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3期

第 14 話 『光と共に①』

「ん……」

ベッドの上で身じろぎをし、意識が浮上したルナはゆっくりと瞼を開けた。

頭は重く、目も痛い。

寝覚めは最悪である。

ふと自分が何かを抱きしめている事に気が付く。

腕の中には休眠モードのチャコ。

昨晩の出来事が脳裏に蘇る。

(チャコ……ずっと側にいてくれたんだ……)

もしチャコがいなかったら、自分は精神的に参っていただろう。

いや、今でも充分参ってはいるのだが、それでも自分を保っていられたのは、チャコの存在があったからと言っても過言ではない。

(ありがとう……)

腕の中のチャコを解放し、ベッドにそっと横たわらせると、その頭を優しく撫でた。


チャコを起こさぬ様そっとエレベーターで下へ降り、ルナは洗面所へと向かった。

鏡の前に立ち、映りこむ自分の顔を見つめる。

蒼白した顔、充血した目、目の下にできたくま、まるで死相が浮かび上がった様な表情であった。

(ひどい顔……)

蛇口から水を出し、バシャバシャと顔を洗う。

輪郭に沿って水が滴る顔を鏡越しに見つめ、ルナは憂鬱そうな溜息をついた。

今日の夜にはハワード邸にてクリスマスパーティーが開かれる。

同学年の生徒達が大勢招待を受けている大々的なものだとルナは聞いている。

そこには当然の事ながら仲間達も集う。

カオルの姿も……

(昨日の今日で、一体どんな顔で会えばいいの?)

心の中で不意に出た言葉。

その自分の内に潜む考えにルナは驚いた。

(何よそれ!昨日カオルに宣言したばかりじゃない!いつも通りにしていればいいのよ!)

自分自身を叱咤し、ルナは両頬をパンッと叩いて気合いを入れた。

「よし!」

ルナは鏡に映る自分自身に頷くと、洗面所を後にした。


ルナがエレベーターで下に降りた丁度そのタイミングでチャコも目を覚ます。

ゆっくりと上肢を起こし、起動するエレベーターへと視線を向けた。


『あだじ……ダメだっだよぉ……!!』


昨晩のルナの泣き顔が、震えた声が、チャコの頭の中で何度も反芻される。

それでも自分には慰める他に術がない、という事実に歯痒く感じてしまう。

(ルナは今日のクリスマス会、どないするつもりなんやろ?)

萎える気持ちを表すように深い溜息をつき、チャコはベッドから飛び降りた。


チャコがエレベーターで1階に降りると、同じタイミングで洗面所から出てきたルナと鉢合わせた。

「あ、おはようチャコ」

「お、おぉ。随分と早いやん」

「うん、目が冴えちゃって。今から朝食の用意をするね。チャコはオレンジジュースでいい?」

「お、おぉ、構へんで」

ぎこちないチャコの返答にルナはクスッと小さく笑い、朝食の準備に取りかかった。

そのいつもと変わらぬルナの様子に、チャコは首を傾げるばかりであった。

テーブルに朝食が並べられ、ルナとチャコが席に着く。

「いただきます」

パンやスープなどを口にするルナを、ジュースを啜りながらチャコがジッと見つめる。

その視線にルナも気が付く。

「どうしたの?さっきからすごい視線を感じるんだけど。私の顔に何か付いてる?」

「あ~……んとな……」

言い出しづらい話題ではある。

何より、昨晩失恋したルナの、心の傷をえぐる事になりかねない。

口籠もるチャコの様子に、ルナは何となく内容を察したようで、一度食事の手を止めた。

「私なら大丈夫よ。クリスマス会にも参加する」

その一言を受け、チャコもようやく心の内を告げた。

「せやけど、ホンマに大丈夫なんか?パーティーには、その……カオルも参加するんやし、昨日の今日じゃあ顔も合わせづらいんとちゃうか?」

「大丈夫。カオルは今までどおり接してくれるって言ってくれたし、何も不安になることなんて無いよ。……うん、大丈夫」

最後の言葉は、まるで自分に言い聞かせているようであった。


平気なはずがない。

それでもルナは、一夜にして立ち上がり、前を向いて歩こうとしているのだ。

(ウチが何やかんや言うんは野暮やな)

