3期
出発から約2時間後、ルナ達を乗せた宇宙船は火星のスペース・コロニー『ノアG4』へと到着した。
ポートから外へ出た時に視界に広がる光景は、いつ来てもルナを圧倒する。
無数に建ち並ぶ高層ビル、何重にも入り組んだ立体交差路、伊達に『宇宙の都』と呼ばれていない。
しかし、ルナは不思議と急成長を果たした現在の火星を好きにはなれなかった。
今の火星は、もう自分の故郷と呼ぶのを躊躇ってしまう程に変わってしまった。
幼い頃に遊んだ公園も、養護施設に行くまで住み続けた家も取り壊され、このコロニーのどこかの高層ビルの下へと沈んでしまっているのだろう。
もはやここには、ルナが両親と過ごした当時の面影は跡形も残っていない。
「ルナ、行くで」
「うん……」
先を促すチャコの声にルナは小さく頷くと、目の前を流れる動く歩道に乗り込んだ。
都市部から少し外れた場所に墓地は位置している。
墓地に到着したルナとチャコは、カオルと一旦別れ、両親の名前が刻まれた墓前へとやって来た。
昨年の今日は漂流していた事もあり、墓参りに来る事が出来なかった。
2年分の報告も兼ねて、天国にいる両親に元気な姿を見せよう、とルナは考える。
ルナは両親の墓を見つけたと同時に、その隣の墓で黙祷を捧げる人物が目に入った。
ルナがゆっくりとその人物の元へと近づいていく。
隣の墓で黙祷を捧げていたのは1人の老婆であった。
老婆も、近づいてくる物影に気付き、ルナへと顔を向けた。
「もしかして、ルナちゃんかぇ?」
老婆は驚いた様子でルナへ声を掛けた。
「キノお婆ちゃん!!」
ルナは笑顔でキノと呼ぶ老婆の元へ駆け出した。
ルナとキノは、火星での爆発事故から数週間後、ルナの父が埋葬された日にこの墓地で知り合った。
キノは墓の前で目を腫らして泣いていたルナの頭を優しく撫で、彼女が泣き止むまでずっと側に寄り添ってくれていた。
そんなキノもまた、爆発事故によって家族を失ったという事実を、ルナが知ったのはそれからすぐの事であった。
キノは再会を喜ぶように、胸に飛び込んできたルナをぎゅっと抱きしめた。
「久しぶりじゃのう……!ニュースを見て心配しとったんじゃぞ?よくぞ無事に帰ってきたのぅ……!」
「はい……!」
ルナもそれに応える様に、キノを抱きしめる腕に力を込めた。
「ばあちゃん元気そうでなによりや」
「ほっほっほ!チャコも相変わらずのようじゃの」
足元にいるチャコの言葉に、キノはシワだらけの笑顔を向けた。
ルナは献花を行うと、胸の前で指を組み、2年分の黙祷を捧げた。
(お父さん、お母さん、久しぶり。来るの遅くなってゴメンね?去年は修学旅行中に漂流しちゃったりとか色々あったけど、無事に帰ってきて、私とチャコはこの通り元気だよ)
ルナが黙祷を終えた頃合いに、キノが微笑みながら声を掛ける。
「それにしても、しばらく見ん間に大人っぽくなったのう。きっとご両親も天国からルナちゃんの成長を喜んどる事じゃろ」
キノの言葉を受け、ルナは振り返り小さく微笑み返した。
「ルナちゃん……」
途端にキノの表情が切なそうなものに変わる。
微笑んではいるものの、ルナのその瞳は、何か苦しみを抱えているかの様にキノには感じられた。
それは両親を失った『悲しみ』の感情などではない。
もっと心の奥深くに潜む、ルナの心を縛る枷の様なものの様に感じられる。
キノはルナの手を握り、真剣な面持ちで見つめた。
「キノ……お婆ちゃん?」
突然のキノの行動に、ルナは目を丸くした。
「ルナちゃん……ルナちゃんを苦しめとるもんは一体何じゃ……?」
キノの言葉にルナはビクリと体を震わせた。
その表情は、何故それを?とでも言うかの様である。
「出会った頃から気付いておったよ。その頃は時が自然と癒してくれるもんだと思っていたんじゃが……。7年経った今でも、まだ引きずっていたんじゃな」
「わ……私は……」
ルナはガタガタと体を震わせ、首をぎこちなく横に振った。
まるで心に隠した事実が暴かれるのを恐れているかの様である。
そんな震えるルナを、キノは優しく包み込む様に抱き締めた。
「全部吐き出すがええ。この婆 が受け止めてやるからの」
キノの優しい言葉が、ルナの恐怖心を少しずつ取り除いていく。
ルナの体の震えが少し治まってきた所で、キノはもう一度同じ言葉を繰り返し尋ねた。
「ルナちゃんを苦しめとるもんは……一体何じゃ?」
ルナの瞳から途端に涙がこぼれ落ちた。
何年も張り詰め続けていた糸がプツンと切れた様に、ルナはキノの胸の中で泣き出した。
「もし……あそこにいたのがお父さんだけだったら……お父さんは助かったかもしれないのに……あの日、どうして大人しく留守番しなかったんだろう……どうしてお父さんの仕事場に行っちゃったんだろう……!私のせいで……お父さんは……!!」
「ルナ……」
