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3期

語り部であるアキラの透き通った声から発せられたカオルの過去は、ルナが想像していた以上に凄惨せいさんたるものであった。

以前カオルが言っていた言葉をルナは思い出す。

何故宇宙飛行士を目指そうと思ったのか問い掛けた時、カオルはこう答えた。


『……敢えて言うなら、あの頃の俺はただ……1人になりたかった……それだけだと思う』


それはまぎれもなく真実だったのだろう。

お前のせいで他者が不幸になった、と糾弾され、それを受け入れてしまえば、他人と関わる事が怖くなるに決まっている。

だからこそカオルは選んだのだ。

誰も不幸にならない方法を。

たとえ、それが自分を不幸に陥れる結果になろうとも。

「……それからしばらくして、カオルは奨学金特待生としてソリア学園に編入したわ。学校に通う気になってくれた事は正直嬉しかった……環境が変わる事で、カオルが心を開くきっかけが出来ればって思ってたから……。でも、結局カオルが心を開く事は無かった……他人との間に壁を作って孤立していた……」

胸につかえた思いを少しでも取り除こうとするかの様に、アキラは「ふぅ」と小さく溜息を吐いた。

「そして去年の春、ルナちゃんも経験した修学旅行の事故が起きた……。生存確率はほぼ0%って言われて……呼吸が止まりそうになった……。心が上手くコントロールできなくて、レノにきつく当たった事もあった……。どうしても諦めきれなかったの……カオルが死んじゃったなんて認めたくなかったの……!正直、あの時が今までで一番キツかったわ……」

アキラの言葉に同調する様に、カトレアが顔をわずかに俯かせる。


その時のアキラの様子を、カトレアは実際に目の当たりにしていた。

その光景は、まさに子を失った親そのものであった。

意味のない事と分かっていながらも、周囲に感情をぶつけなければ自我を保つ事が出来ない程に錯乱状態に陥っていた。

できれば二度とあんな姿を見たくない、当時のカトレアは切にそう願っていた。

「でも、カオルは生きて帰ってきてくれた。ううん、それだけじゃないわ。あの日、初めてカオルは微笑んでくれたの。『よく生きて帰ってきてくれた』と言って差し出したレノの手を、『ただいま』って返して握ってくれたの。胸が熱くなって、言葉が出なかったわ……」

そこまで話すと、アキラは涙を滲ませた瞳をルナへと向けた。

カトレアもアキラも、想像のつかない苦しみを抱えていた事が、今なら痛いほどよく分かる。

だからこそ、ルナはアキラの次の言葉を、静かに受け止めるのであった。

「ルナちゃん、ありがとう……!カオルと生きて帰って来てくれて……本当にありがとう……!!」



最終話
第 18 話 『光と共に⑤』



「ルナちゃん、あなたと出会った事でカオルは変わった。ううん、本来のカオルに戻った、と言った方が正しいのかもしれない。他人を拒絶する事もなくなったし、何より、よく笑う様になったわ。……だけど、他人を受け入れる様になった一方で、カオルの中にはまだ『呪い』の残痕ざんこんが残っていた……」

「『呪い』の……残痕?」

「『自分と関わった人間は不幸になる』……そのレッテルは、心を開いた今でも消えていないんだと思うの。だから、ある一線を越える事を、カオルは恐れているのよ。たぶん、ルナちゃんを含めた仲間達と日常で作っている関係が、カオルにとってのギリギリの距離感なんだと思う」

「……それってつまり、その『呪い』が消えない限り、カオルが誰かを好きになっても、その人と結ばれる事は無い……って事ですか?」

ルナの要約にアキラは静かに頷いた。

「カオルにとって、自分のせいで大切な人が不幸になる事は、耐え難い苦痛だと思うから。だから、誰かを不幸にするくらいなら、自分から離れた方が良い、そういう選択しか出来なかったのよ」

ルナは沈黙し、心の中で自問自答を繰り返していた。

果たしてカオルの行動は本当に最善策なのだろうか?

大切な人を不幸にしたくない、という思いには共感できる。

しかし、距離を置かれた方の思いはどうなるのだろうか?

それはあまりにも一方的過ぎやしないだろうか?

もし自分がそのような理由で距離をおかれたのだとしたら……

「……私は幸せだとは思わない」

思わず口に出してしまった。

アキラとカトレアがキョトンとした顔でルナを見つめている。

それに気付く事無く、ルナは言葉を続けた。

「私にとってカオルの隣にいる事が一番の幸せだもん。身の回りで不運な事が起きたとしても、カオルがそばにいてくれるなら、私は不幸だとは思わない」

そこまで言い終えた所で、ルナは我に返った。

「あ、いや……い、今のは別に私がカオルの大切な人っていう意味じゃなくて……そうなれたらいいな……とか思っ……いや、そうじゃなくて……何言ってるんだろ私……」

ジッと見つめてくる2つの視線に恥ずかしさを覚え、狼狽しながら弁明するも、言葉はまるでまとまっていなかった。

しかしその前に洩れた言葉は、まぎれもないルナの本心であった。

アキラとカトレアはクスリと微笑み、顔を赤らめるルナを優しい眼差しで見つめた。

そして、同時に直感するのであった。

彼女ならば、カオルの『呪い』をはらい去る事が出来るのかもしれない、と……。


「ねぇ、ルナちゃん」

「は、はいっ!」

恥ずかしさのあまり、アキラの呼び掛けにルナの声量がやや大きくなる。

「こんな事を言うのはルナちゃんを縛り付けるみたいで申し訳ないと思うけど……どうかカオルを見限らないでほしいの。あの子はただ不器用なだけ……あの子の事、まだ好きでいてくれるならどうか……」

