4期
ルナは不思議な夢を見た。
見覚えのあるリビング、ダイニング、キッチン──
ここは、ルナが幼き頃住んでいた家だ。
夢を見ているのだと自覚しているからだろうか、そこに自分がいる事に不思議と違和感は感じなかった。
ルナは懐かしむ様に家の中を散策する。
「ルナ」
声を掛けられ、そちらへ顔を向けたルナは目を見開いた。
呼びかけた人物はソファーに座り、開いた本を手に乗せながらルナへ優しく微笑みかける。
「お父さん……」
ルナは声を震わせ、ゆっくりと父の元へ歩み寄る。
「ルナ」
先程とは違う声がルナの名を呼ぶ。
その人物はキッチンに立ち、同じようにルナに微笑みかけていた。
「お母さん……」
「どうしたのルナ?ほら、ご飯の用意が出来たから座って」
料理の盛られた皿をテーブルに並べながら、母が柔らかい口調で話しかける。
「おっ!今日も美味しそうだなぁ」
父も読みかけの本を閉じると、テーブルの席へと歩み寄り、母へと話しかける。
「ふふっ、ありがと」
ごく自然に、そして楽しそうに2人は会話をする。
この光景が日常であるかの様に。
それは無意識の行動であった。
ルナは母へ歩み寄り、ギュッと抱きついた。
母の懐かしい香り。
夢であるはずなのに、現実であるかの様に錯覚してしまう。
「あらあら、ルナは大きくなっても甘えん坊さんね」
母は抱きつくルナを優しく受け止め、頭をそっと撫でた。
「お母さん……お父さん……」
「ん?なぁに?」
「何だい?」
「私ね……好きな人ができたの……」
ルナの言葉に両親は目を細めて頷いた。
「色々あったけど……その人もね、私の事……好きって言ってくれたの」
「そうか。良かったな、ルナ」
父の言葉に、ルナは「うん」と小さく頷く。
「私……これからずっと、その人と一緒に歩んで行きたいって思ってるの。お父さんとお母さんみたいな関係になれたらいいなって……。私もなれるかな……?」
ルナの質問に、両親は顔を見合わせ、小さく笑うと、ルナをギュッと抱きしめた。
「なれるさ。なんたって、ルナは母さんと父さんの子なんだからな」
父の力強い言葉に、ルナは嬉しそうに笑みをこぼした。
「ルナが選んだ人なんだ。きっと立派な青年なんだろう?」
「今度ぜひ会わせてね?いつでも歓迎するから」
両親からの祝福の言葉を受け、ルナは瞳を潤ませ、それでも笑顔で答えた。
「うん!かならず紹介するから……2人で会いに行くから……だから待ってて……!!」
ルナの言葉に安心した様に両親は微笑むと、視界が突然光に包まれた。
そして、ルナは現実の世界へと戻っていった。
ルナはゆっくりと瞼を上げた。
不思議と身体がふわふわする感覚に襲われる。
両親の声、香り、温もり……全てが鮮明に思い出せる程に、現実味を帯びた夢であった。
名残惜しさはあるものの、寂しさは特別感じられなかった。
夢の中で交わした約束が、新たなる一歩を踏もうとしている自分の背中を押してくれる。
(約束するよ。今度はカオルと一緒に会いに行くからね)
ルナは心の中で誓いを口ずさむと、小さく微笑みがら1階へと降りていった。
下へ降りると、イスに座りジュースを啜るチャコの姿があった。