チャコはかける言葉が見つからなかった。
ルナがそのような罪の意識を抱えてこの7年間生きてきたという事を、今の今まで知りもしなかった。
表には全く出さず、それでも心の中ではずっと苦しんでいたのだろう。
チャコはその事に気付く事が出来なかった自分を罵倒した。
「ルナちゃんは、ずっと苦しんでいたんじゃのう」
キノは抱きしめるルナの頭を優しく撫でた。
その温かい手の温もりが、頭の上から心の闇を少しずつ吸い取ってくれているように感じられた。
「世の中は理不尽な事ばかりじゃて。思い通りにいかん事もいっぱいあるじゃろう。ああすれば良かった、こうすれば良かった、後悔する事もこれからたくさん起こるじゃろう」
ルナは涙に濡れた瞳でキノを見つめ、その話に耳を傾ける。
「でもルナちゃん、よく思い出してみるんじゃ。事故でお父さんを失ったその道は、ルナちゃんに不幸だけをもたらしたんかの?」
「……え?」
「お父さんを失ったその道で、ルナちゃんが得たものもあるんじゃないかぇ?」
キノの言葉にルナはハッとした。
夢を目指すために入学したソリア学園での生活。
修学旅行の途中で起きた漂流事故。
その中で芽生えた仲間の存在。
そして、心の支えにもなっている大好きな人の存在。
ルナが罪の意識を背負い今まで歩んできた道……その道の中でしか得られなかったかけがえのない存在にルナは気付く。
ルナの表情を見て、キノは口元を静かに上げた。
「それともう1つ、ルナちゃんのお父さんは自分の意志でルナちゃんの命を守る事を決めたんじゃ。それはルナちゃんにそんな思いをさせる為にした訳ではないよ?その救われた命を大事に、そして幸せに生きる事を望んどるはずじゃ」
「幸せに……か」
「子供が幸せでいられるのが親の何よりの望みじゃ。これからは天国のご両親に精一杯幸せな姿を見せてあげなさい」
「……はい!」
ルナは涙を拭き、キノへ笑顔を向けた。
それは7年間ずっと囚われていた呪縛からようやく解き放たれ、何か吹っ切れたような清々しい表情であった。
「全く……婆ちゃんには敵わんわ」
チャコがボソリとキノに囁く。
「お前さんは何を落ち込んどるんじゃ?」
「ウチ……ルナが7年間ずっと苦しんどった事にちっとも気づかんかった……家族失格や……」
チャコがガックリとうなだれる。
「何を言っとるんじゃ。家族とて全てを知る必要なんてない、と前に教えたじゃろうに。ルナちゃんの家族はチャコだけなんじゃぞ?いてくれるだけで心の支えになれるのは家族の特権じゃ。チャコがルナちゃんの側にいる事の方が、この婆の説教なんぞを聞いてるより何倍も意味がある事なんじゃぞ」
「そんなもんなんか?」
チャコは少し自信なさそうな目でにキノを見上げた。
「そんなもんじゃ。じゃからそんなシケた顔するでない。ルナちゃんが心配してしまうぞ?」
「……せやな!あぁ~、やっぱり婆ちゃんには敵わんわぁ~!」
チャコが再び同じ台詞を吐いた。
しかし、先ほどとは違う感情が込められている。
「ほっほっほ!安心せい、チャコならすぐにこの婆も超える説教ロボになれるわ」
「……それ褒めとんのか?」
「さてのぅ」
チャコの中にはもう、先程の負の感情は無い。
チャコは改めて目の前にいる老婆を敬慕 するのであった。
その頃、カオルはひとり墓前に立っていた。
「久しぶりだな……ルイ」
その名が刻まれた墓標を見つめ、カオルは静かに呟く。
ルイは無限に広がる宇宙へと投げ出されて命を落とした。
つまり、この墓の下にはルイの亡骸は存在しない。
今も暗い宇宙のどこかを彷徨っている。
「3年も待たせてしまったが……改めて言わせてくれ……すまなかった……」
そう呟き、カオルは墓へ深謝した。
カッ、カッ……
地面を踏む音がふと耳に入り、カオルはゆっくりと頭を上げた。
その視界に入ったのは1人の女性の姿。
腕に花を抱え、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
カオルは突然息苦しさを感じ、呼吸を荒くした。
心臓はドクンドクンと激しく鼓動し、全身から汗が噴き出る。
初対面のはずなのに、一目見て分かった。
髪の色、顔立ち、その雰囲気、女性は間違いなくルイの血族であるとカオルは瞬時に断定できた。
「あら?あなたは……」
女性は墓の前に立つカオルの存在に気が付く。
「……カオル、といいます……」
「そう、あなたが……」
女性は特に驚く様子もなくカオルへとゆっくりと近づいた。
カオルは心臓を握り潰される様な感覚に襲われた。
これほどの恐怖を感じた事は無い。
女性はカオルの前に立ち止まると、小さくお辞儀をした。
「初めましてカオル君。ルイの母です」
そう言ってルイの母は微笑んだ。
カオルには理解できなかった。
息子の仇 ともいえる男に対して、何故そんな微笑みが出来るのか?
