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3期

第 13 話 『聖夜(後編)』

ロカK6の改札から少し歩いた所に、『ドリームライン』という特殊なリニアカーが運行している。

これは、玄関口にあたる『ロカK6宇宙港』、観光客が宿泊するホテルが密集する『レムタウン』、そして夢の国への入口である『ドリームワールドゲート前』の3駅を結ぶ周回列車であり、園内へはこのリニアカーに乗車する必要がある。

混雑する車内、ルナとカオルはドア付近に身を寄せ、図らずとも体を密着させる体勢となった。

(か、カオルの顔が近いっ!!)

顔が熱を帯び、赤くなっているのが自分でも分かる。

それでもルナの腕はカオルにしがみついたまま離す事はなかった。

それがあたかも混雑のせいであるかの様に。

対するカオルは、ルナが押し潰されないよう、群衆の壁となり、彼女を守り続けていた。

(……甘い香りがする……ルナの髪の匂いか……?何だかクラクラする……)

その一方で、ルナから漂う女性特有のフェロモンを間近で受け、カオルは自分の中に潜む何かと闘う羽目になるのだが。

ゲート前までの乗車時間はたった5分程度であるのに、2人にとってはそれが非常に長い時間に感じられた。


リニアカーが『ゲート前』に到着し、ドアが開くと中の乗客が一斉に流れ出る。

その流れに乗じ、カオルはルナの手を引いて人波からどうにか抜け出すことができた。

窮屈な空間からの解放感に2人が同時に溜息をつく。

「ルナ、平気か?」

「え、ええ……満員電車って初めての経験だったけど、もういいわ……」

登校の際、いつも外側から眺めていたものが、これほどまで大変なものであったとは想いもせず、ルナはゲンナリとした。

「少し休むか?」

「ううん、大丈夫!」

カオルの気遣いにルナは笑顔で首を振った。

せっかくのデートの時間を満員電車ごときで削られてなるものか、とルナは心の中で自身を鼓舞した。

「あ、ほら!見て見てカオル!ここからでもお城が見えるわ!」

はしゃぎながらルナが指差す方向へカオルも顔を向けた。

ドリームワールドのシンボルであるルシッド城。

まるでおとぎ話に出てきそうな風貌の城が園内の中心部にそびえ立っていた。

しばし立ち止まって城を見上げていたカオルの手を、ルナが突然キュッと掴む。

思わずカオルはルナへと顔を向けた。

少し恥ずかしそうに頬を染めながらも、笑顔を向けるルナがそこにいた。

「ね、早く行きましょ?中の方がもっと迫力あるわ。きっと」

「あ、ああ……」

ルナの行動に少し戸惑いながらも、楽しげなルナの笑顔を見ているうちにカオルは自然と顔を綻ばせた。

お互い繋いだ手が離れない様、ギュッと力を込め、夢の国へと続くゲートへと向かって行った。


ゲート前での持ち物検査、チケットの提示を経て、ルナとカオルはゲートを通過した。

「……すごぉい!」

目の前に広がる光景に、思わずルナの口から感嘆の声が漏れる。

ゲートを通過したその瞬間から、ドリームワールドの魔法は始まっていた。

幼き頃に割れてしまったはずの『ガラスの靴』が、ルナの心の中で再び生成されていく。

「ね、ね、カオル!どれから乗る!?」

配布されたタブレット式のマップを眺めながら、ルナは嬉々としてカオルに尋ねた。

「ルナはどれがいいんだ?」

「う~ん、そうねぇ……あ!この『ピクシーフォレスト』って面白そう!!」

子供の様にはしゃぐルナを見つめ、カオルは小さく口元を上げた。

「じゃあ、まずはそれにするか」

「うん!じゃ、早く行こ!」

ルナがカオルの手を掴み駆け出す。

「お、おい!?そんなに急がなくても……」

途中まで言い掛けて、カオルは言葉を止めた。

今のルナの表情に対し、自分の水を差す様な発言は些か野暮である。