食事を再開したルナを見つめ、チャコは気付かれぬよう小さく溜息をついた。




午後3時を回った頃、ルナはチャコと共にある場所へと足を運んだ。

柵に囲まれた広大な敷地に佇む大きな洋館。

宇宙連邦議員・ヴィスコンティ氏の屋敷、つまりはメノリの家である。

門の入口にあるインターホンを鳴らそうとルナが腕を伸ばす。

「何か御用でしょうか?」

「うひゃあっ!?」

急に声をかけられ、ルナとチャコはビクッと体を跳ね上がらせた。

声の主は柵の向こう側、つまりは敷地内に立っていた。

中性的な顔立ちだが、声色を聞くにおそらく男性であろう。

年齢は20代前半くらいだろうか、ぱっと見た感じでは若く見える。

「失礼。驚かすつもりはなかったのですが」

柔和な物腰で男は頭を下げて陳謝した。

「い、いえ!お気になさら「あんた、ここの使用人やろ?」

かしこまるルナの言葉を遮り、チャコが馴れ馴れしくも男に話しかける。

「ウチらメノリに用があって来たんやけど」

チャコの言葉を聞き、男はやや考える素振りをすると、おずおずと2人に質問を投じた。

「……もしや、ルナ様とチャコ様でしょうか?」

「あ?何でウチらの名前知っとんねん?」

「もちろん存じ上げています。お嬢様の大切なご友人ですから」

そう答え、男は柔らかく微笑んだ。

「失礼、自己紹介が遅れました。私、ここヴィスコンティ家に執事としてお仕えさせていただいているルークと申します。以後、お見知りおきを」

丁寧な挨拶を済ませると、ルークは門を開錠した。

「どうぞこちらへ。お嬢様がお待ちです」

ルナとチャコを庭園内に招き入れ、2人を屋敷へと導くのであった。


広い邸内をしばらく進み、ルークがとある部屋の前で立ち止まる。

コンコン、とノックをして呼びかけると、中から「はい」とメノリの声が聞こえてきた。

「お嬢様、ルナ様とチャコ様がお見えになられました」

「分かった。今行く」

扉はすぐに開き、メノリが姿を現す。

「2人とも、いらっしゃい」

「うん。何だかゴメンね?急に押しかけたみたいになっちゃって」

「別にルナが謝る事では無いだろう?ルナの事情も考えずに勝手に正装を義務付けたハワードが悪い」


ルナとチャコがメノリ邸を訪れた理由、それは今晩開催されるクリスマスパーティーに原因があった。

参加するにあたってハワードから申しつけられたのは2点。

1つは、各自1個プレゼントを持参してくる事。

そしてもう1つは、ドレスコードで来る事。

しかし、生憎ルナはパーティー用のドレスなど持ち合わせていない。

今までそういった場面に関わった事など皆無である為、当然といえば当然である。

かといって、用意するにしても、パーティードレスを購入するだけの予算など、苦学生のルナにあるはずもない。

どうしようかとメノリやシャアラに相談した所、メノリから「私ので良ければ貸そうか?」と提案してくれたのだ。

そして現在に至る訳である。

「でも、迷惑じゃなかった?」

「まさか!その……友達が家に遊びに来てくれるのは何というか……嬉しいというか……」

申し訳なさそうにするルナの言葉をメノリは強く否定するも、自分の言葉に恥ずかしくなったのか、その声は段々と小さくなっていった。

「お嬢様は照れているのです。何せ、気の置けないご友人を自宅に招くのは、これが初めてですから」

補足と言わんばかりに、ルークがルナの耳元でメノリの様子の説明をする。

「ひ、人の事情と心情をいちいち説明するなっ!!」

それがしっかりとメノリの耳にも聞こえた様で、顔を真っ赤にしたメノリがルークを叱咤した。

「おっと、お嬢様を怒らせてしまいましたね。では、私は退散すると致しましょう」

眉をつり上げているメノリを笑顔で受け流し、ルナとチャコに一礼すると、ルークは立ち去っていった。

(あいつ、絶対メノリをイジって楽しんどるわ)

やり取りを端で眺めていたチャコは、ルークに自分と同じニオイを感じ取り、苦笑いを浮かべるのであった。




時刻は夕方の6時を迎え、ドレスアップしたルナとメノリは、ルークが運転する車に送られ、ハワード邸へと向かった。

正門の前で降り、送迎してくれたルークに礼を言う。

ルークは柔らかく微笑むと「では後ほどお迎えにあがります」と一言述べ、屋敷の方角へ走り去っていった。

改めてハワード邸に向き直り、その屋敷を見上げる。

「立派なもんやなぁ。下手したらメノリん家よりも大きいんとちゃうか?」

「だろうな。家の大きさと権力がイコール、という訳ではないが、宇宙No.1を誇るハワード財閥の名は伊達ではない」

「ま、その御曹司は、その名に恥じる生粋のヘタレやけどな」

「それは言えてるな」

くくく、と2人は笑い合い、インターホンへと手を伸ばした。

現れた使用人に、事前にハワードからもらっていた招待状を提示する。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」

