このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

3期

11月半ば、本日の外気温は摂氏10℃。

そんな吐く息も白くなる寒空の下、ソリア学園は熱気に満ちた賑わいを見せていた。

通常であれば登校時間を知らせる予鈴で閉まるゲートが、今日から2日間は終日開放され、入場開始と同時に来場者が学園内へと流れ込んでくる。

「いよいよ始まったぞ」

教室の窓から外の様子を窺いながら、メノリはクラスメイトらに状況を伝達した。

「う~……緊張してきたよぉ……」

そうポツリと洩らした女子を筆頭に、他の皆へも緊張の色が伝播していく。

「はーい、肩の力抜いてー」

突拍子も無くそう言いながら、ルナは緊張している少女の肩を揉み始めた。

「ひゃっ!?な、何っ!?」

突然のルナの行動に驚き、少女は小さな悲鳴をあげた。

「緊張するなとは言わないけど、せっかくの学園祭なんだから楽しまないと。ね?」

そう答え、ルナはいつもの笑顔を皆へ向けた。

その微笑みに癒されるかの様に、先程まであった緊張した空気が少しだけ和らぐ。

そんな光景を見て、メノリは小さく口元を上げた。

(さすがというべきか……恐らく私では、みんなの緊張をほぐす事など出来なかっただろうな……)

