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3期

第 6 話 『放課後(中編)』

学園祭の出し物を決めるディベートから早1ヶ月が過ぎ、月日は10月半ばを迎える。

学園祭の日が近づくにつれて、生徒等のモチベーションも日に日に上がっていき、放課後のソリア学園は活気に溢れていた。

特に文化部にとっては、日頃の活動の成果を披露する場ともなるため、その熱の入り様は他の比ではない。

演劇部もまたその1つであり、舞台監督である顧問の指導の下、日に日に練習も厳しさを増していった。

それが正式な演劇部ではないハワードだとしても例外ではない。


「ハワード!そのセリフはもっと感情を込めて!」

「はい!」


「そこはもっと動きを大きく!細々こまごまやってたら、後ろの観客からは何をしているのか分からないわよ!」

「はいっ!」


「声が小さい!そんなんじゃ、客席全体に届かないわよ!」

「はいぃっ!!」




「あ゙~!疲れた~!」

休憩に入ると、ハワードは近くのイスへぐったりとした姿勢で座った。

「思ったより続いてるみたいだな」

そんな皮肉と共にカオルがハワードの元へ歩み寄り、手に持つペットボトルをハワードへ投げ渡す。

ハワードは「わっ」と慌てた声を出し、落とさぬよう両手でキャッチした。

「サンキュ……って、『思ったより』ってどーゆー意味だよ!?」

「お前の事だから、てっきり厳しい練習に嫌気が差して投げ出すかと思っていたんだがな」

「何だよ!?僕が真面目に練習に参加するのが、そんなに変なのかよ!?」

カオルの皮肉に、ハワードがムッとした表情で反論する。

しかし、カオルは口元をわずかに上げると、意外な返答をした。

「いや……楽しそうだな、と思ってな」

「……へ?」

思わずハワードはキョトンとした。

「練習中のお前、俺には楽しんでいる様に見えた」

「そ、そうか……?」

「ああ。機械をイジる時のシンゴと同じ表情をしていた」

遊びの中での『楽しい』という感覚は理解できるが、厳しい練習の中での『楽しい』という感覚が、ハワードにはよく理解できなかった。

厳しさや疲れを要する行為に、楽しさなど存在しないという考えをずっと持ってきたのだから。

「……練習って楽しいものなのか?」

ハワードが疑うような思いを抱きながらカオルへと問いかける。

「なら逆に聞くが、今までずっと練習に参加してて、『つまらない』と思ったか?」

カオルの言葉を受け、ハワードは今までの練習を振り返ってみた。

厳しく、辛いと思える練習の日も多々あったが、どの日についても不思議と『つまらない』と思った事は無かった。

むしろ練習の最中、今まで知らなかった演劇における様々なテクニックを教わる事で『おもしろい』と思ったくらいである。

初めての感覚に戸惑いつつも、ハワードは理解した。

自分は練習を『楽しい』と感じていたのだ、と。

顧問から厳しい指導を受けようが、練習後に激しい疲労を感じようが、それを糧に上達していく事に喜びを感じていたのだ、と。

「大変なのに楽しいだなんて、何か変な感じだ。でも……嫌じゃないな」

「そうか」

ハワードの言葉を聞き、カオルは口元を小さく上げて短く返した。




「ねぇ、カオルどこ行ったか知らない?」

放課後の教室で、クラスの出し物の準備を進めている中、シンゴが姿の見えないカオルの行方を尋ねる。

「あれ?さっきまでいたのに……」

シンゴの言葉を受け、知らぬ間にカオルがいなくなった事に気付き、ベルは周囲をキョロキョロと見回した。

「内装の事についてカオルの意見を聞こうと思ったんだけど……」

頼りにしていた人物が見当たらず、シンゴはガックリと肩を落とした。

「ふむ……」

カオルの独断行動はいつもの事だが、作業の合間に抜け出すという事を本来するような人間ではない。

何か事情があるのか、とメノリは考え至り、カオルの事情に一番詳しそうな人物へと顔を向けた。

その視線の先には、手芸の得意なシャアラを中心に、衣裳の作成に取り組むグループがいた。

「ルナ、ちょっといいか?」

メノリが衣裳チームの1人であるルナへ声を掛けながら、彼女の元へ歩み寄る。

「あ、ちょっと待って!すぐに終わらせるから!」

手元の作業に集中している為、ルナはメノリの方を向かずに返答した。

「いや、大した用事じゃないんだ。ちょっと聞きたい事があってな。カオルがいないんだが、どこへ行ったか知らないか?」

メノリの質問を聞き、ルナはギクリとした。

不意打ちを食らい、動揺からルナは手元を狂わせた。

プスッ

「痛ったぁー!!?」

「ちょっ……!ル、ルナ!大丈夫!?」

ルナの悲鳴に驚き、シャアラがあたふたと自前の救急セットの入ったポーチを取り出す。

「何をやってるんだ……」

騒ぎ立てる2人を見て、メノリは呆れた様子で小さく溜息をついた。


シャアラに処置してもらい、事態はひとまず落ち着いた。

「全く……気をつけろ」

「ゴメン、ゴメン。えと、何の話だったっけ?」

「カオルがどこへ行ったかしらないか?という質問だ」

「あ、ああ……!」

カオルの行方はおそらくハワードの所だろう。

しかし、この事はまだメノリ達に話してはいない。

(この場は何とか誤魔化そう……!)

ルナはそんな結論に至った。

「えっと……カオルなら、その……ホラ!ちょっと用事を思い出したとか何とか……」

何故かどもって弁明するルナを、メノリは不審そうな眼差しで見つめた。

「ルナ……何を隠している?」

「え!?か、隠してるだなんて……そんな……」

メノリに睨まれルナの全身から冷や汗が出る。

「白状した方が身の為だぞ?」

そう言ってメノリは不敵な笑みを浮かべた。

その表情に畏怖したのはルナだけではないだろう。

(こ、怖い!メノリが怖い!!)

