2期
第 4 話 『一期一会』
「ねぇルナ、この後何か予定入ってる?」
本日の授業が全て終了し放課後になった所で、シャアラがルナの元へ駆け寄り尋ねた。
「今日はバイトも無いから特に予定は入ってないけど?」
ルナの回答を聞き、シャアラから「よかった」と安堵の言葉が出る。
「あのね、一緒にショッピングに行かない?」
「ショッピングかぁ……」
ルナは少し考える。
最近はバイトのお陰で大分経済的にも安定している。
それに、最近シャアラとも遊びに行けてない。
それらから導き出される答えは1つだった。
「うん、いいよ!」
ルナが二つ返事に答えたのを聞き、シャアラの表情がぱぁっと明るくなった。
「他のみんなも誘う?」
「う~ん……みんな都合が悪いみたい。ハワードは今日お父さんと久しぶりにディナーを食べに行くってはしゃいでたし、ベルも家の手伝いがあるって言ってたし、シンゴは弟や妹と遊ぶ約束してるって言ってたし……」
「そっかぁ……カオルも今日はバイトだしなぁ。あ、メノリは?」
「メノリはこれから風紀委員の集まりがあるんですって」
「見事に全滅ね。でもまぁいっか!久しぶりにシャアラと水入らずで遊ぶのも楽しみだしね!」
ルナに笑顔で言われ、シャアラは照れた様に頬を紅く染めた。
今まで友達らしい友達もいなかったシャアラにとって、ルナは内気な自分を真っ正面から受け止めてくれた初めての人物であった。
そんな気の置けない親友に出会える事など、一生の内で一体何度ある事だろうか?
そう考えると、ルナとの出会いはとてもかけがえのないものに感じられる。
シャアラはその運命的な出会いに感謝し、ルナへ満面の笑みを向けた。
放課後、ルナとシャアラは繁華街へ赴き、ショッピングを堪能した。
と言っても、中学生の小遣いなどたかが知れてる為、購入するのは雑貨や小物ばかりであるが。
衣類やアクセサリー等はウィンドウショッピングのみとした。
辺りが大分薄暗くなり始めた頃、「最後に」と言ってシャアラはルナをとある店へ連れて行った。
シャアラと入った店は、本屋であった。
電子書籍が通流である現代でも、紙の本を愛読する者は少なくない。
むしろ、読書家であるほど、冊子を買い揃える事こそがステータスとも云われている。
シャアラもまた例外ではなかった。
店内に入るなり、シャアラは新刊コーナーの棚へ真っ直ぐと進んで行き、積み重ねられている本の中から目当ての本を探す。
見つかったのか、1冊の本を手に取ると「ちょっと待ってて」と一言断りを入れてレジに並ぶ列の後尾に付いた。
シャアラを待つ間、手持ち
学園の図書館と違い、ファッション雑誌や漫画、趣味の本など、実に多種多様なジャンルの本が並べられていた。
物珍しそうに棚に並ぶ本を見回していると、その中でルナが一際興味を
『地球科学』
思わずルナはその中の本を1冊手に取る。
立ち読みは迷惑行為だと分かりつつも、強い好奇心を抑える事が出来ず、ルナは恐る恐る本を開く。
前書きには、著者の地球への思いが簡略的に、しかし濃密に書かれていた。
ルナはその壮大な世界観に引き込まれてしまい、ページを
「──ナ、ルナ!」
自分の名を呼ぶ声にはっとし、ルナは本から視線を外した。
横にはいつの間にか会計を終えていたシャアラが立っていた。
「すごい集中してたわね。その本、面白いの?」
シャアラがルナの手中にある本に視線を向ける。
「うん。私の知らなかった地球に関する事がいっぱい載ってるの!こんな本は初めてだわ……!」
ルナが興奮気味に答えた。
それだけその本はルナに大きな衝撃を与えていた。
これ以上はお店の人に迷惑になる、と本を閉じ、著者の名前へと目を向ける。
『アンドロメダ大学教授、レノックス・ガウディ』
ルナはその名前を心に深く刻み付け、本を元の棚へ戻した。
「それ、買わないの?」
「学園の図書館に無かったら買う事にするわ」
シャアラの質問に、ルナは苦笑いをして答えた。
バイトで懐が多少暖かくなっても、そういった部分は貧乏性が抜けてないなぁ、と自分のケチさに呆れるのであった。
居住区へ向かうバスの中、ルナが隣に座るシャアラに話し掛ける。
「シャアラはいつから本が好きになったの?」
