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3期

第 5 話 『放課後(前編)』

午後の授業が終了するチャイムが鳴り、ソリア学園はホームルームの時間へと移る。

普段ならば担任が連絡事項等を告げるだけの時間であるが、今日に限っては様子が違っていた。

「そんなの賛同する訳ないでしょ!!」

「何でだよ!?」

「静粛に!意見のある者はちゃんと挙手して発言するように!」

メノリの進行の下、クラスではディベートが繰り広げられ、生徒等は自身の主張に熱弁を振るっていた。

「当たり前でしょ!!クラスの出し物で『メイド喫茶』って何よ!?男の欲望丸出しじゃない!!」

主になって抗議する女子に賛同する様に、他の女子達も「そーよ、そーよ!」と声をあげた。

「そういうお前達だって『執事喫茶』じゃねーかよ!そっちこそ女子の欲望丸出しじゃねーか!!」

負けじと抗戦する男子の主張に、他の男子達から「もっと言ってやれー!」などという煽りの声があがる。

お互い一歩も譲らない為、討論は均衡状態となり、話が先に進む気配が見られない。

この状況をどうしたものか、と頭を悩ませ、メノリは小さく溜息をついた。

そもそも、学園祭という場で、何やらいかがわしい響きの喫茶を出し物として認可してよいものか、メノリは腑に落ちなかった。

しかし、ここまで論議が拡大してしまっては、今さら水を差すような事は言えず。

(やれやれ……どうしたものか……)

