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3期

きらめくナイトパレードの光を浴びながら、ルナとカオルが向かい合う。

そこはもはや、何者も侵害する事の敵わない2人だけの空間。

ルナを真摯な瞳で見つめながらカオルが口を開く。

「ルナへのクリスマスプレゼントをずっと考えていたんだが、何をあげたらいいのか全然思いつかなくてな」

「いーよ、そんなの。カオルと一緒に過ごせただけで私は幸せだもん」

はにかんでルナが言う。

「それは俺も同じだ。だから……」

カオルが優しくルナの両肩を掴む。

「カオル?」

「これが俺からのクリスマスプレゼントだ」

カオルの端正な顔がゆっくりとルナへと近づく。

ルナもその意味を理解し、静かに目を閉じた。



第 12 話 『聖夜(前編)』



『──ナ』

ふと耳に入る誰かの声。

始めは空耳かと思い、気にも留めなかったが、その声は次第に大きくなっていき、ルナの耳元で騒ぎ立てる。

『──ナ!……ルナ!!』

それが自分の名を呼ぶ声である事に気が付く。

カオルの声色ではない。

いい雰囲気を邪魔された事に不満を感じながら、ルナは閉じていた瞼を再び開けた。




「ル~ナぁ~」

目の前にはカオルの顔……ではなく、ピンク色の化け物の顔が超至近距離に迫っていた。

「きゃあああ!!?」

ドカッ!!!

「ほげっ!!?」

悲鳴と共に飛んだルナの拳がピンク色の化け物……もとい、チャコへ直撃する。

殴り飛ばされたチャコは顔面から壁に激突し、ズリズリと床へ滑り落ちていった。

「あ……あれ?」

はっと我に返る。

そこでルナはようやく気付いた。

今自分のいる場所がベッドの上である事に。

(じゃあさっきまでのは全部……ゆ、夢ェ!?)

「何すんねん!」

衝突した顔を押さえて、チャコがガックリと肩を落とすルナへ文句を言う。

「初デートに遅刻せんようにと思って、親切心で起こしてやったっちゅうに、何やねん!この仕打ちは!?」

(あ!でもこれが正夢だとしたら……)

「おい、聞いとんのか!?」

チャコの訴えも、自分の世界に入ってしまっているルナにはまるで届いていない。

「聞けやー!!」

先程の仕返しと言わんばかりに、チャコの跳び蹴りがルナの後頭部へ入る。

かなり効いたのだろう。

ルナは突然の激痛に後頭部を押さえてうずくまっている。

「痛っったぁー!?何するのよー!!?」

今の衝撃で現実に戻ったルナがようやくチャコへ視線を向けた。

「そら、こっちのセリフや!全然人の話も聞いとらんし!!」

「だからって蹴ることないじゃない!」

「何やねん!!」

「何よ!!」


本日は12月24日、クリスマス・イヴ。

神の降誕前夜祭という神聖な日である事もお構いなしに、それからしばらく2人のいがみ合いは続くのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

12時間前……

「お疲れさま、2人とも」

業務が終了し、カトレアが本日の勤務者に労いの言葉をかける。

「「お疲れさまでした!」」

元気よく挨拶を返したのは、ルナと……

「シャオちゃんも大分慣れてきたみたいね。今日はミスも減ったし、動きがスムーズで良かったわよ」

「ホントですか!?ありがとうございます!」

カトレアからの賛辞に笑顔を向けるシャオメイの姿があった。

シャオメイがここで働き始めておよそ1ヶ月が経つ。

生活が切迫していたのだろうか、中学生にしてバイトをしているルナに、「私を紹介して!」と懇願してきたのである。

シャオメイがソリア学園に転入しておよそ8ヶ月、一体どんな生活していたのか甚だ疑問ではあるが。

とにかく、そういった経緯があってルナはカフェへシャオメイを連れて行った。

事情を説明……いや、説明も何も、ルナが「彼女、アルバイトを探していて……」と序盤を話し始めた時点で、「それで、シャオメイちゃんはいつから入れる?」と既に次の段階へ話が進んでいたのだ。

