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2期

第 3 話 『Working girl』

ここスペースコロニー・ロカA2では近頃、ちまたで噂になっている事がある。

メインストリートから少し外れた所に、美男美女のスタッフがそろったカフェテリアがあると──

そのカフェの扉を開けるとカランカランと鐘が音を鳴らし、オレンジ色の髪をした可愛いウェイトレスが、とびっきりの笑顔で「いらっしゃいませ~!」と声を掛けてくれるという。

カウンターには、寡黙だがイケメンのウェイターがプロ顔負けの紅茶やコーヒーを淹れてくれるらしい。

そして、その店のマスターは明るく気さくな美人で、常連となっている客の過半数は彼女目的で通っているとの事。

客は目当てのスタッフのシフトをしっかりチェックしており、ウェイターが出勤の日は特に女性の客が多く、ウェイトレスとマスターが出勤の時は男性の客が多くなるらしい。

では、どちらも出勤している日はどうなるか?

答えは簡単、大手チェーンのカフェ真っ青の大繁盛を見せる。

今回は、そんなカフェで働く少女のある1日に焦点を当てたお話。




【AM 7:30】

ピピピピ……

時計のアラームが寝室に鳴り響き、起床の時刻を知らせる。

布団からもぞもぞと手が伸び、眠りを妨げる物体のスイッチを切ると、ルナは目を擦りながらゆっくりと上半身を起こした。

ベッドから出てカーテンを開けると、朝の日射しが一気に入り込み室内を明るく照らす。

欠伸けんしんをしながら日光を浴びて体内時計をリセットさせ、まだ残る眠気を取り除くと「今日も1日頑張るぞー!」と気合いを入れて下へ降りて行った。


すでに起床していたチャコに挨拶し、ルナは朝食を摂り始める。

しばらくチャコと談笑しながら朝食のトーストとミルクを平らげ、時間を確認すると、思っていた以上に時間を食っていたのか、慌てた様子で身支度を始めた。


ルナは変わった、と身支度をしているルナの様子を眺めてチャコは思う。

今までなら、髪のセットといえば寝癖を直す程度、化粧をする訳でも無く、着る服も食費に響くからと安いセール品を購入していた。

それが今ではどうだ。

髪のセットは鏡を見ながら前髪の位置までも気にし、化粧も目立たない程度にファンデーションやリップを使用し、今日の服装も昔より少し洒落っ気がある。

あまつさえ、下着まで可愛らしいものを最近こっそりと購入していた事もチャコは調査済みであった。

『そこまで見せるつもりなんか?』とからかってやりたくなったものの、今のルナにはさすがに刺激が強すぎるジョークの為、そこは割愛した。

昔より大分長い身支度を終え、ルナは元気よく「行ってきまーす」と言って出かけていった。




【AM 9:30】

ルナは現在バイト先であるカフェの前にいる。

ドアノブに手を掛ける前に、窓ガラスに反射する自分の姿を見て変な所が無いか最終チェックを済ませると、扉に付いている鐘を鳴らして入っていった。

カウンターには、すでにカオルの姿があった。

ルナはカオルとシフトが一緒である時に、カオルが自分より後に来る所を見た事が無い。

一体何時に来ているのか聞いた事もあるが、決まって「ルナより少し前に来た」としか返さない。

昔のテレビドラマで見た、デートの待ち合わせに遅れて来た彼女への言い回しの様に感じられ、ルナは密かにカオルのその言葉が好きだったりする。

この喫茶店には、制服というものが無いらしく、仕事中は私服の上にエプロンという簡単な装いで業務を行う。

一時期、ルナがバイトに入った頃にカトレアが制服を作ろうと思案したそうだが、カオルに断固拒否されたそうだ。

それについても、カオルは詳細を話してはくれなかった。

カオル曰く「アイツの脳内は異常だ……」だそうだ。

カトレアが制服の件で一体何を思案したのか、聞きたいような聞きたくないような、複雑な気分であった。


ルナが笑顔でカオルに挨拶をすると、簡単な返事を返してくる。

それがいつものやりとり。

軽く2人で他愛もない談笑をした後、更衣室へ行きエプロンを着ると、早速朝一番の仕事である店内清掃に取り掛かった。




【10:20】

店のオープンは午前11時から。

それまでの間、カオルは主に仕込み、ルナは清掃とカオルの手伝いを行う。

2人は割と早めの出勤をしている為、時間的には大分余裕がある。

一通りの準備を済ませた後、店を開くまでの間にカオルと小さなお茶会をするのがルナの最近の楽しみでもある。

単純にコーヒーサイフォンの調子を確かめる為、1、2杯試しに抽出してみるだけの話なのだが、それでもお菓子をつまみみながらカオルの淹れてくれたコーヒーを飲むこの時間は、ルナにとって至福の一時であった。