何故そんなに冷静でいられるのか?
いっそ罵倒してくれた方が幾らか楽かもしれない、と考えてしまうほど、ルイの母は得体が知れず、カオルの恐怖心を煽らせた。
ルイの母は墓前にしゃがみ、献花を行うと、指を組んで黙祷を捧げた。
数分の黙祷の後、ルイの母はすっと立ち上がると、カオルに話し掛けた。
「来てくれてありがとう。ルイもきっと喜んでるわ」
カオルは驚きで目を見開いた。
罵声どころか感謝の言葉を受け、カオルは耐えられず言葉を返した。
「何故そうやって笑っていられるんです!?何故礼なんか言うんです!?俺はルイを……」
「救ってくれたのよね?」
カオルは言葉を失った。
はっきりと断言するルイの母の表情は真剣そのものであった。
「ち、違います!俺はルイを救ってなんかいない!!俺は……ルイを……救えなかった……手を離してしまった……」
カオルは声を荒げて否定した。
そしてその声は次第に小さくなっていき、カオルはうなだれた。
「カオル君に見てもらいたいものがあるの」
ルイの母に促され、カオルはわずかに視線を上げた。
彼女の腕には、一冊の電子ノートが抱きしめられていた。
「……それは?」
「あの子が訓練学校時代に書いた日記よ。カオル君がここへ来てくれる日が来たら、渡そうとずっと思っていたの」
カオルはおずおずとそれを受け取る。
「ルイの……?何故俺に……?」
「それは読んでみれば分かるわ」
一体何が綴られているのか……
カオルは電子ノートの電源を入れ、緊張した面持ちでルイの日記を読み始めた。
『○月×日
今日はカオルとルームメイトになった。
彼の事はずっと気になっていた。
彼はいつも1人だ。
1人が好きなのかと思ったけど、その背中は何だか寂しげに感じられた。
もしかしたらカオルと僕は似ているのかもしれない。
仲良くなりたいと言ったら拒否されたけど……
これから少しずつでも距離を縮められればと思う』
『□月△日
今日は中間試験の結果が出た。
何とかカオルに勝てはしたけど、正直危なかった。
僕と互角に張り合ったのは彼が初めてだ。
何故だろう……
気を抜けばあっという間に追い抜かれるかもしれないのに、すごく楽しい。
こんな気持ちは初めてだ』
『×月□日
今日は操縦のシミュレーション訓練をやった。
総合得点ではカオルに勝てたけど、唯一1教科だけカオルの得点が上だったものがあった。
初めて負けた。
負けるって、思っていたよりショックが強いんだな。
カオルも他のみんなも、こんな気分を毎回味わっていたのか。
カオルはすごい。
彼に会ってから、色んな事に気付かされる。
友達になりたいな……
今までの様に上っ面だけの友達じゃなくて、本音を語れる本当の友達に……』
『△月○日
前回に続いて、今回も1教科だけカオルに負けた。
〈非常事態の危機対応〉において、カオルは僕には無い高い集中力を発揮する。
もしかしたらカオルは実践向きなのかもしれない。
これから実践演習が始まったら、カオルは一気に伸びるかもしれない。
最近になって気付いた。
僕は心のどこかで、カオルが僕を負かしてくれるのを待っているのかもしれない。
初めて出会えた、競い合い共に成長していける友をきっと僕は求めていたんだ。
カオルと本気で友達になりたい……!
これが今一番僕が望んでいる事だ』
『8月30日
明日はいよいよ実践演習の日だ。
操縦はカオルの予定。
どんな実力を見せるのか、すごく楽しみだ。
カオルは僕をどう思っているんだろう……
友達だと思ってくれてるかな?
それともただのルームメイトくらいなのかな?
少なくとも、ライバルくらいに思ってくれてたら嬉しいな。
今日の実践演習が終わったら、食事に誘ってみようかな?