「おはよう」
「おはようさん。思ったより早う起きてきたなぁ」
「うん。いい夢見たから、すごく寝覚めが良いの」
「ほぉ、そら良かったなぁ。あ、朝ご飯レンジで温めとるから自分で取り出しや」
ルナは「うん」と頷き、レンジから朝食を取り出すと席に着いた。
「いただきます」と手を合わせ、温かい朝食にありつくルナをチャコがジッと見つめる。
その視線に、ルナは首を傾げて尋ねた。
「どうしたの?」
「いや、なんちゅーか、幸せそうやなぁって思うてな。昨日までの悲壮感漂う雰囲気が嘘だったみたいや」
チャコの指摘に、ルナは恥ずかしそうに頬を染め、俯いた。
「もう……人が忘れようとしている過去を……」
「しかしまた、けったいな関係やなぁ。両想いやっちゅーのに、付き合わへんって」
年明けの真夜中、チャコは帰ってきたルナから大晦日の日の出来事を聞いた。
ベルに告白された事、その後カオルと会い、再び告白した事、カオルも同じ想いであった事。
わずか一晩で起きた展開の速さにチャコは驚くばかりであった。
それでもカオルと心が繋がった事を語るルナの幸せそうな表情を見るうちに、自然と顔を綻ばせていくのであった。
「いいの!今はこの関係で私は充分幸せなんだから!」
「まぁ、当人同士が納得しとるんやったら、ウチからは何も言う事あらへんのやけどな」
「そうそう、静かに見守ってて」
そう言ってルナは楽しげに笑った。
「ところで今日はどないするん?カオルと会うんか?」
付き合ってないにしろ、デートくらいはするのかもと、チャコなりに気を遣ったのだが、当のルナは少しだけ考える素振りを見せると、苦笑いをしながら意外な返答をした。
「んー……今日はチャコと一緒に過ごすわ」
「は?何でや?」
「大晦日はチャコを一人にしちゃったし……それに、カオルも家族と過ごす時間は必要だと思うから」
「……?」
ルナの意味深な言葉にチャコは首を傾げた。
チャコは聞き返そうと口を開くも、それを遮るかの様にルナは笑顔で「ね、朝ごはん食べたら初詣に行こう?」と促した。
(そこは触れん方がええっちゅーことか?)
ルナの行動から何かを悟り、チャコもそれ以上の追及をやめ、「ええで!」と元気よく返事を返すのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
真夜中の初詣を終えたルナとカオルは、神社を後にし、自宅までの帰路を歩いていた。
いつものようにルナを送るカオルの光景。
いつもと違うのは2人の手が固く繋がれていること。
どちら側から申し出た訳でもなく、自然と。
それこそ、寒々とした空気で冷え切った手を温め合うかの様に。
「ねぇ、カオル」
「何だ?」
「私達って今、他の人達からしたら、恋人同士に見えたりするのかな……?」
ふとルナがカオルに問いかける。
理由はあれど2人は正式に交際をしている訳ではない。
それでも、お互いの想いは通じ合い、今のこの瞬間がどうしようもなく至福に感じられる。
では『付き合う』とは、『恋人関係』とは何なのか?
お互いの想いが通じ合っていても付き合っていなければ、そのような関係とはかけ離れたものなのだろうか?