メノリは再度深い溜息をついた。

喧騒な教室をメノリが何気なく見回していると、ふとルナと目が合った。

「ルナはどう思う?」

メノリのその一言で、今まで騒がしかった教室内が途端に静寂に包まれ、皆の視線がルナに集まる。

「わ、私!?」

突然話題を振られ、ルナは少し戸惑った。

ルナからすれば、ソリア学園に転入して初めての学園祭となる。

自分としては、皆で話し合って決まったものに賛同するという心構えであったのだが、この状況はそうもいかないようである。

「勿論、執事喫茶よね!?ウチには『カオル』っていう最強カードがあるんだから絶対成功するわ!」

「……あ?」

ルナを勧誘する女子の言葉の中に自分の名前をあげられ、今まで我関せずであったカオルが不機嫌そうな表情で反応する。

何となく動機が不純な気もするが、実際のところルナ自身も執事服姿のカオルを見てみたいという思いがあったりする。

そこにやや惹かれる気持ちがあった。

「おい!何さりげなくルナをそそのかしてるんだよ!」

メイド喫茶を推奨する男子も、ルナの誘惑をする女子に異議を唱えつつ、負けじと自分も勧誘を始める。

「メイド喫茶の方が良いよな?そしたら、自分達で考えた可愛い衣装とか着たりできるぞ?ルナなら絶対似合うって!こっちの方が絶対に需要あるさ!」

こちらもまた、何となく動機が不純であるようなニュアンスに聞こえたが、こちらはこちらで惹かれる点はあった。

それは可愛い服を来て、カオルに「似合ってる」と言ってもらえたら、という下心であったり。

しばし考えた結果、ルナが出した答えは……

「シ、シンゴはどう思う!?」

自分では決める事が出来なかった。

どちらを選ぼうとも、自分の私欲が入っている様な気がしてならない為、天才のシンゴなら何か妙案を思いつくのでは?という結論に至ったのである。

「う~ん……というか、別にその2択じゃなくてもいいんじゃない?」

ここまで話が広がった状況で、その根底を覆す回答をするシンゴ。

さすが天才、侮れない。

しかし、前の2択を支持する者からは反論が飛ぶ。

「そこまで言うなら、シンゴは何か案はあるのかよ!?」

「う~ん……定番だけど、お化け屋敷とかが無難じゃない?」

「あ、それ悪くないかも」

意外にもベルから賛同の声があがる。

しかし、二大勢力はそれで首を縦に振るはずもなく。

「定番すぎてつまんないだろ!」

「それじゃあ怖いもの好きの客しか入らないじゃない!」

一案を出しただけであるのに、小さな勢力はあっという間に叩き伏せられてしまった。

「お化け屋敷って、驚かせる側も当日は暗い所にずっと待っている事になるんでしょう?それはちょっと……」

シャアラの一言も加わり、シンゴ案のお化け屋敷は劣勢に陥る事となった。

「そう言うシャアラは何か案はあるか?」

メノリが今度はシャアラに話を振る。

「具体的な案じゃないんだけど……可愛らしいというか、良い雰囲気のお店だったらいいなって思うわ。客寄せも大事だけど、せっかくの学園祭なんだから、私達自身も楽しまなくっちゃって思うから」

「確かにシャアラの言う通りだな。客寄せがこの出し物の本質ではない。私達も客もお互いに楽しめるものでなければならない」

メノリがシャアラの意見に賛同すると、周りは省みるように黙ってしまった。

「カオル、お前はどうだ?」

何となく返ってくる言葉が予想できるものの、メノリはカオルに話を振ってみた。

「……別に無い。決定した案には賛同する」

「そう言うとは思っていたが、ダメだ。シャアラの様なものでも構わない。何か1つ意見を言え。でなければ、全員で決定した事にはならない」

今回ばかりは譲るつもりは無いらしい。

メノリはカオルに視線を向け、返答を待つ体勢になっていた。

カオルは面倒くさそうに小さな溜息をつくと、ゆっくりと口を開いた。

「……ルナの提案に賛同する。これでいいだろ?」

カオルの意外な返答に、メノリを含む全員が目を丸くした。

「まだルナの提案も聞いていないのにか?」

「問題ない。中身がどんなものでも、俺はルナの案を支持する」

カオルの発言に、教室内で黄色い声が飛び交った。

今の言葉は、相手を余程信頼していなければ出ない言葉である。

中には「ルナ、いいなぁ……」という羨望の声まで聞こえる。

ルナはというと、カオルの言葉と周囲の反応に頭が付いて行かず、混乱状態に陥っていた。

(え?ちょっと待って!?私の提案を支持するって……私の意見がカオルの意見にもなるって事!?下手な事言えないよぉ~)

突然ハードルが上がり、ルナは必死に案を捻り出そうと、思考を巡らす事に没頭した。

しかし、いくら悩んでも良い案というものはそう簡単には出てこないものだ。

特に今のルナの切迫した心理状態では尚更である。

ルナがウンウンと唸って考え込む状態を見て、カオルが言葉を掛ける。

「俺が支持すると言ったのは『良い案』じゃない。『ルナの案』だ。肩肘張る必要なんか無い。お前が一番やりたい事を言えばいい」

「カオル……」

その一言でルナは肩の荷が降りた様に気持ちが楽になった。

皆、自分がやりたい事を提案していた。

自分も同じでいいのだ。

カオルに支持すると言われたからと言って、見栄を張る必要などない。

「カオル、ありがとう」

ルナのお礼に、カオルは口元を小さく上げ微笑んだ。

(私がやりたい事……)