ルナが笑っている──

それ以上にカオルが望むものなど無い。

外気で冷えたルナの手に引かれながら、彼女に甘い自分の感情に苦笑いを浮かべるのであった。




「……何だ、これは?」

入口から伸びる長蛇の列に『150分待ち』と表示された電光板。

目的のアトラクションを前にして、カオルは唖然とした。

「……これを待つのか?」

「うん」

「2時間半も?」

「どのアトラクションもこんなものみたいよ?ほら」

そう言ってルナは手に持つタブレットをカオルへと向けた。

このマップは、アトラクションの現在の待ち時間も見れる様だが、
その内容にカオルは愕然とした。

どのアトラクションも最低1時間は待つ必要があるようだ。

カオルが意気消沈の嘆息をつく。

「ま、まぁ、気長に待ちましょ?」

すっかりブルーになったカオルの隣でルナは苦笑いを浮かべ、励ましの言葉を送った。

「……ルナは抵抗感じないのか?」

「うん、嫌とは思わないかな。きっとそれだけ面白いって事だと思うし、それに……」

「それに……何だ?」

ルナが途中で言葉を止めた事にカオルは首を傾げた。

「う、ううん!何でも無いわ!」

カオルの問いかけにハッとしたような素振りをし、ルナは空笑いをして首を横に振った。

「……?」

明らかに挙動不審なルナに、カオルは不審そうな視線を送るも、それ以上追及する事は無かった。

(あ、危なかったぁ)

心の中でルナはホッと溜息をついた。

(言える訳ないよ……カオルの隣にいれるなら、何時間だって苦にならない、だなんて……)




2時間半後……

「ふぅ……やっと順番が回ってきたな……」

「うん!どんなのだろう?ドキドキしてきたわ!」

ちなみに2人がこれから乗る『ピクシーフォレスト』の設定について、次のような説明が記載されている。


『とある森に迷い込んだあなた(乗客)は、そこに住む妖精・ピクシーと出会い、森の出口まで移動できるという小型シャトルに乗せてもらえる事に。実はこのピクシー、大層な悪戯好きで、小型シャトルには彼らによって魔法がかけられているのでした……』


このアトラクション、その可愛らしいネーミングに似合わず、絶叫系に分類されている。
一体どんなアトラクションかは、これから乗るルナ達に体験してもらうとしよう。


10人乗りのシャトル(の形をしたコースター)にルナとカオルが乗り込む。

安全バーが下ろされ、最終安全確認を終えると、スタッフは乗客に向かって「いってらっしゃーい!」と笑顔で手を振って見送った。

序盤は、ゆっくりとしたスピードでコースターは進行していた。

周囲は木々で覆われ、ファンタジー小説に出てきそうな生物が動き回っている(もちろん全て作り物)。

その不思議な雰囲気を漂わせる森は、かの『幻影の森』を彷彿させる。

「何だか懐かしいな……」

ルナがぽつりと呟く。

たった一言だが、今のルナの心情を悟るにはカオルにとって充分であった。

「またいつか必ず行けるさ」

返答が来た事にルナは目を丸くした。

何故こうも彼は、相手の考えている事が分かるのだろうか?

そんな疑問と同時に、その答えも瞬時に頭に浮かぶ。

それがカオルという人間だから。

そんな理由だけで妙に納得してしまっている自分にルナは苦笑いした。

「そうね。絶対また行きましょう」

微笑んで答えるルナに、カオルも柔らかな表情で頷いた。


『クスクス』

2人の会話を遮るように突然聞こえる笑い声。

ピクシーの声のようだ。

『普通に到着するのもつまらないよね?僕たちの魔法で、最高の時間を君達にあげるよ!いっくよー!』

ピクシーが話し終えたその直後、コースターは急加速を始めた。

いよいよ始まるピクシー達による過激な悪戯。

魔法をかけられたシャトルは、制御不能の暴走シャトルへと化した。

ゴォォォォォ!!!

