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2期

第 7 話 『Throughout the day』

その日の早朝、普段の起床時刻より大分早めにチャコは目を覚ました。

ダイニングキッチンの方から物音が聞こえ、チャコの耳の感音センサーが反応を示したのである。

何事かとチャコがダイニングへ赴くと、そこにいたのはルナであった。

ルナはチャコが起きてきた事に気が付くと、苦笑いして謝った。

「あ!ゴメン、起こしちゃった?」

「それは別に構へんけど……何や、もう学校に行くんか?」

ルナは既に登校用のリュックを背負い、家を出る支度を済ませた格好であった。

「うん。昨日バイトから帰ってきて、すぐ寝ちゃったから言いそびれていたけど……」

「カオルと逢い引きでもするんか?」

にやけ顔で口を挟むチャコに、ルナは顔を真っ赤にして「違うわよ!」と怒鳴った。

「7月に体育祭があるでしょ?私、その実行委員になったの。だからその打ち合わせに行くのよ」

「ふーん、そういうのはメノリが進んでやるもんやと思っとったけどなぁ」

「メノリばかりに負担させるのも申し訳ないでしょ。だから私から申し出たの」

ルナの話を聞き、チャコは溜息を落とした。

「な、何?」

「いや……まぁ、学校の行事に積極的に参加するのはええ事か……」

チャコの、まるで自分自身に言い聞かせる様な言い回しに、ルナは納得いかないような表情をする。

しかし打ち合わせの時間も近づいていた為、チャコへの追及はひとまず心の隅に寄せておき、「じゃあ、行ってきまーす!」と元気よく出かけていった。

チャコも「気ィつけてなぁ~」と手を振りながら玄関でルナの背中を見送った。




授業中、ルナはとある事が気になり考えていた。

こういう事は、一旦考えてしまうと無性に気になって仕方がなくなってしまう。

事の発端は朝の打ち合わせ後での会話であった。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

打ち合わせを終えたルナは、教室に戻ると集う仲間達の元へ駆け寄った。

「おはよう、みんな!」

「おはようルナ。朝からお疲れ様」

笑顔であいさつするルナにベルが労いの言葉を掛けた。

「ルナもよく体育祭の実行委員なんて面倒な役を引き受けたよな」

「だよねー、実行委員といえば当日の実務に追い回されて、ろくに競技に参加できないって話で有名だからねー」

ハワードの言葉にシンゴも頷いた。

「だったらなおの事、毎年実行委員を引き受けてるメノリは純粋に競技に参加するべきだと思うわ。それに、最後くらい私も学園行事に携わりたいと思ってたし」

「ルナ……ありがとう」

自分の事まで気にしてくれていた事に驚きつつ、メノリは口元を上げて感謝の言葉を述べた。

それとは反対に、ルナの言葉を聞いて小さく溜息をつく者がいた。

「ど、どうしたのカオル?」

ルナがおずおずとカオルに尋ねた。

「いや……まぁ、それがルナの良い所ではあるか」

その自分に言い聞かせるような発言は、朝のチャコの姿と重なった。

「もぉ……チャコといい、カオルといい、肝心な事は話してくれないんだから」

不平を洩らすルナに仲間達は、またチャコに何か言われたんだな、と同時に思うのであった。

その話題に便乗し、シャアラの中に1つの素朴な疑問が浮かび上がり、何気なしにそれを言葉に出した。

「チャコの事でふと思ったんだけど、ルナが学校に来ている間チャコは何をして過ごしてるの?」

その疑問にルナは腕を組んで考えた。

「う~ん……部屋でのんびりくつろいでるんじゃないかしら?」

あくまで自分の予想で答えてみるが、ルナ自身もよく知らない事であった。

「ちぇっ、ズルいよなチャコは。学校も来なくて良くて、好きな事して過ごせるなんてさ」

ハワードは口を尖らせて羨む発言をした。

「馬鹿な事を言うな。お前は本当にそれを羨ましいと思っているのか?」

「どういう事だよ?」

メノリに叱責される理由が分からず聞き返した。

「チャコは学校がある日は1人で過ごしてるんだぞ?」

メノリの言葉を聞き、ハワードははっとする。

自分達は学校へ来れば仲間達と会える。

しかし、生徒ではないチャコはそれが出来ないのだ。

1人で過ごす事の寂しさを身に染みて知っているハワードはその気持ちが痛い程よく分かる。

「そうだったな……」

自分の言葉に非があると素直に認め、ハワードが俯いて呟いた。

「チャコ……1人で寂しくないのかなぁ?」

シンゴがポツリと洩らした言葉が、ルナの心に引っ掛かり続ける事となった。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


学校にいる間、チャコが何をしているかなど、今まで考えた事も無かった。

たった1人(匹)の家族だというのに何故考えようとしなかったのか、ルナは自責の念に捉われた。

(チャコは今何してるんだろう……?寂しい思いしてないのかな……?)