カオルが拒むのは目に見えてるけど、少し強引に連れていくのも面白いかもしれない。
明日が待ち遠しいな』
そこで日記は終わっていた。
ルイは予想だにしなかっただろう。
その翌日に、自身の短い生涯を終える事になるとは……。
「ルイはね、ずっと1人だったの。神様から与えられた天賦の才の代償なのか、ルイは周囲から妬まれ、敬遠されてたわ」
「アイツが……1人?」
訓練学校では、ルイの周りには人がいたはず。
人望の厚いルイが1人だったという事実がカオルには信じられなかった。
「辛い時、ルイはいつも宇宙を見上げていたわ。宇宙に広がる無限の星を見ていると、心が安らぐんですって。それが理由でルイは宇宙飛行士を目指そうと思ったみたい。宇宙飛行士になれば、窓からいつでも無限の星を見られるからって」
ルイの真実が、彼の母の口から語られる。
その内容は、カオルが持つルイのイメージを打ち壊すものであった。
「だからカオル君に出会えた事が本当に嬉しかったのね。ほら、日記に書いてるのだってカオル君の内容ばかり。ルイはあなたに出会って心を救われたの」
ルイの母の言葉を受け、カオルは視線を自分の掌へと移した。
「俺は……許されるんですか?ルイの命を救えなかった一方で、あなたはルイの心を救ったと言う……俺の罪は許されるものなんですか……?」
「許すも何も、カオル君は何も悪い事をしていないでしょう?そもそもカオル君に科せられた罪なんて、始めから存在なんてしてないのよ。だから……あなたが許しを乞うのは、あなた自身よ」
いっそ罵倒してくれた方が楽……そんな思いの裏に、本当は許してもらいたいという思いが潜んでいた事にカオルは気付く。
「あれからずっと自分を責め続けて、1人苦しんでたのね?ここへ来るのだって相当な勇気と決意が必要だったはずよ」
「………」
カオルは静かにルイの母の言葉に耳を傾けた。
「そして3年たった今日、あなたはここへ来た。前を向いて一歩踏み出す決意をしたって事よね?それがどれだけ大変な事か、私には分かるわ。だからルイの代わりにお礼を言いたいの。来てくれてありがとう」
まるでルイから直接言われている様に感じられ、カオルの瞳から涙が溢れる。
「ルイ……ルイ……!」
そのまま地面に膝を着いて泣き崩れた。
ふと温かな感触がカオルを包む。
ルイの母がそっとカオルを抱きしめていた。
それはまるで全ての罪を赦そうとする聖母の様であった。
ルイの母の腕の中で、カオルは声を殺して泣き続けた。
カオルが少し落ち着いた所で、ルイの母が静かに問い掛けた。
「1つ教えて?ルイは最期に何て言ってたの?」
その質問を聞くのは、これで2度目となる。
「ルイは……『僕の夢、君に託したぞ』と。それから……」
一呼吸置いてカオルは次の言葉を紡いだ。
その言葉は、カオルだけでは知りえなかったもの。
あの時、ルナが教えてくれたカオル自身をも救った言葉……
「『生きろ』と……」
「ふふっ、あの子らしいわね。ありがとう、教えてくれて」
ルイの母は、優しく微笑んで礼を言った。
「最後に私からのお願い、聞いてくれる?」
「俺に出来る事なら」
「ルイの分も生きて。そして、あの子の夢を……一緒に叶えてあげて」
カオルは大きく頷いて応えた。
その瞳は、3年間の苦しみから解放された思いと同時に、新たなる決意を得た力強さを宿していた。
それを確認したルイの母は、安心した様に再び微笑んだ。
ロカA2行きの宇宙船に乗り込んだルナとカオルは、行きと同じように隣り合わせに座っていた。
2人の間に会話は無い。
この雰囲気に我慢できなくなったチャコが、ルナの膝の上で癇癪を起こした。
「アンタらいい加減にしぃや!何やねんこの空気!窒息してまうわ!もーあかん!ウチは向こうで新鮮な空気でも吸ってくるわ!」
そんな捨て台詞を吐いて、チャコは走り去って行った。
「……何だ突然」
「さ、さぁ?」
突然のチャコの言動に、カオルはキョトンとし、ルナは苦笑いを浮かべた。
都合良く空気が変わった所で、ルナがカオルに話し掛ける。
「……何か、早くみんなに会いたいな」
「どうしたんだ?急に」
「ちょっと色々あって」
ルナの言葉にカオルは「そうか」と返し、深くは追及しなかった。
「ねぇ、カオル」
「ん?」
「帰ったらみんなも誘って遊びに行かない?」
「帰ったらって……ロカA2に着く頃にはもう夕方になるぞ?」
「……ダメ、かな?」
おずおずとした態度に加わり、上目遣いで見つめてくるルナの素振りに、カオルは「うっ……」と言葉を詰まらせた。
きっとルナは無意識にやっているのだろうが、それが余計心臓に悪い。
カオルは小さく溜息をつき、携帯を取り出した。
「一応聞いてはみるが、あまり期待はするなよ?ハワードはともかく、他の奴らにも都合はあるかもしれないからな」
「うん!!」
自分の願いを受け入れてくれたカオルに、ルナは満面の笑みを向けた。
「ところでルナ、明日から学校が始まるが、課題は全部終わらせたのか?」