幾度にも続く急カーブを、遠心力の働いたコースターの車体が猛スピードで駆け抜ける。

「きゃあああ!!!!」

その度に、コースターからは絶叫が飛び交った。

そして終盤、高速で走り抜けるコースターに再度流れるピクシーの声。

『森の出口はもうすぐそこだよ!え?どこか分からないって?』

一間置いてピクシーが続ける。

『その崖の下だよ♪』

そう言い終えると同時に、ルナ達乗客の体がわずかに浮いた。

「───!!?───!!!」

突然の出来事に、ルナは声にならない悲鳴をあげた。

「きゃあああああ!!!!!」

乗客の最上級の絶叫を乗せて、コースターはゴールへ向かって直落下していった。


「あ~楽しかったぁ!!」

『ピクシーフォレスト』を終えたルナが爽快感に浸った笑顔を見せる。

「ジェットコースターって初めて乗ったけど、こんなに面白いものだと思わなかったわ!」

言葉の端々から、彼女の身上が窺える。

本来年齢相応に経験するはずのものを、両親の命と共にルナは失ってしまっているのだ。

(まぁ、俺も人の事を言えた立場じゃないけどな)

カオル自身もまた、テーマパークという所へ来るのは今日が初めてである。

事情はルナとは異なるものの、年齢相応の遊びをしてこなかった点に関して言えばそう大差ない。

「どうしたの?」

ジッと見つめるカオルの視線に気がつき、ルナはわずかに頬を染めて尋ねた。

「いや、何でもない。それより、そろそろ昼飯にするか?」

話を逸らすように、カオルが違う話題を振る。

「あ、もうこんな時間になってたんだ?どうりでお腹が空いてるはずだわ。うん、じゃあ食べよっか!」

腕時計に目を向け、ルナはカオルの提案に同意した。

「ルナは何が食べたいんだ?」

「特に何がっていうのはないかな。カオルは?」

「俺も特には。強いて言うなら長時間並ばないで済む所がいい」

先程のアトラクションで堪えたのだろう。

カオルの発言が何だか可笑しく、ルナはクスクスと声をたてて笑い出した。

「ふふっ、分かったわ。それじゃあ、なるべく混んでないお店を探そっか!」

「ああ」

頷くカオルにルナは笑顔で返し、2人はマップを片手に歩き出した。




丁度その頃、チャコはカトレアのカフェを訪れていた。

「ルナは楽しんどるやろうか?」

カウンターのイスに座り、注文したフルーツジュースを啜りながら、チャコは主人の様子を気にかけていた。

「ふふっ、チャコってば心配性ね」

「そらな。デートなんて初めてなんやし、緊張のあまりテンパっとる事も考えられるやん」

「それならそれでいいじゃない。それも貴重な経験よ」

「そらそうやろうけど……」

「大丈夫よ。あの2人ならきっと存分に楽しんでるわよ」

落ち着いた口調で答えるカトレアの言葉を聞き、チャコは「ふぅ」と小さく息を吐いた。

「……せやな。ウチ、どうもルナには過保護みたいや。少しは子離れせなあかんな」

「ふふっ!でもその気持ちは分かるわ。私もカオル君に対してはお節介になっちゃうもの」

「そういえばカトレアはカオルと付き合いが長いんやったな。昔のカオルってどんな感じやったん?」

話の流れついでに、チャコが質問する。

今まで気にはなっていたものの、なかなか聞くタイミングを聞きそびれていた事であった為、興味津々といった様子である。

「今とそれほど変わらないわよ。クールで周りからは冷淡だと言われるけど、でも本当はとても優しくて。変わった点といえば、笑顔を見るようになった事かな?」

「何やそれ?まるで今までずっと笑顔が無かったみたいな口振りやな?」

チャコの疑問の声に、カトレアは苦笑いして頷いた。

「そうね。あの漂流事件から帰ってくるまで、カオル君の笑う所なんて、私はおろか、アキちゃんやレノでさえも見た事なかったはずよ」

カトレアの言葉にチャコは唖然とした。

それと同時に、笑顔の無い幼少期とは一体どのような生活を送ってきたのか、チャコは興味を惹かれた。

「カオルもちっちゃい頃に何かあったんか?」

「色々と……ね。でもゴメンなさい。それ以上の事は私の口からはとても言えないわ……」

あのカトレアが顔を曇らせ、口を閉ざすほど、カオルの幼少期は壮絶なものだったのだろう。

チャコはそれ以上の追及を止めた。

「ならこの話は終いや!ほれ、せっかくのクリスマス・イヴなんやし、カトレアも何か飲み物用意せな。一緒に乾杯しようや」

湿っぽくなった空気を払拭しようと気を回すチャコに、カトレアは口元を上げて微笑んだ。

「じゃあ、お言葉に甘えようかしら」

そう言ってどこに隠していたのか、カウンターの上にワインのボトルをドンと置いた。

「昼間っからお酒飲む気かいな」

「あら、大人の乾杯と言ったらこっちを指すものよ?それに今日は無礼講よ」

チャコの指摘にカトレアは笑顔で返し、コルクを抜くと、グラスにワインを注いだ。

「みんなもどう?もちろんこれは私のおごりよ」

カトレアの言葉に、店内にいた客全員が注目し、嬉しそうに彼女の元へ集っていく。

ワインの注がれたグラスが全員に渡ったのを確認すると、カトレアは手に持つグラスを高く掲げた。

