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2期

第 9 話 『体育祭②』

ルナとシャオメイがトラックを全力で駆ける。

青組、黄組の選手を引き離し、完全に2人のデッドヒートとなっていた。

(ルナ……思っていたよりも速い!これ以上引き離せない!?)

シャオメイのわずかに後方を走るルナも必死に食い付いていた。

(メノリの言ってた通り……速い!もう少しなのに……距離が縮まらない!!)

しかし、そんな2人のスピードも次第に緩くなっていく。

この競技は借りもの競争。

いかに紙に書かれた物を早く借りて来られるかが決め手となる。

純粋に脚力だけの100m走とはスタイルがまるで違う。

ルナとシャオメイはほぼ同時に、トラックの途中に設置された机に到達した。

そして、ランダムに置いてある紙を摘み上げ、『借りもの』を確認した。

ルナが手に取った紙には……

『気になる異性』

(何よこれ!?物じゃなくて人じゃない!!)

シャオメイが手に取った紙には……

『嫌いな異性』

(は!?誰よ!こんな変な事書いたの!?)

紙を見た2人の動きが完全に止まってしまった。

「どうしたんだ2人共?紙を眺めたまま動かなくなったぞ?」

ハワードが不思議そうに2人の様子を窺った。

「そんなに難しい『借り物』だったのかな?」

ベルが首を傾げて呟いた。


(ちょ……ちょっと待って!?これで仮にカオルを連れて行って……紙に何が書かれていたのか尋ねられたらどうしよう!?)

ルナは違う意味でどうするべきか葛藤していた。


(嫌いな異性って……私が一番嫌いなのは父さんな訳で……それは無理な話だから、次に嫌いな異性ってなると……いつも追い掛けてるカオルになるのかな?……いやいや、確かにいつも逃げ回ってムカつく所はあるけど……別に嫌いって訳じゃあ……)

