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3期

第 11 話 『寒空の下』

中等部最後の学園祭は、無事にとまでは言えないものの、成功を収めた。

その翌日は代休に充てられ、生徒達は束の間の休息を満喫するのであった。

しかしバイトのあるルナは朝から夕方までみっちり働き、休息というには程遠い1日を過ごしていた。

無論カトレアは、無理しない方がいいのでは?と説得を試みたのだが、ルナは首を縦に振る事は無かった。

学園祭の準備により、バイトのシフト変更を何度もお願いしていた手前、これ以上迷惑をかけられない、という思いが働いてしまっていたのである。

バイトを終え、ヘトヘトになって帰ってきたルナは、シャワーを浴びて自室のベッドに倒れ込むと、死んだ様に眠ってしまった。




その翌朝、ルナは久々に寝覚めの良い朝を迎えた。

熟睡できていた為であろうか、眠気は全く無く、頭もスッキリしていて実に清々しい。

時計に目を向けると、時刻は午前5時、予定よりかなり早めの起床である。

(せっかく早くに目が覚めたんだし、朝ご飯の時間まで散歩にでも行ってこようかな?)

ふとそんな考えが浮かび、ルナはまだ眠っているチャコを起こさぬ様、そっとエレベーターに乗って下に降りると、まだ薄暗い外へと出て行った。


すっかり冬模様となった明け方のコロニーは静寂に包まれていた。

吐く息は白く、肌寒い外気が顔を撫で、ルナの頬が次第に紅みを帯びていく。

無論、コロニーではサヴァイヴの様に雪が降ることは無い。

食糧もろくに調達出来ず、何日も寒さと飢えに耐え忍ぶ、という辛い経験もあったものの、空から雪が舞い降ちてきた時の、あの幻想的な風景は、今でもルナの目に深く焼き付いていた。