「それじゃあ乾杯しましょ!メリークリスマス!」

響きわたるグラスを打ち鳴らす音。

店内は一気に活気付いた。

チャコもその雰囲気に則り、フルーツジュースの注がれたグラスを掲げる。

「ほな、メリークリスマス!」

「ふふっ、メリークリスマス!」

合言葉の様な文句を交わし、2人のグラスがカチンと小さな音をたてた。




園内にあるファストフード店にて昼食を済ませたルナとカオルは、その後も数々のアトラクションに並んでは乗車した。

その待ち時間の長さから、一日で全てのアトラクションを制覇する事はできなかったものの、それでも充分すぎる程、2人はおおいに満喫する事ができた。


刻はよいを迎え、辺りは次第に闇に包まれ始める。

それを見計らったかの様に、密かに設置されていた電球が点灯を始め、園内全体がクリスマス仕様のイルミネーションで輝き出す。

その瞬間、昼間の楽しげな雰囲気は跡形も無く消え、ムードのある落ち着いた雰囲気へと変貌を遂げた。

園内を歩くほとんどの者が足を止め、その美しさに感激の声をあげる。

ルナもまた、眼前に現れた光の芸術に心を奪われ、思わず息を呑んだ。

「きれい……」

「ああ……」

ふと口から洩れたルナの呟きにカオルが頷く。

隣に立つカオルの横顔に、ルナはチラリと目を向けた。

イルミネーションの色鮮やかな光を浴びたその横顔は、より一層彼の色気を引き立たせ、ルナはいつの間にかカオルをジッと見つめていた。

その視線に気がついたカオルがルナへと顔を向ける。


2人の視線が交じり合う。

しばらく見つめ合うこと数秒、我に返った2人は、赤くなった顔をバッと背け、視線をおもむろに外した。

顔を逸らしたルナとカオルの間にしばし流れる沈黙。

「そ、そうだ!」

その沈黙を先に破ったのはルナであった。

「カ、カオルに渡したいものがあるの!」

まるで恥ずかしさを押し殺す様に少し大きな声をあげ、ルナはリュックの中から綺麗にラッピングされた小袋を取り出した。

「はいっ!メリークリスマス、カオル!」

突然目の前に差し出された包みに、カオルは虚を衝かれた顔をした。

「俺に……か?」

「うん!」

ルナが頷くのを確認し、カオルはおずおずとそれを受け取った。

「開けてみて?」

「あ、ああ……」

ルナに促されるままにリボンを解き、小袋の口を開く。

「これは……黒曜石?」

小袋に入っていたのは、紐を取り付けた黒曜石のペンダントであった。

「カオル、もうすぐ編入しちゃうでしょ?違う環境でも怪我する事無く夢に向かって頑張って欲しいから、お守りみたいなものがいいかなって思って……」

「持って帰ってたのか」

「うん、実は。サヴァイヴにいた証にって思って」

カオルは黒曜石のペンダントをまじまじと眺めた。

「ルナが作ったのか?」

「う、うん。チャコに手伝ってもらいながだけど。私、不器っちょだから下手くそでゴメンね?」

そうは言うものの、カオルの目から見てもその出来映えは賞賛に値するものであった。

槍や矢に使用していた石を小さく砕き、尖った部分はヤスリで削り、紐を通すために輪の付いたネジを埋め込み……

一連の作業がカオルの脳内にイメージされる。

あらゆる道具を率先して作っていたカオルだからこそ、その作業がいかに大変か身に染みてよく分かる。

「あの惑星で何かと俺達の助けになってくれた石だ。そこらのお守りよりずっと御利益がありそうだ」

カオルは口元を上げ、早速黒曜石のペンダントを首にかけた。

イルミネーションの光を受け、黒曜石がカオルの胸元で妖しく輝く。

「ありがとう」

カオルからのお礼に、ルナは幸せそうな笑顔で返した。


ちょうどその時、『冬』の空に向かって色鮮やかな花火が打ち上がった。

それは一日の最後を締めくくる一大イベント、ナイトパレードが始まる合図でもある。

通りはあっという間に見物客でいっぱいとなり、人と人の頭の隙間からのぞき込む形となった。

「ルナ」

名前を呼ばれ、ルナは視線をカオルへと向けた。

煌めくナイトパレードの光を浴びながら、ルナとカオルが向かい合う。

そこはもはや、何者も侵害する事の敵わない2人だけの空間。

ルナを真摯な瞳で見つめながらカオルが口を開く。

「ルナへのプレゼントをずっと考えていたんだが、何をあげたらいいのか全然思いつかなくてな」

それは今朝ルナが夢で見たセリフ、シチュエーションに非常に近いものであった。

「いーよ、そんなの」

はにかんでルナが言う。

さすがにその先の言葉は恥ずかしくて実際に口には出せないが。

「それでも俺なりに考えて、これがいいんじゃないかって思ってな」

(ま、まさか……夢のと同じ!?ま、待って!まだ心の準備が……!!)

心の中で騒ぐルナの目の前に差し出されたのはラッピングされた箱。

「………」

「どうした?」

「う、ううん!な、何でもないわ!」

ルナがブンブンと慌てて首を振る。

(あはは……いくらなんでもありえないわよね……我ながら酷い妄想に走ったものだわ)