かつてはメノリ自身さえも羨んだ、ルナが持つ天性の素質──リーダーに必要となる、自然と人を惹き付ける力。

今ではこれほど頼もしく感じられるものはない。

そこまで考えると、メノリは「ちょっといいか?」と皆に声を掛けた。

「私がいない間、皆を統率するリーダーが必要だろう。そこでなんだが……ルナ、お前がやってくれないだろうか?」

「えっ!?わ、私っ!?」

突然の推薦を受け、ルナは目を丸くした。

「ルナなら異論無いわ!」

メノリの提案に即、賛同の言葉を返したのはシャアラであった。

「俺も~!」

「私も~!」

それに便乗するように他の生徒達も次々と同意の声をあげる。

「ルナだから安心して任せられるんだ。引き受けてくれないか?」

メノリから出た信頼の言葉。

ここまで言われて断れるはずがない。

「……分かったわ!」

再び就くリーダーとしての責任感を背負い、ルナは強く頷いた。

それを確認し、メノリも口元を上げて頷いた。

「では、私はそろそろ生徒会の仕事へ向かう。午後からはこっちの手伝いに来れると思うからそれまで頼んだぞ?」

「うん!メノリも頑張って!」

「ああ」

お互い檄を飛ばし合うと、メノリは教室を出て行った。

「それじゃあ……お客さんが来る前に、リーダー代理から一言もらおっか!」

「え!?ちょ、ちょっとシンゴ!?」

悪戯っぽく笑いながら言い放ったシンゴの提案に、ルナが慌てる。

さらに追い討ちをかけるかの様に、周りからは「早くー」と急かす声が上がる。

避けられそうに無いこの状況に、ルナは諦めた様な深い溜息をついた。

そして意を決した様に言葉を紡いだ。

「えーと……立派な事は言えないけど、私が言いたいのは1つだけ。今日から2日間、存分に楽しみましょう!!」

そこまで話すと、ルナは自分の手を前に差し出した。

その行動の意図を理解した者達が次々とルナの手の上に自分の手を重ねていった。

全員の手が重なったのを確認すると、ルナは「これはメノリとハワードの分」と言って、もう片方の手を一番上に置いた。

ルナは息をすぅーっと吸い込むと、そのエネルギーを吐き出すかの様に、自分の持てる最大級の大声で叫んだ。

「ソリア学祭、最高に盛り上げるわよ!!」

「「おぉー!!!」」



第 8 話 『学園祭(前編)』



ソリア学園の三大行事、最後の1つとなる『ソリア学祭』。

それは、ロカA2に存在する学校の中でも、圧倒的な来場者数を誇る。

理由はいくつかあるだろうが、最も大きな理由をあげるならば、ソリア学園が宇宙屈指の名門校である、という点であろう。

普段であれば、学園関係者のみが入る事を許される学園内に、この時だけは一般の者も足を踏み入れる事を許される。

学園内部を一度は見てみたい、という思いが、この驚異的な来場者数に現れているのだろう。


昼時を迎えると、客足は自然と飲食を販売している模擬店へと移っていき、各店の前には行列ができ始めていた。

「すごい人ねぇ~」

「ホント……気を抜いたらあっという間にはぐれちゃいそう」

ゲートからまっすぐエントランスへ延びた道に沿って立ち並ぶ模擬店。

そこを往来する人を避けながら、カトレアとアキラは校舎を目指して歩いていた。

「でも、こうしてカトレアと学校の中を歩いてると、何だか学生時代を思い出すなぁ」

楽しげに通り過ぎる学生達に見送りながら、アキラが感慨深い表情を浮かべる。

「ふふっ、懐かしいわね。あの頃は何をするにもいつも3人一緒だったっけ」

思い出を振り返り、カトレアは楽しそうにクスクスと小さく笑った。

そんなカトレアの反応を見つめ、アキラの表情が曇る。

「カトレア……ゴメンね」

アキラの口から出た突然の謝罪の言葉。

その返答の代わりに、カトレアは呆れたような小さな溜息を吐いた。

「『その事』については謝るの禁止っていう約束だったでしょ?」

「でも……」

「もう……結局ずっと引きずってるのはアキちゃんの方じゃない」

「……ごめんなさい」

「ほら、また謝った。それ、アキちゃんの悪い癖だぞ?」

カトレアは苦笑いを浮かべ、指で軽くアキラの額を小突いた。

「いつまでもそんな暗い顔しないの!ほら、笑顔笑顔!」

いつもと変わらぬ明るく前向きなカトレアに励まされ、アキラの表情にも自然と笑顔が戻る。

「よし!じゃあカオル君とルナちゃんに会いに行きましょ!」

「ええ!」

カトレアの言葉にアキラは大きく頷き、2人は校舎内へと入って行った。

「あら?」

校内の出し物を楽しみつつ、ルナ達のいる教室を探している最中、カトレアは廊下を歩く見覚えのある背中を見つけ、思わず声を洩らした。

相手は気付いていないようで、物珍しそうに周囲を見回している。

カトレアの中にちょっとした悪戯心が芽生えたのか、その背中にそっと近づき、その小さな体を持ち上げた。

「な、何や!?」

突然の事で状況が把握出来ず、ピンク色のネコ型ロボット──チャコは狼狽えた。

想定通りの反応にカトレアは満足そうな笑みを浮かべ、チャコをそのまま肩車した。

「チャーコ!久しぶりー!」

「あ?……何や、カトレアやないか。驚かさんといてぇな。心臓に悪いわ」

「ふふっ、ごめんねぇ」

肩の上で不平を言うチャコに、カトレアは悪びれた様子もなく笑顔で謝った。

「ま、ええわ。こうして会うたのも何かの縁や。どや?一緒に回らへんか?」

「もちろんOKよ。ね?」

チャコの提案にカトレアは二つ返事で頷き、隣にいるアキラに同意を求めた。

「ええ。その方が賑やかで楽しそうだもの」

アキラも笑顔で頷く。

