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2期

第 16 話 『真夏の夜の夢⑤』

体験学習を終え、生徒達がホテルへと戻ってきた頃、時刻はすでに午後4時を回っていた。

夕食の時間は午後6時。

それまでの間は自由行動となっている。


この時間、カオルは夕日に染まった砂浜を散歩していた。

ザザーンという波の音が静寂な周囲に響き、気持ちをリラックスさせる。

そんなカオルの数メートル先には、裸足になり波と戯れているイヴがいた。

どこかへ出かけようとしていたカオルを見かけ、一緒に行きたいと懇願し、海まで付いてきたのであった。

バシャバシャと押し寄せる小さな波を足で蹴って遊ぶイヴを、カオルが穏やかな表情で眺めていた。

一方心の中では、イヴについての疑念が色々と巡っていた。

いまだイヴの親からの捜索願は出ていない。

始めは孤児か?とも考えたが、イヴの話を聞く分にはそういう訳ではなさそうである。

だが、イヴから両親の話は何度か出てはいるものの、「両親に会いたい」という言葉は一度たりとも聞いていない。

それはルナにも確認している為、確実である。

何故……?

夏祭りの日の夜、泣いていたイヴはルナを見て泣き止み、初対面であるはずのルナに懐いていた。

今回もそうだ。

ルナと長い期間離れる事を酷く嫌がり、シャトルに忍び込んでまでルナを追ってきた。

まるで雛鳥が親鳥の後を追いかけるように……。

ロカA2に『イヴ』が存在しないという事実。

イヴの口から出た「両親はこっちには来てない」という言葉。

イヴは何者なのか?

何故ルナを求め続けるのか?