その後、ルナはしばらくメノリの尋問を受ける事となった。




「そーいや、ルナは?」

今更になって、この場に来ている助っ人がカオルだけである事に気が付く。

「今はクラスの出し物の準備作業をしている」

「お前はいいのか?」

「抜け出して来た」

「お、おい!?それ、大丈夫なのか!?」

「ルナには一応伝えてある」

「とりあえずはルナが何とか誤魔化してくれるって事か……」

とは言うものの、果たしてルナが上手く誤魔化してくれるのかどうか、ハワードは不安に感じた。

「……なぁ、それ本当に大丈夫なのか?」

「何がだ?」

「ルナってウソとか下手だろ?もしメノリにばれたら……」


「ハワード!!」

突然多目的室の扉が開き、室内に怒声が響き渡った。

演劇部員も思わずそちらへ視線を向ける。

顔を向けずとも分かるその声は、ハワードが今最も会いたくないと思っていた人物。

「げっ、メノリ……!」

視線を向けると案の定、腕を組んで仁王立ちしているメノリの姿があった。

「ルナから話は聞いた」

得てして悪い予感というものは当たる様になっているらしい。

言った側から、今さっきの不安要素が現実のものとなってしまっている。

「ルナ、お前なぁ~」

ハワードは小さな溜息をつき、責める様な視線でルナを睨んだ。

「ごめんなさい~」

メノリの後ろから、ルナが両手を合わせて謝罪を述べる。

さらにその後ろには様子を窺いに仲間達もこっそりついて来ていた。

メノリが鬼の形相でハワードの元へと歩み寄っていく。

その威圧感に気圧されハワードはジリジリと後ずさりをした。

メノリがハワードに迫る合間に、ルナはカオルの元へ駆け寄って誤魔化しきれなかった事に関して謝罪した。

「カオル、ゴメンなさい。私……」

「別にルナが謝る必要はないさ。いずれこうなる事は始めから分かっていた事だ。むしろ丁度良い機会だと思う。今は経過を見守っておけ」

「うん」

カオルに説得され、ルナは小さく頷くと、静かに2人へ視線を向けた。

「何故、演劇部の練習にお前が参加している?前に『断れ』と言ったはずだが?」

「僕がやりたいと決めた事だ!みんなに反対されようと関係ない!!」

「勝手な事を言うな!!お前の我儘わがままでどれだけ周りが迷惑していると思ってるんだ!!」

「っ……!!」

メノリの言葉に、ハワードは言い返せなかった。

実際クラスの出し物の準備にはほとんど参加出来ず、クラスに迷惑を被っているという事実は否定出来ない。

「あのね、メノリ?ハワードは……」

何とか仲介しようと、ルナがハワードのフォローに回るが……

「ルナは黙っていてくれ!!」

メノリに一蹴され、ルナは挟んだ口を閉ざしてしまった。

「大体ルナとカオルもだ!!お前達がハワードを甘やかすからこんな事に……」

その怒りの矛先は、ハワードの手伝いをしているルナとカオルにも向けられ始めた。

「メノリ」

しかしそこで、今まで静観していたカオルが口を開く。

「お前は1つ勘違いしている」

「勘違い……だと?」

今までの話のどこに勘違いがあるのか、とメノリは不本意そうに眉間に皺を寄せて尋ね返した。

「俺がハワードに『自分のやりたいようにやれ』と助言したんだ。ハワードが俺達を引き込んだ訳じゃない」

「な……!?」

メノリは驚愕した。

てっきり、あの場にいなかったルナとカオルを後で唆して手伝いを強要したものとばかり思っていたが、事実はそうではなかった。