ルナは授業も身に入らず、教室の窓の外に視線を向けて、チャコへ思いを馳せるのであった。




一方のチャコは、ルナが出かけた後、いつものようにジュースを飲みながら朝のワイドショーを堪能していた。

芸能人同士の熱愛や破局報道には特にテレビにかじりつき、「ほー、この2人がなぁ……」や「やっぱり、思うた通り続かんかったなぁ」など独り言の様にコメントを呟くのだった。


その後はゴミ出しに向かい、途中で出会ったアパートの大家との世間話が始まる。

「ルナちゃんはホントよく出来た娘さんよねぇ。あんな立派な子、久しぶりに見るわぁ。うちの息子にどうかしら?」

「すまんなぁ大家さん。ルナにはもう既に意中の男が居んねん。まだ片想いやけどな」

「そう、残念ねぇ」

そんなトークでしばらく盛り上がった後、これから買い物へ行くと言う大家と別れ、チャコはとある場所へと足を運んだ。




「遊びに来たでー」

チャコが鐘を鳴らして入って行ったのは、ルナとカオルが働くカフェ『プラス・ド・リュミエール』であった。

「あら、チャコ。いらっしゃい」

カトレアが来店したチャコを笑顔で出迎える。

チャコとカトレアは、ルナがここで働き始めて間もなく出会った。

といっても偶然などではなく、チャコがルナのいない時間を見計らってカフェにやってきた事がきっかけではあるが。

「今日もいつもの頼むで」

「ふふっ、ちゃんと用意してるわよ」

チャコの前に1杯のグラスが差し出され、チャコは飛びつく様にストローで啜った。

「ぷはぁ!やっぱここのフルーツジュースは格別やな!使うてる果物の質が他とちゃう」

「ありがと♪毎度そんな美味しそうに飲んでくれると作り甲斐があるわ」

チャコの反応にカトレアはクスッと笑った。

「最近のルナはどうや?ちゃんと使い物になっとるんか?」

「もちろんよ!人当たりも良いし、笑顔が可愛いし、一所懸命だし。文句の付けようがないわ」

「そら意外やわ。てっきりミスのしまくりで、カオルに尻拭いさせとるもんやと思っとったんやけどな」

「ふふっ、チャコはルナちゃんには辛口ね」

本当に意外だ、という表情をしてみせるチャコを見て、カトレアは楽しそうに笑って答えた。

途中入店してくる常連にも声を掛けられ会話が弾む。

「おっ、今日も相変わらず暇人か?」

常連の男が茶化す様にチャコに話し掛ける。

「オッチャンに言われとうないわ。ここに来る意外に年金の使い道あれへんのかいな?」

「はっはっは!全くだ!定年退職したら暇で暇で」

チャコの皮肉にも気にする事なく、常連の男は豪快に笑った。


最近ではチャコと話をする為に店にやってくる客も増えている。

それは、単に時間を潰すための話し相手としてであったり、悩みを打ち明ける相談相手としてであったり、その目的は様々であるが、基本的にチャコは話し掛けられるのを拒まない。

本人曰く、「人を癒すのがペット型ロボットの役目やろ?」らしい。

そんな人気の高いチャコの存在が、外部に全く漏れていないのも、カトレアに口止めされている所にある。

ルナとて、家族がバイト先に来て様子を窺っているだなんて嫌がるはずである。

ルナの為にもそれは黙っていてくれ、とチャコとの会話の前に条件を伝えると、客は二つ返事に快諾してくれているのである。


「あ!もうこんな時間かいな!」

時計を見ると、慌てた様子でチャコはカウンター席から飛び降りた。

「何だ、帰るのか?慌ただしいな」

「オッチャンと違うて、ウチは忙しいねん!家族を玄関先で出迎えなあかんからな!」

チャコに言い返され、常連は「ルナちゃんによろしくな」と言って店を出ようとするチャコに手を振った。

チャコも手を振り「また来るでー」と返し、扉の鐘を鳴らして出て行った。




その日の放課後、帰宅の準備を済ませたルナは浮かない顔であった。

1日中、家に置き去りのチャコが気掛かりでならない様子であった。

「チャコが心配か?」

背後から声を掛けられ振り返ると、そこにはカオルが立っていた。

「うん……今まで考えた事も無かったから……」

ルナの視線が再び下へと向いた。

「修学旅行の日、チャコがいつの間にか私のリュックの中に入ってたでしょ?あの時は『何やってんのー』って思ったけど……今考えると1人家に留守番っていうのが寂しかったんじゃないかって……ずっと一緒に暮らしてきた家族なのに……どうして気にしてなかったんだろう……」