夢と違う結果に、ホッとしたような、残念であるような、複雑な心境のルナであった。

「ありがとう」

カオルから箱を受け取り、包装を解く。

ドキドキしながらふたを開けると、箱の中には装飾が施された小さな箱。

「これ……オルゴール?」

「ああ」

ルナはそっとオルゴールのふたを開け、耳元に近づけた。

小さな箱から流れてきたのは、ルナも知っている、そしてどこか懐かしさを感じさせる曲であった。

ふとルナの瞳からポロッと一滴の涙がこぼれ落ちた。

「ルナ……?」

「あ……ごめんね。この曲、小さい頃にお母さんがよく口ずさんでたから……」

母の事を思い出し、胸がいっぱいになったのだろう。

「すまない……知らなかったとはいえ、無神経だった」

「ち、違うの!」

カオルの謝罪にルナが声を大きくして否定する。

「悲しいとかじゃなくて……嬉しいの」

「嬉しい?」

「お母さんが歌ってたこの曲、私すごく好きだったんだけど、曲の名前も知らなくて……また聞きたいって思っても探しようもなくて……」

ルナはそこまで説明すると、こぼれた涙を指で拭った。

改めてオルゴールへと目を向けると、そこに確かに刻まれた曲名。

「こんな題名の曲だったのね……カオル、ありがとう!」

ナイトパレードの光を浴びたルナの笑顔が美しく、カオルはたまらず顔を逸らした。

「い、いや……喜んでもらえたなら、それでいい」

照れているカオルが可笑しく、ルナはクスッと小さく笑うと、再び耳元にオルゴールを近づけ、懐かしいその曲を存分に堪能するのであった。


ナイトパレード終了後、閉園までの時間を2人は夕食と買い物に費やした。

そしてあっという間に楽しい時間は過ぎていき、閉園を告げるアナウンスが流れる。

帰宅する人の流れに便乗し、ゲートを通過した2人は駅へと向かった。




再びロカA2へ到着したのは夜の10時を回った頃であった。

暗い夜道、ルナはカオルに送ってもらい、現在家のすぐ近くまで来ていた。

ルナが歩みを止め、カオルと向き合う。

「ここで大丈夫よ」

「そうか」

カオルも自然と歩みを止め、真っ直ぐにルナへ視線を向けた。

「今日は本当にありがとう!今までで一番楽しいクリスマス・イヴだったわ」

ルナの言葉にカオルが小さく微笑む。

「それじゃあ」と片手を上げて、カオルは家へ続く道を歩き出した。

闇に溶けるその背中を見つめ、ルナは不思議な恐怖に囚われた。

こうして2人で会う事はこれで最後、とでも言うように感じられたのである。

「カオル!!」

それは無意識の行動であった。

頭で考えるよりも先に、カオルの名を呼んでいた。

カオルが呼び声に反応し、振り返る。

「どうした?」

顔は闇に溶け、表情は窺えない。

「私……」

様々な感情が錯綜さくそうし、次の言葉が出てこない。

何でもない、と言えば、また変わらぬ関係でいられる。

大切な『仲間』として……


『例えば、もしカオル君が誰か他の女の子と付き合う事になったとしたら……ルナちゃんはカオル君と今までと同じ様に接する事ができる?』


突然頭に浮かんだカトレアの言葉。

もしカオルの隣に自分以外の女の子が立っていた時、自分は笑っていられるだろうか?

その現実を受け入れられるだろうか?

(私は……ずっとカオルの隣にいたい!!カオルの中の一番でいたい!!)