一方のシャオメイも、無茶苦茶な『借り物』に葛藤していた。

2人が悩んでいる間に、青組と黄組が追いつく。

紙を手に取ると、特に悩んだ様子もなく借り物を探しに向かって行った。

その光景にルナとシャオメイは焦った。

このままでは勝てない……でも、ゴールして紙の中身を聞かれたくもない。

悩みに悩んだ結果、2人は意を決した様にある人物の元へ駆け寄った。

「「カオル!!」」

同時に名前を叫ばれ、さらに右腕をルナに、左腕をシャオメイにガシッと掴まれた。

端から見れば『両手に花』と羨むかもしれないが、当事者のカオルにとっては迷惑以外の何物でもなかった。

「な、何のつもりだ!?」

「「いいから来て!!」」

有無を言わさず2人がカオルの腕を引っ張り走る。

「お、おい!!」

カオルの反論を無視し、ルナとシャオメイはゴール目指して全力で走り出した。

本来強引な事は決してしないルナがこんな行動を取るのは、よほど精神的に余裕が無いのだろう。

引っ張られながらも、カオルは冷静にルナを分析する。

これが終わった後、我に返ったルナが必死に謝ってくるのだろうな、とカオルは今後の展開を予想して深い溜息をついた。




「カオル……本当にゴメンね……?」

「だからもういいと言ってるだろう」

カオルの予想通り、ルナはずっと謝り続けてきた。

結果は散々、早くも『借り物』を手にした黄組の女子が1位でゴール、次いで青組の女子がゴールした。

ルナ達は同着3位でゴールし、審判から借りたものを確認したいと言われた時には「見せられる訳ないでしょ!!」と声を揃えて拒否していたという。


「……ホントにゴメンね……?」

「これで謝るのは10回目だ。これ以上謝ると怒るぞ」

「うん……ゴメ……」

「………」

「あ、いや!今の違……」

慌てふためくルナを見て、カオルは深い溜息をついた。




『プログラム15番、3年生による綱引きです。各組は所定の位置へ移動して下さい』


「ねぇルナ」

他の組の対戦が終わるのを待っている間、シンゴがルナに声を掛けた。

「どうしたの、シンゴ?」

「プログラムを見てて1つ気になる所があるんだけど……この、一番最後の競技に書いてる『???』って……何?」

配布されているプログラムの30番には、確かに『???』と記載されており、具体的な競技名が明かされていない。

その点を疑問に思っているのはシンゴだけではなかった。

「えっと……実はそこ、私にも分からないの。シャオメイが言うには、最終プログラムに相応ふさわしい、最高に盛り上がる競技らしいんだけど」

ルナが苦笑いしてシンゴの疑問に答える。

「実行委員にすら知らせていないとは……一体何を考えてるんだ?」

メノリは疑う様な眼差しで、綱を引くシャオメイの姿を追った。


『続きまして赤組対青組、各組の選手は綱の横に整列して下さい』

放送の指示に従い、ルナ達は綱の横に一列に並んだ。

列の最後尾はベル。

そのパワーに期待が掛かっていた。

対する青組の最後尾はレスリング部主将、3年連続で全中大会に出場が決まっている猛者である。

『位置について……』

その声に、最後尾以外の選手が両手を空へ真っ直ぐと伸ばした。

『よーい……』

次に鳴る開始の合図に選手全員が神経を集中させる。

バァン!!

「オーエス!オーエス!」

一斉に綱を掴み、力一杯引き合う。

両チームは一歩も譲らず、勝負は拮抗状態となった。

「く……っそぉ!動か……ねぇ……!」

ハワードが顔を赤くして引っ張るも、あまり変動しない。

「わた……し……もう……限界……かも……」

シャアラも懸命に力を注ぐも、次第に握力は弱まっていく。

「みん……な……!諦め……ないで!力を……合わせ……れば……ぜっっったい……!?」

ルナの鼓舞も虚しく、体が少しずつ前へと引きずられていく。

次第に赤組が劣勢に強いられる。

(ぐ……このままじゃ……負ける……!)

ベルの頭にそんな考えがよぎる。

しかしすぐさま首を横に振り、浮かんだ考えを打ち消した。

(弱気になるな……!こういう時に力を発揮できなくてどうする!!みんな頑張ってるんだ……それを無駄には……させない!!)

ベルの瞳に闘志が宿る。

「おおおおお!!!!」

ベルが本領発揮した事で、徐々に赤組が後ろへと下がっていく。

「よし……!この……まま……引けぇ!!!」

「オーエス!!!オーエス!!!」

メノリの叫び声に共鳴するように、赤組の掛け声にも一層力が入る。

そして……

バァン!!

『赤組の勝ちです』

終了のピストル音と同時に赤組選手は綱を放り投げ、歓声を上げながら功労者であるベルを囲った。

「すげーよベル!あの状態から引き戻すなんて!!」

「ホント!ベル、カッコいいわー!!」

周りからの賛辞にベルは少し照れながらも首を横に振った。

「俺だけの力じゃないよ。みんなで力を合わせたから勝てたんだ。一番なんていない、赤組全員が功労者だよ」

その言葉を聞き、皆尊敬の眼差しでベルを見つめた。

「ベルって謙虚だなー!」

「うん!私、尊敬しちゃった!」

そんな声が掛けられるも、ベルは心の中で首を振る。

(昔の俺ならきっとあそこで諦めてたに違いない。自分に自信が持てなかったから……でも……)


『あなたはあなたじゃない』


(あの言葉が俺に自信を与えてくれた……俺を変えてくれた……尊敬されるのは俺じゃない、それを教えてくれたルナの方だ)

