティアが立ち塞がる。

「何だ?」

「もうこれ以上、フェイロンさんを苦しめないでください」

「……立ち聞きとは関心せんな。それにあまり歩き回らない方がいい。もしもの事があっては困る」

「話を逸らさないでください!」

レイズ・カンパニーの社長に対しても、ティアは怖じけることなく物申した。

「それに、お義父様が心配されているのは、私でもこの子でもなく、この子の将来の事でしょう?」

ティアの言葉に、義父は「くっくっく」と低い笑い声を立てた。

「なるほど、お前は理解している様だな」

その返答は、肯定と捉えてもいいのだろう。

余裕加減が、ティアの怒りを沸々と煮え立たせていく。

「あなたの思い通りになんて絶対にさせません……!この子とフェイロンさんは、私が守ります……!」

「ふっ……せいぜいやってみろ。1つはもう無駄だと思うがな……」

「え……?」

意味深な言葉を最後に、義父はその場から立ち去っていった。


義父の言葉が気になりながらも、ティアはフェイロンの側にいる事が先決だと切り替え、病室へと入った。

「フェイロンさ……」

呼びかけようとして、その口が途中で止まる。

フェイロンはティアの気配に気付き、項垂うなだれた顔をゆっくりと上げた。

「ティアか……悪いが、しばらく一人にしてくれ……」

「っ………………はい」

ティアは小さく頷くと、静かに病室を出ていった。


廊下に出たティアは、その場に泣き崩れた。

あれほどまでに絶望感に満ちた顔のフェイロンを見たことがあっただろうか?

支えになりたいのに、『一人にしてくれ』という彼の言葉が胸に強く突き刺さる。

ティアはしばらく、その場で声を殺して泣き続けた。




病室で1人となったフェイロン。

父の先程の言葉が脳内を巡る。


信頼すれば騙される

ならば、初めから信頼しなければいい

信じられるのは自分だけだ

何かを得る為には、何かを犠牲にしなくてはいけない

夢だ希望だと言っても、結局は圧倒的な権力の前では無力だ……


(そう……俺は無力だ……)




『力が欲しいだろ……?』

どこからか、そんな声が聞こえてきた。

(欲しいさ……欲しいにきまっている!)

誰の声かも分からないが、フェイロンは答えた。

『なら話は早い。手に入れよう。誰にも屈する事の無い、絶対的な権力を……』

(お前は一体……?)