まさかカオルがハワードに勧めていたとは考えもしない事であった。

「カオル!!お前どういうつもりで……」

「文句なら後でいくらでも聞いてやる。俺が言いたいのは1つだけ……」

メノリの言葉を途中で遮り、カオルが主張を続ける。

「クラスの出し物で、ハワード分が不足していると言うのなら俺が補う。その代わり、ハワードの邪魔はさせない」

「カオル……お前……」

メノリは絶句した。

いや、メノリだけではない。

そこにいる全員が、カオルの発言に衝撃を受けていた。

カオルにここまで言わせる何かが、彼とハワードの間であったのか、と皆が不思議そうな表情を浮かべていた。

そんな一同の様子を気にすることなく、カオルはハワードへ顔を向けた。

「俺が出来るのはここまでだ。後はハワード、お前の誠意を見せてみろ。さっきの煽られて出た言葉じゃなく、お前の本当の気持ちを伝えてみろ」

「あ、ああ……」

戸惑いながらもハワードは小さく頷くと、メノリへ視線を向けた。

「メノリ、あのさ……」

「な、何だ?」

「クラスの出し物の準備にあまり参加出来てなくて、悪いとは思ってるよ。でも、頼むから最後までやらせて欲しいんだ!演劇部の助っ人をする事になったのは偶然だったのかもしれないけど……初めて自分からやりたいって思えたんだ!これは僕自身の為でもあるんだ!!だからお願いだ!許可してくれ!!」

そう言ってハワードは頭を下げた。

メノリに対して頭を下げるなど、ハワード自身おそらく初めてであろう。

それだけ本人は真剣なのだろう。

「私達からもお願い、メノリ!」

そう声をあげ、頭を下げたのは演劇部の部員達であった。

「ハワードが手伝ってくれてるお陰で私達、学園祭で公演する事ができるの!それに練習だって休まず来てるし、ハワードが頑張ってるのを見て、逆に私達も励まされて……だからお願い!!ハワードの助っ人を認めて!!」

ここまでされて断っては自分が悪者の様に感じられてしまう。

メノリは小さな溜息をついた。

「……分かった。ハワードの助っ人を認めよう」

その言葉を聞き、教室内に歓声が湧いた。

演劇部員達はハワードの元へ駆け寄り、「良かったね!」と祝福の言葉を送った。


喜び合うハワード達を見つめるメノリの側に、シンゴ、ベル、シャアラが歩み寄る。

「さすがのメノリも、ここまでされたら折れるしかないよねぇ」

「全くだ……本当にハワードがいると問題が尽きない」

シンゴへ返した言葉とは裏腹に、メノリの顔は不思議と微笑んでいた。

その表情を側でベル達も自然と顔を綻ばせた。

そして、ベル達はお互い視線を交わして相槌を打つと、喜び合うハワード達の元へ歩み寄って行った。

「確か助っ人は5人いれば何とかなるんだったよね?」

「え?えぇ、そうだけど……」

「俺達も手伝うよ」

ベルの言葉を聞き、演劇部員達はどよめいた。

中でも一番驚いていたのはハワードの様である。

「お前ら……いいのか!?」

ハワードは思わず身を乗りだしてベル達に聞き返した。

その問い掛けに、3人が笑顔で頷く。

「あの時は反対したけど……ハワードが頑張ってるって知って、力になりたいって思ったんだ」

ベルの言葉を聞き、ハワードはカオルの言葉を思い出す。


『やる気が伝われば、人は自ずと付いてくる。あとはお前次第だ』


(カオルの言うとおりだった……!みんなが僕に付いてきてくれた!!)