ベルが仲間達と喜び合うルナへと視線を向けると、ふとルナと視線が合った。

「ベル、やったね!」

ルナはそう言って笑顔でVサインを向けた。

そんなルナが可愛い、と心の中でときめきながらも、ベルも微笑んでVサインを返した。




『これで午前の部の競技が終了しました。今から休憩に入ります。午後の部は13時からの開始となりますので、選手の皆さんは時間厳守でお願いします』


アナウンスが流れ、選手や観客は昼食を摂る為にぞろぞろと動き始めた。

「ルナは家族とお昼食べるの?」

「うん、チャコがお弁当を持ってきてくれてるはずなの」

シャオメイの質問にルナは小さく頷いた。

「チャコって……確か前に言ってたペットロボットの?」

「うん、私にとっては唯一の家族だから」

そう言って見せるルナの笑顔は、シャオメイには少し寂しげに見えた。

「そっか……じゃあ早く行っておいで」

「シャオメイは?」

「私はちょっとだけやる事あるから、それが終わったらお昼にするわ」

「それなら私も……」

「いーから!家族を待たせちゃ悪いでしょ?私は大丈夫だから!」

「う、うん……じゃあ、行ってくるね?」

シャオメイに強引に押されルナは渋々チャコの元へと向かって行った。


ルナの姿が見えなくなった後、シャオメイは小さく溜息をついた。

ルナにとって、チャコというペットロボットが唯一の家族……それはつまり、ルナには両親がいない事を意味する。

それなのにルナはあんなに明るい。

どうしてあんな風に笑っていられるのか?

どうしてそんなに強いのか?

ルナを見ていると、自分はとても我儘な人間なのではないかと思えてしまう。

自分は両親共に健在だ。

会う気になればいつでも会える。

しかし反抗心から家を飛び出し、今は家族のいないコロニーに独り──。

それは自分で望んだ事。

自分の意志で家族から離れた。

だがルナは望んでもいないのに家族と離れる事になった。

そして、もう二度と会う事は適わない……

(ルナやカオルを見ていると、自分がとても矮小わいしょうな人間に見えてくる……強くなる為に、自由になる為にここへやって来たのに……これが本当に正しい事なのか時々分からなくなる……)

ここまで来てシャオメイが持つ意志は揺らぎ始めていた。

「私はここへ来て成長しているのかな……?強くなれてるのかな……?ねぇ、誰か教えてよ……」

答えが返ってこないと分かっていながらも、シャオメイは声に出さずにはいられなかった。

答えの見えない問題に再び深い溜息をつくと、物鬱げな表情で『快晴』の空を仰いだ。




休憩時間、ルナはチャコを探していた。

競技場の入口で落ち合う約束をしていたのだが、待てど暮らせどチャコが現れる気配は無かった。

心配になったルナが競技場周辺を探し回り、現在に至る。

「もぉ……チャコったらどこ行っちゃったのよ」

不満を洩らしながら、ルナがキョロキョロと辺りを見回しながら駆け回っていると、横から自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

ルナは走るスピードを緩め、声がした方へと顔を向けた。

「やっほー、ルナちゃん!お疲れ様」

「マスター!来てたんですか?」

カトレアに気付くと、ルナは彼女の元へ駆け寄った。

「もちろんよ。ソリア学園の体育祭は地域一体型のお祭りだから、毎年楽しみにしてるんだから!」

年甲斐も無くはしゃぐカトレアにルナは苦笑いした。

「カトレア、その子は?」

カトレアの隣から聞こえた声を聞き、その存在にルナは気付く。

カトレアの隣にいたのは、とても清楚な雰囲気の女性であった。

(あれ?どこかで……)

初めて会うはずなのに、ルナには不思議と見覚えがあった。

その視線に気付き、女性は柔らかく微笑みかけた。

その微笑みの綺麗さに、思わずルナはドキリとした。

「あ、ゴメンゴメン。この子がルナちゃん、うちの可愛い従業員よ」

「は、初めまして!ルナといいます!」

緊張で少し声が上ずる。

「そう、あなたがルナちゃんなのね?あなたのお話はカトレアからよく聞いてるわ。聞いた通り可愛らしい子ね」

(あ……!!)