使用人に導かれ、ルナ達は大きな邸宅の門をくぐった。


会場にはすでに多くの招待客(ソリア学園の生徒)が集まり、賑わいをみせていた。

正装の為か、皆いつもより大人びて見える。

仲間の姿を探そうと、自然と場内を見渡していると、主催者であるハワードがベル、シンゴと共に近づいてきた。

「よォ!来たな」

「来たったで。何やハワード、以外と正装似合っとるやん」

「以外とは何だ!」

チャコの失礼な物言いにハワードが憤慨する。

「シンゴはイメージピッタリや」

「イメージ?」

「蝶ネクタイにサスペンダーとは、入園式みたいや」

「子供扱いしないでよ!!」

そんなやり取りに、皆が声をたてて笑った。

「でも、ルナとメノリも似合ってるよね!すごく綺麗だよ!」

シンゴが「ね?」とベルに同意を求めると、ベルもやや照れながらコクリと頷いた。

それを受け、メノリの顔がみるみる真っ赤に染まる。

「そ、そんな恥ずかしい事をさらりと言うな!!」

照れ隠しについ大声をあげ、周囲の注目を集めてしまった。

「メノリ、ちょっと落ち着こーな」

「す、すまない……」

チャコに宥められ、メノリはしゅんとして素直に謝った。

事収まったかに見えたのも束の間、忽然として周囲がざわざわと騒がしくなり始める。

そしてあっという間にルナとメノリはクラスメイトに囲まれる形となった。

「きゃー!ルナかわいいっ!!」

「すげー!2人とも女優みたいだ!」

「メノリもキレー!!」

「写メ撮っていい!?」

「あ、オレも!!」

予想だにしない突然の応酬に、ルナとメノリは固まってしまい、クラスメイトらの要望にもただ頷くばかりであった。

「……何かすごい事になってきたね」

「パシャパシャ写真撮られて、まるで芸能人みたいだね」

「てか、何でアイツらばっか!僕も写せよ!」

「ツッコむとこ、そこちゃうやろ!どんだけ目立ちたがりや!」

その後しばらく、男子3人と1匹をそっちのけで異様な撮影会が続くのであった。




パーティーの開始時刻を迎え、ハワードは会場の上座へと移動した。

「あー、あー」

マイクテストの音声が会場内に流れ、今まで騒がしかった場内が静かになる。

それと同時に、ずっと捕まっていたルナとメノリはようやく解放され、仲間達の元へと逃げ戻った。

「はぁ……疲れた……」

「大丈夫?」

ぐったりとした顔をするメノリにルナが苦笑いし、労りの言葉をかける。

疲弊しているメノリとは対照的に、ルナは平常を保っているようだ。

思わずシンゴが尋ねる。

「ルナは平気っぽいね」

「うん。みんなでワイワイするのは嫌いじゃないから。一緒に写真撮ったりとかして、結構楽しかったよ」

「何というか、すごいな……。私はとてもそんなポジティブに考える事はできなかったぞ……」

自分とは全く違う感覚を持つルナの返答に、メノリが感心の声を洩らす。

「まぁ、ルナはポジティブなのが取り柄みたいなもんやからな。それを取ったらなーんも残らへんし」

「うぅ……否定できないのが悔しいわ……」

「そこっ!!今は僕が話してるんだから静かにしろよ!!」

集まって話をしているルナ達へ、開催挨拶をしているハワードから野次が飛ぶ。

「ごめんなさーい」と一同から謝罪の言葉が出ると、ハワードは咳払いを一度し、演説を再開した。

「ところで、シャアラとカオルの姿が見えないが……」

ハワードに気を遣い、メノリが小声でベルに尋ねる。

「2人とも少し遅れるみたいだよ。メールが来たってハワードが言ってたから」

「そうか」

「それじゃあみんな!グラスは持ったかー!?」

いつの間にか乾杯の挨拶にまで話が進んでいた事に気付き、メノリ達は慌ててグラスを手に取った。

「それじゃあ……メリークリスマース!!」

「「メリークリスマス!!」」

乾杯と共に、場内にグラスを打ち鳴らす音が響き渡る。

ルナ達も互いのグラスを当て、中のジュースをクッと飲んだ。


チャコは見逃さなかった。

メノリから『カオル』の名前が出たそのわずか一瞬、ルナの顔が曇ったのを。

(何が「大丈夫」や……またムリしとるだけやんけ……!)

1人ルナの心中を察するチャコは、苦々しい表情で彼女の顔を見上げていた。




一方その頃……

「随分遅れちゃったわ……さすがにもう始まっちゃってるよね」

1人の少女がハワード邸の前に立ち、小さな溜息をついていた。

「ほらぁ!ゆっくり歩いてないで早く来て!」

急かす少女の視線の先には、意も介さずゆっくりと歩く少年の姿。

「……なら先に入れてもらえばいいだろ。来る途中に偶然会っただけなんだ。わざわざ一緒に入る必要もないだろ?」

「だって、お金持ちのパーティーに出席するのなんて初めてだから1人で入るのは不安なんだもの……」

本当に不安なのだろう、少女の顔は緊張の色に染まっていた。

「……分かった。とりあえずインターホンを鳴らしとけ。使用人が出てくるまでにはそこに着く」

少女──シャアラの様子に小さな溜息をつき、少年──カオルは、歩くスピードを少しだけ早めるのであった。

つづく
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