しんしんと雪が降る幻想的な風景、キラキラと月明かりに照らされ美しく輝く雪原……

あの情緒溢れる景色をもう一度見たい、と言えば、皆はどんな反応をするだろうか?とルナは自分の考えに苦笑いを浮かべながら、人気の無い道をゆっくりと歩き始めた。


しばらく歩き、ルナはカフェ近くの公園へと辿り着いた。

特にそこを目指していた訳ではない。

何も考えずに歩いていたら、いつの間にかそこまで足を運んでいたのである。

ルナは誰もいない公園に入ると、ブランコに静かに腰掛けた。

こうしていると、まるで世界に自分たった1人しか存在していない様な錯覚に陥ってしまう。

そう感じた途端、ルナは急に寂しさを覚えた。

これが、冬が人肌恋しい季節と言われる所以ゆえんなのかもしれない。

募る寂寥感に、ルナは白い溜息をつくと、「カオル……」と心の隙間を埋めてくれる想い人の名を口ずさんだ。

「……ルナ?」

不意に聞こえてきた声に、ルナは驚き顔を上げた。

視線の先には、同様に驚きで目を見開いて見つめるカオルの姿があった。

「か、カオル!?な、何でここに!?」

予想外の事に慌てふためくルナの元へ、カオルがゆっくりと歩み寄る。

「日課のトレーニングでこの道を走ってるんだ。そしたらルナの姿が目に入ってな」

「日課って……こんな朝早くから毎日走ってるの?」

「ああ」

やや息を切らしながら、カオルは淡々とルナの質問に答えた。

「ルナこそどうしたんだ?こんな朝早くから」

「えっと……早く起きちゃって、散歩しようと思って」

ややぎこちない説明ではあったが、カオルはそれほど気にした様子も無く、「そうか」と返答し頷いた。

ようやく落ち着きを取り戻していき、ルナは改めてカオルを見やった。

トレーニングという言葉の通り、彼は黒いスポーツウェアを着用している。

普段の簡素な服装と違い、何だか新鮮に感じられ、ルナは思わず見とれてしまった。

カオルの「どうした?」という声で我に返り、ルナは顔を赤くして首を横に振った。

視線を服装から逸らそうと、目線を上げると、カオルの頭にいまだ巻かれている包帯が視界に入った。

「……頭の怪我の具合はどう?」

「痛みは無い。後は勝手に治癒するだろ」

カオルはそういうが、あれほどの傷を負って、たった2、3日で痛みが引くとは考えにくい。

それこそ自分の様にナノマシンでも体内に無い限り。

もしかしたら、一緒に学園祭を回っていた時も本当は無理をしていたのではないか?と勘繰ってしまう。

そんな考えが表情に出ていたのか、カオルはルナの顔を見ると深い溜息をついた。

「また『自分のせいだ』とでも考えてるのか?」

「だって……」

カオルに叱責されようと、そんな簡単に割り切れるものではない。

ルナの反応に、カオルは再び深い溜息をつくと、ジッとルナの瞳を見つめた。

「それなら、ルナも俺の立場になって考えてみろ」

「カオルの……立場?」

「例えば、ルナがシャアラを助けた時に怪我をしたとして、その事を会う度に謝られたら、どうだ?」

「………」

ルナは状況をイメージし、沈黙した。

正確には返す言葉が無かった。

考えるまでもない、恐らく自分もカオルと同じ事を言うだろうから。

自分は気にしていないのに、ずっと相手に引きずられるのは正直気分のいいものではない。

「……カオルの言いたい事、よく分かったわ」

「そうか」

「それとね……助けてくれてありがとう」

突然ルナの口から出た感謝の言葉に、カオルはキョトンとしてしまった。

「どうしたんだ突然?」

「私ずっと謝ってばっかりで、そういえば全然お礼を言ってなかったなぁって思って」

「別に礼を言われるような事は……」

そこまで言い掛けた所で、ルナはカオルに手を伸ばし、彼の両頬を軽く引っ張った。

「ふぁひふぉふる(何をする)!?」

「学園祭の時のお返し♪カオルがお礼を拒否する度に、ほっぺをむきゅーってするから」

「………」

「よろしいですか?」

「……ふぁふぁっふぁふぁら、ふぁなふぇ(分かったから、離せ)」

カオルが承諾するのを確認すると、ルナはニコッと笑って彼の頬から手を離した。

カオルは引っ張られた両頬を手でさすり、不満顔である。

そんなカオルが可笑しく、ルナは楽しげに笑うのであった。


それから随分と長い時間話をしていたようで、気が付くと日も昇り始め、朝焼けが2人を照らしていた。

名残惜しさはあるものの、この辺で切り上げなければ学校に遅れてしまう。

ルナは手を大きく振りながら「それじゃあ、また後でね」とカオルに呼びかけ、自宅へと駆けていった。


ルナが自宅に帰ってくると、チャコが既に起きて朝食の用意を済ませていた。

「ただいまぁ」

「朝っぱらからどこに行っとったん?」

「早く目が覚めちゃったから、ちょっと散歩にね」

「さよか。それで運良くも朝からカオルに出会えたっちゅー訳やな?」

見事に言い当てられ、ルナは顔を赤くして口をパクパクさせた。

「な、何で知ってるの!?」

「そら、帰ってきたルナの顔を見れば一発や。にやけとったで」