よくテレビや、クラスメイトとの会話から「あの人の彼女になりたい」や「あの人と付き合っている」などという言葉を耳にする事がある。
正直、ルナ自身もつい先日まで同様に考えていた。
そんなものは結局のところ、肩書きでしかないというのに。
「……不安か?」
「えっ?」
カオルからの意外な返答にルナは驚き、思わず聞き返してしまった。
「俺達の今の関係を、何らかの形で表現しないと……不安か?」
その言葉に、ルナはハッとする。
(そっか……不安だったんだ……。好きな人との関係を肩書きみたいに誇示したいのは……きっと安心したいからなんだ)
ルナなりの結論を導き出すと、不思議とホッとした様な感覚がルナを包み込んだ。
「……ううん。不安なんか無いよ?だって、カオルの気持ちが知れただけで、カオルとこうして触れ合ってるだけで、私はこんなにも満たされてるんだもの」
笑顔でそう答えるルナを見て、カオルは口元をわずかに上げ、優しく微笑んだ。
ルナがアパート前に到着したのは午前1時少し前頃であった。
2人は立ち止まり、別れを惜しむように見つめ合う。
「送ってくれてありがとう」
頬を赤く染めながら、ルナははにかんで礼を言った。
カオルも照れるように小さく微笑み「ああ」と小さく返答した。
「そうだカオル、明日……というか、今日なんだけど、カオルはどう過ごす?」
「どう……?」
思いついたように聞くルナの質問に、カオルは困惑の表情を見せた。
「うん。私は明日くらいはチャコと過ごそうって思ってるんだけど……カオルもアキラさんとガウディ教授と、家族で過ごすの?」
「……どうだろうな。俺自身、あの2人には随分冷たい態度をとってきたからな。今さら関係を修復しようとしても、溝が深すぎて埋まらないかもしれないしな……」
そう答え、カオルは苦笑いを浮かべた。
そんなカオルにの言葉に、ルナが小さく首を振る。
「そんな事ないわ。修復なんていつだって出来るのよ?だって、アキラさんも、ガウディ教授も、マスターだって、カオルの事を心から心配して、とても大切に思っているんだもの。カオルがアキラさん達と距離を取っていたのだって、私と同じ理由からなんでしょ?」
カオルは小さく頷いた。
「深く関わってしまったら……『家族』と認めてしまったら……俺の『呪い』が降りかかるかもしれない……それだけはどうしても避けたかったんだ……」
「でも、一歩を踏み出せた今のカオルなら大丈夫。あとはカオルの気持ち次第よ」
優しい口調で説くルナの言葉を受けとめ、カオルは自身の気持ちを整理しようと模索した。
「俺の気持ち……と言っても、どうしたらいいのか……」
「そうね……ちょうどお正月だし、初詣に誘ってみたら?」
ルナからの提案に、カオルは目を丸くする。
「誘う……?」
「そう、一緒にいるだけでいいから」
カオルはしばし考え、その提案に同意の意を示した。
「……分かった。やってみよう」
「うん!」
カオルを蝕むものが消え去った今、両者の間を隔てるものは何もない。
今度こそ、本当の家族の絆を結べると信じながら、ルナは笑顔で大きく頷いた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
1月1日の朝、ダイニングへと降りてきたカオルが2人に声をかける。
「レノ、アキラ」
レノックスとアキラは同時にカオルへ顔を向ける。
カオルから話しかけてくる事自体稀なことであるため、2人は少し驚いた様子でカオルの用件に耳を傾けていた。
「その……何だ……」
その視線が何だかやりづらく、カオルは顔を背け、自分の髪をかき上げながら言葉を続けた。
「……初詣に……行かないか?」
「えっ!?」
予想だにしない言葉に、アキラは思わず驚きの声をあげた。
レノックスも目を見開き、ジッとカオルを見つめている。
「い、嫌なら別に構わないが……」
その言葉に、アキラは過敏に反応し、慌てた様子で返事を出した。
「も、もちろんオッケーよ!!ね、レノ?」
アキラに同意を求められ、レノックスも首を縦に振る。
「ああ。だが、突然どうしたんだい?」
カオルに一体どのような心境の変化があったのかが気になり、レノックスは思い切ってカオルに問いかけた。
「……別に、たまには『家族』で過ごすのも悪くない……と思っただけだ」
自分で吐いた言葉が、急に気恥ずかしくなったのか、カオルは2人に背を向けると「じ、じゃあ……準備が出来たら呼べ」と言い残し、自室へと戻って行った。
再びレノックスとアキラだけになったダイニングに静寂が広がる。
その静寂を破ったのは、アキラの震えた声であった。
「レノ……」
レノックスがアキラへ顔を向ける。
アキラは両手で口元を抑えながら、瞳に溢れんばかりの涙を溜め、カオルが先程まで立っていた場所を見つめていた。
「カオルが…………カオルがっ…………!今……私達のこと……『家族』って……!」
「ああ……!」
その場に崩れる様に座り込むアキラの肩に、レノックスは優しく肩を置いた。
カオルを変える事が出来る人物など、レノックスの知り得る中ではたった1人しか思い当たらない。
そして、その人物の成果である、という確証も不思議とあった。
太陽の様な笑顔と髪色を持つ、月の名を授かりし少女の姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。
(あのカオルの深い闇を、呪いを振り払ったというのか!?なんという子だ……!)
