3期
第 15 話 『光と共に②』
パーティーが始まると、会場内にはBGMとしてクリスマスソングが流れ始め、豪勢な料理が次々と運び込まれた。
卓上に並べられたクリスマスディナーに招待客は思わず唾を飲み、テーブルの周りに集まると皿を片手に食べたいものを取り分け食す。
豪勢さもさることながら、滅多に味わう事の出来ないハワード家専属の一流シェフが振る舞うクリスマスディナーに、皆が感激の声をあげた。
「これ、おいし~!!」
「うむ、確かに絶品だ」
「ジュースもええ素材使うてるで。糖度もスーパーで売っとる果物とは格別や!」
シンゴをはじめ、仲間達も豪勢な料理に舌鼓を打つ。
そんな中、ルナは皿を片手に持つものの、あまり食が進んではいなかった。
心なしか、表情も沈んでいるように見える。
その様子にベルが声を掛ける。
「ルナ?あまり食べてないようだけど……体調でも悪いのかい?」
「え……?あ……う、ううん!そんな事無いわよ!?わぁ、どれも美味しそう!」
ベルの質問にハッとすると、笑顔で首を振り、ルナは卓上の料理へと目を向けた。
無論、その笑顔が仮面である事をベルは知っている。
だからといって、理由も知らない自分がどうこう出来る問題でもない。
(カオルなら……こんな時、ルナから本音を聞き出せるんだろうな……)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
それが顕著に見られたのは、ルナの体内にナノマシンが潜んでいる事が判明した時だ。
傷が瞬時に治癒するという得体の知れない現象を、誰にも相談出来ず1人苦しんでいたルナから、その事実を聞き出したのはカオルである。
その正体を予測、通告したのもカオルであり、全員の前でチャコに診てもらうよう打診したのもカオルである。
結果、ルナはナノマシンと共存し、今に至っているのだ。
その判断力、決断力は、到底真似できるものではない。
その為だろうか、ルナは仲間達の中でも、特にカオルに対し一目置いているように感じられた。
絶対的信頼を寄せている、と言っても過言ではない。
そして薄々ながらもベルは勘付いていた。
その『信頼』が今は変化しているのではないか、と。
つまり、ルナはカオルに対し好意を抱いているのではいか、と……。
賑わいをみせるパーティーに、1人の少女が使用人に導かれ、会場へと入ってきた。
入口付近にいた者達は、思わず視線を向ける。
そこに立っていたのは、薄ピンク色のパーティードレスに身を包み、不安げな表情で周囲をキョロキョロと見回す可憐な少女の姿であった。
「なぁ……ウチの学校にあんなカワイイ娘いたか?」
「いや、見た事ないと思うけど……」
少女の存在は次第に知れ渡っていき、気が付けば、ものの数分で会場全体へと広まっていた。
「どの子?」
「ほら、あのピンク色の……」
謎の美少女を一目見ようと、入口付近にはいつの間にか人集りが出来ていた。
会場内の異様な雰囲気を察したのか、少女は警戒したように一歩後退りをした。
「何をしている?」
と、そんな少女の後ろから、1人の少年が近づき声をかける。
ゆっくりとした足取りで現れたのは、漆黒のスーツを身に纏ったカオルであった。
「あ、カオル!」
少女の顔から少しだけ緊張の色がとれる。
「端から見たら挙動不審だぞ?」
「だって、緊張するんだもの……」
「所詮はハワード主催のパーティーなんだ。要人が来る訳でもないし、軽い気持ちでいればいいだろ」
ざっくばらんに会話をする2人に、周囲は騒然とした。
「な、何?あの子何なの?カオルと仲良くしちゃって」
「ま、まさか……か、彼女とか!?」
「そんなのイヤー!!」
「ルナといい、シャオメイといい、何でカオルばっかモテるんだよ!?」
「顔か!?やっぱり顔なのか!?チクショー!」
仲睦まじげに見えたのか、周囲にいた生徒らはその関係性を勘ぐりはじめ、嫉妬の入り交じった囁きを放つ。
「何やってんだぁ?」