「よっしゃ、ほな行こか」

先導を仕切るチャコを肩に乗せ、カトレアとアキラは再び歩き始めた。


校内を順々に回り、3階へ辿り着いた2人と1匹は、目に飛び込んできた光景に唖然とした。

「な……何や、この行列は!?」

「あの教室……確かルナちゃんが出し物やるって言ってた教室ね」

教室の入り口から廊下に並ぶ長蛇の列。

まるでテーマパークの人気アトラクションを待つかの様である。

「とりあえず、並ぶ?」

「……せやな」

アキラの問い掛けにチャコは頷き、一行は列の最後尾へと着いた。

並んで塵番を待っている間、チャコが2人に話を振る。

「ところで、2人はルナのクラスが何の出し物やるかっちゅーのは聞いとるか?」

「いいえ、特には」

カトレアは首を横に振ると、隣に立つアキラに「ね?」と同意を求めた。

アキラもその言葉にコクリと頷く。

「ウチもや。ルナに何べん聞いても、『当日に来てみてのお楽しみ』って言うだけや」

そう不平を言うチャコの顔は、面白くない、とでもいう様に不満気であった。

「ふふっ、でもこれだけ行列になってるんだもの。きっと素敵な……」

カトレアがそこまで言い掛けた所で、前後に並ぶ客や教室から出てきた客の会話が耳に飛び込んできた。


「──で、ルナがマジで可愛いんだって!俺なんか並ぶのこれで2回目だし」

「あ~、早く見てぇなぁ。順番まだかよぉ?」


「あ~ん、もうカオル超カッコ良かった!」

「うんうん!後でまた絶対来よう!」


「…………」

「…………」

「きっと素敵な……何やって?」

「う~……チャコのイジワル~」

皮肉の込もったチャコの言葉に、カトレアは拗ねた様に口を尖らせた。

そんな2人のやり取りを、アキラはクスクスと楽しげに見つめていた。


しばらく待つと、ようやくチャコ達は列の最前へと出た。

教室の扉には看板が掲げられている。

Demon's Cafeデモンズカフェ……?何やお化け屋敷みたいなもんか?」

店名然り、教室側の壁の装飾然り、その様な雰囲気を漂わせている。

「カフェって付いてるからそのままの意味で捉えていいんじゃない?」

「そうね。それに、お化けの装飾って言っても、ポップな感じで怖さは感じられないし。どらかと言うと、ハロウィンに近い気がするわ」

アキラの指摘通り、どちらかというと、恐がらせる様な印象は受けない。

むしろ可愛らしいデザインのように感じられる。

中の様子は、入り口には暗幕が垂れ下がり、窺う事が出来ない。

「次にお待ちのお客様、どうぞ」

そうこうしているうちに、中から招き入れる声が聞こえた。

「ま、入ってみれば分かる事やな」

百聞は一見にしかず。

チャコ達は暗幕を潜り、中へと入っていった。


教室内には、いくつかテーブルとイスが並べられ、確かにカフェそのものであった。

しかし、本来のカフェとは決定的に違う点がある。

全て窓はシャッターが下ろされ室内は薄暗い。

光源となっているのは、卓上に置かれたアロマキャンドル。

手作りらしい小さなジャック・オ・ランタンの中で灯火が輝き、幻想的な雰囲気を漂わせる。

不思議と恐怖を与えるようなものは感じられない。


「ようこそ、デモンズカフェへ 」

チャコの前に現われた1人の少年。

その見知った顔に、チャコが声を掛ける。

「お、シンゴやないか。何やねん、その格好?」

シンゴは黒いマントを羽織り、頭にはカボチャのお化けをモチーフにした帽子を被っていた。

まさにハロウィンの仮装そのものであった。

「ぼ……私は当店の給仕人、ジャック・オ・ランタンです!シンゴではありません!」

シンゴ……もとい、ジャック・オ・ランタンがツンとした態度でチャコに言い返す。

(ほぉ?ここでは役に撤する様にしとるんか。おもろいやんけ……!)

そんな事を考え、チャコが「くっくっく」と楽しそうに笑った。

「ほな席まで案内頼むで、カボチャのウェイターはん」

「こちらへどうぞ」

チャコ達はシンゴに案内され、空いている席へ着席した。

「では、ご注文がお決まりになりましたら、テーブルの上にありますベルを鳴らして給仕人を呼んでください」

シンゴは卓上にメニューを置き、一礼をすると、その場から立ち去った。

「訂正するわ。これなら単に特定の店員だけが目当てっちゅー訳や無さそうやな」

ルナやカオル目的で行列が出来ているのでは?とチャコは勘繰っていたが、実際に体験してみるとそれ以上に面白い要素が詰まっている事に気付き、認識を改めたようだ。

「ふふっ、私こういうの好きよ。わくわくするわ」

カトレアがきゃらきゃらと楽しそうに笑う。

「とりあえず注文しましょうか」

アキラに促され、それぞれがメニューを見て注文の品を決める。

「ウチ、オレンジジュースや」

「私はホットミルクティーとクッキーにするわ」

「じゃあ私もカトレアと同じので」

チャコが卓上のベルを鳴らすと、1人の給仕が近寄って来た。

その人物へ視線を向けたチャコは唖然とし、カトレアとアキラは「可愛い!」と嬉々とした声をあげた。

注文を受けに来た給仕はルナ。

チャコが唖然としてしまったのは、ルナの衣装に原因があった。

ルナが着用しているのは、黒のシャツワンピース。

それは別に良い。

問題なのはその衣装に付属しているものである。

背中にはコウモリの様な羽が、スカートには先端の尖った尻尾が縫い付けられ、頭に付けているカチューシャには牛の様な角が取り付けられている。

その風貌は小悪魔を漂わせる衣装であった。

(これ、風紀的に問題ないんか?よくメノリがOKしよったな)