「お父さんとお母さんの話だと、小さい頃から絵本とかは大好きだったみたい。物心ついてから自覚したのは7、8歳くらいだったかしら?近所に仲の良かった小説家のお姉さんがいて、色んなお話を聞かせてくれたわ。内気だった私が唯一気兼ね無く会いに行けた人だったの」
シャアラの話を聞き、ルナは「そうなんだ」と相槌を打つ。
シャアラにとって、その『小説家のお姉さん』との出会いは、今の彼女に強い影響を与えているのだろう。
「人の出会いって凄いね……!その人と出会うかどうかで、その後の人生が大きく変わっちゃうものなんだね」
「うん、そう考えると私達が出会ったのも運命的なものを感じるわ」
「運命か……」
『人の出会いは一期一会』というが、それを身を持って体験したルナは、シャアラの言葉に力強く頷いた。
居住区行きのバスが途中停留所に止まり、数人の乗客が降りていく。
ルナがふと空席となったシートに目を向けると、何か黒い物体が置いてあるのを発見した。
何かと思い、それを手に取ると、それはパスケースであった。
「大変……!!」
ルナはパスケースを手に、突然バスから駆け降りた。
思わずシャアラもギョッとする。
「ちょっと、ルナ!?」
「ごめんシャアラ!先に帰ってて!!」
ルナのその言葉を最後に、シャアラを乗せた最終バスはメインストリートへと発車した。
ルナはすぐさま周辺を見回すが、バスの乗客はそれぞれバラバラの方向へ向かっていた。
ルナは記憶を思い起こさせる。
(パスケースが落ちていた席には確か……ハットをかぶっていた男の人が座っていたはず!)
そこまで思い出し、その
「あ……!いた!!」
現在地から西の方角にそれらしき人物が目に入った。
ルナは急いで駆け出す。
しかし運悪くも、男性の前でタクシーが止まり、彼はそれに乗って行ってしまった。
ルナは追いつけないと認識すると、走るスピードを緩め、息を切らしてその場に立ち止まった。
そこでルナはようやく自分が置かれている状況を認識した。
ルナが降りた所は、彼女にとってほとんど馴染みの無い地区。
そこの地理など知るはずもない。
「……やっちゃった」
周囲に人工太陽の光が完全に途絶えた午後7時、ルナは見知らぬ土地で途方に暮れていた。
(今はこれをどうにかしないと……!)
少しの間呆然とした後、ルナはようやく冷静さを取り戻す。
とりあえず、現状の事は後から考えるという事で落ち着いた。
周囲を一通り見回したが、交番らしき建物は見当たらない。
ルナは心の中で一言『ゴメンなさい!』と謝り、パスケースの中を覗いた。
中に身分を証明する物が無いか調べると、勤務先の物だろうかIDカードが入っていた。
ルナはおずおずとカードの電源を入れる。
「……え!?ウソ!?」
そこに表示されている名前を見て、ルナは驚愕の声を洩らした。
忘れるはずも無い。
それは先程ルナが心に深く刻み付けた名であった。
『
本日目にするのが2度目となったその名に、ルナは何かしら運命的なものを感じずにはいられなかった。
「うわぁ……!おっきいなぁ……!」
目の前に佇む大学キャンパスに、つい感動の言葉を洩らす。
門を出入りしているのは恐らく大学生だろう。
自分も3年後には、こんな風に通うのだろうか、と将来の自分自身を思い浮かべ、不安と期待に胸を膨らませた。
校内にいる大学生に研究室までの行き方を教えてもらい、ルナは研究室のある10階へ続くエレベーターの中にいる。
ランプが目的の階に近づく度に、ルナの緊張も高まっていく。
チーンとエレベーターが到着の音を鳴らし、扉が開く。
ルナは一歩一歩研究室へと歩み寄る。
そして、ある扉の前で立ち止まった。
「地球科学研究室……ここだわ」
緊張でルナの声が強ばる。
しかしそんなルナを
「そんな……もう帰っちゃったのかしら……?」
骨折り損であった事に、ガックリと肩を落としていると、目の前で扉が急に開いた。
ルナはその音に思わず顔を上げると、研究室から出てきたのは帰り支度を整えた先程の男性であった。
「ん?君は……」
「あ、あの!ガウディ先生の研究室はこちらでよろしかったでしょうか!?」
ルナの声が緊張でうわずっている。
「あぁ、私がそのレノックス・ガウディだが……何か用かな?」
「あの……私、ルナといいます」