【AM 11:00】

開店時間となり、扉に掛けてある『CLOSED』の札をひっくり返し『OPEN』にすると、早速お客が入店してきた。

入店してきたのは中年の男性数名。

土日には毎週欠かさず開店と同時に来店する常連だ。

カオルと顔馴染みなのはもちろん、最近入ったルナともすぐ打ち解けた。

「いらっしゃいませー!」

ルナが笑顔で常連達を席へと案内する。

「やぁ、ルナちゃん。今日も可愛いねぇ」

「えー?そんな事ないですよぉ」

ルナは笑って否定する。

社交辞令と分かっていても褒められて悪い気はしない。

「カオルは相変わらず無愛想だな!」

一方のカオルには無礼な言葉を掛けるも、カオルは変わらぬ表情で淡々と返した。

「大きなお世話だ」

その返答に常連達は楽しそうに笑った。




【PM 12:30】

昼時となり、客足が増えてせわしく動き回っている所で、ようやくマスターのカトレアが出勤してきた。

「ヤッホー♪カオル君もルナちゃんも大変そうだねぇ」

まるで他人事であるかの様な発言に、カオルの眉間に皺が寄る。

「随分とゆっくりな出勤だな」

「うん、今日は朝の11時頃までぐっすり眠れたよ!」

遅刻しておきながら、とても楽しそうに理由を説明する。

「……誰かコイツをクビにしてくれ」

カオルが深い溜息をついて呟く。

このカフェの経営者はカトレアなのだから、当然そんな事は自己申告でもしない限りありえないのだが。

「マスター、早く手伝ってくださ~い!」

1人でホールを担当していたルナからも救援要請が出る。

「ルナちゃんの頼みとあっては断る訳にはいかないわね!」

そう言って腕まくりをしたカトレアに対し、カオルから「頼まれなくてもやれ!」との叱咤の声が飛んだ。




【PM 14:30】

客足もようやく落ち着きを取り戻し、少し遅い休憩時間へと入った。

遅れて来たカトレアにホールとキッチンを任せ、ルナとカオルは休憩室で昼食を摂っている。

始めはルナがカトレアの手伝いをすると申し出たが、それをカオルが許さなかった。

「甘やかすと付け上がる」からだそうだ。

それでもなお心配そうな顔をするルナを見て、カオルは溜息を1つ落とし、ルナを諭した。

「心配しなくても、あいつ1人で問題ない。ああ見えて接客技術はプロだ」

カトレアを見ると、確かに忙しなく動き回ってはいるが、ルナの様にパニックにはなっていない。

むしろ、客と談笑しながら実に楽しそうにキッチンとホールを両立させていた。

その優雅な動きに思わず見惚れてしまった。

よく考えれば分かる事だ。

カオルが他人に無理難題を押しつけるはずが無い。

カトレアが1人でも充分店を回す事が出来ると知っていたからこそ任せたのだ。

(マスター、カオルに信頼されてるんだ。何か羨ましいな……)