それがチャコのルナに対する印象であった。

「いらっしゃいませ。私は当店で給仕人をしておりますサキュバスと申します。ご注文をどうぞ」

ルナがいつもの笑顔で接客をする。

「これは確かに男子を虜にしちゃう訳ね。さすがサキュバスだわ♪」

「へ……?」

カトレアの言葉の意味が分からず、ルナはキョトンとして首を傾げた。

(ルナは多分サキュバスがどういう類の悪魔なんか意味も分かっとらんでやっとるんやろうな……ま、面白そうやし、今後イジるネタとして今は温めておくわ)

そんな計画を密かに考え、チャコが「ひっひっひ」と怪しげな笑いをする。

その笑い声を聞き、何故か背筋に悪寒を感じたルナであった。


注文したメニューを持ってきたのはシャアラであった。

どうやら、1つのテーブルに同じ店員が何度も対応しないようにしている様だ。

「当店の給仕人をしています、フェアリーといいます。お待たせしました。オレンジジュースと、ホットミルクティー2つ、クッキー2つです」

シャアラは背中に蝶の様な羽、頭には触角の付いたカチューシャを付けていた。

「ほぉ、シャアラは妖精なんやな。イメージにピッタリや。似合っとるで」

チャコに誉められ、シャアラは頬を赤く染めて、「ありがとう……ございます」と恥ずかしそうに礼を言うと、そそくさとその場を後にした。

その様子を、チャコは微笑ましく眺めていた。

「あの子がルナの親友のシャアラや。とってもええ子なんやで」

「ふふっ、チャコったらルナちゃんのお母さんみたいね?」

アキラがクスクスと小さく笑った。

「そら、ウチはルナの親代わりみたいなもんやからな。それでもやっぱり本当の親にはなれへんて思う事はあんねん」

そこまで話すと、チャコの表情が少し暗くなる。

「ルナな、いまだにおとーちゃんを事故で亡くした時の事が夢に出てしもうて、泣いとんねん。ウチがどんなに親の代わりになろうと、その傷を癒す事はきっと出来ひんやろうな」

「チャコ……」

カトレアが俯くチャコを切なそうに見つめる。

そして、同時にアキラの方にも視線を移した。

アキラもまた、少しだけ顔を俯かせていた。

(アキちゃん……)

アキラの心中を察するカトレアは、哀しげに彼女を見つめた。

「あかん!何や辛気臭くなってしもうた!気分転換にもう一杯注文するで!」

急にテンションを切り替え、チャコが卓上のベルを鳴らす。

そこへやって来た人物に、チャコはまた唖然とした。

次にやって来たのはベル。

マントを羽織り、付け八重歯を装着している為か、牙が口から見えている。

さらに頬辺りには、何やら紋章の様な模様がペインティングされている。

風貌だけ見れば、かなり厳かである。

(子供が見たら泣くんとちゃうか?)