「ルナ?……もしかして君は、漂流から奇跡の生還を果たした……」
「え?あ、はい。そうですけど……」
初対面の相手に知られているというのは何とも奇妙な気持ちだ、とルナは心の中で感想を述べた。
「そうか!君とは是非一度話をしてみたいと思っていたんだ。こんな廊下で話すのも何だし、君がここへ来た理由も兼ねて、中で少し話をしないかい?」
「え?でもこれから外出では……」
「構わないよ。私にとっては、むしろこっちの方が重要事項だからね」
ルナの心配にも軽く返し、レノックスはルナを研究室内へと招き入れた。
研究室内はルナが思っていたよりも広かった。
研究室というだけあって、周りは本棚に囲まれ、数えきれない程の本がギッシリと詰まっている。
レノックスはルナを来客用のイスに座らせ、お茶を出した。
簡素なもてなしを済ませ、定席に着くと本題を切り出す。
「さて……ではまずルナ君の要件から聞こうか」
「えっと……あの、これ……」
ルナが緊張した面持ちでパスケースを差し出した。
「おぉ!私のパスケースじゃないか!いやぁ、探してたんだよ。どこでそれを?」
「バスの座席に落とされていました」
「バス……?まさかそれを届ける為にわざわざここまで?」
「そうですけど……」
何かマズイ事でもしてしまったのか、とルナは自信無く返答した。
「……見上げたお嬢さんだ」
レノックスは感心した様子で、ルナに優しく微笑みかけた。
「いや助かったよ、ありがとう。何かお礼をしなければね」
「いえ、そんな!私はただ拾ったものを届けただけなので!」
『お礼』の単語に恐縮し、ルナは慌てて首を振った。
「そ、それよりつかぬことをお伺いしますけど……」
ルナが話題を変える方向に持っていく。
「地球科学……というものを研究されているんですよね?具体的にはどんな研究をなさってるんですか?」
「私は主に地球の環境分野について研究してるんだ。ルナ君は地球科学に興味があるのかな?」
「はい!私、惑星開拓技士になって地球をまた人の住める星にしたいんです!」
ルナが力強く自身の夢を主張する。
その瞳は揺るぎない決意で満ちていた。
「……脅す訳ではないが、君の目指す道は、とても高く険しいぞ?途中で挫折した者も数知れない。それでも目指すのかい?」
レノックスの真剣な眼差しに、ルナはゴクリと喉を鳴らした。
しかし、ルナの決意は揺るがなかった。
「……それ以外、私の夢はありません!!」
それを聞き、レノックスの表情が真剣なものから微笑みに変わった。
「ふふっ、不思議だな。君なら本当に何とかしてくれそうな気がするよ。これは私達研究者もうかうかしていられないな」
レノックスが楽しそうに笑う。
地球を何とかしたい、と考えている若い芽が存在する事を知れて、より一層研究に精が出た様子だ。
「そうだ!お礼の件だが、ここから好きな本をどれでも好きなだけ持っていきなさい」
「え!?いいんですか!?」
まさかこんな形で本を手に入れられるとは思ってもみず、ルナが驚きの声を上げる。
「未来の惑星開拓技士へのささやかな贈り物さ」
ルナはレノックスにお礼を言い、棚の本へと視線を向けた。
色々悩んだ結果、ルナは先程本屋で立ち読みした本を含む5冊をいただく事にした。
本当はもっと沢山興味をそそられる本があったが、それ以上もらうのは申し訳ない、と自制をかけた。
「そうそう、君達は確か漂流した時に、見知らぬ惑星に漂着したそうだね?何でも昔の地球と似た環境だったそうじゃないか!是非その惑星について話を聞きたいんだが……」
地球科学を専攻する研究者にとって、この上ない研究材料なのだろう。
レノックスの目が輝いている。
ルナは笑顔で快諾し、サヴァイヴでの生活を思い出しながら話し始めた。
サヴァイヴでの話から、いつの間にか地球環境についての話に変わり盛り上がりをみせる中、ルナの携帯が鳴りだした。
ルナは「ちょっとすみません」と断りを入れ、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『もしもし、やあらへん!!今一体何時やと思っとるんや!!』
チャコの怒声がキィンと鳴り響き、ルナは耳を思わず塞いだ。
『シャアラにまで心配かけよって!!一体どこで何をしとるんや!!』