しばし考え、ルナの中で1つの案が浮かんだ。

その反応に気付き、メノリが問い掛ける。

「何か思い付いたか?」

「うん。えっとね……」

そのルナの提案は、クラスの誰一人として予想だにしなかったものであった。

それと同時に、クラスの誰しもが『ルナならではのアイデア』だと納得できるものでもあった。




話し合いが終了し、教室にいた生徒が帰宅や部活へ向かう中、机に伏してずっと眠っていたハワードが欠伸をしながらのそりと起き上がった。

「ハワード!」

目を擦り、いまだ眠そうな顔をするハワードの前に、眉を釣り上げたメノリが立つ。

「ふぁ……何だよ、でかい声出して……」

「何だじゃない!学園祭の出し物を決める重要な話し合いだというのに、参加もせずずっと寝といて、反省の色も無しか!」

「わ、悪かったよ……」

今年の学園祭こそはちゃんと準備から参加しようと決意しておきながら、その為の話し合いで寝てしまってはやる気がないと思われても致し方ない。

バツが悪そうにハワードは謝罪の言葉を述べた。

「ハワード、授業中もずっと眠そうにしてたけど、夜寝てないの?」

「いや、まぁ……ちょっとな……」

心配そうに尋ねるルナに、ハワードが曖昧な返答をする。

「どーせ、夜遅くまでテレビでも見てたんでしょ?」

「そんなんじゃない!」

疑うような視線を向け罵るシンゴの発言を受け、ハワードは強く反発した。

「僕はな!えんげ……」

何かを言い掛けた所でハワードの口が止まる。

ハワードの様子を不思議に思ったベルは首を傾げた。

「どうしたんだい?」

「い、いや……何でもない」

先程の勢いどこへ行ったのか、そうポツリと呟くとハワードは口を閉ざした。

そんな煮え切らない態度のハワードに、メノリも次第にイライラを表に出し始める。

「はっきりとしない奴だ!言いたい事があるならはっきりと言え!」

「何でもないって」

「何でもない訳あるか!大体お前はいつもいつも……」

「うるさいな!何でもないって言ってるだろ!!」

ハワードの怒声が教室内に響く。

まだ教室に残っていた生徒もその動きを止め、ハワードへ視線を向けた。

静まり返った教室の中、1人注目を受け居心地が悪くなったハワードはカバンを手に取った。

「……帰る」

「あ……ちょっと、ハワード!?」

呼び止めようとするルナの声にもハワードは振り返る事無く教室を出ていってしまった。

「……何か最近のハワード変じゃない?」

そうポツリと切り出したのはシャアラ。

その言葉にシンゴも深く頷く。

「うん……何だか余所余所よそよそしい気がする」

遊びに誘えば二つ返事で首を縦に振るハワードが、近頃は用事があると言って断る事が多い。

そんなハワードの行動を不審に感じると同時に、仲間と距離を置いているハワードに対し、皆が何とも言えぬ不安感を抱いていた。

「……私、ハワードと話してくる!」

ルナはそう言い残し、教室を飛び出して行った。


教室を出たルナは、ハワードを追って廊下を疾走した。

エントランスを通り抜け、ゲートまでたどり着くも、その間にハワードの姿は見当たらなかった。

ハワードが教室を出てからルナが飛び出すまでそれほど時間は経っていない。

例えハワードが走って帰ったとしても、簡単に姿を見失うほどではない。

となると、考えられる事は1つ。

(ハワード……まだ学校にいる……?)

そんな結論に至り、ルナは学校へと引き返した。


エントランスに再び戻って来た所で、廊下の突き当たりにハワードの姿を発見した。

しかし様子がおかしい。

何かを警戒する様に辺りをキョロキョロと見回しながら、突き当たりに位置する教室へと入って行ったのである。

ルナは首を傾げながら、ハワードが入っていった教室へと歩み寄って行った。

「ここって……多目的室?ハワードったら、一体何の用事で……?」

ルナは喉をごくりと鳴らし、恐る恐る室内へと侵入した。


転校してきたルナにとっては、入った事もない教室がいくつか存在する。

この多目的室もその1つであった。

室内は思っていたよりも大分広く、100人は収容できる程の広さであった。

「あれ?ルナじゃない。どうしたの?」

早くも中にいた女子生徒に見つかり、どう説明しようかとルナは苦笑いを浮かべた。

「えっと……ハワードがここに入るのを見たから」

「ハワードならあそこよ」

女子が指差す方向に、確かにハワードはいた。

そこで、ハワードは演劇の練習に参加していた。

「な、何でハワードが演劇を?」

「今年は部員が少なくて、学園祭の演劇も諦めようかどうしようかと話し合ってた所にハワードがやって来てね、『それなら人を集めてきてやる!』って言ってきたのよ」

「へぇ~」

風邪で学校を休んでいたルナは、その時の経緯については聞いていない。

「でも上手くいかなかったみたい。まぁ、予想はついてたけど。クラスの出し物とか、部活の発表とかでみんな忙しいしね。そしたら『5人足りないなら僕が5人分やる!役でも裏方でもやるから、諦めるな!』って言ってきたの。あんなハワード初めて見たからビックリしちゃった」