考えた所で、今のカオルにその真相を解明できる訳もなかった。

「ひゃっ!!」

イヴの突然の叫び声にカオルはハッと我に返った。

慌てて視線を向けると、足を取られて転んだのか、イヴは四つんばいの状態でずぶ濡れになっていた。

カオルがイヴの側に急ぎ駆け寄る。

「イヴ!大丈夫か!?」

「うぅ……手が痛いよぉ」

涙ぐむイヴの手を取り、カオルはその小さな掌を見た。

砂の上に手をついた時に、運悪くも隠れていた貝殻で掌を切ってしまった様である。

少しではあるが出血もしている。

元々1人で散歩するつもりで出てきた為、生憎カオルの手元には処置する道具は持ち合わせていない。

何か代用になるものは無いか、とカオルは周囲を見渡し、視界に入ったある物を見つけた。

その方角へ歩いていくカオルの後ろをイヴも付いていく。

カオルが見つけたのは、砂浜と森の境目に生えていた植物。

その葉を2、3枚摘み、手の中で軽く揉み、イヴの手の傷口に当てた。

「これ、ヨモギだよね?」

「よく知ってるな。こいつの葉には止血の効果があるんだ」

カオルはそう答えると自分のシャツの袖を引き裂き、その布の切れ端でイヴの手の傷口に当てた葉を包むように固定した。

カオルの処置のおかげで潮風によって傷口がしみる事も無くなり、イヴに再び笑顔が戻った。

「ホテルに戻って、ちゃんと消毒するぞ」

「はーい!」

ホテルへ向かって歩き出すカオルの横をイヴも歩く。

イヴの歩幅に合わせる様にカオルの足取りはゆっくりとしたものであった。

イヴが隣を歩くカオルの顔を覗くように見上げる。

その視線にすぐ気付いたカオルは見下ろす形で隣を歩くイヴへ視線を返した。

「どうした?」

「あ……えっとね……手、つないでもいい?」

おずおずと尋ねるイヴの言葉に、カオルは一瞬虚を衝かれた様な顔をするも、静かにズボンのポケットに入れていた手を差し出した。

その手を握るイヴは本当に嬉しそうであった。


夏祭りの夜、ルナは言っていた。

『イヴの笑顔を必ず守る』と。

ルナがそこまで言う気持ちはカオルにも納得できる。

それだけの価値がイヴの笑顔にはある。

イヴは不思議な子だ。

正直に言ってしまえば得体が知れない。

本来なら警戒して当然の相手であるはずなのに、気が付くとすっかりイヴに対して無防備となってしまっている自分がいる。

相手が子供である、というのもあるのかもしれない。

しかし、それ以上に思い当たる節がカオルにはあった。


ルナに似ているのだ。

雰囲気であるとか、性格とか、そういった類のものではない。

たまに見せる表情や仕草がルナと驚くほどよく似ている時があるのだ。

本当に血縁があるのでは?と思わせるほどに。

それだけ自分はルナに心を許し、無防備になっているという事なのか、と自己分析し、カオルは心の中で苦笑いを浮かべた。

そしてカオルは思い至る。

イヴが何者であろうと、どこから来ていようと、イヴはイヴだ。

それ以上でもそれ以下でもない。


『あなたはあなたじゃない』


ルナが操られたハワードとシャアラを最後まで信じ続けたように、自分もイヴを信じてみよう。

そう心に決め、カオルは自分の手を握るイヴの小さな手を優しく握り返した。




ホテルの夕食は、ネイチャーアイランドというだけあって、ここで取れた新鮮な食材も活用されており、相応に豪勢なものであった。

夕食後、ここから就寝までは自由時間となる。

「ふはぁ~!ここのオレンジジュース、ええ味出しとったなぁ~」

食事(ジュースと果物)を終えたチャコが満足そうにお腹を擦りながら食堂を出る。

「ふはぁー!ええ味出しとったなー」

隣を歩くイヴも同じ仕草をし、チャコの真似をする。

「イヴ、真似しないの!」

はしたない仕草の真似を注意され、イヴは素直に「は~い」と従った。

「ルナ~!」

名前を呼ばれ、ルナは声の方へ視線を向けた。

同じように、チャコとイヴも視線を向ける。

視線の先にはシャアラとメノリの姿。

「シャアラ、メノリ、どうしたの?」

「このホテルの大浴場、露天風呂付きなんですって!これから行ってみない?」

「露天風呂!?ホントに!?うん、行きたい!!」

シャアラからの情報を聞き、ルナは目を輝かせた。

そして隣で3人のやり取りを見上げているイヴへ視線を移し、「イヴも行く?」と尋ねた。

「うん!行くー!わーい、お風呂だー!」