「ご、ゴメン!今帰るから!理由は帰ってから説明するね!」
『あ!まだ話は終わ……』
チャコの説教を最後まで聞かずに、ルナは電話を切った。
チャコの声はレノックスにも聞こえている為、これ以上目の前で叱られるのは恥ずかしい。
「す、すみません!私もう帰ります!」
「そうか。いや、長い時間引き止めてしまってすまなかった」
「いえ、とても楽しかったです。興味深いお話ありがとうございました」
ルナは深くお辞儀をした。
「こちらこそ楽しい時間をありがとう。またいつでも遊びに来なさい。ルナ君なら大歓迎だよ」
「……はい!」
レノックスの言葉に、ルナは笑顔で返事をした。
自宅までは、レノックスが手配してくれたタクシーに乗って何とか帰る事が出来た。
さらに運賃まで出すと言われた為、始めは断り続けたが、「子供は大人の好意に甘えるものだよ」と言いくるめられ、ルナは申し訳ない気持ちを抱えながら言葉に甘えさせてもらう事とした。
ルナを見送り、レノックスは1人、走り去るタクシーを眺めて呟いた。
「あの子がルナ……なるほど、聞いたとおり面白い子だ」
意味深な言葉を残し、レノックスは研究室へと戻っていった。
「ただいまー」
「やっと帰ってきよったか!!」
玄関では、チャコが眉間に皺を寄せて仁王立ちしていた。
「心配かけてゴメンね?実は……」
ルナが今日の経緯をチャコに話す。
話を聞き終え、チャコの口から最初に出たのは深い溜息だった。
「まぁ、ええ事したんは褒めるべきなんやろうけど……シャアラ置いて1人で突っ走ったんは感心せぇへんな」
「う……それは反省してるわ。さっきシャアラにも電話で謝ったし」
痛いところを突かれ、ルナの声が小さくなる。
「全く……1つの事に集中すると周りが見えなくなるんはルナの悪い癖やな。猪突猛進って言葉がピッタリや!ルナは猪やな、猪!」
人を動物扱いしてケタケタ笑うチャコにムッとするも、事実なだけに言い返せないのが悔しい。
「……チャコのイジワル」
「そう思うんなら、もうちょい自粛することやな」
チャコにピシャリと言い放たれ、ルナは「はい……」と小さく頷く他なかった。
「しかしまさかあのレノックス・ガウディに会っとったとはな~」
「チャコ知ってるの!?」
「ウチを誰やと思っとるんや?コロニーに存在する全て本のデータは、ここに引っ越してきた時すでに取得済みや」
ルナは改めてチャコの万能さに唖然とした。
それと同時に、実は軍事機密か何かの為に作られたロボットなのではないか?と疑いたくなってしまった。
「ガウディ教授は研究者の中でもかなり異端視されてるみたいや」
「異端視……?あんなに凄い人なのにどうして?」
「単純に少数派の立場である為やな。最近の研究者は地球を再生不可能な『死の星』と見切りを付けて、新しい惑星を開拓・発展させよう言うてるんや」
「そんな……!」
ルナは、自分の夢を潰される様な内容にショックを受けた。
「でも、それをガウディ教授は否定し続けとるんや。『地球は死んでなどいない!病気で苦しんでいるだけだ!人間と同じ、手厚く看病すれば、必ず回復する!』ってな」
「人間と同じ……か」
ルナはその言葉を聞き、サヴァイヴを思い出す。
あの美しい惑星を懸命に守ろうとしているアダムの祖先、両親、仲間達……一度は対立したものの、最後は人間の可能性を信じ、未来を託してくれたサヴァイヴ……
彼らはどのような状況であっても、自らの星を決して見捨てる事はしなかった。
ルナは研究室でのレノックスの言葉を思い出す。
『……脅す訳ではないが、君の目指す道は、とても高く険しいぞ?途中で挫折した者も数知れない。それでも目指すかね?』
あの時、レノックスはどんな気持ちであの質問を投げ掛けたのだろうか……
例え少数派であっても、異端視されようとも、自らの主張を曲げないレノックスの姿に心打たれ、ルナは自らの夢を実現しようという思いを、より一層強めた。
「チャコ……私、絶対に惑星開拓技士になって、地球を人が住める環境に戻してみせるわ……!」
「……その為に、もっと色んな事をいっぱい勉強せなあかんな」
チャコの言葉にルナは力強く頷いた。
人との出会いは、多くの事を学び自身を成長させる。
ルナは今日、一歩大人へと近づいたのであった。
完