そう言ってアキラは頭を深々と下げた。

しばらくの間をおいて、ルナが静かに言葉を紡ぐ。

「アキラさん、頭を上げてください。私だって出来ることなら諦めたくないですから」

アキラはわずかに頭を上げ、ルナの顔を見やった。

先程とは違う、少しだけ穏やかさを取り戻した表情がそこにあった。

「私、カオルが大好きです。今回の事でそれが痛いほどよく分かりました。カオルに一度振られちゃった私ですけど……諦めないで……いいんですよね?」

その言葉に、アキラが力強く頷く。

「分かりました。私、もう一度カオルに想いを伝えてみます。結果は変わらないかもしれないけど、それでも今のぎこちない関係でいるのは嫌だから」

「ありがとうルナちゃん。……カオルの事、よろしくお願いします」

「はい……!」

ルナの力強い返事、活力の戻った瞳を目にし、アキラは安心した様に微笑むのであった。




繁華街のネオンライトも届かぬ暗い小路に、カオルとベルが向き合って佇む。

カオルから突如告げられた言葉が理解できず、ベルはしばらく茫然自失した。

「な、何を言ってるんだい、カオル……?そんな事ある訳……」

「別に幽霊に祟られたとか、そういう事を言ってるんじゃない。よく『そういう星のもとに生まれた』と言うだろ?いるんだよ、本人の意思に関わらず、本人の望まない結末を招いてしまう、そういう体質を持った人間が」

「……それがカオルだとでも言うのかい?」

ベルの問い掛けに、カオルは小さく頷いた。

「現に、俺のせいで過去に4人もの人間が不遇な運命を辿っているんだ。それを偶然の一言で片付けられるほど、俺は心が強くない……」

やや俯きながら話すカオルの姿は、普段のクールながらも圧倒的な存在感を醸し出す彼の姿から、かけ離れたものであった。

カオルが弱々しい口調で話を続ける。

「……本当の事を言うと、あの漂流事件だって俺はハワードせいだとは思っていないんだ。……俺の体質がみんなを巻き込んだ……そう思っている」

予想だにしない告白に、ベルは絶句した。

ハワードの謝罪により完結したはずのその話題。

ハワードが、切り離しスイッチを押したんだと涙ながらに告白したあの時も、帰還後の記者会見で深々と頭を下げていたあの時も、カオルは自責の思いをずっと抱えていたという。

しかしそれは、真実を告げたハワードの勇気さえも無碍にしてしまう発言でもあった。

ショックを通り越し、ベルの中で静かな怒りが込み上がる。

「カオルも分かってるはずだ。あれが誰のせいだったかなんて、もう関係のない事だって。あそこでの生活を通して、俺達は固い絆で結ばれた……それでいいじゃないか」

「だが、未来に起こり得る事に対して警戒する必要はある。何か起きてからじゃ遅いんだ」

険しい表情で話すベルに対して、カオルは少し強めの口調で反発した。

「……その警戒の結果が、ルナの今の様子……という事かい?」

カオルはピクッと反応し、ベルへ視線を向ける。

いつもの柔和な顔はそこに無く、眉を少し上げた、苛立った様子のベルがいた。

「……何となく分かってはいたんだ。ルナの気持ちはカオルに向いているんじゃないかって。もしかして、ルナにその想いを告げられたんじゃないかい?」

ベルの質問にカオルは沈黙した。

それをベルは肯定と捉え、静かに、そしてはっきりとした口調でカオルに問い掛ける。

「……カオルは、ルナのその気持ちを拒絶したのか?」

「拒絶したかった訳じゃない。……だが、ルナを不幸にさせるくらいなら、俺は孤独を選ぶ」

相手を大切に想うが故に、傷つけてしまうかもしれないという恐怖心が、カオルの心を支配していた。

しかし、ベルにとってそれは傲慢な考え方に他ならない。

自分がどんなに渇望しても、手にする事が出来ないものを、カオルは望めば容易く手にする事が出来る。

その権利さえも放棄しようとするカオルの行動が、ベルには許せなかった。

「カオルは……その選択が本当に正しいと思っているのかい?」

「最善かどうかは分からない。だがこれでいいんだ……。その方が……ルナも幸せなはずだ」

その一言が耳に入ると同時に、ベルの脳裏にパーティー時のルナの表情が甦る。

その瞬間、ベルは感情を抑える事も忘れ、カオルのシャツの襟元に掴みかかった。

「カオルっ!!!」

ベルの叫びが静寂な小路に反響する。

いつも温厚なベルの激昂した姿を目にし、カオルは目を見開き硬直してしまった。

「何が『ルナの幸せ』だ!!カオルもルナの顔を見ただろう!?あんな顔の先に一体どんな幸せがあるっていうんだ!!!ルナの幸せを願うなら、ルナを笑顔にさせなきゃいけないのに……!それなのに、逆にルナの笑顔を奪ってどうするんだ!!」