その答えが、自然とルナの口から本心を吐き出させた。

「私……カオルが……好き」

ついに告げてしまった。

もう後には引けない。

暗闇で分からないが、きっとカオルは驚いた表情をしているだろう。

勢いに任せてルナが言葉を続ける。

「私と……付き合ってくれませんか……?」

「……………」

しばらくの沈黙。

ルナはカオルの返事を待った。

そして……




「……すまない」

暗闇から返ってきたカオルの答え。

「……そっか!」

ルナの声は不思議と明るかった。

「あー!言ったら何だかスッとしちゃった!」

いや、明るく振る舞っているだけであり、こうでもしないと今にも泣き出してしまいそうだからだ。

カオルを困らせまいと、ルナは必死に取り繕っているだけであった。

ルナは言葉を続けた。

「ねぇ、カオル……これからも大切な仲間として接してくれる?」

「……ああ」

カオルは小さく頷いた。

「ありがとう」

ルナは笑顔で礼を言った。

カオルとの関係が崩壊してしまう事、それがルナにとって何よりも怖い事であった。


また今まで通りの関係を維持してくれる……

その事にカオルが同意してくれた事が、せめてもの救いであった。

「じゃあね!また明日、ハワードの家でね!」

ルナは笑顔で手を振ると、一度も振り返ることなく家までの道を駆けていった。




「ただいまー」

ルナの声を聞きつけ、チャコが玄関へ出迎える。

「おぉ、おかえり。どやった?デートは」

「うん、楽しかったよ」

ルナは笑顔を向けると、ダイニングキッチンの方へと向かって行った。

「……ルナ?」

ルナの様子に首を傾げながら、チャコはルナの後に続いた。

ルナは冷蔵庫を開け、中からドリンクを取り出すと、ゴクゴクとそれを飲み始めた。

「……何かあったんか?」

チャコが心配そうな表情で問いかける。

ルナはドリンクを口から離すと、先程と変わらぬ笑顔をチャコに向けた。

「カオルに告白しちゃった!」

「!!」

ルナの言葉にチャコは目を丸くした。

「でもふられちゃった!」

ルナが「あはは」と空笑いをする。

「まぁ、最初から結果は分かってたし、私は全然平気だよ」

ルナが笑顔で話すほど、チャコにはそれが悲痛の叫びに聞こえてならなかった。

(アホ……無理して笑うても余計辛いだけやんけ……!)

チャコはルナの体をよじ登り始めた。

「ちょっ……チャコ!?」

突然のチャコの行動に、今度はルナが目を丸くする。

肩まで到達すると、そこに座り、チャコはルナの頭を優しく撫で始めた。

「チャ……コ……?」

「よぉ頑張ったなぁ」

「!!!」

チャコの言葉にルナの瞳が潤み始める。

「えらいで、ルナ」

「ヂャ……コォ……」

優しい口調で褒めるチャコの言葉に、ルナの涙腺が崩壊する。

「あだじ……ダメだっだよぉ……!!」

肩に乗っていたチャコを強くギュッと抱きしめ、ルナは大声で泣き出した。

「ちゃんと自分の気持ち伝えられたんやろ?何も恥じる事なんてあらへん!立派やで、ルナ」

「う……うぁあぁああん!!!」

初めて経験する失恋の苦しみに、少女は終夜涙が涸れるまで泣き続けた。

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