「うん!自由研究にちょっと苦戦したけど。カオルはどんなテーマにしたの?」
会話も弾み出し、2人にいつもの雰囲気が戻る。
『本日はスペースラインをご利用頂き、誠にありがとうございます。本船の終点はロカA2となります。まもなく離陸となります』
ルナ達を乗せた宇宙船は、離陸のアナウンスと共に動き始め、仲間達の待つロカA2へと出発した。
ポートから外へ出た時に視界に広がる光景は、いつ来てもルナを圧倒する。
無数に建ち並ぶ高層ビル、何重にも入り組んだ立体交差路、伊達に『宇宙の都』と呼ばれていない。
しかし、ルナは不思議と急成長を果たした現在の火星を好きにはなれなかった。
今の火星は、もう自分の故郷と呼ぶのを躊躇ってしまう程に変わってしまった。
幼い頃に遊んだ公園も、養護施設に行くまで住み続けた家も取り壊され、このコロニーのどこかの高層ビルの下へと沈んでしまっているのだろう。
もはやここには、ルナが両親と過ごした当時の面影は跡形も残っていない。
「ルナ、行くで」
「うん……」
先を促すチャコの声にルナは小さく頷くと、目の前を流れる動く歩道に乗り込んだ。
第 2 話 『夏ノ追憶(後編)』
都市部から少し外れた場所に墓地は位置している。
墓地に到着したルナとチャコは、カオルと一旦別れ、両親の名前が刻まれた墓前へとやって来た。
昨年の今日は漂流していた事もあり、墓参りに来る事が出来なかった。
2年分の報告も兼ねて、天国にいる両親に元気な姿を見せよう、とルナは考える。
ルナは両親の墓を見つけたと同時に、その隣の墓で黙祷を捧げる人物が目に入った。
ルナがゆっくりとその人物の元へと近づいていく。
隣の墓で黙祷を捧げていたのは1人の老婆であった。
老婆も、近づいてくる物影に気付き、ルナへと顔を向けた。
「もしかして、ルナちゃんかぇ?」
老婆は驚いた様子でルナへ声を掛けた。
「キノお婆ちゃん!!」
ルナは笑顔でキノと呼ぶ老婆の元へ駆け出した。
ルナとキノは、火星での爆発事故から数週間後、ルナの父が埋葬された日にこの墓地で知り合った。
キノは墓の前で目を腫らして泣いていたルナの頭を優しく撫で、彼女が泣き止むまでずっと側に寄り添ってくれていた。
そんなキノもまた、爆発事故によって家族を失ったという事実を、ルナが知ったのはそれからすぐの事であった。
キノは再会を喜ぶように、胸に飛び込んできたルナをぎゅっと抱きしめた。
「久しぶりじゃのう……!ニュースを見て心配しとったんじゃぞ?よくぞ無事に帰ってきたのぅ……!」
「はい……!」
ルナもそれに応える様に、キノを抱きしめる腕に力を込めた。
「ばあちゃん元気そうでなによりや」
「ほっほっほ!チャコも相変わらずのようじゃの」
足元にいるチャコの言葉に、キノはシワだらけの笑顔を向けた。
ルナは献花を行うと、胸の前で指を組み、2年分の黙祷を捧げた。
(お父さん、お母さん、久しぶり。来るの遅くなってゴメンね?去年は修学旅行中に漂流しちゃったりとか色々あったけど、無事に帰ってきて、私とチャコはこの通り元気だよ)
ルナが黙祷を終えた頃合いに、キノが微笑みながら声を掛ける。
「それにしても、しばらく見ん間に大人っぽくなったのう。きっとご両親も天国からルナちゃんの成長を喜んどる事じゃろ」
キノの言葉を受け、ルナは振り返り小さく微笑み返した。
「ルナちゃん……」
途端にキノの表情が切なそうなものに変わる。
微笑んではいるものの、ルナのその瞳は、何か苦しみを抱えているかの様にキノには感じられた。
それは両親を失った『悲しみ』の感情などではない。
もっと心の奥深くに潜む、ルナの心を縛る枷の様なものの様に感じられる。
キノはルナの手を握り、真剣な面持ちで見つめた。
「キノ……お婆ちゃん?」
突然のキノの行動に、ルナは目を丸くした。
「ルナちゃん……ルナちゃんを苦しめとるもんは一体何じゃ……?」
キノの言葉にルナはビクリと体を震わせた。
その表情は、何故それを?とでも言うかの様である。
「出会った頃から気付いておったよ。その頃は時が自然と癒してくれるもんだと思っていたんじゃが……。7年経った今でも、まだ引きずっていたんじゃな」
「わ……私は……」
ルナはガタガタと体を震わせ、首をぎこちなく横に振った。
まるで心に隠した事実が暴かれるのを恐れているかの様である。
そんな震えるルナを、キノは優しく包み込む様に抱き締めた。
「全部吐き出すがええ。この
キノの優しい言葉が、ルナの恐怖心を少しずつ取り除いていく。
ルナの体の震えが少し治まってきた所で、キノはもう一度同じ言葉を繰り返し尋ねた。
「ルナちゃんを苦しめとるもんは……一体何じゃ?」
ルナの瞳から途端に涙がこぼれ落ちた。
何年も張り詰め続けていた糸がプツンと切れた様に、ルナはキノの胸の中で泣き出した。
