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3期

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

ドォン!!!

それは突然の事であった。

耳を裂くような爆音、肌を焦がすような炎熱、立ち昇り視界を覆う黒煙。

建ち並ぶ施設は爆炎と共に崩れ落ち、周囲は一瞬にして火の海と化した。

父は幼きルナを抱き、避難口へと疾走する。

途中で崩れ落ちてきた瓦礫が背中に直撃するも、父は怯む事なく走り続けた。


やがてたった1つだけ無事に残っていた脱出ポットを発見すると、最後の力を振りしぼってそこへ走りだした。

幸い脱出ポットはどこも壊れてはおらず、すぐにでも起動できそうであった。

脱出ポットにチャコが跳び乗り、続けて腕に抱えていたルナをシートの上に置いた。

「おとーさんも早く!」

ルナに声を掛けられ、父も脱出ポットへ乗り込もうとするも、背中に受けた傷の痛みにより、その場に膝を着いた。

「おとーさん!」

「大丈夫だ……」

父は痛みに耐えながら笑顔を向け、優しくルナの頬に触れた。

この時、父は覚悟を決めたのだろう。

自分の命よりも大切な、ルナを生かすための決断を。

「ルナ……どんな苦しい事があっても……辛い事があっても負けるな……最後まで……生きるんだ……!」

父の背中が血で滲み、痛みに唸り声をあげた。

「おとーさん!?」

ルナが悲鳴をあげながら父の手を掴む。

しかしこうしている間にも爆音は近づいてきており、この場所も長くはたない状況であった。

父はルナの体を救助ポットの中へ突き飛ばすと、スイッチを押し、ポットを起動させた。

シェルターが閉じ、透明の壁が2人の間を遮る。

ルナがシェルターをドンドンと叩き、父の名を呼び泣き叫ぶも、その声はもう父には届かない。

脱出ポットが起動し、みるみる父から離れていく。


小さくなっていく父の最後の表情は笑っていた。

そして、その笑顔ごと炎は父を飲み込んでいった。

「おとーさぁーん!!!」


その後、ルナとチャコを乗せた脱出ポットは、火星の衛星・ダイモスにあるコロニーに不時着し、爆発が沈静するまでしばらくはそこで保護される事となった。




数日後、爆発事故の影響による火星のポート封鎖が解除され、ルナとチャコは故郷へと帰還した。

事故現場へとやってきたルナは、その光景を目の当たりにし愕然とした。

父の仕事場でもあった、見慣れた大きな施設はそこに存在せず、目の前にあるのは燃え尽きて炭と化した建物らしきものの残骸の跡、そして思わずむせ返ってしまうような何かの焼き焦げた臭いであった。