イヴの嬉しそうな反応に、3人はクスリと微笑んだ。

「チャコも行く?」

「ウチはロボットやからあかんて。部屋でテレビでも見ながら待っとるわ。気にせんで行ってきぃ」

イヴの誘いをチャコはやんわりと断った。

イヴは「そっかぁ~」と残念そうな声をあげ、「なるべく早く戻ってくるからね?」とチャコへ慰めの言葉を返した。

「気にせんでええ言うとんのに。まぁイヴの気持ちは嬉しいわ。ありがとうな」

チャコにお礼を言われ、イヴは無邪気な笑顔を返した。

「では、準備が出来たら大浴場の入口の前で待ち合わせとしよう」

メノリの言葉にルナ達は頷いた。

「じゃあ、また後で」

そう言い残し、メノリとシャアラは先に各々の部屋へ戻って行った。

「じゃあ私達も行きましょっか」

「うん!」

イヴは笑顔で返事をし、ルナの手をギュッと握った。

ルナもその手が解けないようにしっかりと握り返し、部屋へ歩き始めた。

「チャコ」

今度はチャコの名を呼ぶ声が聞こえ、ルナ達は歩みを止めた。

声の主はカオルであった。

「ちょっといいか?」

チャコは2人に「先に戻っとき」と伝え、カオルの元へ駆け寄って行った。

ルナは、何の話だろう?と気になりつつも、シャアラとメノリを待たせては悪いと思い、イヴの手を引いて先に部屋へ向かった。


入浴の準備を終え、ルナとイヴに同室の女子も加わり、3人は大浴場へ向かっていた。

その途中、廊下で部屋へ戻ろうとするチャコと鉢合わせた。

「あ、チャコ。カオルの話って何だったの?」

「ん?あぁ、まぁ大した事やない」

ルナの質問に対し、チャコはお茶を濁した。

「それより3人共、ちょっと健康チェックせぇへんか?」

「健康チェック?どうしたの、突然?」

おかしな提案をするチャコにルナは首を傾げた。

「今日1日森の中を歩いとったからな。悪い虫に刺されとらんかとか、何か病原菌が潜伏しとらんかとか……調べといて損はないやろ?」

「確かにそうかも。明日は海水浴だし、健康であるに越した事は無いしね」

チャコの話を聞き、ルナは検診を受ける事を承諾した。

ルナに同意し、イヴと女子も首を縦に振った。

チャコは肉球からセンサーを出し、まずは女子から検診を始めた。

診られている間、女子は緊張した面持ちをしていた。

「……うん、どこも異常ないで」

数十秒後、チャコの口から出た言葉を聞き、女子はホッと顔を緩ませた。

「次、イヴや」

センサーをイヴに向け同じく数十秒後、チャコの口からは「異常無し」の言葉。

最後のルナも特に問題は無いと言われ、ホッとした表情を浮かべた。

「良かったなぁ3人共。これで明日、心置きなく海水浴できるで。じゃあウチは部屋に戻るから」

「あ、だったらキー渡しておくね」

ルナからカードキーを受け取ると、チャコは「ゆっくり温まってきぃ」と手を振って3人を見送った。


3人の姿が見えなくなると同時に、チャコの表情が険しくなる。

「……信じられへん。これはどういう事や?」

検診を行った本当の目的に対し、この結果はチャコにとって衝撃的なものであった。




「はぁ~……気持ちいい……」

湯に浸かり、女子一同は今日1日の疲れを癒していた。

露天風呂からは夜の海が一望できる。

夜だけは天球のパノラマは透明のガラスになり、星空が一面に広がる。

星空の下で波の音を聞きながら露天風呂に入る……これほどロマンチックで贅沢な臨海学校など、他で経験できるだろうか?

「ソリア学園に通ってて良かったぁ~」

とある女子が感慨深く言った言葉に、一同はうんうんと頷くのであった。


しばらく浸かっていると、ルナは自分に向けられる視線を感じた。

何となく感じる方へ視線を移動させると、シャオメイがジーッと自分へ熱い視線を向けてきていた。

「な、何!?」

ルナは思わず身を引いて問い掛けた。

「ルナって……牛乳毎日飲んでる?」

「……はい?」

意味不明な質問を投げ掛けられ、ルナは思わず聞き返した。

「だからぁ、牛乳毎日飲んでるか聞いてるの!」

「え~と、そんなには飲んでないと思うけど……」

それを聞き、シャオメイがガックリとうなだれた。

「あぁ……やっぱり牛乳は関係ないのかぁ~」

(関係ない?何が?)

よく見ると、シャオメイの他にも何故か落ち込んでいるように見受けられる女子が数名、視界に入った。

それが余計にルナを混乱させた。

何故彼女らは落胆しているのか?

それは自分のせいなのか?