やや緊迫し始めた空気の中、ハワードが気の抜けた声と共に現れた。
そして正面に立つ人物を視界に入れると、途端に笑顔を見せ、2人のもとへ歩み寄った。
「遅いぞお前ら」
「ごめんなさい。支度に手間取っちゃって。こういう服装するのって初めてだったから……変じゃないかな?」
「そう言われれば、いつもと印象違うような気もするな。メガネ外してるせいか?」
「お母さんに、ドレスを着るんだからメガネは止めておきなさいって言われたから、今日はコンタクトにしたの。でもやっぱりメガネの方が落ち着くわ」
「そんなもんか?まぁいいや。とにかくこっちに来いよ。ルナ達が待ってるぜ」
ごく当たり前のように少女と会話するハワードに疑問を覚え、生徒の1人がおずおずと尋ねた。
「ね、ねぇ、ハワード」
「ん?なんだ?」
「その子って……」
「……?シャアラがどうかしたのか?」
あまりにもあっさりとした返答に、その場にいた者は一瞬凍りついた。
「シャ……ええええ!!!?」
そして言葉の意味を理解すると、弾けるように驚愕の声をあげた。
「何驚いてんだ?こいつら」
何を騒いでいるのか理解できず首を傾げるハワードに、カオルは「さぁな」と一言添え、小さく溜息をついた。
今回の件は、クラスメイト(特に男子)の、シャアラに対する認識を大きく変える出来事となった。
「シャアラってメガネ外すとカワイイんだな」
「やっべ、俺マジでタイプなんだけど。後で話しかけてみよっかな」
「やめとけ、やめとけ。今さら話しかけたって相手にされねぇよ」
「……だよなぁ。ああ~!もっと親しくしとけばよかったぁ!」
事の一部始終を目撃した生徒達の間では、その話題で持ちきりとなっていた。
彼らのように今までの関係性の希薄さを憂う者
そんなのはこれから作ればいい、と積極的なアプローチを宣言する者
様々な思惑を胸に、生徒らは元のグループへ戻ると、再び卓上の料理を小皿に盛った。
騒ぎもようやく静まり、シャアラとカオルはハワードに連れられ、ルナ達と合流した。
「うわぁ!シャアラ綺麗だね~!」
「うん。とてもよく似合ってるよ」
シャアラを一目見て、シンゴとベルが率直な感想を述べる。
シャアラは頬を赤く染め、「ありがとう」と小さな声で答えた。
「いや、だが確かに綺麗だ」
「せや!思わず見惚れてもうたで」
「メノリにチャコまで……そんなに言われると恥ずかしいわ」
幾多の称賛の声を浴び、シャアラは両手で顔を隠した。
本気で恥ずかしがるシャアラの仕草に、仲間達は楽しげに笑った。
ふと、チャコはルナの言葉を聞いていない事に気が付く。
いつもなら、いの一番にシャアラに対して褒め言葉の1つでも投げかけるものなのだが。
疑問に思い、チャコは隣に立つルナを見上げ、その表情をそっと伺う。
ルナの顔に笑顔は無く、視線はある一点へと向いていた。
その先にはカオルの姿。
ルナの視線に気付いたのか、はたまた偶然か、カオルもルナへと顔を向け、2人の視線が交錯する。
目が合った途端、ルナは体をビクッと震わせた。
「あっ……」
「ル……」
「あ!わ、私ちょっと化粧室行ってくるね!」
カオルが口を開き掛けたのを遮るように、ルナはやや大きな声で仲間達に通達する。
そして早足でカオルの横を通り抜けると、会場から出て行った。
残された一同は、突然の出来事に呆気にとられ、ルナの出て行った扉を見つめていた。
カオルはただ1人、振り返る事無く、そのまま会場のテラスへ向かって歩き出した。
「はぁ……はぁ……」
化粧室へと飛び込み、ルナは洗面台に手を着いて切らした息を必死に整えていた。
冷静さを取り戻すうちに、先程の自分の行動に対し、酷い罪悪感を覚えた。
──今までと同じように接することが出来ると信じていた。
また大切な『仲間』として……
『だって同じ関係がずっと続くなんて事はありえないもの』
ふと、前にカトレアに言われた言葉が脳裏をよぎる。
その言葉の意味を、ルナは身を持って知る事となった。
(……じゃあ、チャコの言っていた事は嘘だったの……?)