施設周辺には侵入禁止のテープが張られ、現場検証を行っている宇宙警察が忙しそうに動き回っていた。

「おとーさん……おとーさぁん……」

ルナは虚ろな目で父の名を繰り返し呟きながら、ふらふらと全焼した施設へと近づいた。

テープの下を潜り抜け、侵入禁止区域へ足を踏み入れたルナに気付き、警官がルナに声を掛ける。

「コラ!お嬢ちゃん、ここは立入禁止だよ!」

警官がルナの腕を掴み追い出そうとすると、ルナは暴れて抵抗した。

「放して!!おとーさんが中にいるの!!おとーさんを探すんだもん!!」

「中には誰もいない!危険だから出ていくんだ!」

警官は暴れるルナを抱え上げ、テープの外へと追い出した。

しかしそれでルナが諦める事は無く、地面に降ろされたと同時に再びテープを潜って走りだした。

「あ!コラ!!」

警官は慌ててルナを追いかけ、その体を腕でガッチリと捕まえる。

「放して!放してぇ!!」

警官の腕の中でルナも必死に抵抗するが、大人の力には敵わない。

「ルナ、もう止すんや!」

チャコも説得に入るが、ルナは聞く耳を持たない。

「ヤダ!放してぇ!!おとーさん!!おとーさぁん!!おとーさぁぁん!!!」

ルナは泣け叫びながら、父の名を呼び続けた。

「おとーさん!!そこにいるんでしょ!?返事をしてぇ!!」

「ルナ!!!」

チャコの怒声にルナはビクッとした。

暴れるのをやめたかと思えば、今度は何かに怯えるように震え出した。

「チャコ……チャコも手伝って……一緒に……おとーさん探すの……」

ルナは震えた声でチャコへ言う。

しかし、チャコは静かに首を横に振った。

「な……んで……?おと……さん……早く……助け……ないと……」

「ルナも見たやろ?おとーちゃんは炎に飲まれてしもうた。あそこから助かるんは……ほぼ不可能や」

「そ……そんなこと……」

「ルナ……ホントは自分でも気付いとるんやろ?もう自分を誤魔化すのは止めとき。余計辛くなるだけや」

チャコの言葉を聞き、ルナの瞳から大粒の涙が止めどなく溢れ出た。

「おと……さん……死んじゃっ……たの……?」

チャコは小さく頷いた。

「……もう……会えないの……?」

ルナの絶望感に満ちた表情をこれ以上見ていられなくなり、チャコは目を閉じたまま静かに再度頷いた。

「ぅ……あぁあぁあぁあん!!!」

事故によって親を失った幼い少女の悲痛な泣き声が、灰燼かいじんと化したこの一帯に長く響き渡った。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


当時の悪夢にうなされながら、ルナは目を覚ました。

涙が頬を伝い、枕が少しだけ濡れている。

(……また見ちゃったな)

ルナは思う。

この夢だけは、何度同じものを見てもきっと見慣れるという事は無いだろう。

そして、これからも繰り返し見続けるのだろう。

あの時の出来事は、一生消える事の無い『心の傷』として、ルナの中に今もなお存在し続けていた。


8月31日、今日はあの悪夢の様な出来事があった日。

火星で多くの犠牲者を出した爆発事故が起きた日。

その犠牲者の1人となったルナの父の命日……。



第 1 話 『夏ノ追憶(前編)』



時刻は午前8時半。

朝食を済ませ、身支度を整えると、ルナは父の形見のリュックを背負った。

丁度そこへルナの携帯が鳴り出す。

「ハワードだわ」

「何やねん、こんな朝っぱらから」

ハワードの名を聞き、チャコが怪訝そうな顔つきをした。

「とにかく出るわね。……もしもし?」

携帯の通話ボタンを押すと、画面上にハワードの姿が映し出された。

『よぉ!ルナ』

「どうしたのハワード?」

『どうしたもこうしたも無いだろ!?今日が何の日か知ってるのか!?』

ハワードの言葉を聞き、ルナはしばらく考える。

(今日、何かあったっけ……?ハワードの誕生日……じゃないわよね?他のみんなのって訳でもないし……う~ん……?)