レノックスから自然と笑みがこぼれる。
たった一言であるが、カオルから出た『家族』という言葉を聞けただけで、レノックスとアキラは全てが報われた様に感じたのであった。
初詣へ行く為の着替えを済ませたルナは、机の上に置いてある箱に目を向ける。
クリスマス・イヴにカオルから貰ったオルゴールである。
それをそっと手に持ち、ぜんまいを優しく回すと、綺麗な音色を立て、ルナの大好きな曲を奏で始めた。
オルゴールを耳元へそっと近づけ、その音色を堪能しようとそっと瞼を閉じる。
『ルナ』
ふと、母の声が聞こえたような気がした。
(お母……さん?)
ルナは意識を集中させる。
それが例え夢であろうと、ルナにとっては、大切な母の言葉なのだ。
聞き逃す様な事はしたくない。
その思いに応えるかのように、再びルナへ呼び掛ける声が聞こえてきた。
『ルナ……あなた自身の幸せをどうか大切にしてね?』
その言葉を最後に、母の声は聞こえなくなった。
しかし、そんな母の最後の言葉を心に深く刻み、ルナは耳元からオルゴールを離すと、机の上にそっと置いた。
(お母さん……お父さん……私、今すごく幸せだよ。だから安心して?)
「ルナー!そろそろ行くでー!準備の方はええかー!?」
「うん!今行くわー!」
下の階から聞こえるチャコの声にルナは大きな声で返答をすると、エレベーターで下へと降りて行った。
見覚えのあるリビング、ダイニング、キッチン──
ここは、ルナが幼き頃住んでいた家だ。
夢を見ているのだと自覚しているからだろうか、そこに自分がいる事に不思議と違和感は感じなかった。
ルナは懐かしむ様に家の中を散策する。
「ルナ」
声を掛けられ、そちらへ顔を向けたルナは目を見開いた。
呼びかけた人物はソファーに座り、開いた本を手に乗せながらルナへ優しく微笑みかける。
「お父さん……」
ルナは声を震わせ、ゆっくりと父の元へ歩み寄る。
「ルナ」
先程とは違う声がルナの名を呼ぶ。
その人物はキッチンに立ち、同じようにルナに微笑みかけていた。
「お母さん……」
「どうしたのルナ?ほら、ご飯の用意が出来たから座って」
料理の盛られた皿をテーブルに並べながら、母が柔らかい口調で話しかける。
「おっ!今日も美味しそうだなぁ」
父も読みかけの本を閉じると、テーブルの席へと歩み寄り、母へと話しかける。
「ふふっ、ありがと」
ごく自然に、そして楽しそうに2人は会話をする。
この光景が日常であるかの様に。
それは無意識の行動であった。
ルナは母へ歩み寄り、ギュッと抱きついた。
母の懐かしい香り。
夢であるはずなのに、現実であるかの様に錯覚してしまう。
「あらあら、ルナは大きくなっても甘えん坊さんね」
母は抱きつくルナを優しく受け止め、頭をそっと撫でた。
「お母さん……お父さん……」
「ん?なぁに?」
「何だい?」
「私ね……好きな人ができたの……」
ルナの言葉に両親は目を細めて頷いた。
「色々あったけど……その人もね、私の事……好きって言ってくれたの」
「そうか。良かったな、ルナ」
父の言葉に、ルナは「うん」と小さく頷く。
「私……これからずっと、その人と一緒に歩んで行きたいって思ってるの。お父さんとお母さんみたいな関係になれたらいいなって……。私もなれるかな……?」
ルナの質問に、両親は顔を見合わせ、小さく笑うと、ルナをギュッと抱きしめた。