カトレアの言葉が『真』であるならば、対極の発言をしたチャコの
言葉は『偽』という事になる。
そんな事を考えてしまい、記憶を探るようにチャコの言葉を思い出した。
『 ウチはなルナ、カオルがどんな答えを出そうとも、この関係だけは変わらへんと思うねん。カオルはこないな事で溝を深める様なちっちゃい男だとは思うてへん 』
それがチャコの発した言葉だ。
思い返し、ルナは小さく首を振った。
(……違う。チャコは嘘は言ってない。カオルは話しかけようとしてくれてた……約束通り今までと同じように接してくれようとしてくれてた……)
ルナはその時、チャコやカトレアに責任転嫁しようとしていた事に気が付いた。
(いつも通りに出来ていないのは……私の方だ……!昨日の約束を守れていないのは……私の方だ……!溝を深めているのは……私だ……)
自覚したところへ、更なる自己嫌悪の感情がルナの心を追いつめる。
(私……最低だ……大切な仲間なのに……親友なのに……シャアラに嫉妬してた……!カオルの隣に立つシャアラに……!)
美しくドレスアップしたシャアラと、その隣に立ったカオルを一目見て、お似合いだと思ってしまった瞬間、カオルの隣に自分ではない誰かが寄り添っている事に強いショックを覚え、まるで全身の血が抜かれていく様な感覚に襲われた。
「……ホント、最低……」
今度はポツリと心の声を口に出す。
そのお陰か、ルナの心に少しだけ平静さを取り戻す事が出来た。
(……そろそろ戻らなきゃ)
今度こそはカオルとしっかり接しなければ、とルナは強引に気持ちを奮い立たせる。
(ちゃんと笑顔で、話そう)
ルナは鏡の前で笑顔の練習を始めた。
鏡越しに見る作り笑顔に、ルナは驚愕した。
誰が見てもそれが偽物の笑顔だと分かってしまう程度の低い完成度であった。
こんなに自分は下手だったか?と何度も挑戦してみるが、全然うまくいかない。
ルナの顔が焦りの色に変わる。
(笑顔……笑顔作らなきゃ……今までみたいに……)
ルナの体が硬直し突如震えだす。
焦りの表情は、途端に失意のものへと変わっていた。
(あ……れ……?今まで私……どうやって笑ってたんだっけ……?どうしよ……うまく……笑えない……)
震える両手で顔を覆い、ルナはずるりと力無くその場に座り込んでしまった。
パーティー会場のテラスに立ち、闇に包まれたハワード邸の中庭を、カオルは1人眺めていた。
12月の冷たい空気が頬を撫で、身を引き締める感覚が妙に心地良い。
そこへゆっくりと歩み寄る影に気が付き、カオルは顔を向ける。
「やぁ、楽しんでるかい?」
「……まぁまぁだな」
グラスを片手に近づくベルを一瞥し、カオルは再び中庭へと視線を戻した。
「………」
「………」
2人の間に沈黙が続く。
カオルとこういう状況になるのは初めてではないが、今日は何故だか話しかけづらいオーラを纏っている。
「……カオル」
意を決したのか、先に声を発したのはベルであった。
「ルナ……なんだけど、今日は何だか変じゃなかった?」
「………」
この沈黙は恐らく肯定の意味だろうとベルは悟った。
「……ルナと何かあった?」
「……何故そう思う?」
今度は返事が返ってきた。
「い、いや……何となくだけど……」
カオルは、否定する時ははっきりと違うと言う人間だ。
否定しないという事は、肯定していると同義である。
カオルは「そうか……」と一言返し、再び口を閉ざした。