「じゃあ!今のルナが幸せなら、将来ルナが不幸に見舞われてもいいっていうのか!?分かったような口を聞くな!!」

カオルが本来言い合いで負ける事など皆無だ。

高い知識力に弁論術、相手を言い負かす事など容易い事であった。

しかし今回ばかりはベルに圧倒されていた。

理由は2つある。

1つはカオル自身が感情に流されて冷静さを欠いていた事。

そしてもう1つは、ベルと話していくうちに、カオル自身、自分の選択が間違っていたのかもしれない、と心のどこかで思ってしまっている事であった。

そんなカオルへ追い討ちをかけるように、ベルが声を張り上げた。

「分かってないのはカオルの方だ!!ルナが何に幸せを感じるかは、ルナが決める事だ!」

「っ!」

カオルは言葉を詰まらせた。

構わずベルは言葉を続ける。

「今のカオルは逃げてるだけだろ!!自分が傷つきたくないからって、それを『ルナのせい』にしている!!はっきり言ってカッコ悪いよ!!」

(ルナの……せい……?)

自分でも知らないうちに、自身のトラウマの恐怖を『ルナのせい』にしていたと気付かされ、放心したカオルの体が脱力状態となった。

「傷つくのが、失うのが怖いなら、全力で守れよ!!サヴァイヴの時はずっとそうしてきたじゃないか!!カオルにはそれを実現できる力があるじゃないか!!」

ベルの手の力が弱まると、カオルの体はずるりと重力に従ってすべり落ち、地べたへ座り込む体勢となった。

ベルも全てを吐き出し、力が抜けた様に膝から崩れ落ち、地べたに手をついた。

「失望……させないでくれよ……」

消え入りそうなか細い声で洩らした最後の言葉が、寒空の空気を振動し、カオルの耳へと溶け込んでいった。




ルナが帰るまでの間、チャコはずっと上の空であった。

テレビを見ている間も、昼食のフルーツジュースを飲んでいる間も、頭に浮かぶのは覇気無きルナの表情。

ルナは大丈夫と言っていたが、果たしてほんとうに向かわせて良かったのか、ルナが出かけた後から急に不安に駆られていた。

(ホンマに大丈夫やろうか?カトレアが上手くフォローしてくれるとええんやけど……)

ルナが帰宅する時刻になると、チャコは玄関の前をそわそわと行き来し始めた。

こんな事をしてもエネルギーの無駄である事は甚だ承知しているのだが、じっとして帰りを待てる程、チャコに心の余裕は無い。

そんな行動を繰り返している内に、扉の施錠がガチャリと音をたてて開き、ルナが「ただいまぁ」という言葉と一緒に帰ってきた。

チャコはすぐさま駆け寄ると、ルナの体をよじ登り、その小さな肩へとチョコンと座った。

その行動は、神経衰弱状態のルナへのチャコなりのスキンシップである。

それが分かっているからこそ、ルナも嫌がる事無くチャコを受け入れた。

「おかえり。どやった?バイトの方は?」

「うん。久しぶりだったから結構疲れちゃった」

ルナが苦笑いを浮かべ返答する。

その様子に違和感を覚え、チャコは首を傾げた。

「どうしたの?」

「ルナ、何かあったんか?」

「え?どうして?」

「いや、なんちゅーか……朝より顔色がいい気がしてな」

チャコの答えにルナは一瞬キョトンとするも、「そっか……そう見えるんだ」と呟くと、小さく口元を上げた。

その微笑みは、普段の笑顔からはまだ程遠いものであったが、ルナの心が少しずつ快方に向かっている事を明らかにしていた。

「……あのね、チャコ」

「ん?」

「私……諦めないよ。カオルが振り向いてくれる様にもっと自分を磨こうと思う」

凛とした瞳がチャコを捕らえる。

その眼は、何かを決意した時に見せるものだ。

今日一日の間で何が起きたのか分からないが、ルナが元気を取り戻した事にチャコはひとまずホッとした。

「今まで心配かけてごめんね?……それから、ありがとう。ずっと側にいてくれて」

思いもかけないルナから出た言葉が、チャコの遠い記憶を呼び起こす。


『ルナちゃんの家族はチャコだけなんじゃぞ?いてくれるだけで心の支えになれるのは家族の特権じゃ。チャコがルナちゃんの側にいる事の方が、この婆の説教なんぞを聞いてるより何倍も意味がある事なんじゃぞ 』


火星へ墓参りに行った時、キノから貰った言葉を思い返し、チャコは心の中で苦笑いを浮かべた。

「何言うとんねん。家族なんやから当たり前やろ」

「うん、ありがと」

チャコの言葉にルナも小さく微笑んだ。

(ホンマ婆ちゃんには助けられてばっかや。今度会った時は何かお礼をせなあかんな)