ルナはようやく思い出す。

そう……カフェでカオルと一夜を過ごしたあの日、雑誌に挟まっていた写真に写っていた女性であった。

「もしかして、アキラさん……ですか?」

おずおずと尋ねるルナの言葉に、カトレアは不思議そうな顔をした。

「あれ?ルナちゃんにアキちゃんの事、話した事あったっけ?」

「カオルから聞きました。マスターの親友だって」

「そう、カオルが……」

ルナの言葉に、アキラは静かに呟いた。

「ルナァ~!」

遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえる。

視線を向けると、チャコがこちらに向かって駆け寄って来ていた。

「チャコ!もぉ、どこに行ってたのよ」

「それはこっちのセリフや!入口でなんぼ待っとっても、ちっとも来ィへんし!」

「え!?私もずっと待ってたよ!?」

「何や、すれ違いかいな。まぁええわ、それよりお腹空いとるやろ?早よぅ食べんと、もうすぐ休み時間終わってまうで!」

「そ、そうね!……じゃあマスターにアキラさん、失礼しますね」

ルナはペコリと2人にお辞儀をすると、チャコに手を引かれながら行ってしまった。


「いい子でしょ?」

ルナが立ち去った後のカトレアの言葉にアキラは小さく頷いた。

「えぇ……初めて会うはずなのに、不思議と安心感が持てたわ。まるで、闇夜を照らす月の様……カオルが心を開いたのも分かる気がするわ……」

その言葉とは裏腹に、アキラの瞳はどこか寂しげであった。

カトレアもそんなアキラの様子に気付く。

「さっきの事、気にしてる?」

「気にしてない……と言えば嘘になるかも、ね……」

「アキちゃん……」

カトレアはアキラを切なそうな眼差しで見つめた。

「『カトレアの親友』かぁ……間違いではないけど、ね……私、やっぱり認めてもらえてないみたい……」

無理矢理笑顔を作るアキラの姿に耐えられなくなり、カトレアは優しくアキラを抱き留めた。

「アキちゃん……無理して笑わなくていいんだよ?私……分かってるから。アキちゃんの気持ち……全部分かってるから」

「………うっ……」

カトレアに優しく諭され、アキラの顔が泣き顔で歪んだ。

その顔を見せまいと、カトレアの肩に顔を埋める。

「でも……誰が何と言おうと、カオル君の『母親』はアキちゃん以外にあり得ない……私はそう思ってるから」

「……カトレア……ありがと……」

耳元で囁くカトレアの言葉に、アキラは嗚咽混じりに礼を言った。




『プログラム28番、2年生による色別対抗選抜リレーです。2年生の選抜選手の方は各バトンゾーンへ集合してください』


「シャオメイ、私ちょっと終わった競技の器材を倉庫に運んでくるね」

器材の乗った台車を引きながら、ルナがシャオメイに声を掛ける。

「私も手伝おっか?」

「ううん、1人で大丈夫!シャオメイは本部の仕事よろしくね!」

「そう?じゃあお願いね」

ルナは笑顔で頷き、台車を引いて倉庫へと向かった。


「倉庫は……ここね」

ルナは札の文字を確認すると、競技場の管理会社から予め借りておいたカードキーを穴に差し込み、倉庫の扉を開けて中へと入った。


「ふぅ~……よし、搬送終了!」

台車に乗っていた器材を全て倉庫内に降ろし、ルナは一息ついた。

「次は3年生の選抜リレーだったはずよね、遅れないようにしなくちゃ」

ルナが次の出場競技の事を考えていたその時……

ウィーン、ガシャン!!

「え!?」

妙な機械音と突然の暗闇に驚き振り返ると、倉庫の扉が勝手に閉まっていた。

「ウソ!?」

ルナは内側にカードキーを差す穴が無いか、手探りで探したがそれらしいものは見つからない。

ならばと扉を力ずくで開けようとするも、ビクともしない。

ルナは完全に倉庫内に閉じ込められてしまった。

「ど、どうしよう……」

ルナは焦る。

しばらく待てば、残りの器材を片付けに倉庫に誰かが来てくれるだろう。

しかし、それは全競技が終了してからの話である。

それでは、残りの競技も、実行委員の仕事も出来ずに終了となってしまう。

「だ、誰か!!」

ルナが叫ぶも応答は無い。

この時間に倉庫前を通る者などいない。


体育祭の終了まで残りあと3種目……。

つづく
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