屋内から華やかな会話や音楽が聴こえてくる分、テラスはより一層重苦しい空気を纏っていた。
「……ベル」
「ん?」
しばらくして、今度はカオルが口を開いた。
「お前は───」
その言葉にベルは絶句した。
「え……!?カオル……それ……どういう……?」
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
簡潔に述べるならば、それはカオルらしからぬ発言であった。
しかし、今のカオルの表情を見ていると、それが冗談か何かには到底思えない。
「えっと……」
何か言わなくては、とベルが口を開いたそのタイミングで、中からはワッと大きな歓声が響いた。
「何かイベントが始まるみたいだな。行ってこいよ」
「う、うん……カオルは?」
「……俺はもう少し風に当たってる」
そう答え、カオルはベルに背を向けた。
先程のカオルの発言の真意が気になりつつも、今は何も答えてくれないだろう、と感じ、ベルは歓声が広がる会場内へと入っていった。
「さぁ、みんな!そろそろパーティーのメインイベントへ行くぞぉ!」
マイク越しに響くハワードの声に、会場内は「ワァー!」と歓声に包まれた。
盛り上がる会場の雰囲気に気を良くしたのか、ハワードがハイテンションでアナウンスを続ける。
「みんなに事前に用意してもらったプレゼントは、今こうしてここにある!」
ハワードが指差す先には、山のようなプレゼントが積まれていた。
「さて、事前に予告した通り、プレゼント交換をする訳だが……ただ音楽を流して受け取るだけっていうのも味がない。そこでっ!これより、プレゼント争奪戦ビンゴ大会を始めるっ!」
ハワードのテンションに充てられたのか、会場がさらに沸いた。
「ルールは実に簡単!ビンゴした順に、自分の好きなプレゼントをゲットできるって事だ!でも中身は開けてのお楽しみだから、1抜けしたからといって自分の気に入った物が手に入るとは限らないぞ!」
盛況する会場の中、メノリは呆れたような顔をしていた。
「あいつは何でこういう事にだけ頭が回るんだ?それをもっと他の事にも発揮すればいいものを」
「ま、ムリだろうね。ハワードだし」
メノリの言葉にシンゴが即答する。
「そうだな。ハワードだからな」
シンゴの言葉に同調し、メノリが頷き返す。
そのやり取りが可笑しく、シャアラは「ぷっ」と小さく笑った。
一方で、ベルは1人浮かない顔をしていた。
先程のカオルの言葉が頭から離れず、モヤモヤが晴れない。
(カオルは何であんな事を……)
「……ベル?どうかしたの?」
「……へ?」
声を掛けられ気が付くと、シャアラが心配そうな表情で顔を覗き込んでいた。
「あ……いや、何でもないよ」
内容が内容だけに、他の皆にはとても説明できるものではない。
ベルは小さく笑って首を横に振った。
「ところでチャコは?」
話題を逸らそうと、姿の見えないピンク色のボディを捜して、ベルは周囲を見回した。
「ルナを探しに行ってるわ。なかなか帰って来ないから迷ってるんじゃないかって」
「そっか」
シャアラの説明にベルが小さく頷く。
ルナとカオル、2人の間に何かがあった事は明白であるのに、ベルにはそれを追及する術がない。
それが好意のある相手となれば尚更、やるせない思いがベルの心を包み込む。
ベルは、人集りで見えなくなったテラスへと目を向け、再びカオルの言葉を頭の中で反芻させた。
(カオル……君は一体、何を抱えているんだい?)