ルナの微笑みを見つめながら、チャコは遠い星に住む老婆へと感謝するのであった。


「~♪」

そこへ突然鳴り出すルナの携帯。

携帯を取り出し、おもむろに指を動かしながら画面を見る。

「あ……メール、ベルからだわ」

「ベル、何やて?」

チャコも興味津々といった様子で、ルナの肩に座りながら画面を覗き込む。

メールを開くと、画面上にベルの顔が表示され、記録された音声が流れ始めた。


『夜遅くにごめん。明日……少しだけ会えないかな?……大事な話があるんだけど。無理はしなくていいから。返事待ってるよ』


「……大事な話?何だろう?」

チャコと顔を見合わせ、ルナはベルへと電話をかけた。

2、3度のコール音の後、再び画面にベルが現れる。

『はい』

「こんばんは、ベル」

『うん。ゴメン急に』

「ううん、大丈夫だよ。ところでメール見たけど、何だったら今話聞くよ?」

ベルを気遣うつもりの言葉であったが、ベルは意に反して困った様な表情をしていた。

『あー、うーん……何ていうか……できれば直接会って話したいんだけど……明日は都合悪いかい?』

「ううん、そんな事ないよ。じゃあ、待ち合わせの時間と場所を決めよっか」

ルナとベルは電話越しに約束を取り決めると、「おやすみ」とお互い挨拶を交わし、電話を切った。

ふと肩にいるチャコへ目を向けると、何やら複雑そうな表情を浮かべている。

「どうしたの?」

「いや……恋っちゅーもんは難しいもんやなぁって思ってな」

「???」

意味深な言葉を並べて1人納得するチャコの様子に、ルナは意味が分からず首をひねるばかりであった。




翌日、ルナは約束の時刻に待ち合わせの場所へと向かっていた。

ベルが指定したのは夜の7時。

辺りはすっかり暗くなっていた。

気温も日中に比べ低くなっていく為、ルナはコートを羽織り、マフラーを巻いて家を出た。

本日は12月31日、大晦日。

2、3日前に御用納めを迎えた多くの会社は休みとなっており、普段は帰宅ラッシュで満員となっているリニアカーも、座席に座れる程に空いていた。

そんな車内の様子を、メインストリートの動く歩道に乗りながらルナは眺めていた。

ベルの用件が一体何なのか全く予想もつかず、ルナは移動中も「う~ん」と考え込みながら目的地へと向かった。


約束の時間の10分前、ルナは待ち合わせ場所である自然公園へと到着した。

自然公園は、ロカA2の数ある公園の中で最大の規模を持つ屋外の植物園である。

地面には人工芝が敷き詰められ、道端には木々や草花が植えられている。

広大な敷地である為、ウォーキングコースとして利用したり、デートスポットとしても人気が高い。

自然公園の入り口、そこにはすでにベルの姿があった。

「ベル」

歩み寄るルナに気付き、ベルも小さく手を挙げ応じた。

「わざわざありがとうルナ」

「ううん。それは全然いいんだけど、何かあったの?直接会って話したい事って……」

首を傾げるルナの質問にベルは小さく微笑み返すだけであった。

「……少し歩こうか」

「え?う、うん」

先に歩き出したベルの後を、ルナはやや早足で追いかけて行った。


しばらく歩くと、公園の中央に設置されている噴水広場へとたどり着いた。

そこでようやくベルは足を止めた。

ルナも自然と立ち止まる。

しかし、ベルは背を向けたまま一向にルナの方へ振り返ろうとはしなかった。

「ベル?」

様子のおかしいベルが心配になり、ルナは思わず声をかけた。

すると、ベルはようやく口を開いた。

「ここ……自然が少ないコロニーで、唯一自然と触れられる場所だから、ロカA2に来てからは頻繁に通ってたんだ。もちろん今でもね」

「そうなんだ。私は入るの初めてだけど、この雰囲気は好きかな。やっぱり自然っていいね。何か心が洗われる感じがするわ」

ベルの言葉に頷き、ルナは深呼吸して植物から発せられる酸素を目一杯吸い込んだ。

「ルナに知ってもらいたかったんだ。俺の好きな場所……」

そこてようやくベルはルナへ顔を向けた。

その表情にいつもの柔和な笑みは無く、真剣そのものであった。

「ルナは何で今日なのかって思ってるのかもしれないけど、俺にとっては今日しか無かったんだ。自分の中でけじめをつける意味でも」

「けじめ?」

首を傾げるルナを前に、ベルは一度深呼吸をし、覚悟を決めた表情で言葉を紡いだ。


「俺……ルナが好きだ」

思いもかけない突然の告白。

ルナは頭が真っ白になり、硬直してしまった。

「サヴァイヴでの生活を通して、優しい所とか、直向ひたむきな所とか、それでいてどこか脆い所とか……ルナの動き一つ一つから目が離せなくなっていったんだ。あの時は何だか勢いで変な事口走っちゃったから、今度はちゃんと俺の気持ちをルナに伝えようと思ってたんだ」

顔を赤くしながらも、ベルは精一杯の気持ちをルナへぶつけた。

「俺と……付き合ってください」

ルナは顔がかぁっと熱くなるのを覚えた。

(ベルが……私の事を……好き?)