「ゴメン、話が見えないんだけど……」

理由は分からないが、とりあえずルナは一言謝り、改めて尋ねた。

「胸よ、胸!何で同い年なのに、ルナのはそんな立派に成長してるのよ!?不公平だわ!!」

「へ?……………ふぇえぇえ!!?」

始めはポカンとしていたものの、シャオメイの言葉の意味を理解すると、ルナの顔が逆上のぼせたように真っ赤になった。

「ルナは何かやって大きくなったの?運動とか、食べ物とか……」

少しでも情報を得ようと、女子がルナに質問する。

周りも何げに耳をそばだてていた。

「え……?いや……特に……何も……」

恥ずかしさでルナの言動が次第にぎこちなくなっていく。

「何だか段々、腹が立ってきたわ……」

シャオメイはスーッと湯の中を移動し、ルナの背後に回った。

「こんなもの!こうしてやる!」

「え!?やっ!!ちょっ……!?シャオメ……く……くすぐっ……!!あはははは!!?」

後ろからシャオメイが突然襲い掛かった。

「こんなに柔らかいなんて……もー!!ムカつくーっ!!」

「私も混ざっちゃえー!!」

「私も触ってみたーい!」

シャオメイに便乗し、他の女子達もルナに飛び掛かった。

「あはははは!!?や、やめ……!!シャア……メノ……た、助け……!!」

くすぐったさに耐えられず、ルナが両手両足をジタバタさせながらシャアラとメノリに助けを求めた。

ばたつかせた衝撃で、お湯が飛沫(しぶき)を上げて周囲に飛び散る。

「こ、こら!お前ら止めろ!不謹慎だぞ!!」

「ちょ……みんな抑えて~!!」

メノリとシャアラも仲介に入る。

女湯は怒声と笑い声と悲鳴が入り交じり、ロマンチックの欠片もない騒がしい空間へと変わっていった。




「何か女子風呂の方が騒がしくないか?」

塀の向こう側から聞こえる叫び声に、露天風呂に浸かっていたハワードが反応する。

「そ、そうだね……」

頷くベルの顔は赤い。

騒がしい声の中に、ルナの声も交じっていた。

1つ塀を越えた先には、裸のルナがいるという邪な考えが頭に浮かび、その邪念を振り払う事に必死であった。

「ハワード、ハワード」

横から小声で呼ばれ、ハワードが視線を向けると、そこには壁に張りついている男子達の姿があった。

「何やってんだ?お前ら」

普通のトーンで尋ねるハワードに、男子達は「シーッ!」とハワードに静かにするよう警告した。

「この先は女湯だぞ?ここで覗かなかったら男じゃないぜ?」

「なるほど……そういう事か」

男子達の悪ノリにハワードも乗る。

男子達とハワードは打ち合わせの結果、肩車をして交代で覗く事に決めたようだ。

「あーあ、ホント子供だよね……」

一部始終を見ていたシンゴが体を洗いながら、呆れた様に呟いた。


「まずは僕が行く!」

ハワードが名乗りをあげ、男子の首にハワードが跨る。

「ハ、ハワード!?何してるの!?」

邪念を振り払ったベルがハッと我に返り、ハワードが今やろうとしている事に、大声をあげた。

「静かにしろよ!女子にバレるじゃないか!」

ハワードが小声でベルに訴える。

「いや、バレるとかじゃなくて!それはマズいって!」

どうにか思い止まってもらえないか、とベルは色々思案するもなかなか良い方法が思い浮かばない。

「何だよ、ベルだってルナの裸とか見たいんだろ?」

ハワードの口から出た悪魔の囁き。

先程の妄想が再び頭をよぎるも、ベルは何とか煩悩に打ち勝ち、頭をブンブンと横に振った。

「ちぇ、つまんない奴だな。じゃあ、ベルはそこにいろよ僕がベルの分も見といてやるから」

そう言ってハワードは腕を伸ばすが、塀の頂上には届かない。

「もう少し高くならないか?」

「やってみる!」

ハワードに言われ、肩車をしている男子は、風呂イスを踏み台にして高さを上げようと考えた。

両足が風呂イスの上に乗り、ハワードの手が塀の頂上に到達した。

「やった!!」

ハワードが歓喜の声をあげたのも束の間、他の風呂イスがまるでカーリングの様に床を滑り、踏み台にしている風呂イスに衝突した。

肩車をしていた男子はバランスを崩し、肩に乗せたハワードごと後ろへと倒れた。

まるで計算されたかの様に2人は浴槽に落ち、高い飛沫しぶきが上がった。

「ナイスショットだね!カオル」

風呂イスをぶつけた張本人であるカオルに、シンゴが親指を立てて称賛した。

「っぷはぁ!?カオルー!お前の仕業かー!!」

ハワードの怒声にもカオルは涼しい顔をしていた。

「ハワード」

「あ?」

「良かったな……後ろが浴槽で……」

そう言ってカオルはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

(カオル怖ェー!!)