喧騒する会場の中、ベルは仲間達に気付かれぬよう、小さな溜息をついた。
『……ベル、お前は〈呪い〉を信じるか?』
いつまでも戻ってこないルナを探すため、チャコはハワード邸内を歩き回っていた。
「ルナァ~、どこや~?」
呼びかけながら探すも、今のところ返答はない。
化粧室へ行くと行っていたから第一にそこへ向かったのだが、残念ながらルナの姿は無かった。
かといって、これほどの豪邸である。
化粧室が1つとは限らない。
結果、チャコは屋敷全域を捜索する羽目になるのだ。
「っちゅーか、何でこんなに広いねん!探す方の身になれや!」
なかなか見つからない事にイライラを覚えたのか、チャコはハワード邸に対して理不尽な怒りをぶつけ、地団駄を踏む。
と、そこへ微かだがルナの声らしきものを、チャコの耳センサーがキャッチした。
「あっちか?」
チャコはその音を頼りに駆けだした。
チャコは屋敷のある一角の部屋へとたどり着いた。
廊下に並ぶ沢山の部屋の中、1つだけ扉が開いている部屋が目に入る。
「ルナ……?いるんか?」
チャコは囁くように呼びかける。
室内は消灯され真っ暗であったが、ベッドが置かれているところを見ると客室のようだ。
暗闇の中、チャコの声に反応するように人影がのそりと動いた。
「チャコ……?」
暗くて顔は分からないが、声は間違いなくルナのものである。
チャコはゆっくりとルナへと歩み寄った。
ルナは膝を抱えてベッドの影に隠れるように座り込んでいた。
「ルナ、どないしたんや?何でこないなとこにおんねん?」
「……分かんない。鏡を見ていられなくなって……誰にも会いたくなくて……屋敷内をさ迷っていたら、ここにたどり着いて……」
「鏡……?どういう事や?」
チャコの疑問に答えるように、ルナは震える声で言葉を紡いだ。
「チャコ……どうしよ……私……笑えなくなっちゃった……」
「笑えなく……?」
「鏡の前で……何度も練習したんだけど……いつもみたいに笑えなくて……今までどうやって笑ってたのかも……思い出せなくて……こんな顔じゃ……とてもみんなの前に……出られないよ……」
チャコが思っていた以上に、ルナは深刻な事態に陥っていた。
とてもじゃないが、今の状態のルナをパーティーに参加させる事は、本人にとって精神衛生上良くないだろうと判断し、チャコは柔らかい声でルナに話しかけた。
「……今日はもう帰ろか?」
チャコの言葉を受け、ルナはしばらく沈黙した後、小さく「……うん」と頷いた。
パーティー会場にいたメノリに、ルナから電話が入った。
首を傾げ、『受話』のボタンを押すと、画面に現れたのはチャコであった。
「チャコ?どうかしたのか?ルナは?」
『えっと、ルナなんやけど、ちょっと体調悪いみたいやねん。ホンマ悪いんやけど、今日は大事とってこのまま帰る事にするわ』
「なっ……大丈夫なのか!?なんだったら、これからルークを呼んで、今からでも診てもらえる病院を探してもらうが……」
ルナの容態を心配し、メノリが血相を変えて画面越しのチャコへ提案を出す。
『あー……いや、それほどのこっちゃないねん。少しゆっくり休めば元気になると思うから、そこまで気遣わんでええで』
「そ、そうか」
チャコの言葉で重篤なものではないと知り、メノリはホッと息を吐き落ち着きを取り戻した。
「メノリもスマンな。せっかくドレス貸してくれたのに。ちゃんとクリーニングして返すから堪忍な」
「いや、気にしないでくれ。それより帰りはどうするんだ?ルークに頼んで家まで送ってもらおうか?」
『そんなん悪いわ。家へはエアタクシー呼んで帰る事にするから。みんなには途中で帰ってしもうてスマンって伝えてもらえるか?明日にでも改めて謝罪のメールはさせてもらうから』