結局思いつかず、ルナはおずおずとハワードに尋ねた。

「え~と、今日って何かあったっけ?」

『何言ってるんだよ!今日は8月31日だぞ!?夏休み最後の日なんだぞ!?』

ハワードの答えに、ルナとチャコは呆然とした。

「だから何やねん!?」

我慢できず、チャコがツッコミを入れる。

『最後のなんだから今日1日、みんなで遊び倒そうぜ!』

嬉々として高らかに宣言するハワードの姿を画面越しに見て、チャコは呆れたような顔をし、ルナは苦笑いを浮かべた。

「えっとね、ハワード」

『ん?何だよ?』

「その……今日は私とチャコはダメなの」

『はぁ!?』

ルナの断りの言葉を聞くと、ハワードは大声で反応した。

『何で!?バイトか!?』

「バイトじゃないんだけど……とにかく今日は用事が入ってるからダメなの」

『ちぇ、ルナもかよ~』

ハワードの言い回しが少し引っ掛かり、ルナが質問をした。

「私も……って、他にもダメな人いたの?」

『あぁ、カオルもダメなんだってよ。今日何かどうしても外せない用事があるとか』

「そうなんだ……」

ハワードに返答しながら、ルナは『カオルの用事』が気になっていた。

『まぁ、用事があるならしょうがないか』

「うん。ごめんね?せっかく誘ってくれたのに」

ルナが申し訳なさそうに謝る。

その態度が真摯なものに感じられたのか、ハワードは特に文句を言う訳でもなく受け入れてくれた。

『それじゃあまた明日、学校でな』

「うん。また明日ね」

そうお互い挨拶を交わし、電話は切れた。

「ちょっと悪い事しちゃったな」

「そうは言うてもしゃあないやん。こっちの方が優先事項や」

「……うん、そうだね」

チャコの言葉にルナは小さく頷いた。

「ほな、行こか」

「うん」

チャコの催促にルナは再び頷き、2人は外へと出て行った。




ポートへと到着したルナとチャコは、搭乗券売り場へと足を運んだ。

「えーと……火星行き自由席、子供1枚っと」

声に出して確認しながら券売機のボタンを押すと、画面に料金が表示された。

ルナは肩から電子マネーを取り外すと決済端末に接触させて料金を支払った。

『チケットガ発行サレマシタ。取リ忘レニゴ注意下サイ』

取り出し口からチケットを受け取ると、ルナとチャコは搭乗口へと向かって行った。


宇宙船に乗り込み、ルナは空いている席を探す。

見回す限りでは船内の席はほぼ満席であった。

「仕方ないから立つ?」

「火星まで小2時間はかかるで。ちょっとキツいんとちゃうか?どっか1席でも空いてへんか見てくるわ。ルナはちょっとここで待っとき!」

そう言ってチャコは空席を探しに向かって行った。


チャコを待っている間、ルナは壁に背中を付け、小さく溜息を付いた。

この火星行きの宇宙船に乗っている客のほとんどは、おそらく観光目的なのだろう。

あの爆発事故から7年……火星は見事に復興を遂げ、今では宇宙の都と言われる程に経済が発展している。

そこに建設された巨大コロニーには、宇宙連邦の本部や大手企業の本社など、この宇宙を支える中枢が凝縮されているのだ。

そんな目まぐるしい経済成長も、多くの犠牲の上に成り立っている。

この乗客の中の一体何人が自分と同じ目的で火星に向かうのだろうか?

一体何人がそんな火星の暗い歴史を知っているのだろうか?