要するに、面接をする事もなく『採用』となったのである。

唖然とするシャオメイの隣で、自分が採用された時と状況が似てるなぁ、とルナは苦笑いを浮かべるのであった。


バイトを終え、2人は並んで夜道を歩いていた。

「ん~疲れたぁ~!!もうクタクタァ~」

「今日はまた一段とお客さんが多かったからね~」

「でも、カトレアさんに褒められたのは嬉しかったな」

「シャオメイ、バイト始めた頃は凄かったもんねぇ。色んな意味で」

当時を思いだしたのか、ルナがクスクスと小さく笑う。

「ち、ちょっとぉ!忘れかけていた忌々しい記憶を掘り返さないでよぉ!」

シャオメイは恥ずかしそうに顔を赤らめ、「そ、そういえば!」と強引に話題を逸らした。

「25日にあるクリスマスパーティーのプレゼントはもう買った?」

「ええ。結構悩んだけど、どうにかね」

今2人が話題にしているクリスマスパーティーとは、2週間ほど前にハワードが持ちかけた企画である。

そのパーティーの一興として『プレゼント交換』を行う事となり、各自1品ずつプレゼントを用意する手筈となっている。

「何かハワードが愚痴ってたわよ?本当はクリスマス・イヴにやりたかったのに、ルナとカオルが予定あるから25日になったって」

「う、うん。まぁ……」

「なになに?2人して明日予定あるとか、何か怪し~い!一緒にイヴの夜を過ごすとかぁ?」

先程の仕返しのつもりだろうか、
顔をにやつかせてシャオメイが茶化す。

しかし、シャオメイの期待していた狼狽するルナの姿は無く、目の前にいるルナは顔を赤くして俯いていた。

「……え?……マジ?」

ルナが小さくコクリと頷く。

冗談のつもりの言葉がまさか的中していたとは思いもせず、シャオメイは驚きでつい素の反応を返してしまった。

「前に体育祭でもらったドリームワールドのチケットがあったから……思い切って誘っちゃったの……」

「そ、そうなんだ……」

「わ、私何かおかしい事してるかな!?」

シャオメイの反応に不安を抱いたのか、ルナが身を乗り出して尋ねる。

「そ、そんな事は無いんだけど……何て言うか、ルナって時々行動が大胆だなぁって思って」

「そ、そうかな?」

「うん。しかも、その結果が良い方向へ繋がっていくんだもんなぁ」

その言葉の後に、シャオメイはポツリと「凄いなぁ……」と呟いた。

「シャオメイ?」

「あ……!な、何でもないわ!」

首を傾げて呼びかけるルナに、シャオメイは「あはは」と誤魔化すような笑い声を出した。

そこで丁度分かれ道へと差し掛かる。

「あ、じゃあ私こっちだから!明日、思いっきり楽しんできなさいよ!」

シャオメイは笑顔で手を振ると、帰路を駆けていった。

暗闇に溶けるその後ろ姿を見つめていると、不意にルナはゾクリと背筋に悪寒が走るのを感じた。

理由は分からない。

だが、それは何か良くない事の前触れの様に感じてならなかった。




帰宅したルナは夕食を済ませると、寝室へと向かった。

しばらくすると、2階からルナの声が聞こえてきた。

「チャコ~ちょっと来て~」

何事か、とチャコがエレベーターで2階へ上がると、そこにはいつもとは違う衣服を身に纏ったルナが立っていた。

「ど、どうかな……?変じゃない?」

ルナが少し恥ずかしそうに体をモジモジさせて尋ねる。

「ルナ……いくら明日のデートが楽しみだから言うて、今からおめかしするんはちょっと気が早いんとちゃうか?」

「ち、違うわよ!明日どれ着ていこうか考えてただけよ!」

呆れる様に小さな溜息をつくチャコに、ルナは顔を赤くして声を荒げた。

「分かっとるがな。冗談や」

「!!!」

またからかわれた、と悔しさでムッとしているルナの表情が面白く、チャコは「ひっひっひ」と悪さを帯びた笑い声をあげた。

「ほれ、いつまでもそんな顔しとったら、元に戻らんようになってまうで?」

そう指摘され、ルナは慌てて鏡で自分の顔を確認し始めた。

自分の些細な言葉に反応するルナの一挙手一投足が可笑しく、またそんな素直さが愛しくも感じているチャコであった。


「これはどう?」

「ちょっと色が地味すぎるんとちゃうか?」

「う~ん……じゃあこれは?」

「色はええけど、スカートには合わんのとちゃうか?」

「じゃあスカートじゃなくて、パンツならどう?」

「ウチはスカートの方がええと思うんやけどなぁ」

「う~ん……」

チャコの評価を受けながら、ルナが難しい顔で唸った。

着て行くものについて悩む姿は真剣そのものである。

(恋をすると女は綺麗になるってよう言うけど、その意味がよう分かったわ)

「ちょっとチャコ、聞いてるの!?」

感慨にふけっていたチャコに対し、ルナの野次が飛ぶ。

「はいはい。で?次はどれや?」

「えっと、次はね……」

コロニー居住区にあるアパートの一室。

その部屋の明かりは夜更けまで灯っていた。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「チケットはちゃんと持ったんか?」