「もし……あそこにいたのがお父さんだけだったら……お父さんは助かったかもしれないのに……あの日、どうして大人しく留守番しなかったんだろう……どうしてお父さんの仕事場に行っちゃったんだろう……!私のせいで……お父さんは……!!」
「ルナ……」
チャコはかける言葉が見つからなかった。
ルナがそのような罪の意識を抱えてこの7年間生きてきたという事を、今の今まで知りもしなかった。
表には全く出さず、それでも心の中ではずっと苦しんでいたのだろう。
チャコはその事に気付く事が出来なかった自分を罵倒した。
「ルナちゃんは、ずっと苦しんでいたんじゃのう」
キノは抱きしめるルナの頭を優しく撫でた。
その温かい手の温もりが、頭の上から心の闇を少しずつ吸い取ってくれているように感じられた。
「世の中は理不尽な事ばかりじゃて。思い通りにいかん事もいっぱいあるじゃろう。ああすれば良かった、こうすれば良かった、後悔する事もこれからたくさん起こるじゃろう」
ルナは涙に濡れた瞳でキノを見つめ、その話に耳を傾ける。
「でもルナちゃん、よく思い出してみるんじゃ。事故でお父さんを失ったその道は、ルナちゃんに不幸だけをもたらしたんかの?」
「……え?」
「お父さんを失ったその道で、ルナちゃんが得たものもあるんじゃないかぇ?」
キノの言葉にルナはハッとした。
夢を目指すために入学したソリア学園での生活。
修学旅行の途中で起きた漂流事故。
その中で芽生えた仲間の存在。
そして、心の支えにもなっている大好きな人の存在。
ルナが罪の意識を背負い今まで歩んできた道……その道の中でしか得られなかったかけがえのない存在にルナは気付く。
ルナの表情を見て、キノは口元を静かに上げた。
「それともう1つ、ルナちゃんのお父さんは自分の意志でルナちゃんの命を守る事を決めたんじゃ。それはルナちゃんにそんな思いをさせる為にした訳ではないよ?その救われた命を大事に、そして幸せに生きる事を望んどるはずじゃ」
「幸せに……か」
「子供が幸せでいられるのが親の何よりの望みじゃ。これからは天国のご両親に精一杯幸せな姿を見せてあげなさい」
「……はい!」
ルナは涙を拭き、キノへ笑顔を向けた。
それは7年間ずっと囚われていた呪縛からようやく解き放たれ、何か吹っ切れたような清々しい表情であった。
「全く……婆ちゃんには敵わんわ」
チャコがボソリとキノに囁く。
「お前さんは何を落ち込んどるんじゃ?」
「ウチ……ルナが7年間ずっと苦しんどった事にちっとも気づかんかった……家族失格や……」
チャコがガックリとうなだれる。
「何を言っとるんじゃ。家族とて全てを知る必要なんてない、と前に教えたじゃろうに。ルナちゃんの家族はチャコだけなんじゃぞ?いてくれるだけで心の支えになれるのは家族の特権じゃ。チャコがルナちゃんの側にいる事の方が、この婆の説教なんぞを聞いてるより何倍も意味がある事なんじゃぞ」
「そんなもんなんか?」
チャコは少し自信なさそうな目でにキノを見上げた。
「そんなもんじゃ。じゃからそんなシケた顔するでない。ルナちゃんが心配してしまうぞ?」
「……せやな!あぁ~、やっぱり婆ちゃんには敵わんわぁ~!」
チャコが再び同じ台詞を吐いた。
しかし、先ほどとは違う感情が込められている。
「ほっほっほ!安心せい、チャコならすぐにこの婆も超える説教ロボになれるわ」
「……それ褒めとんのか?」
「さてのぅ」
チャコの中にはもう、先程の負の感情は無い。
チャコは改めて目の前にいる老婆を
その頃、カオルはひとり墓前に立っていた。
「久しぶりだな……ルイ」
その名が刻まれた墓標を見つめ、カオルは静かに呟く。
ルイは無限に広がる宇宙へと投げ出されて命を落とした。
つまり、この墓の下にはルイの亡骸は存在しない。
今も暗い宇宙のどこかを彷徨っている。
「3年も待たせてしまったが……改めて言わせてくれ……すまなかった……」
そう呟き、カオルは墓へ深謝した。
カッ、カッ……
地面を踏む音がふと耳に入り、カオルはゆっくりと頭を上げた。
その視界に入ったのは1人の女性の姿。
腕に花を抱え、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
カオルは突然息苦しさを感じ、呼吸を荒くした。
心臓はドクンドクンと激しく鼓動し、全身から汗が噴き出る。
初対面のはずなのに、一目見て分かった。
髪の色、顔立ち、その雰囲気、女性は間違いなくルイの血族であるとカオルは瞬時に断定できた。
「あら?あなたは……」
女性は墓の前に立つカオルの存在に気が付く。
「……カオル、といいます……」
「そう、あなたが……」
女性は特に驚く様子もなくカオルへとゆっくりと近づいた。
カオルは心臓を握り潰される様な感覚に襲われた。
これほどの恐怖を感じた事は無い。
女性はカオルの前に立ち止まると、小さくお辞儀をした。
「初めましてカオル君。ルイの母です」
そう言ってルイの母は微笑んだ。
カオルには理解できなかった。
息子の
何故そんなに冷静でいられるのか?