チャコに指摘され、ルナは「か、顔を洗ってくる!」と慌てて洗面所へと逃げていった。


落ち着きを取り戻し、ルナはようやく朝食にありつけた。

少し歩いてお腹を空かせたからであろうか、朝食がいつもより美味しく感じられる。

『早起きは三文の得』と言うが、三文どころじゃないな、とルナはしみじみ思うのであった。

「せや、ルナ」

食事の最中、ふと思い出した様な口振りで、チャコが話しかける。

「昨日な、部屋の整理しとったら、これを見つけたんやけど」

手に持つコップをテーブルに置くと、チャコはルナの前に2枚のカードを差し出した。

「何これ?」

カードを受け取り、ルナはまじまじとそれを見つめた。

「昨日話そうと思っとったのに、帰って早々に寝てしまうんやもん」

「『ドリームワールド・フリーパスチケット』?……あ!これって……」

「それ、体育祭の最終競技でルナがもろた優勝賞品やろ?」

「う、うん……すっかり忘れちゃってたけど……」

せっかく貰ったものの、学校とバイトの生活で忙しく、行く暇がないまま今日まで放置してしまっていた。

「せっかく無料ロハで遊べるいうのに勿体無いやん。期限は今年中になっとるし……丁度ええやないか」

何が「丁度ええ」のか分からないが、チャコがニヤリとした瞬間、ルナの背筋に悪寒が走った。

「チャコ……何を企んでるの?」

ルナが疑うような目つきでチャコに尋ねる。

「企むとは人聞きが悪いわ。ウチはただ、それを使ってカオルをデートに誘ったらええと思っただけやのに」

「は……はぁぁぁー!!?」

突然降りかかったチャコの発言に、ルナは顔を赤くして大声をあげた。

「な、何とんでもない事をさらりと言っちゃってるのよ!?」

「ちょっと待ちや。今のどこに『とんでもない』発言が入っとんねん」

「だ、だだだだって……でででデートって……」

「動揺し過ぎや!どこまで初心ウブやねん!?」

ルナの反応にチャコが怪訝な顔でツッコミを入れる。

「ええか?カオルといられる時間が残りあとわずかになってきた事くらいはルナも分かっとるはずやろ?」

「う、うん……」

「なら、カオルと一緒にいられる時間を大切にせな。チャンスがあるなら、自分から積極的に押していくべきやと思う。そうやないと、あっという間に別れの日になってしまうで?」

チャコの言葉は正論だ。

奇跡の生還を果たしたあの日から、もうすぐ1年が経とうとしている。

カオルとの別れの日までの約4ヶ月
などすぐに感じるだろう。

「積極的に、か……」

「ウチとしては、これを使ってカオルを誘って、その勢いで告白……ってのもええと思っとるんやけどな」

「そ、それはちょっと……まだ心の準備が……」

チャコの提案に、ルナは腰を引かせた。

「ま、それは堪忍したるわ。けど、デートに誘うくらいの勇気は持たな」

「……そうね」

やや迷いを含んだ返答をしながらも、ルナは小さく頷いた。




学園へ登校すると、教室にはカオルを除く仲間達が集結していた。

「あ、ルナ!おはよう!」

教室に入ってきたルナを見かけるなり、シャアラが笑顔で手を振る。

「おはよう!みんな集まって何してるの?」

ルナは仲間達の元へ歩み寄り、ひょこっと顔を覗かせた。

「学園祭の写真だよ。ルナも見る?」

「うん!見たい見たい!」

ベルが差し出した写真をルナは少しはしゃぎながら受け取った。


「あ、私が写ってる!いつの間にとったの?」

「休憩の時にこっそりとみんなを撮ってたんだ」

少し恥ずかしそうに尋ねるルナにシンゴが悪戯っぽく笑顔で答える。

「あはは!ハワードったら目を瞑っちゃってるじゃない」

「なんだって!?誰だよこれ撮ったのは!もっとちゃんと撮れよ!」

1人憤慨するハワードが面白く、ルナ達は笑いあった。

そこへ、予鈴が鳴るギリギリに登校してきたカオルが現れた。

「おはよーカオル!」

シンゴが元気な声で手を振ると、カオルはいつもの様に「ああ」と淡々とした口調で返した。

「カオルも見るか?お前の姿も写ってるぞ?」

メノリはカオルの写っている写真を、彼の前に提示した。

きっと彼のファンからすれば、咽から手が出る程欲しい代物だろう。

丁度そのタイミングで、学園中に朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴り響く。

「また後で、という事になるか?」

「……の様だな」

カオルの返答に、メノリは苦笑いを浮かべると、クラスの生徒に大声で呼びかけた。

「みんな席に着け!ホームルームが始まるぞ!」

その号令に従う様に、おしゃべりをしていた生徒達は各々の席へと戻っていった。


席に着き、ルナはちらっとカオルへ目を向けた。

写真を見ている時、ルナは不思議と『懐かしい』という思いが込み上がってきた。

学園祭が終わってからまだ数日しか経っていないはずなのに、である。

過ぎ去ってしまったものが懐かしく感じられる……きっとそれが『思い出』というものなのだろう。

ならば、今までカオルと過ごした幸せな日々も、いずれは思い出の中だけのものとなってしまうのだろうか?