その笑みにハワードと男子達は戦慄した。

塀の向こうの天国を覗く前に、本当の天国へ行くのは勘弁願いたい。

こうして、ハワードと男子達による女湯覗き作戦は未然に防がれた。


「何だか男湯が騒がしかったわね」

「ハワードの声が聞こえていた。どうせまたバカな事をやってるのだろう」

シャアラの言葉に、メノリが呆れた様に返した。

「まさか覗こうとしてたりして」

シャオメイの発言に周りの女子が「えー?やだー」と冗談っぽく嫌がる反応を見せた。

それがついさっきまで決行しかけていたという事を、彼女たちは知らない。




風呂から上がり、ルナとイヴと同室の女子は部屋へと戻ってきた。

部屋では、チャコがジュースを飲みながらテレビを鑑賞していた。

「おぉ、お帰り。どやった?露天風呂は」

「……疲れたわ」

「は?」

入る前よりも疲れた顔のルナを見て、チャコは首を傾げた。

女子もルナの様子に苦笑いを浮かべるだけだった。

「イヴ、風呂で何やっとったん?」

「えっとね、ママのおっ……んんー!」

「言わなくていいの!」

チャコに尋ねられ、ありのままを話そうとするイヴの口を押さえて、ルナは注意した。

「ふーん……まぁええわ。それより、ウチちょっと出かけてくるわ」

チャコは深く追及はせず、ベッドから飛び降りた。

「え?どこ行くの?」

「それは女の秘密や」

ルナの質問に真面目に返さず、チャコは部屋を後にした。


チャコが部屋を出て5分後、扉をノックする音が聞こえた。

鍵を開けると、そこに立っていたのはシャオメイと彼女と同じ班の女子。

「遊びに来たよー!ル~ナ~、体験学習の時の約束覚えてるよねぇ?」

「体験学習……?……あ……ああああ!!」

ルナは始めキョトンとしていたが、体験学習でのやり取りを思い出し、大変な事を忘れていた事に気が付いた。

「い、いやちょっと……まだ心の準備が……」

「もう待てないわ!体験学習の時からずっと楽しみに待ってたんだもの!!」

シャオメイの同班の女子の勢いに負け、ルナは思わず身を引いた。

「何々?何が始まるの?」

ルナと同室の女子も、何やら面白そうな雰囲気に心をわくわくさせていた。

「ルナの恋愛事情について聞こうと思ってるの」

「きゃー!面白そう!私も混ざる~!」

さすが女子、この手の話には興味津々の様子だ。

そんなルナへ更に追い討ちをかけるかの様に、部屋にノックの音が響いた。

恐る恐る鍵を開けると、今度はシャアラとメノリ、そして彼女らと同室の女子の計4名が集っていた。

「ルナ、遊びに来たわ!」

「あ……どうぞ……」

何故かぎこちなく室内へ招き入れるルナの様子に、シャアラとメノリはお互い顔を見合わせて首を傾げた。

現在ツインルームの中に、9人の女子が集っていた。

シャアラとメノリにも、シャオメイから事情を聞くと、驚きつつも興味津々といった様子で輪に入った。

「私チャコ探してくるね」

空気を読んだのか、はたまたこの不思議な空気に居たたまれなくなったのか、イヴはルナを置いて部屋から出て行ってしまった。

イヴにこんな話を聞かれなくて済んだというホッとした気持ちと、これで自分の味方がいなくなったという四面楚歌の気持ちが混同し、ルナは深いため息をついた。

「さーて……まずは何から聞こうかしら?」

まるで自分は罪を犯し、シャオメイという裁判官にまさに今判決を下されようとしているかの様な錯覚をルナは覚えた。

「はい!」

早速挙手したのは、シャオメイと同室の女子。

「ルナが好きな人は、一緒に漂流した人達の中にいますか?」

「え!?……いや……あの……その……」

いきなりのストレートな質問に、ルナは言葉をどもらせた。

(わ、分かりやすい……)