いっそ罵倒してくれた方が幾らか楽かもしれない、と考えてしまうほど、ルイの母は得体が知れず、カオルの恐怖心を煽らせた。
ルイの母は墓前にしゃがみ、献花を行うと、指を組んで黙祷を捧げた。
数分の黙祷の後、ルイの母はすっと立ち上がると、カオルに話し掛けた。
「来てくれてありがとう。ルイもきっと喜んでるわ」
カオルは驚きで目を見開いた。
罵声どころか感謝の言葉を受け、カオルは耐えられず言葉を返した。
「何故そうやって笑っていられるんです!?何故礼なんか言うんです!?俺はルイを……」
「救ってくれたのよね?」
カオルは言葉を失った。
はっきりと断言するルイの母の表情は真剣そのものであった。
「ち、違います!俺はルイを救ってなんかいない!!俺は……ルイを……救えなかった……手を離してしまった……」
カオルは声を荒げて否定した。
そしてその声は次第に小さくなっていき、カオルはうなだれた。
「カオル君に見てもらいたいものがあるの」
ルイの母に促され、カオルはわずかに視線を上げた。
彼女の腕には、一冊の電子ノートが抱きしめられていた。
「……それは?」
「あの子が訓練学校時代に書いた日記よ。カオル君がここへ来てくれる日が来たら、渡そうとずっと思っていたの」
カオルはおずおずとそれを受け取る。
「ルイの……?何故俺に……?」
「それは読んでみれば分かるわ」
一体何が綴られているのか……
カオルは電子ノートの電源を入れ、緊張した面持ちでルイの日記を読み始めた。
『○月×日
今日はカオルとルームメイトになった。
彼の事はずっと気になっていた。
彼はいつも1人だ。
1人が好きなのかと思ったけど、その背中は何だか寂しげに感じられた。
もしかしたらカオルと僕は似ているのかもしれない。
仲良くなりたいと言ったら拒否されたけど……
これから少しずつでも距離を縮められればと思う』
『□月△日
今日は中間試験の結果が出た。
何とかカオルに勝てはしたけど、正直危なかった。
僕と互角に張り合ったのは彼が初めてだ。
何故だろう……
気を抜けばあっという間に追い抜かれるかもしれないのに、すごく楽しい。
こんな気持ちは初めてだ』
『×月□日
今日は操縦のシミュレーション訓練をやった。
総合得点ではカオルに勝てたけど、唯一1教科だけカオルの得点が上だったものがあった。
初めて負けた。
負けるって、思っていたよりショックが強いんだな。
カオルも他のみんなも、こんな気分を毎回味わっていたのか。
カオルはすごい。
彼に会ってから、色んな事に気付かされる。
友達になりたいな……
今までの様に上っ面だけの友達じゃなくて、本音を語れる本当の友達に……』
『△月○日
前回に続いて、今回も1教科だけカオルに負けた。
〈非常事態の危機対応〉において、カオルは僕には無い高い集中力を発揮する。
もしかしたらカオルは実践向きなのかもしれない。
これから実践演習が始まったら、カオルは一気に伸びるかもしれない。
最近になって気付いた。
僕は心のどこかで、カオルが僕を負かしてくれるのを待っているのかもしれない。
初めて出会えた、競い合い共に成長していける友をきっと僕は求めていたんだ。
カオルと本気で友達になりたい……!
これが今一番僕が望んでいる事だ』
『8月30日
明日はいよいよ実践演習の日だ。
操縦はカオルの予定。
どんな実力を見せるのか、すごく楽しみだ。
カオルは僕をどう思っているんだろう……
友達だと思ってくれてるかな?
それともただのルームメイトくらいなのかな?
少なくとも、ライバルくらいに思ってくれてたら嬉しいな。
今日の実践演習が終わったら、食事に誘ってみようかな?