そういえば、とルナは記憶を想起させる。

オリオン号で大陸にたどり着いた時、ベルに「俺がルナの家族になるよ!」と言われた事を思い出した。

周囲はプロポーズがどうとか騒いでいたが、ルナとしては、あれは自分を励ます意味での発言だと捉えていた。

だが、もしあれがベルにとっての告白なのだとしたら……。

ルナはつくづく自分の鈍感さに腹が立った。

それと同時に、ベルに申し訳ない気持ちで一杯になった。

「あ……あの……その……」

言葉を返そうにも上手く言葉が出てこない。

何を言おうとも、ベルを傷つけてしまう結果になってしまう。

そんなルナの心情を悟ってか、ベルはいつもの柔和な笑みをルナに向けた。

「ルナ……遠慮なんかしなくていい。ルナの今の本当の気持ちを答えてくれるだけでいいんだ」

「で、でも……」

「言っただろう?これは俺なりのけじめだって。ルナの答えは大体分かってるから……だから覚悟も出来てる。ただ、曖昧にだけはしたくはないんだ」

ベルがここまで言うのだ、はぐらかすのはその覚悟を踏みにじる行為である。

ベルの真剣な眼差しに、躊躇していたルナもようやく決心した。

「……ごめんなさい。私……ベルの気持ちには応えてあげられない。……好きな人がいるから……」

「カオルの事……だよね?」

ルナが静かに頷く。

「そっか……ちゃんと返事してくれてありがとう。言いたい事は言えたし、スッキリしたよ」

「……そんなはずない」

微笑んで答えるベルの言葉にルナがポツリと反論を唱える。

「今のベルの気持ち、すごく分かるの。私もカオルに振られちゃって、すごく辛かったから……」

自分も経験した痛みだからこそ、ベルがやせ我慢している事も共感できる。

心苦しそうに、ルナがベルを見つめる。

振られた人間より、振った人間の方が辛そうにしている所は実にルナらしい、とベルは苦笑いした。

「確かに思っていた以上にキツいかな……でも、俺は自分の気持ちを伝えて、ルナはそれを正面から受け止めてくれただろう?だから悔いは無いし、スッキリしたっていうのも本当だよ。……けど、カオルは違う。嘘はついてないけど、本心は隠したままだ。ルナを気持ちを受け止めてなんかいない」

「……どうして分かるの?」

「昨日、たまたま会ったんだ。カオルとその事について話して……ケンカした」

「え!?」

意外な言葉に、ルナは思わず驚きの声をあげた。

普段から馬の合う2人がケンカするイメージがまったくと言っていいほど湧いてこない。

「ケンカって……何で?」

「お互い譲れない所があったから……かな?」

そう答え少し間をおいた後、ベルは真剣な眼差しをルナへと向けた。

「俺、ルナには笑顔でいてほしい。だけど、ルナを本当の意味で笑顔に出来るのはカオルだけだ。だから、ルナはカオルに会わなくちゃいけない。失くした笑顔を取り戻しに行かなきゃいけないんだ」

アキラに指摘されたそれを、ベルにも言われるとは思いもしなかった。

いや、気付いていて当然なのかもしれない。

それだけベルはルナの事を見ていてくれていた、という事だ。

「ベルは……」

「ん?」

「ベルはどうしてそこまでしてくれるの?私……ベルに何もしてあげられないのに……」

戸惑う様に話すルナに、ベルは優しく微笑みかけ、あたかも当たり前であるかの様に答えた。

「決まってるじゃないか。ルナが好きだから……幸せになってほしいからだよ。何もしてくれなくたっていい。ルナが笑ってくれていればそれでいいんだ」

暖かなベルの言葉に触れ、ルナの瞳が潤む。

自分の好きな人がベルだったら、こんなに苦しまなくて済んだのかな、と考えるも、それでもやっぱり、苦しいほどにカオルの事が好きなんだ、と心の中で首を振った。

(ごめんね……)

