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2期

ロカA2には『気象法』という法律が存在する。

これは、コロニーの気象を管理する者が独断で天候を操作濫用しないよう定められたものである。

毎月1ヶ月に1度、『気象確定議会』なるものが連邦議員らの間で開かれる。

そこで、来月の天候をどのようにするかを議論するのである。

主に決めるのは次の通り。

『雨』の日をいつにするか?

その降雨量・時間はどれくらいにするか?

その月の気温設定はどうするか?

風速・風向はどうするか?

などである。

わざわざ時間まで割いて、何の為にこんな事を議論するのか、疑問に感じるかもしれないが、意外にもコロニーではとても重要な事となっている。

まず基本的に、コロニーには四季が存在し、その四季に合わせて気温の設定が行われる。

夏なら気温は高く、冬なら低く。

そうする事で、夏の暑い日には涼しい食品が多く売れ、プールなどの娯楽施設が繁盛し、逆に冬の寒い日には温かい食品やコートやセーターなどの防寒具が多く売れるのである。

つまり、流通の循環を良くする効果があげられるのだ。

その為に、風を吹かせる事で気温の調整を、雨を降らせる事で湿度の調整を行っているのである。

住民には、日程が決定次第テレビ等で随時報告する事となっている。

それを確認し、コロニーの住民達は各々傘を持参したり、交通機関を利用したりするのである。


5月も半ばを過ぎ、夏に向けて気温も少しずつ上昇させている。

テレビを付けると、気象報道士が本日の天候をお茶の間に伝えている。


本日の気温は18℃、昨日よりやや低めの設定となっております。

湿度は75%、ややジメジメするかも知れません。

今日は『雨』の日です。

降雨予定時刻は午後3時から午後8時までとなっております。

この時間帯に外出される方は傘をお忘れなく。

洗濯を干している方も、取り込み忘れにご注意ください。

以上、気象報道でした。



第 5 話 『ある雨の日(前編)』



午後3時、天球のパノラマが変動し始め、さっきまで明るかった周辺が徐々に暗くなる。

そして気象報道士の言葉通り、人工の雨が上空からポツポツと降り始めた。

そんな悪天候でも、ルナとカオルが働くカフェでは、平常並の賑わいをみせていた。

カウンターで作業するカオルをウットリと見つめる女子達、ルナが振りまく笑顔にメロメロな男子達、そしてまだ来ぬカトレアを待ちわびている男性達……

これが常連の強みなのか、とルナはしみじみ思う。


そんな目の回る忙しさに追い討ちをかけるかの如く、店の電話が鳴りだした。

ルナが小走りで向かい、電話を取る。

「はい、お電話ありがとうございます!『プラス・ド・リュミエール』です」

『やっほールナちゃん、元気~?』

電話モニターの向こう側では、カトレアが無邪気な笑顔で手を振っていた。

「マスター!今どこにいるんですか!?早く来て下さいよ!!」

『その事なんだけど……ちょっとカオル君に代わってくれる?』

いつになく深刻そうな表情のカトレアに、何か良くない事でもあったのか、とルナは少し不安を抱いた。

「あ、はい。ちょっと待ってくださいね?」

ルナの呼び声を聞き、カオルは作業を一時止めてルナの元へと向かった。

ルナから「マスターが代わって欲しいって……」と言われ、電話を代わる。

いまだ不安に満ちた表情のルナに対し、カオルはどこか胡散臭そうな表情をしている。

「手短に要件を言え」

『実はね……』

カトレアは一呼吸置き、言葉を続けた。


『商店街の福引きで特賞が当たっちゃってね!それがなんと、コロニーリゾート1泊2日の旅なのよー!そういう訳で、今アキちゃんと2人で来ちゃってまーす!あ、お土産欲しいものあったら遠慮な……』

ブチッとカトレアの電話を途中で切り、カオルは持ち場へ戻った。

「バカは放っておいて仕事に戻るぞ」

毎度の事で慣れてしまったのか、怒る訳でも呆れる訳でもなく、淡々と業務を再開した。

そのうち自分も順応していくんだろうな、とルナは苦笑いを浮かべ、オーダーを出す客の元へ向かった。




閉店の時間となり、客が傘を広げて帰宅していく。

店内が空っぽになり、ルナとカオルは後片付けを始めた。

「今日もお疲れ様、カオル」

笑顔で言うルナに、カオルは口元を上げて「ああ」と一言返した。

「結局マスターは、またサボっちゃったねー」

「アレを戦力として期待しない方が懸命だな。無駄に心労を費やさなくて済む」

「そういう訳にはいかないわよ。マスターの凄さをこの目にしかと焼き付けちゃったんだもの」

「実力があっても発揮しなければ、宝の持ち腐れだ」

カオルの辛辣しんらつな評価にルナは苦笑いした。

「でもさ……何だかんだ言って、カオルとマスターってお互い信頼し合ってるよね?」

ルナは前にカトレアへ掛けた言葉をカオルにも話してみたくなった。

あの時カトレアは否定していた。

今の関係は帰還後からのもので、今まで築き上げてきた信頼関係ではない、と。

だが、それはあまりにも切なすぎる。

だからカオルの返答を聞いてみたくなった。

ルナの言葉を聞き、今まで淡々と返答していたカオルが神妙な顔つきをした。

「……どうだろうな。カトレアと面と向かって話したのだってコロニーに帰ってからだからな。信頼……とは違うと思う」

カオルの返答もカトレアと同じであった。

ルナは違和感を感じた。

お互いの間に、見えない壁の様なものがあるように思える。

「『信頼』という言葉を使うには、色々ありすぎたからな……」

そう呟くカオルの表情は、過去を思い出したからなのか、切なそうに見えた。


過去に、2人の間に何があったのかルナは知らない。

(知りたい……でも……)