ハワードは感極まって思わず涙を流した。

「何も泣く事ないじゃん」

服の袖で涙を拭くハワードを見て、シンゴがからかう様に言葉を掛けた。

「う、うるさい!泣いてなんかないぞ!目にゴミが入っただけだ!」

そう精一杯の強がりを言うハワードを見て、シンゴ達は楽しそうに笑った。


そんな彼らを離れた距離から眺めるメノリの元へ、ルナがそっと近づく。

「メノリもどう?」

「生徒会という立場上で、特定の部活へ介入するのは不公平だ」

ルナの問い掛けに、メノリは厳格な言葉で返す。

しかし、その後にポツリとルナにだけ聞こえる声で本音を洩らした。

「……全く、生徒会長というものは不都合なものだな」

「メノリ……」

メノリ自身、皆と同じ様にハワードの力になりたいと思っているものの、生徒会という立場がそれを許さないのだろう。

「ゴメンね、メノリ」

何も考えもせず吐いた言葉を反省し、ルナはメノリへ謝罪した。

「ルナが謝ることじゃない。それに生徒会の仕事に、クラスの出し物の準備もあるんだ。助っ人までやる余裕は恐らくないだろうな。だからルナ、私の代わりにハワードのお守りは頼んだぞ」

メノリの言い回しが可笑しく、ルナは思わず噴き出した。

「あははっ、りょーかいです!生徒会長殿!」

メノリ直々に任務を言い渡され、ルナは冗談っぽく敬礼をして了承した。

「ルナ」

「ん?」

「学園祭、必ず成功させよう」

「うん!メノリもがんばって」

「ああ」

ルナとメノリはお互い励まし合うと、作った拳をコツンと軽く突き合わせた。




事態が収拾し、カオルを除いた仲間達もクラスの出し物の準備へと戻っていった。

練習を再開した演劇部員達の動きを、少し離れた場所からカオルは眺めていた。

そこへ現在出番の無いハワードが近寄り、カオルの横に立った。

「………」

「………」

「……なぁ」

やや沈黙があって、ハワードが話し掛ける。

「……何だ?」

「カオルは……何で手伝ってくれるんだ?」

それはハワードがずっと気になっていた事だった。

加えて先程の言葉……


『クラスの出し物で、ハワード分が不足していると言うのなら俺が補う。その代わり、ハワードの邪魔はさせない』


あの言葉を聞いた時、ハワードは胸を震わせた。

何故手を貸してくれるのか、何故そこまで言ってくれるのか、その理由を知りたくなったのである。

「余計なお世話だったか?」

「そ、そうじゃない!ただ何となく気になって……最初はみんな反対してたのに、カオルは逆で、最初から協力してくれただろ?どうしてだろうって……」

「……お前には借りがある」

「は……?借り……?」

身に覚えのない事に、ハワードは首を傾げた。

「養成学校への編入を迷っていた時、お前の言葉と行動が、俺に答えを導き出させたんだ」

それを聞き、ハワードは思い出した。

自らのプライドも捨て、養成学校の理事長に土下座までした事を。

あの時は必死で形振なりふりかまっていられなかったが、今になって思い出すとかなり恥ずかしい。

ハワードは顔を逸らして「そんな事もあったなぁ~」ととぼける様な返答をした。

「お前には感謝している。だからあの時の借りを返す意味でも、もしお前が何かに悩んでいた時、力を貸そうと決めていた」


あの時シャアラは言っていた。

『誰かの為に必死になる事で信頼される様になる』と。

この日、ハワードは初めてカオルから感謝の言葉を述べられた。

それはあの時のハワードの『必死さ』が、カオルから信頼を少しだけ勝ち取ったからである。

まだまだ小さな信頼の芽であるが、いつかベルの様に信頼される存在になりたいと本気で思うのであった。

「あ、ありがとな、カオル……」

「俺は何もしていない。メノリを納得させたのは、お前の誠意と演劇部員達だ」

ハワードの礼にも、カオルはいつもの調子で淡々と答えるだけであった。

「そ、そうかもしれないけど……何か言いたい気分なんだよ!この僕が礼を言ってやってるんだぞ!?そこは素直に受け取れよ!!」

何故礼を言う側が偉そうなんだ、とカオルは思ったが、そこはあえて指摘はしない。

「ハワードー!そろそろ出番だから準備しなさい!」

遠くで演劇部顧問の先生がハワードを呼ぶ声が聞こえる。

「ほら呼んでるぞ。早く行け」

「わ、分かってるよ!!」

カオルに急かされ、ハワードは顧問の元へと駆け出した。

その場から離れる瞬間、ハワードは確かに聞いた。

カオルからポツリと洩れた囁きを。

「がんばれよ」

耳に届くか届かないか、その小さな声援を受け、ハワードは込み上げる嬉しさを必死に抑えながらその場を後にした。

つづく
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