喉まで出かけた言葉を必死に呑み込む。

そんな言葉をベルは望んではいない。

「ベル……ありがとう……」

代わりに出した言葉を聞いたベルは、いつものように柔らかい笑みを返した。




ベルと別れた後、ルナはとある人物へ1本の電話を掛けた。

コール音が鳴り続ける間、その人物が電話に出てくれるか、不安がルナの心に広がる。

数回コール音が繰り返され、その音が消えたと同時に、画面に待ち望んでいた人物の顔が映し出された。

その瞬間、一気に緊張が走り、ルナは顔を強張らせた。

「……もしもし、カオル?」

「……ああ」

「久しぶり……だね」

「……そうだな」

お互いぎこちない会話。

ルナは心を落ち着かせようと、2、3度深呼吸をし、再び言葉を発した。

「……ねぇ、カオル?」

「……何だ?」

「あの……今から……会えないかな?」

少し驚いた様子のカオル。

しかし、ルナは極度の緊張状態で、それにすら気付いていない。

いや、正確にはまともにカオルの顔が映し出された画面を直視出来ないでいた。

緊張と恐怖と闘いながら、ルナは勇気を奮って言葉を絞り出す。

「会って……話がしたいの。今日話さなきゃ……決心が鈍っちゃうから……」

「………」

しばらく沈黙が続いた後、カオルは小さな声で「……分かった」と承諾の言葉を返した。

「ありがとう。じゃあ、9時頃に。場所は──」




時計の針は8時50分を回っていた。

約束の時刻まであと10分、待ち合わせの場所の前にルナが辿り着くと、そこにはすでにカオルの姿があった。

今のぎこちない関係になってしまっても、待たせる事をしないカオルに、ある意味ルナは感心してしまった。

ルナが待ち合わせの場所として指定してきたのは、カフェ近くの公園。

ルナが記憶している中で、そこはカオルと2人きりでいられる唯一の場所であった。

大晦日のこの時間に公園に来たがる酔狂な者はおらず、園内はひっそりと静まり返っていた。

「ごめん。……待たせちゃった?」

「いや……」

「そ、そう……なら良かった……」

いつものように会話が全く弾まない。

いや、普段も弾んでいる訳ではないが、ルナが意識しすぎている為に、居心地の悪さを醸し出してしまっていた。

ルナは「座って話そっか」と促し、2人並んでベンチに座った。

「それで……話とは何だ?」

前置きも無しに、カオルが単刀直入に問いかける。

「う、うん……」

心の準備は出来ていたはずなのに、いざその場面になると、恐怖で言葉が出てこない。

しかし、今勇気を出さなければ、カオルとの関係の修復は望めない。

自らを鼓舞し、ルナは今度こそ真っ直ぐにカオルを見つめた。

「昨日……アキラさんから全部聞いたの。カオルの過去も……『呪い』の事も……」

「……そうか」

すっと、ルナから視線を逸らすも、カオルに驚く素振りは見られなかった。

もしかしたら、そうなる事を予想していたのかも知れない。

「1つ、教えて?」

「何だ?」

「カオルは……私の事、どう思ってる?」

その質問は予想しえなかったのだろう、今度はカオルの表情に驚きの色が窺える。

「昔の事とか、呪いだとか、それを理由にしないで。カオルの本当の気持ちを教えて欲しいの……」

カオルが逸らした視線をもう一度ルナへと向ける。

その行動を選択した事を、カオルは激しく後悔した。

ルナの蒼い瞳は完全にカオルを捕らえ、あらゆる逃げ道を封鎖する。

「っ………」

言葉に出してしまいたい衝動と、吐き出す事でルナに降りかかるかもしれない災厄への恐怖とのジレンマがカオルを襲う。

顔は蒼白になり、体が小さく震え出す。

それを必死に抑え込もうと、肩を狭め、跡が出来そうな程の強い握力で自身の腕をギュッと掴んだ。

今のカオルの心を支配する、感情表出すら苦痛に感じてしまう程の強烈なトラウマ。

それを目の当たりにし、ルナは胸が張り裂けそうになった。


自然とルナの両手がすっとカオルへと伸びる。

そして、ルナの手が優しくカオルの頬を包み込んだ。

「ル……ナ……?」

突然の行動に、カオルの体がビクッと震える。

しかし、不思議と触れたそこから力が抜けていき、心を取り巻く恐怖の感情が少しずつ和らいでいく様にカオルは感じた。

「私ね、今すごくドキドキしてる。こうしてるだけで心臓が飛び出そうで胸が苦しいの……。でも、そんな想いもこの温もりも心地良くて……カオルの隣にいると、幸せな気持ちで満たされるの」

ルナは何度か深呼吸を繰り返すと、凛とした瞳でカオルを見つめ、口を開いた。


「私、カオルが好き」

ルナの口から放たれた、2度目の告白。

カオルの目が大きく見開かれる。

「ずっとずっと……何年経っても、この気持ちは変わらない。例えカオルが振り向いてくれなくても……私はカオルを好きでい続けるよ」

ルナの想いがカオルの心に染み渡る。

胸が熱くなり、新たなる感情がカオルの中に芽生え始める。

怯えるのでもなく、逃げるのでもない。

その感情が内なるカオルを啓発する。

『呪い』と闘え、と……。


その感情に促される様に、カオルの口がゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「怖いんだ……俺の側にいる事で、ルナを傷つけてしまうかもしれない……。もしかしたら取り返しのつかない事を引き起こしてしまうかも知れない……。そうなったら……俺は……自分を一生許せなくなる……自分を殺したくなる……!」

吐き出されたカオルの本音。

それは、ルナも初めて見る、本当のカオルの姿なのかも知れない。

カオルの弱さを目の当たりにし、ルナの中にも強い感情が芽生える。

カオルを守りたい、という『好き』を超える深い愛情。

ルナは優しく自らの胸へカオルの頭を引き込み、包み込む様に抱きしめた。

そして、カオルの耳元で囁く様に言葉を掛けた。

「ね、聞こえる?私の心臓の音……私は、生きてるよ」

ドクンドクンと鳴る『生』の鼓動。

それは確かにカオルの耳にしかと届いていた。

「サヴァイヴに漂流して、数えたらきりがないくらい危機に直面したよね?巨大な生物に襲われたり、雪山で絶壁から落ちそうになったり……。今思い返しても、命を落としてもおかしくないものばかり……。それでも、私達は今こうして生きてる」