本人が優しい人物である事を知っているだけに、何だか複雑な思いのチャコであった。

「当店の経営者オーナーをしておりますサタンです。ご注文でしょうか?」

「随分とまた、腰の低いサタンやな。オレンジジュースもう一杯頼むわ。てか、経営者が注文受けるんか?」

「当店は肩書きは関係ありませんので」

チャコの質問にベルはいつもの笑顔で答えた。

「まぁ!良い心がけね!お姉さん感心しちゃった♪」

カトレアがわざとらしくベルの手をギュッと握った。

突然の行動にベルは顔を赤らめ、「し、失礼します!」と言って慌てて立ち去っていった。

「ふふっ、紅くしちゃって、可愛い魔王様ね♪」

「年頃の青少年をあんまりからかうもんやないで?」

さすがのチャコもベルを可哀想に感じたのか、珍しくカトレアに注意を促した。

「ごめんねぇ」

「カトレア……」

明らかに楽しんでいるカトレアを見て、アキラは呆れた様に小さい溜息をついた。


チャコの注文したオレンジジュースを持ってきたのは、現在ここにいる仲間の最後の1人、カオルであった。

紺色のマントに赤い紐タイ、女性を虜にする吸血鬼がそこに立っていた。

「……当店の支配人マネージャーをしておりますヴァンパイアです。お待たせしました。ご注文は以上でしょうか」

目の前にいる客に、あからさまに嫌そうな表情を向け、言葉もほとんど棒読みで接客するカオルに、カトレアが茶々を入れる。

「そんな接客じゃダメだぞ☆もっと愛想良くサービス精神を持って接しなきゃ」

「……ご注文は以上でしょうか?」

カオルが眉間に皺を寄せ、再度同じ言葉を述べる。

一方のカトレアはまるで聞いていない様子で話を続けていた。

「もぉ、サービスの仕方が分からないの?私が教えてあげよっか?」

「…………ご注文は以上でしょうか?」

カオルの眉がピクピクと動いている事にチャコとアキラが気が付き、思わず固まる。

「そぉねぇ、ヴァンパイアならではのサービスをしてもらおうかしら?」

そう言ってカトレアは後ろ髪をかき上げて、色っぽいポーズで首筋をカオルへと見せつけた。

「さぁ、私の血を吸って?♡」

ブチン!!

その発言に、カオルの怒りが限界を越える。

「……そんなに血を抜かれたいんでしたら、今すぐ献血場に連れていきましょうか、お客様?」

カオルから流れるドス黒いオーラを感じ取り、カトレアはビクッと体を震わせた。

「い、いやねぇ!じょ、冗談よ!」

「……サービス精神が必要なんでしょう?」

カオルがカトレアの手首を掴む。

「ご、ごめんなさぁい!」

騒がしいテーブルへ周りの客も注目していた。

「ル、ルナ!あ、あれ止めた方がいいんじゃない!?」

「そ、そうね……」

シャアラに促され、ルナも頷く。

しかし、カトレアの自業自得なだけに、どう止めればいいのか分からないのだか。

とりあえずルナは2人の元へ駆け寄り、仲介に入った。

「まぁまぁ、抑えてカオル。マスターの冗談はいつもの事じゃない」

「だからこそだ。毎度それを受ける身にもなってみろ。いい加減、粛正する必要がある」

「うっ……」

至極もっともな返答をされ、ルナは二の句が継げなくなった。

「しゃあないなぁ。ルナ、ちょっとええか」

状況を見兼ねたチャコが重い腰をあげ、ルナを手招く。

「カオルの怒りを沈める方法を伝授したるわ」

チャコの言葉に興味を示し、ルナは耳をチャコの口元に近付けた。

囁くチャコの言葉を聞き、ルナの顔がみるみるうちに紅くなる。

「な……なっ……なぁっ……!?」

何を言われたのか、ルナは真っ赤な顔で口をパクパクさせた。

「そ、それ!火に油じゃないの!」

「そんな事あらへん。絶対に効果あるはずや」

「…………本当に?からかってない?」

「ホンマやて」

「…………分かったわ」

やけに自信満々なチャコに言いくるめられ、ルナはしぶしぶ了承し、カオルへゆっくりと近づいた。

カオルはカトレアの手首を掴み、教室から引っ張りだそうとしている所であった。

本気で献血場へ連れていこうとしていたのだろうか?

「カオル!」

名前を呼ばれ、カオルはルナへ顔を向けた。

カオルはかなり不機嫌オーラ全開の表情である。

今のカオルなら、どんな不良も一睨みで逃げていくに違いない。

「何だ?」

「えっと……ね」

ルナはチラッとこの作戦を伝授したチャコへ目を向けた。

チャコはテーブルに着き、「行け!」という仕草をしている。

ルナは「はぁー」と諦めた様な溜息をつき、意を決してカオルの耳元に顔を近づけ、何かを囁いた。

その瞬間、カトレアの手首を掴むカオルの手が緩み、カトレアは解放された。

カトレアは涙目になりながらアキラの元へ駆け寄り、「助かったぁ~」と言って抱きついた。

アキラは「自業自得でしょ」と叱責しながらも、その手はカトレアを慰めるように彼女の頭を撫でていた。

一方のカオルは、真っ白な灰になったように固まり、その場に立ち尽くしてしまった。

「え!?あれ!?か、カオル!?」

動かないカオルを心配し、ルナが声を掛ける。

その後ろでは、チャコがテーブルをバンバンと叩き、苦しそうに大笑いしていた。

「チャコ、ルナちゃんに一体何を言わせたの?」

「別に対した事は言うてへん。『カトレアと同じ言葉を言え』って言うただけや」

「それって……」

「耳元で『カオル……私の血を吸って?♡』って。あの状況で、そんなアホな事言うたら、そらカオルの怒りも冷めてまうやろ」

自分の企んだ通りに動いてくれるルナが面白く、チャコは再び腹を抱えて笑いだした。

(何だか、カオルとルナちゃんが不憫に感じられるわ……)