「なれるさ。なんたって、ルナは母さんと父さんの子なんだからな」
父の力強い言葉に、ルナは嬉しそうに笑みをこぼした。
「ルナが選んだ人なんだ。きっと立派な青年なんだろう?」
「今度ぜひ会わせてね?いつでも歓迎するから」
両親からの祝福の言葉を受け、ルナは瞳を潤ませ、それでも笑顔で答えた。
「うん!かならず紹介するから……2人で会いに行くから……だから待ってて……!!」
ルナの言葉に安心した様に両親は微笑むと、視界が突然光に包まれた。
そして、ルナは現実の世界へと戻っていった。
第 1 話 『Re:start』
ルナはゆっくりと瞼を上げた。
不思議と身体がふわふわする感覚に襲われる。
両親の声、香り、温もり……全てが鮮明に思い出せる程に、現実味を帯びた夢であった。
名残惜しさはあるものの、寂しさは特別感じられなかった。
夢の中で交わした約束が、新たなる一歩を踏もうとしている自分の背中を押してくれる。
(約束するよ。今度はカオルと一緒に会いに行くからね)
ルナは心の中で誓いを口ずさむと、小さく微笑みがら1階へと降りていった。
下へ降りると、イスに座りジュースを啜るチャコの姿があった。
「おはよう」
「おはようさん。思ったより早う起きてきたなぁ」
「うん。いい夢見たから、すごく寝覚めが良いの」
「ほぉ、そら良かったなぁ。あ、朝ご飯レンジで温めとるから自分で取り出しや」
ルナは「うん」と頷き、レンジから朝食を取り出すと席に着いた。
「いただきます」と手を合わせ、温かい朝食にありつくルナをチャコがジッと見つめる。
その視線に、ルナは首を傾げて尋ねた。
「どうしたの?」
「いや、なんちゅーか、幸せそうやなぁって思うてな。昨日までの悲壮感漂う雰囲気が嘘だったみたいや」
チャコの指摘に、ルナは恥ずかしそうに頬を染め、俯いた。
「もう……人が忘れようとしている過去を……」
「しかしまた、けったいな関係やなぁ。両想いやっちゅーのに、付き合わへんって」
年明けの真夜中、チャコは帰ってきたルナから大晦日の日の出来事を聞いた。
ベルに告白された事、その後カオルと会い、再び告白した事、カオルも同じ想いであった事。
わずか一晩で起きた展開の速さにチャコは驚くばかりであった。
それでもカオルと心が繋がった事を語るルナの幸せそうな表情を見るうちに、自然と顔を綻ばせていくのであった。
「いいの!今はこの関係で私は充分幸せなんだから!」
「まぁ、当人同士が納得しとるんやったら、ウチからは何も言う事あらへんのやけどな」
「そうそう、静かに見守ってて」
そう言ってルナは楽しげに笑った。
「ところで今日はどないするん?カオルと会うんか?」
付き合ってないにしろ、デートくらいはするのかもと、チャコなりに気を遣ったのだが、当のルナは少しだけ考える素振りを見せると、苦笑いをしながら意外な返答をした。
「んー……今日はチャコと一緒に過ごすわ」
「は?何でや?」
「大晦日はチャコを一人にしちゃったし……それに、カオルも家族と過ごす時間は必要だと思うから」
「……?」
ルナの意味深な言葉にチャコは首を傾げた。
チャコは聞き返そうと口を開くも、それを遮るかの様にルナは笑顔で「ね、朝ごはん食べたら初詣に行こう?」と促した。
(そこは触れん方がええっちゅーことか?)