そう考えていると、ルナは次第に切なくなった。


「……ナ、ルナ!」

自分の名前を呼ぶ声が耳に入り、ルナは我に返った。

ルナが視線を足元に向けると、そこにはいつの間にか戻っていたチャコの姿があった。

「チャコ……」

「どないしたんや?呼び掛けても反応せえへんし。何か苦しそうな顔しとったで?」

「ううん、何でもない。今日はどうしても憂鬱な気分になっちゃうだけ」

「ルナ……」

辛そうにしながらも無理矢理笑顔を作るルナを見て、チャコは胸が締め付けられる思いであった。

この日になると、毎年ルナは同じような顔をする。

何とかしたい……。

しかし、チャコにはルナに深く刻まれた心の傷を癒す術を持ちあわせていない。

家族なのに何も出来ない歯痒さ……。

チャコもまた、同じ気持ちを毎年繰り返しているのであった。

「ところで空席はどうだった?」

ルナの言葉にチャコはハッと気付く。

「そうやった!1つ空いてたで。早う行かんと他の誰かに取られてまう!」

「本当!?急ぎましょ!」

チャコの言葉を聞き、ルナは慌てて空席の元へと駆け出した。


「ここや!」

チャコが発見した空席にルナはたどり着いた。

幸いそこは誰にも取られておらず、ルナはホッと安堵の溜息を落とし、笑顔で隣に座る乗客に声を掛ける。

「すみませーん、隣いいです……………か?」

「どないしたん?」

言葉の途中で固まるルナを不審に思い、チャコが隣の乗客へ視線を向ける。

そこに座っていた人物に、チャコが驚愕の表情を向け、思わず大声をあげた。

「な……何でカオルがおんねん!?」

「……それはこっちの台詞だ」

カオルは窓際に頬杖をつきながら、不機嫌そうにチャコへ言い返した。

「えっと……とりあえず隣いい?」

「……ああ」

カオルの了承を聞き、ルナはチャコを膝に乗せて席に座った。

『本日はスペースラインをご利用頂き、誠にありがとうございます。本船の終点はノアG4となります。まもなく離陸となります』

機内アナウンスが鳴り、宇宙船がゆっくりと動き始めた。


「………」

「………」

2人の間には不思議と沈黙が続き、重い空気が漂う。

隣に座るカオルへ、ルナがチラリと視線を向ける。

カオルは窓の外に広がる宇宙空間を見据えたまま微動だにしない。

その雰囲気はピリピリしているように感じられる。

いつもとは違うカオルに、ルナは声を掛けられずにいた。

お互い顔も合わせず、会話も無いこの重苦しい空気に耐えられなくなったチャコが、沈黙を突き破るようにカオルに話し掛けた。

「カオルは火星に何しに行くん?ハワードの誘いも断って来てんのやろ?」

「……ちょっとな」

「ちょっとって何やねん?もしかしてデートとか?火星に愛しの女の子でも待っとったりするんか?」

「え!?」

「違う!!」

わざとらしく尋ねるチャコの発言にルナが過敏に反応する。

同時にカオルも怒声を発した。

そんな2人の反応が面白く、チャコは腹を抱えて笑った。

「ひっひっひ!冗談に決まっとるやろ。本気にすな」

「む~……」

「くっ……」

チャコにからかわれた事に文句を言いたいところではあるが、そのお陰で今まであった重い空気が払拭された事も事実である。

ルナとカオルは喉まで出かけた反論の言葉を飲み込んだ。

「さーて、ウチはちょっと機内でも散歩してくるわ。ジッとしとるのは落ち着かん」

チャコはルナの膝の上から飛び降りると、どこかへと行ってしまった。

チャコが席を外し、再び2人の間に沈黙が流れる。

チャコがわざわざ気を利かせて作ったこの空気を、元に戻してしまっては申し訳が立たない。

ルナはおずおずとカオルに話し掛けた。

「カオルは火星へ観光に行くの?」

「……いや」

「そ、そっか……」

「………」

「………」

会話が続かず、また気まずい空気が漂う。

普段の2人ならば、会話が途切れた程度でこんな雰囲気にはならない。

いまだ経験した事の無いカオルとの間に流れる空気にどう振る舞えば良いか分からず、ルナは心の中で苦闘していた。

そんなルナの様子に気が付いたのか、今日初めてカオルの方から言葉が発せられた。

「ルナ」

「は、はい!?」

突然話し掛けられ、緊張のあまりルナの声が裏返る。

「……5分だけ、心の整理をする時間をくれないか?ちゃんとルナにも話すから」

それはルナにとって予想外の言葉であった。

カオルが「心の整理をする時間を欲しい」と口に出した。

今までどんなに動揺しようと、苦悶しもうと、それを自分の心の中に押し込めて何でもない様な素振りをしていた、あのカオルが……。

ルナに心の内を曝け出すかの様な発言をしたのだ。

それはルナが知る上でも、あのビバークの夜が最初で最後であったと記憶している。

それだけ、今のカオルはあの時と似た心理状態と言えるほどナーバスになっているのかもしれない。

「ん……」

ルナは小さく頷き、カオルの頼みを受け入れた。


およそ5分の沈黙の後、約束通りカオルはルナへ話し始めた。

「……ちょうど3年前の今日なんだ」

「……え?」

「宇宙飛行士訓練学校での事故が起きたのは……」

「それって……もしかして……」

その先を聞かずとも、ルナは理解した。

カオルがあれ程までにピリピリしていた理由が。

話す為に心の整理を必要とした理由が。

カオルはルナから視線を外し、窓の外へと移した。

「今日は……ルイの命日なんだ」


こんな偶然があっていいのであろうか?

年は違えど、ルナもカオルも、同じ8月31日に不慮の事故で近しい人を失っていた。

「ルイの家族は現在火星に住んでいる。アイツの墓もそこにあるんだ……」

「じゃあ……火星に行くのはルイのお墓参りの……為?」

「あぁ……」

ルナの呟きにカオルは小さく頷くと、そのまま口を閉ざした。

その視線は、無限に広がるこの宇宙のどこかにいるであろう彼を探している様にルナには見えた。

ルナは不可思議なシンパシーを感じながら、宇宙空間へ視線を向けるカオルを心痛な思いで見つめた。

つづく
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