イタズラ好きの2人に挟まれ、アキラは苦笑いをしながらホットミルクを口にするのであった。




昼を過ぎた頃になると、ルナは悪魔衣裳から普段着へと着替え、クラスメイトに「しばらく抜けるね」と言付けを残して教室を出た。

午後にはいよいよ、ハワードが出演する、演劇部の公演が始まる。

事前の準備の為、ルナは他の皆より一足先に抜ける事にしていた。

舞台設営をしている体育館へ向かう為、ルナは階段を駆け降り、1階へとやってきた。

多くの来場者が行き来するエントランスに、2人の見覚えのある姿が目に入った。

(あれはカオルと…………えっ?ガウディ教授!?何で2人が……!?)

カオルと話をしていたのは、あのアンドロメダ大学教授、レノックス・ガウディであった。

(何を話してるのかしら……?)

カオルとレノックスの関係が気になり、ルナは物陰から2人の様子を窺った。

「な~に見てるの?」

突然後ろから声を掛けられ、ルナはビクッと体を跳ね上がらせた。

慌てて振り替えると、そこにはカトレアとアキラの姿があった。

「ま、マスター!それにアキラさんも!」

先程まで一緒にいたチャコの姿が見当たらない。

「あの、チャコは?」

「あ、さっきシャアラちゃんだっけ?あの子と一緒にどこかへ行っちゃった」

「シャアラと?だったら安心ですね」

とりあえずチャコの所在が掴め、ルナはホッと胸を撫で下ろした。

「そ・れ・よ・り・も、さっきからカオル君に熱視線送っちゃって、こっちが照れちゃうわぁ!」

「え!?あ、いや!ち、違います!そんなんじゃなくて!」

「分かってるって。冗談よ」

「…………」

先程あれだけカオルに怒られて、まだ懲りていないのだろうか?

ルナは心の中で小さな溜息をついた。

「レノが気になったんでしょ?」

(レノ……?)

レノックスを愛称で呼ぶカトレアに、ルナは首を傾げた。

「あの……マスターはガウディ教授とお知り合いなんですか?」

「うん。幼なじみ」

「へ……?お、幼なじみ!?」

カトレアの返答にルナは驚愕した。

「それに、レノはアキちゃんの旦那様でもあるし」

「だ、旦那……様?それって……もしかして……」

「そ♪2人は夫婦って訳」

「え!?そ、そうなんですか!?」

ルナは思わずアキラへ確認をとった。

アキラは少しはにかんでコクリと小さく頷いた。

「でも、ガウディ教授が学園祭に来るなんて、ちょっと意外です」

「ふふっ、大学教授は堅そうなイメージがあったかしら?」

「そ、そういう訳じゃないですけど……」

「ま、実際マジメではあるんだけどね。学園祭に来たのだって、我が子の雄姿を見る為だし」

「我が子……?お子さん、ソリア学園の生徒なんですか?」

「うん。ていうか、今話してるわよ」

「へ………?い、今話してるのって……」

ルナは再び視線をレノックスへと向けた。

間違いようがない、今レノックスと話しているのは……

「そ、カオル君」

ルナは驚きで言葉を失った。

しかしそうなると、もう1つ重大な事実が明らかとなる。

ルナが『ある事』に気付いた、とカトレアは確信を得て、話し掛ける。

「じゃあ、改めて紹介するわね。彼女は私の親友のアキラ。そして……カオル君のお母さんよ」

「カオルの……おかあ……さん……?」

ルナの脳裏に、喫茶店に泊まった『雨』の日の記憶が蘇る。


『アキラ……カトレアの親友だ』


あの時、カオルはアキラを自分の母として紹介しなかった。

何故……?

更に帰り道で垣間見たカオルの記憶。

カオルへ暴力を振るったあの2人の男女は、レノックスとアキラでは無かった。

だとしたら、あの2人組は何者だったのだろうか?

何故カオルはあの家にいたのだろうか?

様々な疑念が頭を巡っていた。

(カオル……あなたの心の闇は、一体どれだけ深いの……?)

心の中でカオルに質問を投げ掛け、ルナは心痛な面持ちでカオルを見つめていた。

つづく
8/18ページ
スキ