何となく、カオルとカトレアの間に見えない絆がある様に感じ、少しだけジェラシーを感じていたルナであった。




【PM 16:00】

高校生くらいの男子学生が来店して来た。

ルナが接客に応じ、彼を席に案内すると、青年が絡み始める。

「へ~!噂通りの上玉じゃん!」

「……?えっと、こちらがメニューになりますので、ご注文が決まりましたらお申し付けください」

ルナがペコリとお辞儀をしてその場から立ち去ろうとすると、青年がルナの手を掴んだ。

「君、可愛いね。名前は?今度遊びに連れてくから電話番号教えてよ」

「え……?あの……」

突然ナンパをされ、ルナはどうしていいか分からず戸惑う。

「し、仕事がありますので!!」

そう言って離れようとするも、青年はルナの手首を掴む力を緩めようとはしない。

「オッケーしてくれるまで離さない」

「い……痛いです……!」

ルナが抵抗しようと手を引くがビクともしない。

その時ルナは、今まで意識した事の無い男性との力の差を初めて知り、恐怖心を得た。

「あのガキ……!ルナちゃんに……!」

常連の1人が怒りを露にして飛び出そうとする。

それを同じ席の常連が引き止めた。

「黙ってみてろ。お姫様を助けるのは、騎士ナイトの役目だ」

そう諭して、少女の元へ歩み寄る少年へと視線を向けた。

カオルが青年の手首を力強く掴む。

「痛てててて!!」

青年は痛みに耐え切れず、ルナの手首を掴む力を緩めた。

その隙にルナは急いで手を引っ込め、その場から少し距離を置いた。

「てめぇ……!何しやがる!?」

青年がカオルを睨みつける。

「仕事の邪魔だ……出ていけ」

「ああん!?てめぇ、俺は客だぞ!?」

「客だろうが何だろうが、営業妨害するなら容赦はしない」

その発言にカッとなった青年がカオルに殴り掛かった。

カオルは容易たやすく受け流し、逆に青年を合気道の様な組み手で押さえ付けた。

「痛てててて!!!」

カオルはそのまま青年を店の外へ引っ張り、追い出した。

青年はカオルに適わないと悟ったのか、「覚えてろ!」と古くさい捨て台詞を吐いて逃げて行った。

その瞬間、店内に歓声が沸き起こる。

「カオルよくやったー!」

「カオル君かっこいー!」

「スカッとしたぜー!」

掛けられる言葉に照れ臭くなったのか、カオルは頬を仄かに染めてプイッと視線を逸らした。

「カオル……ありがとう」

ルナは助けてくれたカオルに感謝の言葉を述べた。

カオルは何も返さず、ルナの肩にポンと手を置いて持ち場へ戻って行った。

ルナは「カオルらしいな」と苦笑いしつつも、自分の危機を救ってくれた騎士の雄姿を思い出し、自然と顔がにやけてしまっていた。




【PM 17:30】

この時刻に閉店となる。

常連達も午後5時には「来週また来るよー」と名残惜しそうに帰って行く。

残ったルナ達は、閉店後の清掃を始める。

カオルがゴミ出しをする為に裏口へ回っている間、カトレアがルナに話し掛ける。

「今日も1日お疲れ様」

「お疲れ様でした!それにしても、マスターの接客ってすごいですね!あんなに動けて」

ルナがカトレアの接客技術を振り返り、称賛の言葉を述べた。

「ふふっ、ありがと!でもルナちゃんも経験を積めば出来るようになるわよ」

「本当ですか!?」

「ええ、もちろん!」

身を乗り出して尋ねるルナにクスリと小さく笑いながら、カトレアは大きく頷いた。

「それに、マスターってカオルにすごく信頼されてるんですね!」

「え……?信頼……?」

先程とは違い、カトレアは不思議そうな表情で首を傾げた。

「カオルはマスターの接客技術はプロだって言ってましたよ。マスター1人に任せても大丈夫だと信頼してるから罰と称して任せたんですよ?ちょっぴり羨ましかったです。カオルにそんなに信頼されてて……」

ルナの言葉を聞き、カトレアは苦笑いを浮かべた。

(ルナちゃんは気付いてないのね?カオル君がどれだけルナちゃんを想ってるのか……やっぱり鈍感だなぁ)

「それは違うわよ、ルナちゃん」

「……え?」

何が違うのか分からず、ルナは聞き返した。

「漂流する前、カオル君が私に心を開いた事なんて一度も無かったわ。どんな言葉を掛けても、返ってくるのは冷めた様な視線と他人を突き放す様な言葉……。私には彼を救う事なんて出来なかった……」

カトレアは過去を思い出したのか、顔を俯かせた。

初めて見るカトレアの様子に、ルナは胸が締め付けられる思いだった。

「でも、無事生還してカオル君は変わったわ。全ての憑き物が取れた様に穏やかな顔をしてたの。その時に初めて見たわ、カオル君の笑った顔を」

ルナは黙ってカトレアの話に耳を傾ける。

「カオル君が言ってたわ。『闇の中でもがいていた俺の手を引いてくれた奴がいた。光の中に居ていいと教えてくれた。あいつがいたから今の俺がある』って……ルナちゃん、あなたの事よ」

「そ……そんな、私はただ……」

「何がカオル君の心を開かせたのか私には分からない。でも、ルナちゃんがカオル君を救ってくれた、その事実だけで充分。だから……」

そこまで話すと、カトレアはゆっくりと、そして深々と頭を下げた。

「ずっとお礼を言いたかったの。カオル君を救ってくれてありがとう……本当にありがとう……!!」

感謝の言葉を述べたカトレアの瞳から、一雫の涙がこぼれ落ちた。




【PM 18:30】

2人は今、帰路を歩いている。

ルナは先程のカトレアの言葉を思い出す。

「……ねぇ、カオル?」

「何だ?」

「カオルは……今、幸せ?」

ルナの突然の質問にカオルは怪訝な表情をした。

「どうした急に?」

「ちょっと聞いてみたくなったの」

「……少なくとも、昔に戻りたいとは思わない」

「それは幸せって事?」

「その幸せという概念がよく分からないが……」

カオルの言葉の続きにルナは意識を集中する。

「『楽しい』だとか『ホッとする』だとか、そういった表現に言い換えられるんだったら、今ルナとこうしていられる時間も充分幸せなんだと思う」

カオルの言葉に、ルナの顔が熱くなる。

(か、カオルが……私と一緒にいる時間を幸せだって……!どうしよう……すごく嬉しいよぉ……!)

カオルの言葉は、いつも自分を幸福な気持ちにしてくれる。

これほどまでの幸福感を、ルナは今まで感じた事はない。


『あいつがいたから今の俺がある』


カトレアが語った、カオルの言葉を思い出す。

(それは私もだよ?カオルがいたから今の私があるの……カオルと出会わなかったら、こんなに幸せな気持ちになる事なんてきっと無かった……だから私もお礼を言うね?)


「カオル、私を幸せにしてくれてありがとう!!」

カオルはルナの言葉の意味が分からずキョトンとしてしまった。

ルナは、そんな自分だけに見せてくれるカオルの仕草に再び幸せを感じ、上機嫌でカオルの前を歩いて行った。

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