そこまで話し、ルナは口を閉ざした。

「家族だから、じゃないのか?」

「え……?」

カオルの言葉に反応する様に、ルナが少しだけ俯く顔を上げた。

「じゃあな、俺はバイトに行くから」

「あっ……」

ルナが呼び止めようとするよりも早く、カオルは教室を出て行った。

教室に残されたルナは、カオルの言葉の意味を考えた。

(家族だから……?どういう事だろう……?)

考えを巡らすも、今のルナにはその真意を知るすべも無く、とぼとぼと帰路につくのであった。


一方、バイト先へ向かうカオルは、ふと口から出た言葉に自己嫌悪を感じ、舌打ちをした。

(俺に家族を語る資格なんて無いんだがな……ルナに偉そうな口を叩いて、一番俺が分かってない……か。無様だな……)

カオルは深い溜息をつき、歩く速度を速めた。




帰宅したルナをチャコが玄関先で出迎える。

「お帰り。どやった?学校は」

「うん、楽しかったよ」

チャコの質問にそう一言返し、ルナは気に掛かった事を尋ねる決心をした。

「ねぇチャコ」

「何や?」

「チャコは……私が学校に行ってる間、寂しくない……?」

「何やねん、藪から棒に」

ルナの質問に、チャコは怪訝な顔をした。

「ちょっと気になって」

「ふーん、まぁええわ。別に寂しゅうないで」

「……本当に?気を遣ってない?」

「何で今更ルナに気ィ遣わなあかんねん。ホンマの事や。こう見えてウチも色々と忙しいんやで」

チャコは疲れていると言わんばかりに自分の肩をトントンと叩いた。

「でも修学旅行の時は……」

「あ?あれは別に寂しかったからやのうて、純粋に旅行に行きたかっただけやもん」

「……本当に?」

「ウソついてどないすんねん」

とりあえず寂しい思いをさせている訳ではなさそうである為、ルナはひとまずホッと胸を撫で下ろした。

「何でそないな事思ったんや?」

ルナは学校で仲間達とのやり取りをチャコへ話した。


「……だから、チャコが何をしてるのか、とか今までどうして気にしてなかったんだろうって」

「そら、ウチとルナが家族だからやろ」

チャコの返答に、ルナは目を円くした。

それは、カオルと全く同じ答えであったからだ。

「それ、どういう事?」

「家族だから気にする必要が無いんねん。少なくとも一緒に暮らしていれば、休日に何をしとるのかとかは分かるやろ?そこから何となく何しとるのかは予想できるんとちゃうか?」

ルナはシャアラに尋ねられた時の事を思い出す。

確かにルナ自身、確証は無いものの、予想を立てて答えていた。

「それで充分なんとちゃうか?別に行動の1つ1つを細かく知る必要も無いやろ。それだけの絆が家族にはあるっちゅー訳や」

「絆……」

「せや!ウチらの仲間の絆も強いけど、それでも家族の絆には勝てんと思うで?その証拠に、帰還してきた時、みんな一目散に家族の元に駆け寄って行ったやん。……まぁ1人を除いてやけど」

恐らくカオルの事を言っているのだろう。

ルナはチャコの言い回しに苦笑いした。

自分とチャコは仲間以上の、『家族の絆』で結ばれている。

(始めから気にする必要なんて無かったんだ……!)

ルナが1日中考えていた事は、チャコのその一言で払拭された。

それでも一応聞いておこうと思う。

「それで、チャコはいつも私が学校に行ってる間、何をしてるの?」

「そやなぁ、ゴミ出ししたり、散歩に出かけたり……あ、大家さんともよう話をするで。今日なんてルナを息子の彼女にどう?なんて言われたしなぁ」

「ええー!?な、何て答えたの!?」

まさかの話題にルナは動揺を見せる。

「心配すな。ちゃーんと断っておいたわ」

「そ、そう……」

ルナはホッと胸を撫で下ろす。

しかしそれも束の間、チャコのルナいじりが始まった。

「ルナには好きで好きでしょーもない男がおるからって言うたら、大家さんも諦めてくれたわ」

「っチャコォ!!!」

ケタケタ笑ってからかうチャコに、顔を真っ赤にして怒鳴るルナ。

こんなやり取りがずっと続いているのも、家族の絆があるから……なのだろうか?

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