「そうだったんだ……」

女子の話を聞き、ルナは自然と顔を綻ばせた。

最近仲間達と距離を置くように見えた行動も、演劇部の公演の為、そして何より自分が熱中できるものを見つけたという理由からだったのだろう。

最近授業中に居眠りしていたのも、練習の疲労や、夜遅くまで台本を覚えようとしていたからなのだろう。

「学園祭当日は公演できそう?」

「ギリギリだけど、何とかなりそうよ。カオルも時々来て手伝ってくれるしね」

「カオルが!?」

意外な所で意外な人物の名前があがり、ルナは目を丸くした。

「ええ。差し入れ持って来てくれたり、裏方の仕事手伝ってくれたり。本番も裏方なら手伝ってくれるって言ってくれたし、希望はあるわ」

「カオル全部知ってたんだ……言ってくれればいいのに……」

カオルの表に見せない優しさに頬を緩ませながらも、何も話してくれなかった事に対してルナは不満をもらした。

「ねぇ、私も手伝ってもいい?」

「え!?ホントに!?それは願ってもない事よ!」

ルナの申し出を聞くと、女子はルナの手を握り、狂喜した。

「カオルと同じで裏方希望だけどね」

「全然構わないわ!今年は配役の人数が少ない劇を選んだから!」

それを聞けてルナは一安心した。

とてもじゃないが『役を演じる』というのは得意ではない。

せめて演劇部の人達、そしてハワードが気持ち良く公演できるようサポートできれば、とルナは考える。

「それじゃあ、新たな仲間が出来たって話してくるわね!」

「あ、ちょっと待って」

そう言って現在練習を行っている面々の元へ駆け出そうとする女子をルナが引き止める。

ハワードは役の練習に集中しており、ルナの存在にはまだ気付いていないようである。

ルナに小さなイタズラ心が生まれた。

「ハワードー!!」

ルナはその場からハワードの名を大きな声で呼び掛けた。

その聞き覚えのある声に反応し、ハワードが焦った様子でルナへと顔を向けた。

「うわっ!?ル、ルナ!?何でここにいるんだ!?」

ルナの思惑通り、ハワードは驚き、慌てふためいていた。

そんな様子が可笑しく、ルナはクスクスと笑った。

「そんな事は別にいいじゃない!それよりも、私も手伝うわ!裏方だけど!」

「何!?ホントか!?」

「もちろん!」

ルナの言葉を聞いたハワードは、先程の女子と同じ様に狂喜した。

近くにいた他の部員も、ルナの加入を喜んで迎え入れた。

そこへタイミング良く室内へ入って来た1人の男子。

「よぉ!カオル~!」

ハワードが手を振る方向には、差し入れの入った袋を両手に提げたカオルの姿があった。

「お~い!」

ルナも笑顔で手を振る。

ハワードとは違い、彼女の姿が目に入ってもカオルが驚く様子は無かった。

まるでルナがここへ来る事を分かっていたかのようである。

「ルナも手伝ってくれるってよ!」

「そうか」

カオルがいつもの調子で淡々と答える。

「という訳だから、ヨロシクね!」

ルナが笑顔で言うと、カオルも「あぁ」と口元を上げて返事を返した。

助っ人3人目としてルナが加わり、演劇部は学園祭に向け本格的に動き始めた。

ソリア学祭まであと58日──

つづく
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