ルナの反応に、その場にいる皆が同じ考えを抱いた瞬間である。

「何今更照れてるのよ?私の前ではズバッと言ってたじゃない」

「いや……あれはその場の雰囲気というか……勢いというか……それに……シャオメイにバレちゃってたし……逆に開き直った感じで……」

話すルナの声がどんどん小さくなっていく。

「う~ん……」

「どうしたシャアラ?何を唸っている?」

隣で何かを考えているシャアラの様子が気になり、メノリが尋ねる。

「もしかして……ルナの好きな人って……カオル?」

シャアラに一発で名前を当てられ、心の準備がまだ出来ていなかったルナは、ボンッと茹でダコの様に真っ赤になった。

シャアラの予想が的中しているという事は、誰の目から見ても一目瞭然であった。

「ウソ!?マジ!?」

女子の1人が思わず驚きの声をあげる。

「シャアラ、よく分かったな?」

「何となく……だけどね。ルナの雰囲気が、カオルといる時だけ違う気がして。ずっと気のせいかな?って思ってたんだけど、やっぱりあの雰囲気は好きな人と一緒にいる時の幸せオーラだったのね」

シャアラの言葉を聞き、メノリを始め、皆が納得と同時にシャアラのその洞察力に感心した。

「……私、そんなに違ってた?」

シャアラの話を聞き、ルナが恐る恐る尋ねる。

「本当に何となくよ?もしかしたらって程度」

「ふぇぇぇぇ……」

とうとう仲間にまで周知され、ルナは恥ずかしさを隠す様に両手で顔を覆った。

「んもう!ルナったら、可愛い!!」

シャオメイが愛くるしい小動物と化したルナをギュッと抱き締めた。

「でもルナもカオルかぁ。これはかなり厳しいなぁ」

「そうねぇ、今の所単独トップって感じだし」

女子数名からそんな会話が洩れる。

しかし話している内容ほど本人達の様子は危機感を抱いているようには見えない。

「あんた達もカオル狙いなの?」

「まぁ、あわよくばって感じだけどね。他のみんなもそうだと思うよ」

シャオメイの質問に女子達は苦笑いして答えた。

「でも、ルナならしょうがないか、とも思えるんだよね」

「ふぇ?」

「どういう事だ?」

女子の意味深な発言に、ルナとメノリが反応する。

「だってカオルの微笑み、ルナといる時が一番キレイなんだもん。あんなの見せつけられたら他の女子が入り込む余地なんてないって誰でも思うわ」

「そ、そう……なの?」

カオルの向けてくる微笑みが、他の人と違うだなんて全然気付かなかった。

そして、周りからそう思われていたという事も、全然気付かなかった。

いけない、と思いながらも嬉しい気持ちが溢れ出て、思わずにやけてしまう。

「あ~!ルナったらにやけちゃってる~!」

「この幸せ者め!羨ましいぞぉ~」

茶化す様に、周りの女子が肘でルナを小突く。

「それじゃあ、今夜はルナにカオルとの馴れ初めを語ってもらいましょうか!」

「えー!!?」

シャオメイの突然の提案に、ルナが大声をあげる。

「言っておくが、就寝時間は10時半だ」

「もぉ~、堅いなぁメノリは。そんな規則あって無いようなものでしょ?どうせ誰も守ってないって!」

シャオメイの言葉に他の女子達もうんうん、と頷く。

「な……そ、そうなのか!?」

誰もこの規則を守っていなかった事実を知り、メノリは小さなショックを覚えた。

「という事で……メノリも破っちゃえー!」

妙にテンションの高くなったシャオメイが、今度はメノリに抱きつく。

「コ、コラ!そんなくっつくな!こ、今回だけだからな……!」


この日メノリは初めて規則を破った。

しかしメノリの心は、規則を破った罪悪感以上に、友人との楽しい思い出、初めての規則違反へのドキドキした気持ちで満たされていたという。