カオルの表情がそれ以上踏み込む事を拒んでいる様に見える。

ルナは聞きたい衝動を言葉にすまいと、心の底に押し込めた。

「そっか、じゃあこの話は終わり!」

ルナは無理矢理明るく振る舞った。

そうしなければ、この湿った空気を払拭ふっしょく出来ないと思ったのだ。

「ルナ……済まない」

不意にカオルが謝罪の言葉を述べた。

カオルが謝った理由も、ルナには何となく理解できる。

しかし、それを言葉にするつもりはない。

それはきっと、カオルが望まない事だから……

だからその代わりとして、ルナは柔らかい笑みをカオルに向けた。

その意図を察したのか、カオルも応える様に口元をわすがに上げて微笑み返した。




時計が午後8時を回った頃を見計らって、ルナとカオルは帰宅の準備を整え始めた。

気象報道では、雨は午後8時に止む予定。

無理して雨の中を帰るより、雨宿りして止んだ頃を見計らって帰った方が効率が良い。

2人は忘れ物がない事を確認すると、扉の鐘を鳴らして店から出た。

ザァ───

「……あれ?」

目の前に広がる光景に、2人は唖然としていた。

午後8時で止むはずの雨が、今もなお地面を叩いて降り注いでいる。

「時間……間違ってないはずよね?」

ルナの質問に、カオルは小さく頷いた。

「気象管理局で、何かトラブルがあったのかもな」

そう言いながら、カオルは携帯から気象管理局のホームページへ繋ぎ、何か情報が入っていないか調べ始めた。

「……やはり、トラブルの様だな。人工降雨装置のCPU(中央演算処理)にエラーが生じたらしい」

「それ、今日中に直るの?」

「どうだろうな。復旧作業は行っているだろうが、いつ終わるのかは目処めどが立たない」

カオルは溜息をつき、携帯をしまった。

「ルナは今日、傘を持ってきてないんだったな?」

「うん……時間通りに雨が止むと思ってたから」

苦笑いするルナを見て、カオルはカバンから黒い折りたたみ傘を取り出し、広げた。

「帰るぞ。中に入れ」

「え……?」

ルナは突然の事に思わずキョトンとしてしまった。

「いつ直るかも分からないのに、ここに留まる訳にもいかないだろ?家まで送るから早く入れ」

「あ……うん、ありがと」

ルナは少しぎこちなくカオルが差し出した傘の中に入った。

(これが噂に聞く……あ、相合い傘……?)

頬を紅く染めながら、ゆっくりと歩き始めたカオルの足並みに揃えて、ルナも歩き出した。

ふと、カオルの動きがピタリと止まる。

「カオル……?どうしたの?」

「風が……」

ルナの質問にそう一言だけ答えると、カオルは口を閉ざした。

何かを警戒する様に、神経を研ぎ澄ませている。

「ルナ!!」

自分の名を呼ぶ声が聞こえたと気付いた時には、カオルに腕を引かれ、胸に顔を埋める様に抱き締められた状態でその場にしゃがみ込んでいた。

(え!?え!?)

突然の出来事に、ルナは声も出せなかった。

嬉しい感情と恥ずかしい感情が入り乱れ、正常な判断が出来ない。

しかし、ルナはすぐにカオルの行動の意味を知る事となった。

その場にしゃがみ込んだと同時に、予定に無いはずの暴風雨が2人を襲った。

暴風に耐えられず、傘は折れて飛ばされていき、強い雨が容赦なく2人に打ち付ける。

「ひとまず店に戻るぞ!」

暴風雨の轟音でかき消されそうなカオルの声を何とか拾い、ルナはコクリと頷いた。


強風でよろける身体をカオルが懸命に支え、どうにか店の前まで戻ってきた。

扉を開けると、風で鐘が激しく音をたてて揺れる。

ルナを先に店内へ押し込め、続けて入ったカオルが、風で持っていかれそうな扉を力強く引き、どうにか閉める事に成功した。

「今日は一体何なの……?」

今の出来事のせいで一気に疲労が現れ、ルナがその場にヘタリと座り込む。

「そのままだと風邪引くぞ?」

その言葉と同時に、頭にタオルが降ってきた。

「わぷっ」

頭に掛けられたタオルが一瞬口を塞ぎ、苦しさで変な声が出る。

頭上のタオルを取り、声の主へと視線を向けると、カオルも同じ様に濡れた髪を拭いていた。

濡れた髪と肌が艶を出し、いつも以上に色気を感じさせる。

思わず魅入ってしまい、その視線に気付いたカオルが不審そうにルナを見返した。

「どうした?」

「な、何でもないわ!タオルありがとね!」

カオルの声にはっとし、ルナは顔を紅らめて首を横に振った。

「しばらくは帰れそうにないな……ルナ、チャコに連絡を入れた方がいい。心配してるだろうからな」

「うん……そうね」

カオルの提案に頷き、携帯を取り出すとチャコに電話をかけた。

「あ、もしもしチャコ?あのね今……」


暴風雨は次第に強さを増していき、2人を隔絶する。

お互いに秘めた想いを胸に抱えながら、2人きりの長い夜が始まる──。

つづく
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