そんな考えが頭に浮かび、ルナは心の中で首を横に振った。

(そんなのは嫌……!これからもずっと、カオルと『思い出』を作っていきたいよ……)

自身の心と見つめ合い、ルナは本心に辿り着いた。

それは、今まで及び腰となっていたルナが、決心を固めた瞬間であった。




本日の授業が終わり、その足でルナとカオルはバイトへ向かった。

相変わらずカフェは繁盛し、目の回る忙しさであった。

そしてそんな時に限ってカトレアの姿は無く、カオルが「いっその事、ボイコットでも起こしてやろうか」と恨み節を唱えるのも相変わらずであった。


夜の7時を過ぎた頃、ルナはカオルに送られながら暗い夜道を並んで歩いていた。

すぐ近くの公園の前に来た所で、ルナが「ちょっと寄らない?」と声を掛け、カオルを公園内へ導く。

ルナの行動にカオルは首を傾げるも、そそくさと公園の中へ進むルナの後に大人しく付いていった。

「どうしたんだ?」

「うん……あの、ね?」

いざ話を切り出すとなるとやはり緊張してしまう様で、ルナの声が突然歯切れ悪くなる。

「カオルは……クリスマス・イヴって何か予定あったり……する?」

「クリスマス・イヴ……?また随分と先の話をするな?」

カオルは怪訝な顔をするも「まぁ、特に何も無いが」と付け加えた。

「あ、あのね……?もしカオルが良ければの話なんだけど……その日、カオルの時間を……私にくれないかな?」

「……要するに、その日1日付き合ってほしいって事か?」

カオルの質問にルナは小さく頷いた。

「別に構わないが、何をするつもりなんだ?」

「ここに一緒に行かない……?」

ルナがおずおずと提示したチケットを、カオルは受け取り眺めた。

「これは……体育祭の時の景品か?使ってなかったのか?」

「もらったのはいいけど、行く暇が無くて……そのまま忘れちゃってたの」

「チャコと行こうとは思わなかったのか?チャコが好きそうな感じがするが……」

そこまで突っ込んだ質問をされるとは思ってもみなかった為、ルナは返答に困った。

「えっと……チャコは定期的なメンテナンスがあったりとかで忙しくて……」

事実、チャコは年に1回の定期メンテナンスを12月末に行っている。

しかし、『チャコの予定』と『カオルを誘った事』は全く別の話である。

カオルが「そうか」と納得した姿を見て、ルナは胸がチクリと痛んだ。

カオルは自分の放ったその場しのぎの言葉を、真剣に受け止め信じてくれている。

そんな彼に嘘をついてまで秘密にするような事なのだろうか?

彼を誘った本当の理由をわざわざ隠す必要があるのだろうか?


「ごめん……本当は違うの」

自然とルナの口からそんな言葉が漏れた。

「別にチャコの予定が詰まっていたからカオルを誘った訳じゃないの」

「……?」

「カオルを誘ったのは……カオルと一緒に行きたかったからなの」

ルナの発言に驚き、カオルは言葉を失った。

何故一緒に行きたいのか、と聞くのは野暮なのだろうか?

ルナの意味深な言葉に期待してしまう反面、自分の中に潜む『闇』が、それを拒絶してしまっている。

その2つの感情の板挟みに遭い、カオルは沈黙してしまった。

「その……ダメ……かな?」

カオルからの返答がない事に不安を感じ、ルナがおずおずと問い掛ける。

カオルはハッと我に返り、不安げな表情を浮かべるルナに、慌てて言葉を返した。

「い、いや……!ルナが良いんだったら、俺は構わない」

「本当に!?」

「ああ」

カオルが頷くのを確認し、ルナにようやく笑顔が戻った。

「じゃあ約束ね?待ち合わせの時間とかは、日にちが近くなったら連絡するから」

「分かった」

約束を交わし、2人は公園を出発した。


隣り合わせに肩を並べて歩くルナとカオル。


カオルの想いを知りたい

ルナの想いを知りたい


こんなにも近くにいるのに、心の距離はこんなにも遠い。

それが非常にもどかしく、2人が相手に気付かれぬ様、同時に小さく溜息をつく。

身体の芯から冷える寒空の下、2つの白い息がたなびき、静かに闇夜へと消えていった。

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