「………」

カオルは静かにルナの言葉に耳を傾ける。

「私、覚えてるよ。危険が迫ったとき、カオルが必ず助けてくれた。いつも守ってくれてた」

「……必死だったんだ。俺の目の前で、誰かが死ぬのは見たくなかったから……」

力無く呟くカオルの言葉に、ルナは小さく微笑んだ。

「カオル、気付いてないでしょ?」

「え……?」

本当に分かっていない様で、カオルはキョトンとした表情でルナを見上げていた。

「カオルが必死に守ってくれたから、私達はこうして生きてる。仲間っていう大切な絆で結ばれたし、無事コロニーにも帰って来れた……。誰一人として『不幸』になんてなっていない。カオルの『守りたい』って思いが、『呪い』に打ち勝ったのよ」

「あ……」

カオルはようやく気付く。

確かにカオルは今まで多くのものを失った。

だが、ルナ達と出会ってからはどうだ。

何かを失い、傷ついただろうか?

答えは、「何も」だ。

内に潜む『呪い』に怯え、まるで見えていなかった。


『傷つくのが、失うのが怖いなら、全力で守れよ!!サヴァイヴの時はずっとそうしてきたじゃないか!!カオルにはそれを実行できる力があるじゃないか!!』


ふとベルに言われた言葉を思い出す。

(そうか……『呪い』の正体は生まれもっての体質なんかじゃない……俺の弱い心だったんだ)

負の感情は負を呼び込む。

その連鎖が『呪い』となり、カオルを苦しめていたのだ。


ルナから教わった『生きる』という言葉。

そして、ベルから教わった『守る』という言葉。

その2つが揃い、カオルのアイデンティティを形成するキーワードとして心に深く刻まれる。

(正直、恐怖が抜けたわけじゃない……。得たものの存在が大きいだけ、失う絶望を想像すると、怖くて堪らない……。でも、それでも逃げちゃいけないんだ……ボロボロになってでも、失わない様に足掻かなきゃいけないんだな)

カオルはゆっくりと頭を起こし、ルナから離れた。

そして意志の宿った黒い瞳をルナへ真っ直ぐと向ける。

その眼差しに、ルナの心臓が高鳴る。

「ルナ」

「ん?」

「思いっきり俺を殴れ」

「…………へ?」

思わず間の抜けた声を洩す。

「な、何で?」

「どんな理由にせよ、ルナを傷つけた自分が許せない。けじめをつける為にも、一発強烈なのを頼む」

「い、いや……そう言われても……」

「ルナがやらないなら、そこの鉄棒に頭を叩きつけるつもりだが」

思わず想像しゾッとした。

カオルならリアルにやりかねない所が恐ろしい。

やむを得ず、ルナは(半強制的に)承諾した。

「ほ、本当にやっちゃうよ……?」

「手加減はいらない。今まで辛かった分、まとめてぶつけろ」

ルナは覚悟を決め、片手を振り上げる。

何となく叩く瞬間を見ていたくなくて、反射的に目を閉じ、手を振り下ろした。

一帯にパァン!と景気の良い音が響き渡る。

「っ……」

激しい痛みに、カオルは思わず頬に手を当てた。

「ご、ごめん!痛かった!?」

予想以上に勢いよくやってしまい、ルナは慌てた様子でカオルに謝った。

「……くっ……くく……」

オロオロするルナを余所に、頬を押さえながらカオルは小さく笑い出した。

意味が分からず、ルナはポカンとしてしまった。

「見事なまでに手加減無しだな……。だが、それでこそのルナだ」

「ほ、本当に大丈夫?」

「問題ない。いい具合に気合いが入った」

痛みが引いてきたのか、頬に添えられた手をゆっくりと下ろし、カオルはルナを見据えた。


その瞬間、カオルの脳裏に過去の出来事が走馬灯の様に蘇った。

両親の死、里親からの虐待、武術の師範の自殺、ルイの死……

どれも決して忘れる事は無いだろう。

しかし、もう過去に縛られる必要など無い。

大切なのは今を『生きる』ことなのだ。

カオルは諭すように自分自身へ語りかける。

(もう恨んだり恨まれたりするのは疲れただろ?だから……そろそろアルバムの中でゆっくり眠りな)