そう問いかけると、黒い影が突如目の前に現れた。

黒い影がゆっくりと形を形成し、やがてフェイロンの姿へと変貌した。

『私は、お前だ。だから安心して眠りな。あとの事は全て私に任せるがいい』

その言葉を最期に、フェイロンは意識を手放した──。




その日の夕刻、ティアの容態が急変する。

破水を起こし、痛みで踞る彼女を使用人が発見し、病院へ救急搬送となった。

そして、それから20時間後、父親となるフェイロンが立ち会う事無く、ティアは無事女の子を出産した。

『シャオメイ』の誕生である。




「わぁ~!可愛い~!」

「次!次、私にも抱かせてくださいっ!」

屋敷では、シャオメイを抱くティアの周りに使用人達が集まり、黄色い歓声をあげる。

シャオメイを抱いた使用人達の表情は緩みっぱなしであった。

人見知りはしない様で、母親以外の腕に抱かれても、キャッキャと笑うその愛くるしい姿に、皆が虜になっていた。

「奥様、旦那様がお呼びです」

フェイロンの言付けを受けたセイランが早足で駆け寄り、ティアへと伝える。

「……分かったわ。みんな、悪いんだけど、少しの間、シャオメイをよろしくね?」

「喜んで!!」

嬉々としている使用人達にシャオメイを預け、ティアはフェイロンの書斎へと向かっていった。


「入ります」

ノックをし、書斎へと足を踏み入れる。

「来たか」

「……話というのは何ですか?」

やや警戒した口調でティアが問いかける。

あの事件以来、フェイロンは別人の様に変わってしまった。

ティアと出会う前の、いや、その時よりも更に冷酷な人格が、彼の心を支配している様である。

「決まっているだろう。シャオメイの今後についてだ」

「あの子はまだ生まれたばかりですよ?」

「だからどうした?あいつはレイズ・カンパニーの次期後継者だ。1年経てば言葉も覚えてくるだろう。そうしたら、あらゆる英才教育を受けさせる。これは決定事項だ」

フェイロンの物言いに、ティアがついに怒りを表出させる。

「あの子にあなたと同じ道を歩ませるつもりですか!?」

「私と同じ道を歩ませない為の教育だ……!人を信じるから裏切られた時に傷つく。叶いもしない夢を思い描くから、夢が壊れた時に挫折する。ならば、初めから人を信じなければ!夢など思い描けなければ!傷つく事も挫折する事も無い!」

「……本気で言っているんですか?」

「ああ。思えば、ジオC8を出た事が私の間違いだった。そのせいで、私は苦痛を受ける羽目になったのだからな。あいつにはそんな苦痛を味合わせる事の無い環境を用意してやる。あいつの将来は、全て私が決める。それがあいつの幸せであり、正しい事だからだ!」

フェイロンの言葉を聞き、ティアは失望した。

彼の言葉は、大学時代以降の軌跡を、否定する言葉に他ならない。

「あなたは……私と出会った事も間違いだったと言うんですか?」

フェイロンは何も答えず、顔を逸らした。

ティアはショックで胸を締め付けられた。

それでも気丈を保ちながら、凛とした瞳をフェイロンへ向けた。

「……わかりました。ならば私も闘う覚悟を決めました。可愛いシャオメイの為、私はあなたを討ち負かします」

「……何だと?」

「あなたの考えが間違っている事を、必ず証明して見せます。そして……『フェイロンさん』を取り戻して見せます!」

「何を寝ぼけた事を……私がフェイロ…」

「あなたじゃない。あなたは純粋なフェイロンさんの心を支配している『悪意』です。私はあなたの人格を『フェイロンさん』とは認めない。……ですから覚悟して下さい。愛する彼の為、私は『あなた』を殺します……!」

そう宣言し、ティアは書斎を出て行った。

残されたフェイロンは、ティアの言葉の意味を理解出来無いながらも、どこかイライラした様子で荒々しくソファーへと腰を下ろした。




フェイロンとの話を終えたティアは、シャオメイを使用人達から引き取ると、自室へと戻った。

シャオメイはすやすやと穏やかな表情で眠っている。

この顔を見ているだけで、ティアは心が温かく感じられた。

本当であれば、この気持ちをフェイロンと共に分かち合いたかったが、今の彼は、『悪意』に染められてしまっている。

だからといって、くじける訳にはいかない。

生まれたばかりの愛娘の為、闘う事を選んだのだから。

ティアは零れそうになった涙をぐいっと拭い、電話でセイランを呼んだ。


「失礼します」

連絡を受けたセイランはすぐに駆けつけた。

彼女もこの家で働き始め早3年が経とうとしていた。

仕事にも慣れ、今では先輩使用人達からも頼りにされるほどである。

「わざわざ、ごめんなさい。入って、セイラン」

「はい。あの……ご用とは?」

ティアに促され、入室したセイランは改めて用件を伺う。

「この子を……シャオメイを抱いてみてもらえる?」

「え!?私がですか!?」

想定外の申し出に、セイランは珍しく声を大にして驚いた。

「ね?お願い」

「は、はぁ……」

主の要望ならば、断る訳にもいかない、とセイランは頷くと、割れ物を扱う様なぎこちなさで、眠るシャオメイを受け取った。

この動作の中でも、シャオメイは起きることなく、深い眠りに就いていた。

(か……かわいい……!)