カオルが拒むのは目に見えてるけど、少し強引に連れていくのも面白いかもしれない。
明日が待ち遠しいな』
そこで日記は終わっていた。
ルイは予想だにしなかっただろう。
その翌日に、自身の短い生涯を終える事になるとは……。
「ルイはね、ずっと1人だったの。神様から与えられた天賦の才の代償なのか、ルイは周囲から妬まれ、敬遠されてたわ」
「アイツが……1人?」
訓練学校では、ルイの周りには人がいたはず。
人望の厚いルイが1人だったという事実がカオルには信じられなかった。
「辛い時、ルイはいつも宇宙を見上げていたわ。宇宙に広がる無限の星を見ていると、心が安らぐんですって。それが理由でルイは宇宙飛行士を目指そうと思ったみたい。宇宙飛行士になれば、窓からいつでも無限の星を見られるからって」
ルイの真実が、彼の母の口から語られる。
その内容は、カオルが持つルイのイメージを打ち壊すものであった。
「だからカオル君に出会えた事が本当に嬉しかったのね。ほら、日記に書いてるのだってカオル君の内容ばかり。ルイはあなたに出会って心を救われたの」
ルイの母の言葉を受け、カオルは視線を自分の掌へと移した。
「俺は……許されるんですか?ルイの命を救えなかった一方で、あなたはルイの心を救ったと言う……俺の罪は許されるものなんですか……?」
「許すも何も、カオル君は何も悪い事をしていないでしょう?そもそもカオル君に科せられた罪なんて、始めから存在なんてしてないのよ。だから……あなたが許しを乞うのは、あなた自身よ」
いっそ罵倒してくれた方が楽……そんな思いの裏に、本当は許してもらいたいという思いが潜んでいた事にカオルは気付く。
「あれからずっと自分を責め続けて、1人苦しんでたのね?ここへ来るのだって相当な勇気と決意が必要だったはずよ」
「………」
カオルは静かにルイの母の言葉に耳を傾けた。
「そして3年たった今日、あなたはここへ来た。前を向いて一歩踏み出す決意をしたって事よね?それがどれだけ大変な事か、私には分かるわ。だからルイの代わりにお礼を言いたいの。来てくれてありがとう」
まるでルイから直接言われている様に感じられ、カオルの瞳から涙が溢れる。
「ルイ……ルイ……!」
そのまま地面に膝を着いて泣き崩れた。
ふと温かな感触がカオルを包む。
ルイの母がそっとカオルを抱きしめていた。
それはまるで全ての罪を赦そうとする聖母の様であった。
ルイの母の腕の中で、カオルは声を殺して泣き続けた。
カオルが少し落ち着いた所で、ルイの母が静かに問い掛けた。
「1つ教えて?ルイは最期に何て言ってたの?」
その質問を聞くのは、これで2度目となる。
「ルイは……『僕の夢、君に託したぞ』と。それから……」
一呼吸置いてカオルは次の言葉を紡いだ。
その言葉は、カオルだけでは知りえなかったもの。
あの時、ルナが教えてくれたカオル自身をも救った言葉……
「『生きろ』と……」
「ふふっ、あの子らしいわね。ありがとう、教えてくれて」
ルイの母は、優しく微笑んで礼を言った。
「最後に私からのお願い、聞いてくれる?」
「俺に出来る事なら」
「ルイの分も生きて。そして、あの子の夢を……一緒に叶えてあげて」
カオルは大きく頷いて応えた。
その瞳は、3年間の苦しみから解放された思いと同時に、新たなる決意を得た力強さを宿していた。
それを確認したルイの母は、安心した様に再び微笑んだ。
ロカA2行きの宇宙船に乗り込んだルナとカオルは、行きと同じように隣り合わせに座っていた。
2人の間に会話は無い。
この雰囲気に我慢できなくなったチャコが、ルナの膝の上で癇癪を起こした。
「アンタらいい加減にしぃや!何やねんこの空気!窒息してまうわ!もーあかん!ウチは向こうで新鮮な空気でも吸ってくるわ!」
そんな捨て台詞を吐いて、チャコは走り去って行った。
「……何だ突然」
「さ、さぁ?」
突然のチャコの言動に、カオルはキョトンとし、ルナは苦笑いを浮かべた。
都合良く空気が変わった所で、ルナがカオルに話し掛ける。
「……何か、早くみんなに会いたいな」
「どうしたんだ?急に」
「ちょっと色々あって」
ルナの言葉にカオルは「そうか」と返し、深くは追及しなかった。
「ねぇ、カオル」
「ん?」
「帰ったらみんなも誘って遊びに行かない?」
「帰ったらって……ロカA2に着く頃にはもう夕方になるぞ?」
「……ダメ、かな?」
おずおずとした態度に加わり、上目遣いで見つめてくるルナの素振りに、カオルは「うっ……」と言葉を詰まらせた。
きっとルナは無意識にやっているのだろうが、それが余計心臓に悪い。
カオルは小さく溜息をつき、携帯を取り出した。
「一応聞いてはみるが、あまり期待はするなよ?ハワードはともかく、他の奴らにも都合はあるかもしれないからな」
「うん!!」
自分の願いを受け入れてくれたカオルに、ルナは満面の笑みを向けた。
「ところでルナ、明日から学校が始まるが、課題は全部終わらせたのか?」
「うん!自由研究にちょっと苦戦したけど。カオルはどんなテーマにしたの?」
会話も弾み出し、2人にいつもの雰囲気が戻る。
『本日はスペースラインをご利用頂き、誠にありがとうございます。本船の終点はロカA2となります。まもなく離陸となります』
ルナ達を乗せた宇宙船は、離陸のアナウンスと共に動き始め、仲間達の待つロカA2へと出発した。
完