「分かった。ルナを頼んだぞ。お大事にな」
『スマンな』
そう一言謝罪の言葉を残し、電話は切れた。
「メノリ、ルナがどうかしたの?」
電話中のメノリの会話が聞こえたのか、シンゴが尋ねてきた。
「ああ。ルナが体調不良で帰るそうだ。みんなには済まないと伝えてくれとな」
「え!?ルナ大丈夫なの!?」
側で聞いていたシャアラが心配そうな表情で思わず声をあげた。
「ああ。容態自体は大したことないそうだ。ゆっくり休めばよくなるだろうって言っていた」
その言葉に、他の仲間達も安堵の表情を浮かべた。
しかし、釈然としない思いを抱いた者が唯一人。
「ベル?どこ行くの?」
シンゴが気付き、声をかけた時には、ベルは既に歩き出していた。
「カオルにも伝えてくるよ。突然になくなっている事に気付いたら、きっと心配するだろうから」
振り向き様にそう答えると、ベルはまっすぐテラスの方へと向かって行った。
テラスには、依然としてカオルが一人佇んでいた。
ベルがゆっくりとカオルの元へ歩み寄る。
ベルの気配には気付いているだろうが、カオルがそちらに顔を向ける事は無かった。
構わずベルが話しかける。
「ルナが体調悪いみたいなんだ。大した事ないみたいだけど、大事をとって帰るってチャコから連絡が来たよ」
「……そうか」
ベルの言葉に対し、カオルの返答は素っ気ないものであった。
『ルナと何があった?』
『ルナの体調不良の原因を、カオルは知っているんじゃないか?』
『カオルが先程洩らした言葉の真意は?』
聞きたい事は山ほどあるが、それらを聞き出す資格も術も、ベルは持ち合わせていない。
ベルは出かけた言葉をぐっと飲み込み、「じゃ、そういう事だから」とだけ帰して会場内へと消えていった。
カオルはしばらくテラスに残っていた。
そして何か思い立ったように歩き出し、テラスを後にした。
パーティー会場を通り抜け、そのまま廊下へと出る。
しばらく広い廊下を歩き続け、一目の無い場所で立ち止まった。
(どこまでルナを傷つければ気が済むんだ俺は……!!)
歯をギリッと食いしばり、抑えきれない感情をぶつけるように、 カオルの拳が壁を殴る。
ダァン!!!
廊下に響く轟音。
カオルの苦悩が滲み出るように、壁に置かれた拳からはうっすらと血が滴っていた。
エアタクシーの中、ルナとチャコは後部座席に並んで座っていた。
静寂だった車内に、ふとルナの鼻をすする音が小さく聞こえる。
チャコは隣に座るルナを見上げ、様子を伺った。
涙は流していないが、肩は小刻みに震え、泣くのを必死に抑えているように見える。
「……自分が……情けない……」
ふと洩れるルナの言葉。
チャコは黙って傾聴していた。
「誰かに支えてもらわないと……自分の足で立つ事すらできない……」
ルナが言っているのは心の問題の事だろう。
『そんな事無いで』
『支え合うのが人間というもんや』
慰めの言葉がいくつも浮かぶが、チャコはそれらを口には出さなかった。
そんな安っぽい戯れ言が、ルナの心に響く訳がない。
「チャコ……」
「ん」
チャコはもう一度ルナを見上げ、目を見開いた。
瞳には今にもこぼれそうなくらいに涙を溜め、下唇をぐっと噛みしめ、両手は拳を作り、膝の上でギュッと固く結ばれていた。
「わたし……強くなりたい……」
ルナが絞り出した切なる思いを受け取り、チャコは「そか」と一言だけ返すと、膝の上で固く結ばれた拳にそっと手を添えた。
「う………くっ……」
懸命に抑えようとするルナの嗚咽を聞きながら、チャコは添えた手にぐっと力を込めるのであった。
つづく