思わず顔が緩む。

初めて赤ん坊を抱いたセイランの率直な感想であった。

粗相があってはならないと、セイランはすぐにティアへシャオメイを返し、ホッと息を吐いた。

「どうだった?」

「と、とても可愛いかったです!それと、思っていたより重みがありました」

「そうよ。覚えておいて、それが命の重さよ」

セイランは今抱いていた自分の手へ視線を向け、先程の感覚を思い出した。

温かくて、少しずっしりとしていて、そして、とても愛しい。

そして、決して失ってはいけない存在だと思わせる何かを感じた。

セイランの様子を見て、ティアは柔らかく微笑む。

「ねぇセイラン」

「はい」

「この子がもしフェイロンさんに性格が似てるなら、きっと純粋な心を持っているわ。……でもその反面、とても繊細で傷つきやすいと思うの。これから先、辛い事や苦しい事が必ずある。そんな時、どうかこの子の力になって欲しいの」

セイランは、ティアの腕の中で眠るシャオメイを見つめた。

先程感じた愛しさは、主従関係ではない、更に強い感情である様に思える。

きっと『妹』が出来たらこの様な気持ちなのだろう。

使用人の自分が、主の娘を『妹』として見るなどおこがましい事だが、せめて心の中では構わないだろう、と自分に言い聞かせる。

「もちろんです」

そう返答するセイランに対し、ティアは微笑み、「ありがとう」と礼を言った。

そして心の中で囁く。

(『妹』を……よろしくお願いね)


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

全てを話し終えたティアは、「ふぅ」と深い溜息をついた。

「……彼は純粋過ぎたんです。それ故に、ブリンドーの裏切り、お義父様の言葉、その『悪意』に心が染められてしまいました」

寝室がシンと静まり返る。

セイランも、初めて知るフェイロン豹変の真相に、動揺を隠せない様であった。

重い話にメノリも沈黙したままであった。

そんな彼女へカオルが声を掛ける。

「メノリ、お前の意見はどうだ?」

「え!?わ、私かっ!?」

突然話題を振られ、少々狼狽えた様子でメノリは率直な考えを口に出す。

「い、いや……正直考えがまとまっていない。リン社長の過去もそうだが……まさか、ここでブリンドーの名前を聞く事になるとは思いもしなかった」

「ブリンドーが強盗殺人事件を起こした、というのは調べている時に知ったが、その裏にそういった事実があったとはな」

2人の会話に、ティアが驚きの表情を向ける。

「ブリンドーを……ご存じなのですか?」

「はい。私達が漂流した無人惑星に、彼らがジャックした恒星間輸送船が漂着したんです」

「それで、彼は……?」

もし生還しているのであれば、またフェイロンと顔を合わせる事があるかもしれない、と危惧しているのだろうか。

彼らの結末を知るメノリは言葉に出すのを躊躇ったが、カオルは淡々とした口調で答えた。

「死にました。輸送船ごと惑星にあった遺跡に突っ込んで」

カオルの返答を聞き、ティアは「そうですか……」とだけ答えた。

ホッとする気持ちと、人の死を素直に喜べない感情がぶつかり合い、複雑な心境を作っているのだろう。

「彼はその後、終身刑の判決を受けて、ザンテ監獄に収監されましたが、昨年、他の囚人と共に脱獄した、とニュースで報道されているのを見ました。まさか、あなた達が漂流していた惑星にいたとは……。ブリンドーの事も、あなた達がシャオメイと出会ったのも、何かの因果なのかもしれませんね……」