「うん。さっき確認したから大丈夫」

「今日は夕飯いらないんやったな?」

「うん。あっちで食べてくるから」

家を出る時間となり、支度を済ませたルナが玄関に立つ。

昨晩2人で議論し合って決めた衣服を纏うルナの表情は、どこか緊張の色が窺える。

「じゃあ、行ってくるね」

「あ、ルナ!」

「ん?」

ちょいちょい、と手を小招くチャコに呼ばれ、ルナは体を屈ませた。

「チャンスはちゃんとモノにせぇよ」

「チャンス?何の?」

「決まっとるやろ。ええ雰囲気になったらチューや」

「なっ……!?」

思わずルナの顔が紅潮する。

「ナイトパレードあたりがベストやな。周りが釘付けになっとるタイミングを見計らって……」

「ばっ、ばかぁ!!」

チャコの説明が妙に生々しかったせいか、ルナは恥ずかしさに負け、逃げるように捨て台詞を吐いて家を飛び出していった。

そんなルナの後ろ姿を、チャコは実に楽しげな表情で「気ィ付けてなぁ」と手を振って見送るのであった。




宇宙港までの道を、ルナは顔を赤くしながら歩いていた。

先程のチャコの言葉が、何度も頭の中で反芻はんすうされる。


『ええ雰囲気になったらチューや』


ルナの脳裏に2つの情景が甦る。

1つは、今朝の夢。

そしてもう1つは、『秋雨』の日の未遂事件。

特に後者は、現実の出来事である分、思い返す度に顔が熱くなるのを覚える。

(もぉ……チャコが変な事言うから……)

チャコの術中にまった、とでもいうのだろうか?

ルナはその事に意識を持って行かれ、気が付くといつの間にか宇宙港前へと到着していた。

巨大テーマパーク『ドリームワールド』は、ここからリニアカーで5駅ほど先にあるロカK6というコロニー内に設営されている。

ルナは運賃を確認するため、券売機の上に大きく掲示されている路線図を見上げた。

そこには『衛星ロカ』に建設された全てのスペースコロニーが表記されている。

衛星ロカはAからKまでの地区に区分けされており、それがコロニーの名称・住所となっている(ロカA2は『A地区・第2コロニー』を意味する)。

首都であるロカA2を中心に各コロニーがリニアカーで連結されており、その形状はまるでクモの巣の様だ。

しかし、これは間違いなく宇宙開発・惑星開拓の発展の賜物である。

同時に、大地・空気・水……全てが汚染されている地球を開拓する事が、いかに困難な事であるか、その課題の断片をルナは垣間見たように感じた。

「って、今はそれどころじゃなかった!」

はっと我に返り、ルナは慌てて切符を購入すると、改札を通り抜け、目的地へ向かう路線のホームへと駆け出した。




リニアカーに揺られおよそ30分、ルナはロカK6へと到着した。

カオルとの約束は、朝の9時に改札前で待ち合わせとなっている。

ルナは逸る気持ちを抑えきれず、小走りで待ち合わせの場所へと向かった。

改札口が見えたと同時に、その脇に立つ黒髪の少年の後ろ姿も目に入る。

途端にルナの鼓動が大きく高鳴った。

それが初デートによる緊張からなのか、はたまたカオルへの溢れる想いからなのか、ルナには判断できない。

ルナはやや固い動きで改札を抜けると、カオルへと声を掛けた。

「お、おはよう!」

「……ああ」

いつも通りの淡々とした返答。

しかし、珍しいが間違いなくカオルも緊張していた。

それほど大きくは表出しないのだが。

無論、緊張状態かつ鈍感のルナにそれを感じ取る心の余裕はない。

「は、早いね。待たせちゃったかな?いつから待ってたの?」

「到着したのはルナより少し前くらいだから全然待ってない」

バイト時、密かに好きだったカオルのセリフを、デートの時に聞けるとは思ってもみず、ルナは小さくはにかんだ。

改めてカオルへと視線を向ける。

同じ黒ではあるものの、普段のTシャツではなく、襟のあるものを着ていた。

いつもと違う服が、カオルの中に隠れていた大人な雰囲気を表出させているのだろう、より一層彼の持つ色気が増している様に感じられる。

その証拠と言えるかどうかは疑問だが、先程から道行く女子が一度は視線を向けている事にルナは気づいていた。

(カオルかっこいいもんなぁ……そりゃあ振り向いちゃうよね)

などと考えているが、実のところルナ自身も男子からの視線を受けていた。

勿論、その事実をについてルナが気づく筈も無く。

「じゃあ、そろそろ行こっか!」

「そうだな」

ルナの催促にカオルが頷き、2人はドリームワールドの入場ゲートへと向かっていった。

つづく
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