それに頷くかの様に、カオルの中でパタン、と本の閉じる音が鳴り響いた。


「俺は……ルナが好きだ」

ついにカオルの口から、ずっと秘めていた想いが吐露された。

体が震えるが、それは恐怖からではない。

単純に緊張しているだけだ。

たったそれだけの事であるが、カオルにとってそれが堪らなく心地の良いものであった。

そして、カオルからの告白を受けたルナは、一瞬思考が停止した。

体中の血流が加速し、心臓が激しく波打つ。

呼吸の仕方も忘れ、やや酸欠状態に陥った。

次第に告白されたのだ、と理解すると、感極まったのか、ボロボロと蒼い瞳から大粒の涙が溢れ出た。

カオルがルナの頭を自らの胸元へと優しく引き寄せる。

ルナは顔を埋め、カオルの体温と早まる鼓動を感じていた。


涙も止まり、心もようやく落ち着きを見せた頃、ルナはカオルの肩に頭を預けベンチで寄り添っていた。

「1つ……ルナに謝らなければいけない事がある」

「なに?」

「俺自身、まだトラウマを克服できた訳じゃない。今ルナとこうしていても『呪い』の恐怖はまだ消えてないんだ。だから……」

カオルの言葉を制止するように、ルナはそっと手をカオルの手の上に重ねた。

「大丈夫だよ。カオルが好きって言ってくれた……今はそれだけで充分。だから1人で気負わないで。私が側にいるから……ゆっくり前へ進もう?」

「……ありがとう」

ルナに礼を言い、カオルは重ねてきたルナの手を優しく握った。




しばらくそうしてからどれほどの時間が経ったのだろう。

ふとルナは、カオルの肩から頭を外し向き合った。

「ね、カオル」

「どうした?」

「これから初詣に行かない?」

「初詣?……そういえば今日は大晦日だったな」

すっかり忘れていた、といった表情でカオルは天球の星空を見上げた。

「……そうだな、行くか」

そう答え、カオルはスッと立ち上がると、ルナの前に手を差し出した。

ルナは久しぶりに触れるカオルの優しさに顔を綻ばせ、その手を掴み立ち上がった。

お互いの体温が掌を介して伝わる。

繋がれたその手を離すことなく、2人は神社へ向かって歩き出した。




深夜11時、2人は神社へと到着した。

鳥居を通り抜けると、境内は新年を待つ多くの人で埋め尽くされていた。

残り1時間を待つ最中、ルナがカオルに話しかける。

「せっかくだからお守り買っていこっか!やっぱり合格祈願かな?」

「いや、必要ない」

ルナの提案をカオルがスッパリと拒否する。

「えー!?どうして!?『鰯の頭も信心から』って言うじゃない」

「……それ、あまりいい意味じゃないぞ」

溜息混じりのカオルの指摘に、ルナは「そうだっけ?」と頬をポリポリと掻いた。

「それと、『必要ない』と言っただけで、『信じない』とは言ってない」

そう意味深に答えると、カオルはマフラーを外し、隠れた首元をルナへ見せた。

「あ……!」

ルナは思わず声を出す。

カオルの首には、クリスマス・イヴの日に、ルナがあげた黒曜石のネックレスが掛けられていた。

「ルナからすでに貰ってる。これ以上に御利益があるお守りがあるとは思えない」

その言葉にルナの頬が赤く染まる。

ルナは照れながらも、微笑んで「ありがとう」と礼を言った。

「あ、そう言えば、さ……」

ふと思い出した様にルナが話題を変える。

「カオルから貰ったオルゴールなんだけど、カオルはどうしてあの曲を選んだの?」

「何故と聞かれても……何となくだ。音を聴いてルナに合いそうなものを選んだだけだ」

「そうなんだ……」

自分に合いそうな曲が、自分の好きだった曲とは、この奇跡的な偶然に何か運命めいたものをルナは感じずにはいられなかった。

「あのオルゴールは音だけ聞いて選んだから、実は題名も知らないんだ。何て曲だったんだ?」

「あの曲はね、『光の場所』っていう題名なんだよ」

その聞き覚えのある単語に、カオルは驚愕した。

思わずルナに聞き返そうとするが、それよりも早く、周囲からワッと歓声があがる。

新年まで10秒前となり、周囲は揃ってカウントダウンを詠唱し始めた。

ルナも楽しそうにその盛り上がりに便乗していた。

そんなルナを見つめながら、カオルは今の言葉を心の中で反芻させた。


『光の場所』……

その人にとって希望と安らぎを与えてくれる場所の事をそう呼ぶ。

カオルはずっと自分にとっての『光の場所』を探していた。

自分には必要のないものだと悪態をつきながらも、本心ではそこへ辿り着きたい、という想いをずっと抱いてきた。

しかし不思議だ。

ルナのそばにいると、そんな想いもどうでもよくなってしまう。

彼女の隣にいるだけで、心が安まり自然と心から笑っている自分がいた。

(……ああ、そうか)

そこでカオルはようやく気付く。

彼にとっての『光の場所』は、すぐ近くにあったのだ。

ルナの隣こそが、カオルにとっての『光の場所』であった。


カオルが不意にルナの手をきゅっと握る。

カオルの突然の行動にルナは驚き、キョトンとした表情でカオルを見上げた。

しかし、すぐに幸せそうな笑顔を向けると、その手に力を込め、優しく握り返した。

カウントがゼロになった瞬間、周囲が……いや、コロニー中が新たなる年を迎えた事で、士気高揚となった。

ルナは隣のカオルへ顔を向け、笑顔で新年の挨拶をする。

「あけましておめでとう、カオル!」

カオルも小さく微笑み、「これからもよろしく」と挨拶を返した。




カオルの背後に佇む巨大な十字架。

幾度となくカオルにのしかかったそれを、もう背負う事はない。

カオルは十字架を振り返る事もなく歩き始める。

一歩一歩はとても小さくゆっくりだ。

道のりは果てしなく遠い。

しかし、それでも構わない。

疲れたなら立ち止まって休めばいい。

今のカオルには、安らぎの場所がある。

だから、これから先もカオルは歩き続けて行ける。

『ルナ』という名の光と共に……

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