ルナの行動から何かを悟り、チャコもそれ以上の追及をやめ、「ええで!」と元気よく返事を返すのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
真夜中の初詣を終えたルナとカオルは、神社を後にし、自宅までの帰路を歩いていた。
いつものようにルナを送るカオルの光景。
いつもと違うのは2人の手が固く繋がれていること。
どちら側から申し出た訳でもなく、自然と。
それこそ、寒々とした空気で冷え切った手を温め合うかの様に。
「ねぇ、カオル」
「何だ?」
「私達って今、他の人達からしたら、恋人同士に見えたりするのかな……?」
ふとルナがカオルに問いかける。
理由はあれど2人は正式に交際をしている訳ではない。
それでも、お互いの想いは通じ合い、今のこの瞬間がどうしようもなく至福に感じられる。
では『付き合う』とは、『恋人関係』とは何なのか?
お互いの想いが通じ合っていても付き合っていなければ、そのような関係とはかけ離れたものなのだろうか?
よくテレビや、クラスメイトとの会話から「あの人の彼女になりたい」や「あの人と付き合っている」などという言葉を耳にする事がある。
正直、ルナ自身もつい先日まで同様に考えていた。
そんなものは結局のところ、肩書きでしかないというのに。
「……不安か?」
「えっ?」
カオルからの意外な返答にルナは驚き、思わず聞き返してしまった。
「俺達の今の関係を、何らかの形で表現しないと……不安か?」
その言葉に、ルナはハッとする。
(そっか……不安だったんだ……。好きな人との関係を肩書きみたいに誇示したいのは……きっと安心したいからなんだ)
ルナなりの結論を導き出すと、不思議とホッとした様な感覚がルナを包み込んだ。
「……ううん。不安なんか無いよ?だって、カオルの気持ちが知れただけで、カオルとこうして触れ合ってるだけで、私はこんなにも満たされてるんだもの」
笑顔でそう答えるルナを見て、カオルは口元をわずかに上げ、優しく微笑んだ。
ルナがアパート前に到着したのは午前1時少し前頃であった。
2人は立ち止まり、別れを惜しむように見つめ合う。
「送ってくれてありがとう」
頬を赤く染めながら、ルナははにかんで礼を言った。
カオルも照れるように小さく微笑み「ああ」と小さく返答した。
「そうだカオル、明日……というか、今日なんだけど、カオルはどう過ごす?」
「どう……?」
思いついたように聞くルナの質問に、カオルは困惑の表情を見せた。
「うん。私は明日くらいはチャコと過ごそうって思ってるんだけど……カオルもアキラさんとガウディ教授と、家族で過ごすの?」
「……どうだろうな。俺自身、あの2人には随分冷たい態度をとってきたからな。今さら関係を修復しようとしても、溝が深すぎて埋まらないかもしれないしな……」
そう答え、カオルは苦笑いを浮かべた。
そんなカオルにの言葉に、ルナが小さく首を振る。
「そんな事ないわ。修復なんていつだって出来るのよ?だって、アキラさんも、ガウディ教授も、マスターだって、カオルの事を心から心配して、とても大切に思っているんだもの。カオルがアキラさん達と距離を取っていたのだって、私と同じ理由からなんでしょ?」
カオルは小さく頷いた。
「深く関わってしまったら……『家族』と認めてしまったら……俺の『呪い』が降りかかるかもしれない……それだけはどうしても避けたかったんだ……」
「でも、一歩を踏み出せた今のカオルなら大丈夫。あとはカオルの気持ち次第よ」
優しい口調で説くルナの言葉を受けとめ、カオルは自身の気持ちを整理しようと模索した。
「俺の気持ち……と言っても、どうしたらいいのか……」
「そうね……ちょうどお正月だし、初詣に誘ってみたら?」
ルナからの提案に、カオルは目を丸くする。
「誘う……?」
「そう、一緒にいるだけでいいから」
カオルはしばし考え、その提案に同意の意を示した。
「……分かった。やってみよう」
「うん!」