どこか納得した様にティアが呟く。

「そうだとしても、俺は運命に振り回されるのは御免です。自分の運命は、自分で切り開く。例え1人では難しくても仲間がいる」

カオルの瞳の奥には、ルナの姿が映る。

彼女の存在が、カオルに運命と立ち向かう覚悟を与えてくれた。

「アイツはもう1人なんかじゃない。俺達がついてる。例えリン・フェイロンといえども、俺達の絆を打ち砕く事など出来はしない」

カオルの力強い言葉に、メノリも強く頷く。

そんな2人の姿がティアの心に失いかけた希望の光を与えていく。

「私もそう思います。本当の『信頼』というものを知れば、あるいは彼も……」

そこまで話し、ティアは静かに目を閉じ、沈黙した。


この15年間、何度も挫けそうになった。

フェイロンを元に戻す方法も見つからない。

そればかりか、シャオメイを守ると決めたのに、自分は宇宙病にかかり、母親としての努めすら自由に行えなくなってしまった。

悔しくて、情けなくて、こっそり泣いた夜も沢山あった。


そんな絶望の中、シャオメイが出会った仲間達。

セイランから、彼らと共にジオC8に戻ってきた、と連絡を受けた時、ティアは確信した。

シャオメイはまぎれもなく彼らの仲間なのだ、と。

そして、この先どんな困難が来ようとも、シャオメイはきっともう大丈夫だ、と。


やがてゆっくりと瞼を上げ、カオルとメノリを凛とした瞳で見つめ口を開く。

「私はあなた達に希望を託したいと思います。どうか、あの子を……よろしくお願いします」

そう言葉を紡ぎ、深く頭を下げたティアに、カオルとメノリは強く頷いて応えた。




病院を後にし、カオルが携帯の電源を入れると、丁度ルナから電話が掛かってきた。

「ルナか。そっちはどうだ?」

『こっちは無事シャオメイと合流できたよ。ほら!』

『あ……カオル、メノリ……久しぶり』

シャオメイの顔が画面に映るなり、メノリが堪らず怒りを吐き出した。

「久しぶり、じゃない!全く、勝手にいなくなって!どれだけ心配したと思ってるんだ!!」

『ご、ごめんなさいっ!!』

『まぁまぁ、メノリも落ち着いて。今はそれどころじゃないでしょ?』

「あ、あぁ……済まない。ついな」

『……ぷっ、あははは!』

『シャオメイ?』

突然笑い出すシャオメイに、カオルとメノリは勿論、画面の向こうの仲間達も怪訝な顔をしていた。

『ご、ごめん。何か嬉しくって……こっちに来てから、メノリみたく真剣に私を叱ってくれる人なんていなかったし。今みたいな、ソリア学園では当たり前だったやり取りが、すごく懐かしく感じちゃって』

「シャオメイ……」

シャオメイの苦痛が言葉と共に伝わってくる。

メノリは胸が苦しくなった。

そんなメノリとは対象的に、カオルは普段と変わらぬ様子で淡々とシャオメイに話しかける。

「またロカA2に戻れば、飽きるほど味わえる。さっさと決着をつけて、みんなで帰るぞ」

いや、淡々というのは語弊があるようだ。

カオルもシャオメイを救う為に自分の意志でここへ来たのだ。

無口な分、彼の発言には必ず重みがある。

『……うん!』

今のカオルの言葉にシャオメイは力強く頷いていた。

彼の一言にきっと勇気と希望を与えられたのだろう。

「全くお前は……」

電話を切ったカオルに対し、メノリが呆れた様に呟く。

「何だ?」

「いや、気にするな」

首を傾げるカオルに、メノリは口元を上げて首を横に振った。

カオルも気にする様子も無く、「そうか」とだけ答え、携帯の操作を始めた。

「ルナ達とこれから合流するぞ」

「分かった。ベル達の方はどうだ?」

「順調の様だ。データがちゃんと届いている」

カオルの携帯には、何件もの圧縮されたデータが送られてきていた。

「悪いが、ベル達へ合流の連絡をしてもらえないか?俺は今からコイツを全部頭に叩き込む。集中させてほしい」

「分かった、任せろ。だが……無理はしすぎるなよ?」

馬の耳に念仏だろうが、一応労りの言葉を掛ける。

カオルは何も答えなかったが、その口元がわずかに上がっている様にメノリには見えた。

つづく
10/12ページ
スキ