その頃、部屋を出たチャコはホテル1Fにあるテラスヘやって来た。

「もう来とったんかいな」

闇に溶ける様にテラスに立っていたカオルがゆっくりとチャコに歩み寄る。

「……どうだった?」

「カオルの予想通りや。……イヴの体内には、ナノマシンがおる」

カオルの質問にチャコは複雑そうな表情で答えた。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

夕食前の自由時間、カオルは海の散歩から戻ってすぐ、フロントに理由を話し、消毒液とバンドエイド、タオルをもらった。

風邪を引かれても困る為、最低限髪は拭いておこう、とカオルは考え、イヴの頭にタオルをかぶせると、わしゃわしゃと髪の水分を取った。

続いて傷の消毒の為、カオルはイヴと目線が同じになるようにしゃがみ、イヴの手に巻いている布を解いた。

カオルは驚愕した。

つい10分程前に出来たばかりの傷が、きれいさっぱり消えていた。

「わぁ!ヨモギの葉ってスゴいんだねぇ!怪我が治っちゃった!」

嬉しそうにしているイヴを見るかぎり、その異常なまでの治癒力の事を誤魔化しているわけでもなさそうであった。

(これはまさか……?)

そこでカオルの中で1つの仮説が生まれた。


夕食後、カオルはロビーでとある人物を待っていた。

その人物がやって来たところで声をかける。

「チャコ、ちょっといいか?」

カオルに呼び止められ、チャコが歩み寄る。

「先に戻っとき」

チャコがルナ達に言うと、ルナが不思議そうにこちらを見つめていた。

しかし今はルナに話すべき時ではない、とカオルは考える。

ルナ達がエレベーターで昇って行ったのを確認し、カオルが口を開く。

「チャコに頼みがある」

「何や?」

「部屋に戻ったら、イヴの体を調べてほしい」

「何かあったん?」

「……イヴの体内にナノマシンがいる可能性が高い」

「何やと!!?どういう事や!?」

驚くチャコに、カオルは夕食前の出来事を話した。

「……分かったわ。調べてみるで」

「それからルナにはバレないように頼む。例えば、森を散策したから念のためチェックする、とでも言えば納得するだろう」

「それはええけど、なんでルナには内緒にするん?」

「ルナは自分では隠してるつもりだろうが、意外と感情が表に出やすい。イヴにまでそれが伝わったら不安になるだろ?」

カオルの説明を聞き、チャコは納得した。

全てはイヴの為なのだ、と。

「何や、カオル随分と一所懸命やなぁ。まるでイヴのおとーちゃんみたいや」

「なっ……!?」

チャコの言葉にカオルは頬を僅かに染めた。

「ルナもママ呼ばれとるし、カオルもパパ呼ばれてみんか?」

「……ふざけてるのか?」

茶化され、カオルがジロッとチャコを睨む。

「半分くらいな」

ケタケタと笑いながら、チャコは部屋へと戻って行った。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「やはりあったか……」

結果を知り、カオルは小さい溜息をつき、視線を暗闇の森へと向けた。

「それだけやない」

続けるチャコの言葉に、カオルは視線を戻した。

「イヴの中におるナノマシンな、ルナのと全く同じタイプやねん」

「何……だと?」

カオルは絶句した。

ルナと同種のナノマシンという事は、イヴはアダムと同族という事になる……?

しかし姿形はアダム達とはまるで違う。

イヴが何者であろうと関係ない、と決意したはずなのに……カオルの中に潜む疑惑の心が、知りたいという思いが、その決意を破壊しようとする。

(イヴ……お前は一体何者なんだ……?)

つづく
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