カオルを蝕むものが消え去った今、両者の間を隔てるものは何もない。
今度こそ、本当の家族の絆を結べると信じながら、ルナは笑顔で大きく頷いた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
1月1日の朝、ダイニングへと降りてきたカオルが2人に声をかける。
「レノ、アキラ」
レノックスとアキラは同時にカオルへ顔を向ける。
カオルから話しかけてくる事自体稀なことであるため、2人は少し驚いた様子でカオルの用件に耳を傾けていた。
「その……何だ……」
その視線が何だかやりづらく、カオルは顔を背け、自分の髪をかき上げながら言葉を続けた。
「……初詣に……行かないか?」
「えっ!?」
予想だにしない言葉に、アキラは思わず驚きの声をあげた。
レノックスも目を見開き、ジッとカオルを見つめている。
「い、嫌なら別に構わないが……」
その言葉に、アキラは過敏に反応し、慌てた様子で返事を出した。
「も、もちろんオッケーよ!!ね、レノ?」
アキラに同意を求められ、レノックスも首を縦に振る。
「ああ。だが、突然どうしたんだい?」
カオルに一体どのような心境の変化があったのかが気になり、レノックスは思い切ってカオルに問いかけた。
「……別に、たまには『家族』で過ごすのも悪くない……と思っただけだ」
自分で吐いた言葉が、急に気恥ずかしくなったのか、カオルは2人に背を向けると「じ、じゃあ……準備が出来たら呼べ」と言い残し、自室へと戻って行った。
再びレノックスとアキラだけになったダイニングに静寂が広がる。
その静寂を破ったのは、アキラの震えた声であった。
「レノ……」
レノックスがアキラへ顔を向ける。
アキラは両手で口元を抑えながら、瞳に溢れんばかりの涙を溜め、カオルが先程まで立っていた場所を見つめていた。
「カオルが…………カオルがっ…………!今……私達のこと……『家族』って……!」
「ああ……!」
その場に崩れる様に座り込むアキラの肩に、レノックスは優しく肩を置いた。
カオルを変える事が出来る人物など、レノックスの知り得る中ではたった1人しか思い当たらない。
そして、その人物の成果である、という確証も不思議とあった。
太陽の様な笑顔と髪色を持つ、月の名を授かりし少女の姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。
(あのカオルの深い闇を、呪いを振り払ったというのか!?なんという子だ……!)
レノックスから自然と笑みがこぼれる。
たった一言であるが、カオルから出た『家族』という言葉を聞けただけで、レノックスとアキラは全てが報われた様に感じたのであった。
初詣へ行く為の着替えを済ませたルナは、机の上に置いてある箱に目を向ける。
クリスマス・イヴにカオルから貰ったオルゴールである。
それをそっと手に持ち、ぜんまいを優しく回すと、綺麗な音色を立て、ルナの大好きな曲を奏で始めた。
オルゴールを耳元へそっと近づけ、その音色を堪能しようとそっと瞼を閉じる。
『ルナ』
ふと、母の声が聞こえたような気がした。
(お母……さん?)
ルナは意識を集中させる。
それが例え夢であろうと、ルナにとっては、大切な母の言葉なのだ。
聞き逃す様な事はしたくない。
その思いに応えるかのように、再びルナへ呼び掛ける声が聞こえてきた。
『ルナ……あなた自身の幸せをどうか大切にしてね?』
その言葉を最後に、母の声は聞こえなくなった。
しかし、そんな母の最後の言葉を心に深く刻み、ルナは耳元からオルゴールを離すと、机の上にそっと置いた。
(お母さん……お父さん……私、今すごく幸せだよ。だから安心して?)
「ルナー!そろそろ行くでー!準備の方はええかー!?」
「うん!今行くわー!」
下の階から聞こえるチャコの声にルナは大きな声で返答をすると、エレベーターで下へと降りて行った。
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